【長野電鉄】屋代線が存続できなかった理由―廃止ありきの協議会

屋代線の時刻表 廃止路線

2012年4月1日、長野電鉄屋代線は90年の歴史に幕を下ろしました。長野電鉄が協議を申し入れてから廃止決定まで約2年。その間に沿線自治体は、さまざまな議論と調査、実証事業をおこないますが、短期間で「廃止・バス転換」の道を選びます。

屋代線は本当に存続できなかったのでしょうか。廃止に至るまでの経緯を、「長野電鉄活性化協議会」の動きを中心にお伝えします。

長野電鉄屋代線の線区データ

協議対象の区間屋代線 屋代~須坂(24.4km)
輸送密度(2011年)475
赤字額(2007年)1億8,410万円
営業係数277
※輸送密度は廃止年の2011年のデータを使用しています。
※赤字額と営業係数は、2007年のデータを使用しています。

協議会参加団体

長野市、須坂市、千曲市、長野電鉄

長野電鉄屋代線と沿線自治体

屋代線をめぐる協議会設置までの経緯

屋代線は、長野県千曲市の屋代から須坂(須坂市)までを結んでいた、長野電鉄のローカル線です。ピーク時の1973年には年間330万人が利用していました。しかし、モータリゼーションの進展や過疎化・少子化などを理由に、2007年には年間48万人にまで減少。輸送密度は500人/日を割り込んでいました。

■屋代線の輸送人員の推移(単位:万人)

屋代線の輸送人員の推移
▲1998~2007年の長野電鉄屋代線の輸送人員。2000年代に入ってからは48万人前後で推移している。
参考:「長野電鉄屋代線総合連携計画」をもとに筆者作成

2009年1月、長野電鉄は「単独での運営は困難」として、地域公共交通活性化再生法にもとづく法定協議会の設置を前提に、沿線自治体に協議を申し入れます。これに対して、沿線自治体は「長野電鉄活性化協議会」を設置。バスやタクシーなどを含めて、地域公共交通の維持などをめざした協議が始まります。

第1回の協議会は、2009年5月に開催。ここで長野電鉄は、屋代線が「年間で約1億8,000万円の赤字(2007年度)であること」「累積赤字額は50億円を超えること」など、苦しい台所事情を伝えます。ちなみに、長野電鉄の幹線ともいえる長野線は黒字です。その額はわずか2,200万円(2007年度)で、屋代線の赤字を穴埋めできない状況でした。

さらに長野電鉄は、屋代線の沿線地域は過疎化が進み定期客の減少幅が大きく「利用者が増える見込みが薄いこと」、また「老朽化した変電所や土木関係設備などの更新に約31億円が必要になること」など、将来に対する不安も訴えます。

沿線自治体は、住民の意向を確認したうえで屋代線の利用促進策を検討するとともに、新たな運行形態への移行についても調査することになりました。

鉄道存続の難しさが露呈する協議会

地域公共交通活性化再生法にもとづいて設置される法定協議会は、公共交通の「総合連携計画」を策定するための場です。総合連携計画では、既存の公共交通を活かした利用促進策や、上下分離などの新たな運行形態への移行計画を示すのが通例で、長野電鉄活性化協議会でもこれらの内容について協議されています。

2009年11月26日の協議会で示された「検討資料」によると、利用促進案では増便などのサービス向上を目的とした実証実験を企画しています。また運行形態では、第三セクター方式や上下分離方式への移行、電車からディーゼル車への転換といったことも検討。当時、JR北海道が開発中だったDMV(デュアルモードビークル)への転換も検討されました。

しかし、運行形態に関しては「現実的に難しい」という調査資料が次々に報告されます。

たとえば、第三セクター方式や上下分離方式への移行について、「上下分離方式のほうが適切」というコンサル会社からの調査結果が報告されますが、赤字は改善しないという結論に。仮に、上下分離方式でディーゼル車に転換した場合、増便により利用者が増えても年間で1億8,000万円の赤字と、現状の電車と変わらないことが判明します。DMVに置き換えた場合でも、年間2億6,000万円の赤字という試算結果です。

ちなみに、ディーゼル車にせよDMVにせよ、車両転換には膨大な初期投資が必要です。こうした資料から沿線自治体は、「バス転換がもっとも現実的」という考えに傾いていったと推測されます。

利用促進に重きを置いた総合連携計画

2010年3月、協議会が進めていた「長野電鉄屋代線総合連携計画」が完成します。このなかには屋代線を「必ずしも経済効率性だけで評価するのは適切ではない」と位置づけ、さまざまな角度から評価する内容が記載されていました。

