【和歌山電鉄】貴志川線の廃止決断を覆した住民団体の行動とは

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和歌山電鉄貴志川線のうめ電車 私鉄
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和歌山電鉄は、南海貴志川線を継承して2006年4月に開業した鉄道事業者です。

猫の駅長を目当てに世界中から観光客が訪れる人気路線ですが、南海時代には利用者の減少などを理由に廃止も検討されました。沿線自治体も廃止に傾くなかで、それを阻止したのが住民団体の熱意と行動だったのです。行政判断をも覆した住民団体の建設的な活動を含め、貴志川線が存続できた理由を紹介します。

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和歌山電鉄(貴志川線)の線区データ

協議対象の区間貴志川線 和歌山~貴志(14.3km)
輸送密度(2006年→2019年)3,183→2,930
増減率-9%
赤字額(2019年)1億1,000万円
※輸送密度および増減率は、和歌山電鉄が発足した2006年と、コロナ禍前の2019年を比較しています。
※赤字額は、コロナ禍前の2019年のデータを使用しています。

協議会参加団体

和歌山市、紀の川市、商工会議所、住民団体(貴志川線の未来を“つくる”会、和歌山市民アクティブネットワークなど)、南海電鉄

南海が貴志川線の運行から撤退するまでの経緯

南海貴志川線はかつて、年間300万人を超える通勤通学客でにぎわう路線でした。ただ、モータリゼーションの進展などにより、利用者数は1974年の361万人をピークに右肩下がりへ。2004年には、192万人にまで減少します。

南海は、増便や全車両の冷房車化、新駅設置などの利用促進を図る一方で、列車のワンマン化や駅の無人化といった経費削減も進め、貴志川線の維持に努めます。しかし、利用者の減少に歯止めがかからず、赤字額も年間4億円以上という厳しい状況が続きました。

2003年10月、南海は貴志川線の廃止を含めた協議を沿線自治体に申し入れます。これを受けて沿線自治体は、同年12月6日に「南海貴志川線対策協議会」を設置。南海との話し合いが始まります。

沿線自治体は当初、南海の鉄道事業が黒字であることを理由に「内部補助で貴志川線を存続してほしい」と懇願します。しかし南海は、利用者の減少に歯止めがかからない現状にくわえ、今後、変電所の改修工事など老朽化した鉄道施設の更新に多額の費用がかかると説明。「内部補助にも限界がある」と伝えます。

それでも廃止を受け入れられない沿線自治体は、貴志川線の収支シミュレーションを独自に実施。第三セクターへの転換なども視野に、赤字を解消する方法はないかと調査を始めたのです。その最中の2004年8月11日、南海は貴志川線の廃止を正式に発表。同年9月30日には、鉄道事業廃止届を国土交通省に提出します。廃止予定日は、2005年10月1日。貴志川線の寿命は残り1年と、期限を区切られたのです。

貴志川線の存続をめざす複数の住民団体

南海と自治体との協議が続くなか、沿線住民のあいだにも貴志川線の存続をめざす住民団体が次々に発足します。住民団体は、南海に廃止撤回を求めるためにシンポジウムやワークショップを開催します。ただ、こうしたイベントをおこなっても、参加者は数十人しか集まりません。それだけ沿線地域は鉄道に興味のない、車社会になっていたのです。

こうした団体の取り組みに、沿線住民が大きく注目する出来事がありました。2004年9月2日にNHKが貴志川線問題を取り上げた番組を放送。その直後の9月7日には、沿線自治体が主催の「貴志川線存続に向けたシンポジウム」が開催されます。このシンポジウムには、マスメディアによる影響もあり約600人が参加。これまで住民団体が開いてきた会の数十倍もの人が集まります。

さらにこのシンポジウムには、国土交通省や和歌山大学の有識者、南海なども参加。各パネラーは、貴志川線の問題は自分たちの問題として捉える住民運動の活性化が重要であると主張し、「行政を中心にみんなで貴志川線を守っていこう」という考えが示されます。

なお、シンポジウムに参加した当時の和歌山県議会企画部長が、後日の議会において次のような発言をしています。

対策協議会の利用促進の推進、それからまた二十五万人を超える署名にもかかわらず、今年度に入っても依然として利用客が減り続けております。今年度に入りまして四月から八月までに約二万四千人、月平均しまして四千八百人が前年度に比べて減少しているという厳然たる事実があります。
 そういったことで、ある意味では私自身もこの会場の熱気とこの客観的な数字とを比べた場合に複雑な思いに駆られました。したがって、やっぱり何よりも地域住民の方々のマイレール意識というか、自分たちの鉄道だという意識と、あるいは具体的な行動が必要ではないかというふうに感じました。

