名鉄西尾・蒲郡線は、愛知県東部を走る名古屋圏の近郊路線です。正確には、新安城から西尾を経由して吉良吉田までの区間が「西尾線」、その先の蒲郡までが「蒲郡線」として運行されています。
このうち、西尾から蒲郡までの区間は利用者が少なく、名鉄は不採算路線であることを理由に廃止を検討していました。しかし、沿線自治体の「歩み寄り」から一転し、2025年度までの存続が確定しています。名鉄と沿線自治体の長きにわたる協議の内容を、振り返ってみましょう。
名鉄西尾・蒲郡線の線区データ
協議対象の区間 | 西尾・蒲郡線 西尾~蒲郡(27.3km) |
輸送密度(1996年→2019年) | 西尾~蒲郡:4,064→2,855 |
増減率 | -30% |
赤字額(2019年) | 7億8,921万円 |
※赤字額は、コロナ禍前の2019年のデータを使用しています。
協議会参加団体
西尾市、蒲郡市、愛知県、名古屋鉄道など
西尾・蒲郡線の協議会設置までの経緯
1998年、名鉄は利用者の少ない不採算路線について、廃止を含めた整理縮小案を公表します。対象路線は、2001年に廃止となった谷汲線や八百津線など複数あり、このなかに西尾・蒲郡線の西尾~蒲郡間も含まれていました。
ただ、西尾~蒲郡間は輸送密度が4,000人/日を超えており、名鉄はワンマン運転や無人駅化などの合理化策で存続させます。しかし、利用者の減少に歯止めがかからず、2005年の輸送密度は2,857人/日と、わずか10年で3割近くも減少してしまいます。ちなみに2005年の赤字額は約6億1,700万円、営業係数は242でした。
沿線自治体は2005年12月、利用促進や経費削減について検討する「名鉄西尾・蒲郡線対策協議会」を設置。翌年4月に第1回の協議会を開催します。
その後、利用促進案のひとつとしてサイクルトレインを運行しますが、約3カ月の実施期間で利用者数は60名と低迷。リピート率も4%しかありませんでした。
さらなる利用促進策が必要と考えた沿線自治体は、イベントの実施やハイキングコースの整備など観光需要の発掘を模索。名鉄も温泉ツアーの企画や誘客キャンペーンを展開するなど、利用者の減少に歯止めをかけようとアイデアを出していきます。
西尾・蒲郡線「廃止前提」の説明に自治体が猛反発
2008年10月、第3回の協議会で名鉄は「民間事業者として、これ以上の維持存続を図ることは困難」と表明。「鉄道が必要であれば、具体的にどのような方策で維持していくのか」と、沿線自治体に対して「地域交通体系の方向性」を示すよう求めます。
しかし、この名鉄の説明が沿線自治体には「廃止ありきではないか」と捉えられ、議論が紛糾します。名鉄は「廃止を前提にしているわけではない」と否定しつつ、鉄道を維持する方法を具体的に示すことが重要だと訴えます。
(蒲郡市)
名鉄側の説明を聞く限りでは、路線を廃止するという前提ではないのか。(名鉄)
出典:蒲郡市「第3回名鉄西尾・蒲郡線(西尾駅~蒲郡駅)対策協議会 議事録」より一部抜粋
確かに、鉄道事業法の改正によって、事業者に撤退の自由が認められている以上、廃止という選択肢があることにはなるのだろう。しかし、昨今の社会情勢からして、地域として鉄道が必要ということならば、全国的にも事例が出てきているように、種々の手法により鉄道を維持することが必要だと考えており、決して廃止を前提にしているものではないことは、ご理解願いたい。
沿線自治体は、民間事業者である以上、赤字路線の存続が難しい点には理解を示しつつ、「この問題は沿線地域だけではなく、愛知県や国の考えも必要だ」と、矛先を国や県に向けます。
(国土交通省中部運輸局鉄道部)
国土交通省としては、地域で検討をいただき、沿線市町として鉄道を維持存続するという結論であるならば、さまざまな補助メニューによる支援について相談にのる。(愛知県地域振興部交通対策課)
出典:蒲郡市「第3回名鉄西尾・蒲郡線(西尾駅~蒲郡駅)対策協議会 議事録」より一部抜粋
現在、国のような補助メニューはないが、三河線の時のこともある。特別の予算を組まねばならない。ただ地元の熱意がないとそれも困難。
「沿線自治体のやる気次第」という国と県のコメントに、西尾市は「廃止が目的の協議会なら、この協議会自体、存続させる必要はない」と、強く反論。物別れのまま、会が終了します。
