北陸鉄道石川線の存続が決まるまでの経緯~BRTでは無理な理由

北陸鉄道の列車 私鉄

北陸鉄道は、石川県で鉄道や路線バスを運営する私鉄企業です。鉄道は、石川線と浅野川線の2路線を運営。金沢市を南北に縦断するかたちで走っています。ただ、それぞれが独立運行しており、一体運行はできません。

北陸鉄道の鉄道事業はコロナ禍前から赤字で、高速バスや貸切バスなどのバス事業の利益で穴埋めする「内部補助」によって支えられてきました。しかし、コロナの影響でバス事業も赤字に。とくに石川線は輸送密度が2,000人/日を下回り、大量輸送を得意とする鉄道のメリットが発揮できなくなっています。

顕在化した鉄道の赤字を、誰が、どのように支えるのか。BRTへの転換も視野に入れた沿線自治体との協議を振り返ります。

北陸鉄道の線区データ

協議対象の区間石川線 野町~鶴来(13.8km)
浅野川線 北鉄金沢~内灘(6.8km)
輸送密度(1987年→2019年)野町~鶴来:2,264→1,877
北鉄金沢~内灘:4,304→3,739
増減率野町~鶴来:-17%
北鉄金沢~内灘:-13%
赤字額(2019年)1億256万円(鉄道事業のみ)
※輸送密度および増減率は1987年と、コロナ禍前の2019年を比較しています。
※赤字額は、コロナ禍前の2019年のデータを使用しています。

協議会参加団体

金沢市、白山市、かほく市、野々市市、津幡町、内灘町、石川県

北陸鉄道と沿線自治体

北陸鉄道に関する協議会設置までの経緯

北陸鉄道の将来を決める沿線自治体の話し合いは、「石川中央都市圏地域公共交通協議会」のなかで進んでいます。この協議会は、地域公共交通活性化再生法にもとづいて2022年5月に設置。北陸鉄道のほか、IRいしかわ鉄道や路線バスも含めて、金沢都市圏全体の地域公共交通について協議する組織です。

ただ、協議会のメインの議題は北陸鉄道の存続・廃止に関する話し合いです。バス事業の利益で鉄道事業の赤字を支えるビジネスモデルは、コロナの影響で崩壊。利用者数は約30%減少、2021年度の連結決算は10億円以上の赤字となり、鉄道を維持できなくなったのです。

とはいえ、利用者の少ない石川線でも、最混雑列車には257人の利用があります(2022年5月13日調査)。仮にバス転換となれば、朝ラッシュ時には前後の列車の乗客数を含め11台のバスを確保しなければなりません。このため北陸鉄道は「上下分離方式による鉄道の維持」を主張していました。

安全運行に関わる設備面の安定的な維持管理を「公」にお願いし、「当社」が運行頻度の向上を伴ったダイヤ改善やキャッシュレス化の推進など地域の皆さまへのサービス向上に専念できる上下分離方式が最も持続性があると考えます。

出典:金沢市「交通事業者からの報告」

鉄道の維持管理にかかるコストが課題に

2022年5月に開催された第1回の協議会では、北陸鉄道の主張に対して、沿線自治体も一定の理解を示しています。ただ、問題なのが「鉄道の維持コスト」です。

協議会の資料によると、架線や変電設備などの電路設備に年間約4,000万円、車両の維持に年間約9,500万円、線路の補修(保線)に年間約5,700万円が必要としています。

こうした毎年かかる維持費にくわえ、車両や施設の老朽化も課題です。2022年8月に開催した第2回の協議会では、石川線の多くの車両が50年前後も使われ続けていることが示されており、遅くとも2025年度までには更新しなければなりません。つまり、準備期間を踏まえると2023年度中には存続か廃止かを決める必要があったのです。

これから必要なコストが、どれくらいになるのか。沿線自治体は、鉄道の存続だけでなく、石川線に関してはバス転換やBRTの導入も選択肢として検討を進めることになります。

北陸鉄道のBRT化は解決策にならない?