出典:平成16年9月 和歌山県議会定例会会議録 第4号(山田正彦議員の質疑及び一般質問)

このシンポジウムがきっかけとなり、沿線住民も「地域の問題は地域で考え、自ら行動しなければならない」という考えに変化していくのです。

住民主導で貴志川線の「費用対便益」を分析

住民団体の活動が活発になるなか、貴志川線の存続に向けて重要な役割を担う組織が発足します。WCAN(和歌山市民アクティブネットワーク)という組織内に、「貴志川線分科会」が設立されたのです。

WCANとは、和歌山市中心街の活性化やまちづくりの提案を目的に2003年7月に結成された組織です。代表は和歌山大学の学長が務めます。この組織に貴志川線の存廃問題について調査分析をおこなう分科会が2004年9月21日に発足。貴志川線の費用対便益を分析することで、鉄道の必要性を探れないかと検討を始めます。

具体的には、「鉄道を存続させる場合」と「廃止・バス転換する場合」とを比べ、貴志川線が地域に与える便益を調査。その調査に、「貴志川線の未来を“つくる”会」などの住民団体も協力し、交通量調査をはじめ各種データの収集から分析、報告書作成に至るまで、地域住民が参加して進めることになりました。

こうした調査は本来、自治体がコンサル会社などに依頼するのが通例ですが、貴生川線では沿線住民が主導でおこなうという他に類のない活動が展開されたのです。

貴志川線がもたらす便益は10億円以上に

一方で、沿線自治体と南海との話し合いは、硬直状態が続いていました。2004年11月22日、協議会が進めていた収支シミュレーションの結果を公表します。この結果に、当時の和歌山市長は「赤字額は圧縮できるものの、行政負担を長期的に続けるのは困難」と主張。貴志川線を支援して存続させる考えに、否定的な意向を示します。

こうしたなかでも住民団体は、ワークショップやフォーラムなど貴志川線の存続をめざす活動を展開していきます。11月29日に近畿運輸局が実施した意見聴取会には、沿線自治体にくわえ住民団体も参加。存続に向けてのこれまでの取り組みなどを報告します。

12月13日、和歌山市は貴志川線を上下分離方式に移行したときの収支シミュレーションを公表。移行1年目には約1億8,000万円の赤字になるという結果が報告されます。この結果から、和歌山市長は「行政負担は困難」という考えを改めて伝えます。

貴志川線を廃止・バス転換したいという考えに傾く自治体。その判断を一転させる会議が、住民団体によって開かれます。2005年1月23日、住民団体が一堂に会す「貴志川線存続住民会議」が開催。ここで、WCANを中心に進めていた費用対便益の分析結果が公表されたのです。

この分析では、貴志川線を存続させることで、「道路渋滞による所要時間や交通費の節約効果」「交通事故や大気汚染の防止」など、さまざまな観点から地域社会にもたらす便益をシミュレーションしていました。その結果、貴志川線がもたらす社会的便益額は、年間で約11億6,800円~14億8460万円という試算結果が提示されたのです。

■貴志川線存続による単年度の便益額(単位:万円)

ケース1ケース2ケース3
バス・マイカーに転換する人所要時間の節約32,12025,65018,150
交通費の節約52,33062,87060,170
沿線道路を使っていた人所要時間の節約38,21061,05064,770
交通費の節約6,8009,9609,470
交通安全面交通事故の防止2,1503,4603,580
環境面での効果大気汚染の抑制350680680
地球温暖化抑制306060
騒音の軽減90150150
事業者の収支-15,270-15,420-20,420
社会的便益額の合計116,800148,460136,630
▲バス転換率の違いから3つのケースで試算。ケース1は転換率が約69%、ケース2は約46%、ケース3は約40%。いずれの場合も年間10億円超の社会的便益をもたらすことが示された。
参考:WCAN 貴志川線分科会「貴志川線存続に向けた市民報告書~費用対効果分析と再生プラン~」をもとに筆者作成

貴志川線を上下分離方式で存続させたときの行政負担は1億8,000万円でも、廃止にすると10億円以上の社会的損益を地域は被る。この結果がマスメディアでも広く伝えられ、沿線自治体も動かざるを得なくなります。

※費用対便益の求め方などは、以下の記事で詳しく解説しています。

貴志川線の存続&和歌山電鉄への継承が決定

貴志川線存続住民会議から約2週間後の2005年2月4日、和歌山県と沿線自治体は、貴志川線の上下分離方式による存続に合意します。存続を決めた理由として和歌山県は、沿線地域の人口が増えていることにくわえ、「バス転換だと道路事情が不十分であること」も挙げています。これは、住民団体が示した費用対便益分析の結果を受けて、鉄道に対する認識を改めたともいえるでしょう。

