【岳南電車】赤字路線への公的支援は妥当か?便益の数値化で存続を探る自治体

岳南電車 私鉄

岳南電車は、吉原と岳南江尾をつなぐ9.2kmの私鉄です。全線が富士市内を通り、沿線には製紙工場をはじめ工業地帯が広がることから、かつては貨物輸送もおこなわれていました。ただ、現在は旅客のみ運営する鉄道事業者です。

慢性的な赤字が続く岳南電車にとって、富士市の公的支援は大きな支えになっています。ここでは、赤字鉄道の存続を目的とした「公的支援の妥当性」について、富士市の考えや利用促進などの取り組みをお伝えしましょう。

岳南電車の線区データ

協議対象の区間岳南線 吉原~岳南江尾(9.2km)
輸送密度(1987年→2019年)1,786→1,004
増減率-44%
赤字額(2019年)7,163万円
※輸送密度および増減率は1987年と、コロナ禍前の2019年を比較しています。
※赤字額は、コロナ禍前の2019年のデータを使用しています。

協議会参加団体

富士市、岳南電車

岳南電車と沿線自治体

岳南電車をめぐる協議会設置までの経緯

岳南電車(当時の岳南鉄道)が慢性的な赤字に陥ったのは、1980年代の後半からです。旅客輸送に関しては、当時の利用者数は年間150万人前後でしたが、90年代に入ると大きく減少。2000年代には年間75万人前後と、わずか15年ほどで半減します。

また、主力の貨物輸送も工場の生産縮小などの影響を受けて収入が減少。この状況に、富士市は「貨物輸送の低迷」を理由に、2004年から毎年1,000万円の公的支援の投入を決めます。

こうしたなか、岳南鉄道の経営を揺るがす大きな事件が発生します。2012年、JR貨物が岳南鉄道からの引受停止を決定。これにより、岳南鉄道の貨物輸送は廃止に追い込まれたのです。大きな収入源を失った岳南鉄道は、富士市に対して「鉄道を単独で継続することは困難」と公的支援を申し出ます。

これを受けて富士市は、岳南鉄道と連携して経営改善に向けた行動計画を策定するとともに、年間6,500万円の支援を決めます。行動計画の期間は、2012~2014年の3年間。その評価を受けて、鉄道存続の道を探ることになったのです。

なお、行動計画は2015年以降も続いています。富士市は、岳南電車が必要な社会基盤であり、市民や行政が一体となって支えていく」とし、2015年に「岳南電車利用促進協議会」を設立しました。

岳南電車への公的支援の妥当性について

富士市では、地方鉄道運営費補助金の名目で、年間6,200万円(2012~2014年は6,500万円)を岳南電車に支援しています。また、2021年には新型コロナウイルスの影響で大きく減収したことを受け、臨時支援補助金として2,100万円の追加支援をしています。

岳南電車に対する多額の支援について、富士市は「社会的便益」「利用者数・収益実績」「行動計画の履行状況」「地域と一体となった取り組みの検証」という4つの項目から、公的支援の妥当性や効果を検証しています。これらの項目は数字で明確に表現されており、評価しやすい点が特徴です。

ここでは、2023年度以降の公的支援について、2018~2020年の実績をもとに検討した内容をお伝えしましょう。

社会的便益

岳南電車の社会的便益について、富士市では「鉄道の存続でもたらされる『便益』と、存続に要する『費用』との差」で、評価しています。費用よりも便益のほうが大きければ、「岳南電車に公的支援をしてでも存続させる意味がある」ということです。

ここでいう便益とは、以下の3点で評価し、数値(金額)で明確に表しています。

(1)鉄道による通勤・通学時間の短縮効果(所要時間短縮便益)
(2)バスなどと比べた運賃の削減効果(費用低減便益)
(3)交通事故の削減効果(道路交通事故削減便益)

2018~2020年の実績は、いずれの年も便益のほうが上回っています。コロナ禍で社会的な移動が減少した2020年も便益のほうが約4,040万円も上回っており、公的支援が妥当であると評価されています。