ただ、運行形態に関しては第三セクターや上下分離への移行は見送られ、さらに電車からディーゼル車などへの転換にも触れられていません。一方で、利用促進については大きく掲げられています。具体的な内容は以下の通りです。

  • 増便(昼間時間帯に1日あたり3往復増便、最終便の時刻の繰り下げ)
  • パークアンドライド・サイクルアンドライドの整備
  • サイクルトレインの運行
  • 企画きっぷの販売(周遊割引きっぷ、割引回数券の販売など)
  • 持参人式通勤定期の販売
  • 駅や列車内の案内表示の充実
  • イベント列車の運行
  • 地域イベントの実施
  • 学校教育における活用促進

…など

これらの実証事業は2010年7月から9月まで、3カ月間実施されます。なお、増便に関しては車両や人員のやりくりの関係から鉄道は1カ月だけ、残り2カ月はバスによる代行輸送を実施することになりました。

総合連携計画の期間は3年間。実証事業の結果は評価・分析され、翌年度以降の事業内容を再検討することも、総合連携計画に示されています。ただ、実際に実証事業をおこなったのは上記の3カ月だけでした。

バス転換に優位な資料ばかり集まる協議会

2010年10月27日の第9回協議会。ここで、3カ月間実施した実証事業の結果が報告されます。

運賃収入は、3カ月間で約229万円の増収に。前年同時期と比べて、約10%の増加につながっています。ただし、施策の実施に要した経費が約1,531万円と、増収分をはるかに上回る額でした。

この協議会では「新たな運営形態に関する基礎調査」として、住民アンケートの調査結果も報告されています。それによると、沿線地域で屋代線を利用している人の割合は約23%、「鉄道を維持すべき」と考えている沿線住民は約39%という結果に。一方で、過半数の人が屋代線を利用しておらず、「鉄道が維持困難ならバスでもよい」と答えた人が約51%もいたという結果が示されます。

ちなみに、屋代線を利用しない理由については「屋代線で行きたい場所がない」が約42%でもっとも多く、次いで運行本数が少ないなどの理由で「利用しづらい」が約28%でした。

さらにこの協議会では、バス転換した場合と比べた費用対便益分析の結果も報告されています。これによると、屋代線を鉄道で存続させた場合に地域に与える便益は、30年間で1億3,000万円のマイナス。つまり、鉄道を残しても「負の便益しかない」という結果が示されたのです。一方でバスは、19億2,000万円のプラスでした。この結果から「現状のままでは屋代線が存続しても大きな社会的効果は発現されず、導入コストや運営コストが低いバス代替としたほうが優位」と、協議会は結論付けています。

バス転換へと導く資料が一気に示されたことで、協議会の構成メンバーは「鉄道の存続は無理」という考えに傾いていったのは、いうまでもありません。こうしたなかで、協議会では今後の方向性について、いくつかの選択肢を考えていくことになります。

多数決で屋代線の廃止が決定

2010年11月25日に開催された第10回協議会。ここで、今後の協議の方向性として3つの案が提示されます。

  • 【パターン1】総合連携計画を見直して、引き続き実証実験を実施する
  • 【パターン2】屋代線を一時休止にし、バスによる代替運行をする
  • 【パターン3】バス代替による地域の交通手段の確保(屋代線の廃止)

【パターン1】は、実証事業で顕在化した課題を改善して実験を続けるというもの。その際に事業費が6,000万円、長野電鉄への赤字補てんなども含めると約2億円の自治体負担が必要とされました。

【パターン2】は、「今後の技術革新を見極める」という理由から鉄道をいったん休止にし、バスで代替させているあいだに、さらなる検討を進めるというもの。よくわからない理論ですが、休止にしているあいだにも長野電鉄には施設保存費などがかかりますし、代替バスの運行費もかかるため、トータルで約1億7,000万円が必要とされました。

【パターン3】は、屋代線の廃止・バス転換です。バス事業者への赤字補てん額として、約7,000万円の自治体負担が必要でした。

このなかから、協議会の構成メンバーにはひとつを選ぶことが求められ、「この場で決着させたい」と事務局が提言します。この提言に、廃止反対派のメンバーから「拙速ではないか!」などの批判が続出。これに対して長野電鉄は「沿線の人々に乗ってもらえない鉄道に使命はなく、無駄だと感じている」と廃止にしたい本音が吐露するほど、議場が荒れたようです。結局、結論は次回以降の協議会に持ち越されます。

そして迎えた第12回協議会(2011年2月2日)。ここで、3つのパターンからひとつを決めることになりました。決定方法は、無記名の投票方式。屋代線の存廃を多数決で決めることになったのです。投票結果は、以下の通りです。

  • 【パターン1】11票
  • 【パターン2】0票
  • 【パターン3】14票
  • 【白票】1票

この結果から、屋代線の廃止が決定します。廃止の理由について協議会は「実証事業で利用者が増えたものの、赤字解消には至らなかった」と結論付けています。

屋代線は存続できなかったのか?