喧嘩別れから一転した自治体
第4回の協議会は、2009年1月に開催。紛糾した前回とは異なり、沿線自治体は「名鉄との協議を続けていきたい」という姿勢がみられました。
この日、名鉄が求めていた「地域交通体系の方向性」について、沿線自治体が回答を提示します。この回答で、沿線自治体は「利用者の半数を占める高校生にとって鉄道が重要な足になっている」「環境にやさしい鉄道を存続させることは行政の責務であると考えている」と伝え、国や県の積極的な参加を求めながら協議を続ける旨を表明します。
これに対して、名鉄も冷静に対応。国や県も含めた新たな体制を確立し、再スタートすることで合意します。
喧嘩別れから一転した理由のひとつに、沿線自治体が「協議会の役割を見直したこと」にありました。これまで沿線自治体は、西尾・蒲郡線の利用促進やコスト削減を検討する場として協議を進めてきました。しかし、沿線自治体だけでは知識も知恵も乏しく、西尾・蒲郡線の存続に向けた具体的な検討が進んでいなかったのです。
そこで、愛知県や国に協力を仰ぎ「自治体は具体的にどう対応すればよいか」というアドバイスをもらいながら、自らも調査や研究を進め、実務的な協議をする場に改めます。
<合意内容>
出典:蒲郡市「第4回名鉄西尾・蒲郡線(西尾駅~蒲郡駅)対策協議会 議事録」
名鉄西尾・蒲郡線(西尾駅~蒲郡駅)は、沿線市町の地域交通体系にとって必要不可欠なものであり、その存続問題に対する対応策の調査、協議を行うため、沿線市町に加え、広域的な見地からは愛知県に、また情報分析や研究推進の観点からは国に、それぞれ参加要請を行うなど、組織の充実を図り、新たな対策協議会の体制で具体的協議を進めることとする。
ない知恵を絞っても、課題は解決しません。だからといって、鉄道事業者や国、県に丸投げするのも違います。外部の意見を取り入れながら自分たちも調査や研究をおこない、建設的な議論を進めたいと考え直したのです。
名鉄の運行継続で西尾・蒲郡線の存続が決定
2009年3月に開催された第5回の協議会では、愛知県(地域振興部交通対策課)が調査・検討の進め方を提示します。具体的には、協議会の下に新設するワーキング部会が調査検討を進め、その内容を協議会に報告。ワーキング部会には、県や国も積極的に関与する案を示します。
その後、ワーキング部会では鉄道存続に成功している先行事例をもとに、第三セクター化や上下分離方式など、さまざまな観点から調査。その結果は、第6回(2009年9月)の協議会で報告され、自治体が対応すべき方針が示されたのです。
- 西尾・蒲郡線は、名鉄が引き続き保有・運行を継続する。継続するための具体的な支援策について、沿線自治体は2010年2月を目途に検討を進める。
- 沿線自治体は、愛知県や国、名鉄など関係者と連携・協力しつつ、利用促進策や活性化策の検討を実施する。
自治体には鉄道経営のノウハウがないことから、施設の保有や運行は名鉄が続け、自治体は「継続的に支援していく」という方針が示されます。
なお、この内容は協議会の下にある幹事会でもすでに共有されており、名鉄の運行継続や沿線自治体の支援については両者とも了承済みでした。ただ、自治体の補助額や支援期間は未定で、再びワーキング部会が検討を進めることになります。
西尾・蒲郡線に対する自治体の支援内容が決定
ワーキング部会は、自治体の名鉄に対する「不信感を払拭する場」としても有効だったと考えられます。名鉄は、駅間利用者の細かなデータや運賃制度などの内部資料を提示したほか、自治体の疑問に対して誠意をもって答える姿勢が議事録からも読み取れ、西尾・蒲郡線を守るために自治体と一丸となって取り組んでいる様子がうかがえます。
両者が少しずつ歩み寄りをみせるなか、2010年3月の第7回協議会では、自治体による支援期間が2010~2012年までの3年間となる案が示されます(2010年度の分は翌年度の予算に計上)。
補助額に関しては、第8回(2010年11月)の協議会で提示。「線路・電路の材料費・工事費・減価償却費のうち構築物分の費用」を補助するとして、年額2億5,000万円の支援が決まります。ただ、沿線自治体の財政状況では負担が重く、このうち年額8,300万円は愛知県が補助することになりました。なお、2013年以降も自治体の公的支援は続いており、西尾・蒲郡線は2025年までの存続が決まっています。