この合意の場で沿線自治体は、支援の枠組みも公表しています。主な内容は、次の通りです。

  • 貴志川線の鉄道用地は、南海から買収して沿線自治体が保有する。買収費用(2億3,000万円)は和歌山県が支援する。
  • 車両や駅などの鉄道施設は、南海から新事業者に無償で譲渡する。
  • 変電所の改修・更新費用(2億4,000万円)は和歌山県が負担する。
  • 移行後の新事業への運行支援として、沿線自治体は10年間で8億2,000万円を上限に欠損補助する。

支援の枠組みは決まったものの、沿線自治体にはもうひとつ大きな問題が残されていました。それは、運行を引き継ぐ新しい事業者を決めることです。南海が提示した廃止期限は10月1日ですから、あと8カ月足らずで新事業者を決めて引き継がなければなりません。

一般的には、自治体が運営する第三セクターに移行するのが通例です。しかし、沿線自治体には鉄道運営のノウハウがありません。それに、第三セクター方式は責任があいまいになりやすく、公設民営の上下分離方式にしたほうが成功する確率が高いという考えもあり、新事業者は民間へ委託する方針でした。

実は、この方針についてアドバイスをしたのが、和歌山電鉄の親会社である岡山県の両備グループだったのです。沿線自治体と住民団体は、以前より両備グループから鉄道運営に関する助言を求めていました。上下分離方式への移行も、民間事業者への委託も、両備グループの考えに強く影響を受けたものだったのです。

沿線自治体は2005年2月23日より、新事業者の募集を開始。民間事業者を公募するという先駆的な取り組みをおこないます。

4月28日、沿線自治体は新事業者に両備グループの岡山電気軌道を選定します。両備グループは当初、アドバイスをするだけで運営に携わるつもりではなかったそうですが、住民団体の熱意とラブコールを受け引き受けることになったようです。

5月11日、岡山電気軌道は貴志川線の継承を発表。さらに6月27日には、継承する新会社として「和歌山電鉄」を設立します。廃止予定日まで3カ月あまり。この短期間で継承するのは難しいと判断した南海は、半年間繰下げる届出を国土交通省に提出し、廃止予定日を2006年4月1日に延期します。なお、南海は後継事業者に対する社員教育や運転士育成などのサポートも協力しています。

こうして2006年4月1日、貴志川線は和歌山電鉄として新しい道をスタートさせたのです

和歌山電鉄のこれまでの取り組み

和歌山電鉄に移行する直前の2006年3月18日、「貴志川線運営委員会」が発足します。この委員会は、沿線自治体や住民団体、沿線の学校、商工会などで構成され、利用促進の取り組みを企画提案し、和歌山電鉄をサポートする組織です。

貴志川線運営委員会や住民団体などが中心となり実施してきた、施策の一例を紹介します。

  • 動物駅長の就任
  • イベント列車・ラッピング列車の運行
  • 海外プロモーション・モニターツアーの実施
  • 地域イベントの実施(駅からウォーク&ハイキング、貴志川線祭り、いちご狩り体験など)
  • 案内看板や周辺マップの作製
  • 企画きっぷの販売(三社参りきっぷ、あと4回きっぷなど)
  • パークアンドライド・サイクルアンドライドの設置
  • コミュニティバスの運行促進
  • グッズ販売
  • 環境美化活動
  • 貨客混載事業

…など

和歌山電鉄といえば、「たま駅長」をイメージされる方が多いでしょう。もともと、貴志駅近くの売店で飼われていた猫を助けるため、無人駅の駅長として2007年1月に任命されたのがはじまりで、その後、全国に知られる人気者になりました。和歌山県や沿線自治体は、海外プロモーションやモニターツアーで、たま駅長をアピール。ニタマ(2代目駅長)に変わった現在でも、世界中から観光客を集める存在として、地域経済波及効果にも貢献しています。

イベント列車も、和歌山電鉄の人気につながっています。2006年8月には、沿線の名産品をモチーフにした「いちご電車」が運行開始。南海から譲り受けた車両の改装費1,000万円以上は、沿線住民などから募りました。ほかにも和歌山電鉄には、「おもちゃ電車」「うめ星電車」「たま電車」などユニークな列車が運行されています。

また、和歌山電鉄に乗っていちご狩りに行くイベントや、沿線の神社を巡る三社参りスタンプラリーといった地域イベントも頻繁に実施。沿線の観光スポットの掘り起こしとあわせて、利用促進策を考案しています。