第3回の協議会は、2022年11月に開催。このなかで、石川線をBRT化した場合のメリットとデメリットについて話し合われています。

BRTのメリット

  • 運行コストを抑えられる
  • 乗換の負担が抑えられる(直通運行が可能)
  • 便数を増やしやすい

BRTにするいちばんの魅力は、運行にかかるコストを抑えられることです。ルートを検討していないため具体的な試算はされていませんが、場合によっては鉄道の10分の1に抑えられるケースもあります。

また、現在の石川線は金沢市の郊外を走っているため、中心部に行くにはJRなどへの乗り換えが必要です。BRTなら中心部への直通運行も可能なため、利便性が高まることも期待されます。

BRTのデメリット

  • イニシャルコストが高い
  • BRT化の工事中に代替輸送が必要
  • 他の路線バスの減便が必要
  • 浅野川線の収支にも影響か?

一方のデメリットは、イニシャルコストが膨大になる可能性があること。BRTは既存の鉄道設備を撤去し、アスファルトで道路にする必要があります。その工事費用が高くなることが、懸念点のひとつです。

また、工事期間中は代替交通手段が必要です。この間に、マイカーに移る利用者が増えることも予測され、公共交通離れを促進させるリスクもあります。だとすれば、「バス転換のほうが安くて簡単」となってしまう危険もあるのです。

なお、浅野川線は今回、検討の対象となっていません。ただ、仮に浅野川線を鉄道で残す場合、現在石川線にある車両工場や人員を移すことになるため、浅野川線の収支に影響が出る可能性も示されています。

結局のところ、BRTにはメリットもデメリットもあるため、地域の特性にあわせて総合的に判断する必要があります。

北陸鉄道のこれまでの取り組み

北陸鉄道がどんな交通モードで維持するにしても、利用促進策は必要です。現在、沿線自治体と協働で進めている取り組みをまとめました。

  • デジタル乗車券を使った実証実験(のりまっし金沢)
  • パークアンドライドの拡充
  • マイレール意識の醸成(モビリティマネジメントの推進)
  • 沿線自治会、企業・団体、商店街等との連携および住民協働推進
  • エコ通勤の推進・フリー乗車券の販売

…など

石川線の利用促進策として、デジタル乗車券を使った実証実験に取り組んでいます。「のりまっし金沢」というスマートフォンを活用したサービスで、画面を見せると、石川線の各駅からバスへの乗り継ぎ運賃が割引になるというもの。しかも、一定時間は乗り放題です。このサービスは、北陸鉄道と金沢市が提携して進めています。

パークアンドライドはすでに実施していますが、駐車場の収容台数が目標を下回っており、今後拡充していく予定だそうです。

国の支援制度の活用をめざして協議続行

当初の予定では、2022年度内に北陸鉄道の存廃問題に決着をつける予定でした。ただ、北陸鉄道の主張通りに上下分離で存続させる場合、沿線自治体だけでは財政力に不安があります。そのため、国の支援制度の活用を視野に「特定事業計画」を策定する必要があり、2023年度も引き続き議論することになりました。

そして2023年7月、北陸鉄道の将来を決める協議会が改めて始まります。ここでは、鉄道の価値を客観的に示すため「クロスセクター効果」や「費用便益」の分析、鉄道とBRTそれぞれの「自治体の負担額」に関する資料が提示されます。

クロスセクター効果の分析

クロスセクター効果とは、公共交通が廃止になったときの自治体負担額をシミュレーションし、交通事業者への支援額とを比較する方法のことです。

たとえば、石川線が廃止になっても移動のニーズはなくなりませんから、代替移動手段の確保が必要です。また、マイカーにシフトする利用者が増えれば道路が渋滞するため、渋滞緩和の道路整備が必要になります。こうした鉄道廃止後に見込まれる自治体負担額が、北陸鉄道への支援額より多ければ鉄道を存続させたほうが合理的ですし、逆に少なければ鉄道を廃止にしたほうがよいという結果になります。

なお、協議会では石川線のみのクロスセクター効果を分析しています。その結果は、以下の通りです。

分野行財政負担の項目分野別代替費用(年間)
医療送迎バスの運行・タクシー券配布など1,400万円~5,200万円
医療費の増加2,400万円
商業買物バスの運行・タクシー券配布など1,900万円~5,500万円
教育スクールバスの運行など4,600万円~5億700万円
福祉通院や買物以外のタクシー券配布6,300万円
財政地価下落による税収減少300万円
建設渋滞緩和のための道路整備3億1,000万円
合計4億8,000万円~10億1,600万円
▲石川線が廃止になったときの年間行財政負担額。
参考:石川中央都市圏地域公共交通協議会「北陸鉄道石川線・浅野川線のあり方検討」をもとに筆者作成

