富山地方鉄道は、4つの鉄道線(本線・立山線・不二越・上滝線)と、軌道線(富山市内軌道線・富山港線)を運営する鉄道事業者です。
富山県は「鉄道王国」「鉄軌道王国」などといわれますが、その成り立ちにおいて富山地方鉄道の存在は欠かせません。利用者離れに歯止めをかけ、富山県が鉄道王国と呼ばれるようなった経緯を、富山地方鉄道と沿線自治体の視点から紹介します。
富山地方鉄道の線区データ
協議対象の区間 | 本線 電鉄富山~宇奈月温泉(53.3km) 立山線 寺田~立山(24.2km) 不二越線 稲荷町~南富山(3.3km) 上滝線 南富山~岩峅寺(12.4km) 富山市内軌道線(7.5km) 富山港線 富山~岩瀬浜(7.7km) |
輸送密度(1989年→2019年) | 鉄道線:3,710→1,933 軌道線:7,674→2,698 |
増減率 | 鉄道線:-48% 軌道線:-65% |
収支(2019年) | 鉄道線:1億1,823万円(赤字) 軌道線:5,393万円(黒字) |
※赤字額は、コロナ禍前の2019年のデータを使用しています。
協議会参加団体
富山市、魚津市、滑川市、黒部市、立山町、上市町、舟橋村
利用者減少に悩む富山地方鉄道と財政悪化を恐れる富山市
富山県は、1世帯あたりの自動車保有台数が全国2位の「自動車王国」です。ゆえに、富山地方鉄道はモータリゼーションの影響を大きく受け、1960年代から利用者を奪われ続けました。時代が平成に入ると少子化の影響もくわわり、利用者数はさらに減少。平成時代のわずか15年で半減します。
減少に歯止めをかけるため富山地方鉄道は2003年に、45年ぶりの新駅となる「小杉駅」を上滝線に開設。翌2004年のダイヤ改正では、電鉄富山~上市間で29本も列車を増発し、利用促進に努めます。しかし、2004年の鉄道線の利用者数は514万人と、最低記録を更新してしまったのです。
同じころ沿線自治体の富山市では、モータリゼーションの進展にあわせたまちづくりに、課題を感じ始めていました。駅前からは人影が消える一方で、郊外には住宅地や大規模商業施設が進出し、中心地の空洞化が進んでいたのです。
住宅の拡散と中心市街地の空洞化。これらは、行政コストが膨らむ一因となり財政悪化を招くおそれがあります。さらに、公共交通が衰退すれば街の魅力はますます低下するでしょう。
この状況を打破するために富山市は、中心市街地や鉄道駅の周辺に住宅地を移す「公共交通を軸としたまちづくり構想(コンパクトシティ構想)」を提言。その舞台のひとつになったのが、富山地方鉄道でした。
鉄道線の利用者減少に歯止めをかけろ!
2005年3月、沿線自治体は「富山地方鉄道線再生協議会」を発足。官民協働で利用促進に取り組むことになりました。その結果、2005年の鉄道線の利用者数は526万人と、わずかながら増加に転じたのです。2006年には533万人にまで回復。しかし、翌2007年には530万人と再び減少します。
とき同じく2007年、国は地域公共交通活性化再生法を施行します。沿線自治体は、この法律にもとづく制度を活用して富山地方鉄道の再生をめざそうと、まず各自治体で任意協議会を設置。行政と住民も一体となった公共交通の活性化に向けた取り組みを始めます。
その後、2010年2月には地域公共交通活性化再生法にもとづく「富山地方鉄道沿線地域公共交通活性化協議会」を設置。沿線自治体が一丸となり、富山地方鉄道を核としたまちづくりを進めていくことになります。
軌道線では上下分離方式の新線を敷設
一方、軌道線の利用者は2006年に357万人まで減少しますが、協議会の取り組みも功を奏し、2007年は363万人と減少に歯止めがかかります。
さらなる増加をめざそうと、富山市は「富山環状線化事業」を立案。かつて中心市街地を走っていた路面電車を復活して環状線にし、回遊性を高めることで中心地の活性化を狙ったのです。
2007年11月、丸の内から中町まで約0.9kmの軌道復活を地域公共交通総合連携計画に盛り込み、さらに「軌道運送高度化実施計画」を国に申請します。軌道運送高度化実施計画 には、市が軌道や設備などを保有する「上下分離方式」を導入することを記載。これにより、富山地方鉄道は軌道敷設の負担を避けるとともに、開業後のランニングコストも軽減できます。
これらの計画は2008年2月に国の認定を受け、事業費約30億円のうち約13億円を国からの補助で賄っています。なお、軌道運送高度化実施計画の認定を受けたのは、富山地方鉄道(富山市)が初めてです。こうして2009年12月、軌道線では全国初となる上下分離方式の富山環状線が開業します。
富山地方鉄道のこれまでの取り組み
このほか、沿線自治体が富山地方鉄道と一緒に取り組んできた利用促進策の一部を紹介します。