便益収支
所要時間短縮便益167.3事業者の収益9.5
費用低減便益-1.9事業者の経費-136.9
道路交通事故削減便益2.4
便益計167.8-127.4
▲単位:百万円。岳南電車の「収支」は1億2,740万円の赤字だが、鉄道が廃止されると1億6,780万円の「便益」を失うと試算された。このため、公的支援をして残すことが妥当と判断された。
参考:地方鉄道分科会/富士市公共交通協議会「岳南電車への令和5年度以降の公的支援について」をもとに筆者作成

利用者数・収益実績

利用者数と収益実績は、行動計画で作成した目標値をクリアできるかが評価のポイントです。

利用者数について、当初の目標は年間81~82万人です。これに対して実績は、2018年が約87万人とクリアしたものの、2019年は約81万人、2020年は約63万人で達成できませんでした。収益実績も、2019年と2020年は目標を達成できていません。理由は言うまでもなく、コロナの影響です。

富士市の評価としては「△」でした。ただ、夜景電車の人気などから利用者数は増加傾向にあること、グッズ販売などの雑収入が増えている点から、「今後改善が期待される」と富士市は考えているようです。

行動計画の履行状況

岳南電車の第三次行動計画で示した施策をもとに、それがしっかり実施されたかを評価します。施策は、ダイヤの改善、観光客の誘致活動、トイレや駐輪場などの美化整備など、全部で26項目あります。

この評価は、岳南電車が提出する実績報告書や現地調査などをもとに確認され、富士市の評価は「○」となっています。ただ、各施策に具体的な目標数値が設定されておらず「評価しづらい」という声も挙がっているようです。そこで、2023年度からは行政や第三者機関によるモニタリング制度を導入し、確実な計画履行を目指すことが示されています。

地域と一体となった取り組みの検証

イベント列車の運行や、地域の祭り・イベントとの協力など、岳南電車利用促進協議会の活動を含めた取り組みを検証・評価するものです。具体的には、利用促進事業の実施内容や夜景電車などの利用者数(参加者数)から評価されます。

2020年は、コロナの影響で中止になるイベントが多々あったものの、2018年と2019年の参加者数は増加傾向にあったとして、こちらも評価は「○」です。

以上4つの評価から、2023年度以降も岳南電車への公的支援は決定しています。

岳南電車のこれまでの取り組み

岳南電車や岳南電車利用促進協議会が実施してきた、利用促進の取り組みの一例をまとめました。

  • イベント列車の運行(夜景電車、名月電車、ビール電車など)
  • 祭りなどのイベントの実施(岳電まつり)
  • 見学会の開催(電車教室・勉強会・探検隊など)
  • マスメディアでの情報発信
  • パークアンドライド

…など

岳南電車の名物となっている「夜景電車」。車内の照明を消して沿線工場の夜景を楽しむ、工業地帯ならではの企画です。窓を開けて運行するため、列車の走行音やレトロな踏切音、街の匂いも感じるとして人気を集め、コロナ禍前は年間20~30回の運行に2,000人以上が乗車しています。

このほかにも、ビール電車やジャズ電車、名月電車などのイベント列車や観光ツアーも、協議会が中心となり催行。テレビや新聞を活用したメディア戦略も功を奏し、毎回多くの利用者を集めています。

公的支援にくわえ、利用促進の取り組み、さらには街全体のプロモーションも展開することで、富士市は岳南電車を支えているのです。

※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。

【中部】赤字ローカル線の存続・廃止をめぐる協議会リスト
中部地方の赤字ローカル線の存続・廃止を検討する、鉄道事業者と沿線自治体の協議会の一覧です。

参考URL

鉄道統計年報
https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk2_000053.html

地域と共に、コロナ禍を乗り越える(富士市都市整備部都市計画課)
https://wwwtb.mlit.go.jp/chubu//tsukuro/symposium/pdf/R3/03fuji.pdf

岳南電車について(岳南電車)
https://www.gakutetsu.jp/company/

岳南電車への公的支援について(富士市)
https://www.city.fuji.shizuoka.jp/machi/c1301/rn2ola000004dfyj.html

岳南電車への令和5年度以降の公的支援の内容について(地方鉄道分科会/富士市公共交通協議会)
https://www.city.fuji.shizuoka.jp/machi/c1301/rn2ola000004dfyj-att/rn2ola000004doaw.pdf

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