かなり幅がありますが、石川線を廃止にすると行政負担額は年間で約4億8,000万円~10億1,600万円も増えるというシミュレーション結果です。ちなみに、石川線の赤字額および将来必要な投資額は、約4億7,700万円。わずかの差ですが、「鉄道を残したほうがよい」という分析結果になりました。

費用便益の分析

費用便益とは、バス転換されたときの経済的損失をシミュレーションしたものです。鉄道の廃止後、利用者はすべてバスに移るわけではありません。所要時間が延びるなどの理由で、一定数はマイカーにシフトすることが想定されます。石川線の場合、鉄道の所要時間は31分ですが、バスは53分になると想定。これにより、鉄道利用者のおよそ半数がマイカーにシフトすると試算されています。

また、マイカーにシフトした利用者のなかには、通勤通学先まで家族が送迎するなどの負担が生じる人もいます。こうした利用者が被る不利益は、年間で約5億5,100万円と試算されました。

このほか、転換されるバス路線も赤字となり、行政支援が必要であることも判明。結果的に、「鉄道を残したほうがよい」と示されています。

鉄道とBRTの自治体負担額を比較

協議会では、鉄道存続とBRT新設による自治体負担額もシミュレーションしています。

北陸鉄道を存続させるには、老朽化した車両や施設の更新など、さまざまな費用がかかります。今後11年間に必要な事業費は、約134億円です。一方、BRTを導入するには既存の線路を道路化したり既存道路の拡幅工事が必要だったりと、こちらも多額の事業費が必要です。事業費は約118億円と試算されています。

協議会では、国の支援制度(地域公共交通再構築事業・先進車両導入支援等事業など)を活用した場合の自治体負担額を試算。その結果は今後11年間で、鉄道が約67億円、BRTが約59億円(それぞれ国が半額を補助)という結果になりました。

費用だけで単純に比べると、BRTのほうが安くなり「鉄道を廃止にしたほうがよい」という結論になります。ただし、バスは慢性的な運転士不足により他路線にも大きな影響が出るほか、BRT化の工事期間中は代行バスが必要です。

北陸鉄道石川線の鉄道存続で合意

2023年8月「北陸鉄道線のあり方に関する沿線自治体首長会議」を開催します。協議会で提示された資料や意見をもとにした石川線の存廃判断は、沿線自治体の首長会議に委ねられることになりました。参加者は、金沢・白山・野々市の各市長と内灘町長です。オブザーバーとして、石川県知事も参加します。

この会議で、「石川線は鉄道の存続が望ましい」という意見で満場一致します。確かに、事業費のみで比較すればBRTのほうが優位ですが、通勤通学時間帯には利用者が一定数いるため、バスを約10本増やす必要があります。これにより、他のバス路線の減便が見込まれることが、鉄道の存続を決めた大きな理由だったようです。

また、鉄道を存続させるために北陸鉄道への行政支援も確認されます。沿線自治体は、駅や線路などの鉄道施設の維持管理に必要な費用を支援する「みなし上下分離方式」の採用を石川県に提言。2024年5月に石川県が容認し、みなし上下分離方式の導入が決定します。支援期間は、2025年度から15年間。その間の支援額は、国の補助金も含めて約132億3,000万円になる予定です。

※BRTを自治体が赤字ローカル線の解決策として検討する理由について、以下のページで解説しています。

※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。

【中部】赤字ローカル線の存続・廃止をめぐる協議会リスト
中部地方の赤字ローカル線の存続・廃止を検討する、鉄道事業者と沿線自治体の協議会の一覧です。

参考URL

鉄道統計年報
https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk2_000053.html

石川中央都市圏における広域的な地域公共交通計画の策定について(金沢市)
https://www4.city.kanazawa.lg.jp/soshikikarasagasu/kotsuseisakuka/gyomuannai/1/2/21545.html

鉄道線の持続的運行に向けて(金沢市)
https://www4.city.kanazawa.lg.jp/material/files/group/8/dai2kai_tiikikoukyoukoutsuukyougikai_siryou2.pdf

北陸鉄道石川線・浅野川線のあり方検討(石川中央都市圏地域公共交通協議会)
https://www4.city.kanazawa.lg.jp/material/files/group/8/r5dai1kai_tiikikoukyoukoutsuukyougikai_siryou1v2.pdf

北陸鉄道線のあり方に関する沿線自治体首長会議(金沢市)
https://www4.city.kanazawa.lg.jp/material/files/group/8/r5_hokurikutetudousenjititaikaigi_siryou1.pdf

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