こうした施策も功を奏し、利用者数は南海時代よりも増加。2018年までは年間200万人以上をキープしています。

■和歌山電鉄の輸送人員の推移(万人)

和歌山電鉄貴志川線の輸送人員の推移
▲2005年は南海時代。2013年には和歌山県が海外プロモーションに注力したこともあり、インバウンドの利用者が増加した。
参考:和歌山市「貴志川線の状況」をもとに筆者作成

赤字額は南海時代の5分の1に圧縮

利用促進策にくわえ和歌山電鉄の企業努力によって、赤字額は南海時代の5分の1にまで圧縮しました。2008年度以降は、沿線自治体が用意した運行支援の補助金内(年間8,200万円以下)におさまっています。

■和歌山電鉄の収支と欠損補助の推移

20062007200820092010201120122013
損益-15,984-11,148-6,939-7,643-7,754-8,117-8,161-8,147
欠損補助8,2008,2006,9397,6437,7548,1178,1618,147
最終損益-7,784-2,948000000
▲2008年以降の損益額は、沿線自治体の補助金額内(8,200万円以下)におさまっており、最終損益は0円が続いている。
参考:国土交通省「和歌山電鐵(株)貴志川線について」をもとに筆者作成

なお、上記の欠損補助は開業後10年までで、11年目(2016年度)以降はなくなっています。その代わり、沿線自治体は鉄道施設の更新や修繕を目的に、10年で約12億4,790万円を支援しています。とはいえ、運営に対する赤字補助はなくなったことから、和歌山電鉄は運賃値上げや貨客混載事業などにより赤字額の圧縮に努めています。

話題づくりだけで鉄道は残せない

たま駅長が評判となり、全国各地のローカル線でも動物を駅長とする施策が散見されるようになりました。こうした「話題集め」も、利用者の減少に歯止めがかからない路線では重要な施策です。ただ、沿線住民の協力の輪が広がらないと、一過性の話題集めだけでは利用者の増加につながりません。

和歌山電鉄が成功したのは、沿線住民の協力が非常に大きく、それに自治体も最大限支援している結果といえます。利用者が減少している路線では地域全体を巻き込み、猫の手も借りたいくらい必死に活動をしなければ鉄道は残せない。それを、和歌山電鉄の再生事例が教えてくれているのです。

※費用対便益の求め方などは、以下の記事で詳しく解説しています。

※廃止にともなう沿線自治体の負担額から、鉄道の価値を客観的に示す「クロスセクター効果」の分析については、以下の記事で詳しく解説しています。

※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。

【近畿】赤字ローカル線の存続・廃止をめぐる協議会リスト
近畿地方の赤字ローカル線の存続・廃止を検討する、鉄道事業者と沿線自治体の協議会の一覧です。

参考URL

鉄道統計年報
https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk2_000053.html

貴志川線の社会的価値と再生までの経緯(和歌山大学経済学部助教授・WCAN交通まちづくり分科会長:辻本勝久)
【リンク切れ】https://web.wakayama-u.ac.jp/~ktjapanw/kishigawasen.htm

地域鉄道の再生・活性化モデル事業の検討調査
https://www.mlit.go.jp/common/001064373.pdf

廃線の危機から貴志川線を復活させた改善改革(創意社)
http://www.souisha.com/pdf/wakayamadentetsu.pdf

和歌山電鐵(株)貴志川線について(国土交通省)
https://wwwtb.mlit.go.jp/kinki/kikaku/kikakuka/tetsudonet_kentokai/10.9kaisiryou6.pdf

貴志川線の未来を”つくる”会
https://kishigawa-sen.jp/mirai/

和歌山電鐵の新たな10年の協定締結!(和歌山電鐵)
https://wakayama-dentetsu.co.jp/2016/01/18/%E5%92%8C%E6%AD%8C%E5%B1%B1%E9%9B%BB%E9%90%B5%E3%81%AE%E6%96%B0%E3%81%9F%E3%81%AA10%E5%B9%B4%E3%81%AE%E5%8D%94%E5%AE%9A%E7%B7%A0%E7%B5%90%EF%BC%81/

和歌山市・紀の川市貴志川線地域公共交通総合連携計画(第2次)
http://www.city.wakayama.wakayama.jp/res/projects/default_project/_page/001/002/191/menu_1/gyousei/koutsuseisaku/renkeikeikaku/keikaku2.pdf

平成16年9月 和歌山県議会定例会会議録 第4号(山田正彦議員の質疑及び一般質問)
https://www.pref.wakayama.lg.jp/gijiroku/p040442.html