第10回(2011年10月)の協議会で、沿線自治体は次のようなコメントを残しています。
(蒲郡市)
出典:蒲郡市「第10回名鉄西尾・蒲郡線(西尾駅~蒲郡駅)対策協議会 議事録」
名鉄におかれましては、経費削減に努力していただき感謝しております。私たちも今後も引き続きご努力してまいりますので、よろしくお願いいたします。県におかれましては、多額の支援をしていただきましてありがとうございます。今後も引き続きご支援をお願いいたします。また、中部運輸局様においては、日頃から様々な支援をしていただき、感謝しております。蒲郡市は沿線で、保育園の遠足に名鉄を使うとか、形原のグラウンドを使っての大会の誘致などいろいろな事業を行ってまいりますので、名鉄におかれましても、存続に向けて進んでいただきたいと考えていますので、よろしくお願いいたします。
最初は「廃止ありきではないか」と不信感を抱いていた沿線自治体。それが、名鉄、県、国に感謝するようになるまで関係性を深められたことが、西尾・蒲郡線の存続の一因になっているのです。
西尾・蒲郡線のこれまでの取り組み
第9回(2011年3月)の協議会では、利用促進として「名鉄西尾・蒲郡線活性化計画」を公表。以降の協議会では、具体的な方策の検討を進めます。名鉄や沿線住民団体などと協働で実施した、利用促進策の一部をピックアップしました。
- 沿線の学校への利用促進支援(遠足、校外学習、部活などでの鉄道利用)
- 企画乗車券の販売(沿線温泉施設の割引クーポン配布など)
- 電車を活用したイベント実施(住民団体の企画によるウォーキングイベントなど)
- 団体・親子利用の補助
- 駅前駐輪場の整備
- バス路線の再編
- デマンド型乗合タクシーの実証運行
- レンタサイクル事業
…など
通学定期客の多い路線であることを意識し、将来の利用を見込んで小中学生向けの施策にも注力しています。たとえば、小中学校の遠足や社会見学などに名鉄を利用する学校には運賃を補助したり、竹島水族館の無料入場券を配布したりといった施策を実施しています。
また、沿線の温泉旅館に名鉄を使って行く人への宿泊割引や、競艇場で名鉄利用者には金券を配布するといった施策も、徐々に浸透しているようです。最近では、名鉄の企画乗車券「でんしゃ旅」の宿泊者特典に、宿泊施設館内利用券と竹島水族館入館券を配布。2018年度の下半期だけで約1,600人もの人に利用されたようです。
利用促進の取り組みは自治体だけでなく、住民団体の協力もあって成立しています。蒲郡市の「市民まるごと赤い電車応援団」や、西尾市の「にしがま線応援団」が各種イベントや駅の美化活動などを実施。マイレール意識の醸成に努めています。
こうした支援の輪が広がりを見せたことも影響し、西尾・蒲郡線の利用者は緩やかに増加傾向に転じました。2007年には約293万人まで減少した年間輸送人員は、2018年になると約341万人にまで回復。とくに西尾線の通学定期客の増加が顕著です。ただ、通学定期客は、今後減少することが明白なため、定期外の利用者のさらなる利用促進策が重点項目といえるでしょう。
一方で、修繕費などの増加により赤字額は年間で約8億円にまで増えています。沿線の過疎化もあり課題は山積ですが、2026年以降の存続をめざして協議会には頑張っていただきたいところです。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。
参考URL
名鉄西尾・蒲郡線対策協議会(蒲郡市)
https://www.city.gamagori.lg.jp/site/meitetsunisiogamagori/meitetsutaisaku.html
西尾・蒲郡線の概況(第2回対策協議会)
https://www.city.gamagori.lg.jp/uploaded/attachment/11024.pdf
西尾・蒲郡線の概況(第24回対策協議会)
https://www.city.gamagori.lg.jp/uploaded/attachment/81128.pdf
名鉄西尾・蒲郡線(西尾駅~蒲郡駅)の今後の対応方針について(蒲郡市)
https://www.city.gamagori.lg.jp/uploaded/attachment/28355.pdf