総合連携計画の途中ながら、屋代線の廃止が決まりました。ただ、総合連携計画は「鉄道の存続」が目的ではなく、あくまでも「地域公共交通の維持」を目的としたものです。このため、廃止決定後も代替バス路線の検討が進められ新たな交通網を構築し、2012年4月から新計画の運用が始まっています。

それにしても、屋代線は存続できなかったのでしょうか。それぞれの立場から考察してみます。

まず、長野電鉄の立場からみると、そもそも輸送密度500人/日未満の線区に、ランニングコストの高い「電車」を走らせること自体が無理な経営だったといえます。そのためディーゼル車への置き換えを検討したわけですが、車両転換に必要な初期投資は膨大な額です。さらに、燃料の輸送やメンテナンス人員の確保といったランニングコストも増えるため、車両転換をしてまで路線を維持することに否定的な考えだったのも頷けます。

もっとも、これらの費用を沿線自治体が支援してくれるのであれば、長野電鉄は存続を検討したかもしれません。しかし、自治体は高額な赤字額にばかり目を奪われ、車両転換や上下分離方式への移行を避けました。

支援をしてまで鉄道を残す価値があれば、沿線自治体は上下分離方式などを検討したかもしれません。しかし、費用対便益分析の結果から「バスのほうが有利」という結果が示されたことで、屋代線の存続意義が失われました。投資以上の便益が見込めないのでは、将来に大きな負債を残すだけです。

費用対便益がマイナスになったのは、「鉄道を活かした街づくり」ができなかったことも、理由のひとつに考えられます。実際に住民アンケートで「屋代線で行きたい場所がない」という人が約42%もいたという結果からも、鉄道を活かした街づくりをしてこなかったことが明白です。高校や病院、役所など多くの人々が集まる目的地を駅前に整備してこなかった街づくりも、屋代線の価値を失わせ衰退に導いたと考えられます。

それでも鉄道が必要というのであれば、その人たちが集まり住民団体を結成して存続の方向性を示すという手法もありました。しかし、協議期間が実質1年半しかなく、住民団体が建設的な議論をする時間はなかったでしょう。実際に「鉄道を残せ!」「行政が支援しろ!」と訴えることしかできない住民団体が目立ちました。

ただ、他力本願の主張しかできなければ、協議が2~3年続いたとしても結果は同じです。「自分たちの力で、どうすれば屋代線を残せるか」を沿線住民も考えなければ、利用者が激減した鉄道は残せません。車社会で鉄道がなくても困らない人たちが圧倒的に多い地域だと、主張だけでなく自発的かつ建設的な議論と行動が存廃のカギを握ります。

こうしてみると、長野電鉄も沿線自治体も鉄道を存続させる意思も体力もなく、また彼らを応援する住民団体が自発的な行動に至らなかったことも、屋代線を廃止に導いたと推測されます。

2011年3月25日、長野電鉄は国土交通省に屋代線の廃止届を提出します。廃止日は2012年4月1日。その前日の3月31日に、屋代線の最終列車が運行されたのです。

※住民団体が行政判断を覆した「和歌山電鉄貴志川線」の事例は、以下のページで解説しています。

※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。

【中部】赤字ローカル線の存続・廃止をめぐる協議会リスト
中部地方の赤字ローカル線の存続・廃止を検討する、鉄道事業者と沿線自治体の協議会の一覧です。

参考URL

主要業績指標の推移(長野県)
https://www.pref.nagano.lg.jp/kotsu/kurashi/kotsu/shisaku/gaiyo/documents/nagaden.pdf

長野電鉄活性化協議会(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/common/000117478.pdf

長野電鉄屋代線の廃止~代替バス運行の現状と課題(長野市議会議員 布目裕喜雄)
https://www.nunomeyukio.jp/blog/wp-content/uploads/2015/07/0158a683839ce3e71a2999765ea0a78c.pdf

廃止準備計画か?…屋代線総合連携計画・素案の根本問題(長野市議 布目裕喜雄氏のホームページ)
https://www.nunomeyukio.jp/home/100111_1gikaipage.html

今後の方向性に関する検討のまとめ及び方向性の決定(須坂市)
https://www.city.suzaka.nagano.jp/contents/imagefiles/160020/files/yasiro.pdf

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