- 交通系ICカードの導入
- パークアンドライド施設の整備
- 新駅開業(本線「新庄田中駅」)
- バリアフリー化の推進
- モビリティマネジメントの実施(ノーマイカーウィークの取り組み強化・住民意識の啓発など)
- 免許自主返納者に運賃半額サービス
- 高齢者向け乗り放題定期券「いきいきパス」の販売
- 富山ライトレールと一体運行
…など
軌道線では2009年に、交通系ICカード「ecomyca(えこまいか)」を導入。富山ライトレールをはじめ、他の交通系ICカードとも相互利用できます。
また、自動車運転免許を返納したすべての人に運賃を半額にするサービスや、63歳以上の人が利用できる乗り放題定期券「いきいきパス」の販売など、高齢化社会を見据えたサービスも拡充しています。
このほか、新駅の新庄田中駅は2012年に設置。中心地に近い駅ですが、近隣住民へのアンケート調査によると、自動車や自転車利用者の25%が鉄道にシフトしたという結果も出ています。
さらに軌道線では、復活した新線の停留場に電車接近表示装置やバリアフリー対応スロープを設置するなど利便性の向上に努めています。2015年3月には、北陸新幹線開業に合わせて「富山駅停留場」を高架下に移設。2020年には、この停留場を介して富山ライトレールとの一体運行を始めることになります。
こうした利用促進策もあり、富山地方鉄道の各路線は利用者数が増加傾向にあります。軌道線の輸送密度は約20年ぶりに5,000人/日以上に回復したほか、立山線・不二越線・上滝線といった利用者の少なかった路線も、ここ数年で大きく回復しているようです。
富山ライトレール吸収合併でさらなる利用者増をめざせるか?
2015年、富山地方鉄道と富山ライトレール、そして富山市は、軌道線を環状線化する際に申請した「軌道運送高度化実施計画」の変更を求めます。軌道線と富山ライトレールの相互乗り入れを、実現するためです。
両線は富山駅周辺のJR北陸本線(あいの風とやま鉄道線)を挟み、北側は富山ライトレール、南側が富山地方鉄道の軌道線と、南北に分断されていました。これが、JR線の高架化にともない、直通化できるようになったのです。
両線が直通化すれば、利便性が高まって利用者の増加が期待されます。ただ、事業者が異なるため運賃が合算されてしまい、割高に感じる利用者がいるかもしれません。直通化のインパクトを高めるには、運賃体系の統一も必要でした。
そこで、富山ライトレールを富山地方鉄道が吸収合併し、運賃を統一する案が浮上。均一運賃にすることで、さらなる利用者の増加を狙ったのです。
こうして2020年3月、富山ライトレールは富山地方鉄道の富山港線として生まれ変わり(厳密には77年ぶりに富山地方鉄道に復帰)、相互直通運転がスタートします。なお、開業と同時に新型コロナウイルスの感染拡大により、利用者数は大きく減少。直通化の効果は、しばらく後にならないと評価できなそうです。
富山地方鉄道には、ほかにも大きな構想があります。そのひとつが、上滝線と市内軌道線の直通運転です。上滝線は近年、利用者の増加がめざましく、直通運転が実現すればさらに利用者が増える可能性があります。現段階では技術的な課題が多く実現は難しいといわれていますが、利用者目線でさらに利便性を高めるうえでも、富山地方鉄道や沿線自治体の挑戦を応援したいところです。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。
参考URL
鉄道統計年報
https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk2_000053.html
誰もが自由に移動できる便利で優しい「まち」を目指して(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/common/000108178.pdf
富山地方鉄道沿線地域公共交通活性化協議会
https://www.mlit.go.jp/common/000117489.pdf
富山地方鉄道沿線地域公共交通総合連携計画(富山県)
https://www.city.toyama.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/006/257/8.pdf
公共交通を軸としたコンパクトなまちづくり(富山市)
https://wwwtb.mlit.go.jp/tohoku/content/000182792.pdf
富山県地域交通ビジョンの関連データ等(富山県)
https://www.pref.toyama.jp/documents/19992/sanko1.pdf