【上田電鉄】二度の廃止危機を乗り越えた自治体の別所線への思い

上田電鉄別所線の列車 私鉄

上田電鉄は、上田から別所温泉までの全線(別所線)が上田市内で完結する私鉄です。かつては5路線で約50kmの営業キロを有しましたが、利用者の減少などにより1972年までに4路線が廃止に。残る別所線も、1970年代からたびたび廃止の危機に直面してきました。

そんな上田電鉄が現在も存続しているのは、沿線自治体による多大な協力があったからです。

上田電鉄別所線の線区データ

協議対象の区間別所線 上田~別所温泉(11.6km)
輸送密度(1987年→2019年)1,933→1,415
増減率-27%
赤字額(2019年)1,500万円
※輸送密度および増減率は1987年と、コロナ禍前の2019年を比較しています。
※赤字額は、コロナ禍前の2019年のデータを使用しています。

協議会参加団体

上田市、上田電鉄、長野県ほか

上田電鉄の沿線自治体

上田電鉄別所線の二度の廃止危機と協議会設置までの経緯

上田電鉄(当時の上田交通)が最初に別所線の廃止を伝えたのは、1973年のことです。この前年には真田傍陽線が廃止となり、残る別所線も廃止・バス転換の方針を示します。ただ、このときは地方鉄道軌道整備法にもとづく、いわゆる「欠損補助金」の交付を受けることで廃止の危機を乗り越えます。

国などから補助金を受けて運営することになった上田電鉄は、利用促進のためのサービス向上やコスト削減といった経営改革を本格化させます。これにより、1990年代にかけて利用者が増加。1996年には年間177万人にまで回復し、欠損補助金が打ち切られた後も存続できる状況までに改善したのです。

しかし、利用者数は1996年をピークに再び減少に転じます。少子化による通学定期客の減少と、景気低迷による観光客の減少が主な要因で、2003年には年間127万人と、わずか7年で50万人も減少します。

さらに、安全対策の設備投資が今後10年で約15億円も必要であることが判明。当時の上田交通は「公的支援が得られなければ別所線の廃止も検討しなければならない」と、上田市に迫ったのです。

これに対して上田市は、2003年6月に「別所線存続緊急対策本部」を設置。鉄道軌道近代化設備費補助制度の活用などにより、上田電鉄の存続をめざす検討を始めます。

同じころ、沿線住民や団体も動き始めます。沿線住民による支援団体「別所線の将来を考える会」の結成を皮切りに、自治会や別所温泉観光協会などが組織する「別所線電車存続期成同盟」など、別所線の存続に向けて活動を始める団体が続々と登場します。

これらの団体を総括する組織として、上田市は2005年に「別所線再生支援協議会」を設置。上田電鉄の設備更新費や修繕費など安全対策の設備投資に対して、公的支援の投入を決定します。

その後、上田電鉄の利用者数は2006年から再び増加に転じ、コロナ禍前までは120万人前後を推移しています。

▲別所線の輸送人員と収入の推移(1994~2007年)。2005年に年間122万人に減少した利用者数は翌年から増加に転じた。
参考:上田市「令和3年度別所線安全対策事業等の実績報告」をもとに筆者作成

台風被害で三度目の廃止危機

2019年10月、東日本に上陸・縦断した台風19号は、上田電鉄にも大きな被害を与えました。「赤い鉄橋」として親しまれていた千曲川橋梁が、川の増水により崩落。上田から城下までの1駅間が不通になったのです。

橋梁の復旧費用は、約8億8,300万円。上田電鉄にとって、3年間分の運賃収入にあたる額です。もちろん、慢性的な赤字経営の上田電鉄に復旧費用は出せません。

このピンチを救ったのは、上田市のスピード感のある行動でした。被災から3カ月後の2020年1月、上田市は国の「特定大規模災害等鉄道施設災害復旧事業費補助」を活用した千曲川橋梁の復旧を、市議会で可決します。

この補助は、災害で被害を受けた赤字路線の鉄道施設を、国と自治体がそれぞれ1/2ずつ負担して復旧させるというものです。これにより、鉄道事業者は無償で復旧させることが可能になります。なお、自治体負担分の95%は普通交付税が使えるため、事実上、国が97.5%を負担するスキームになっています。

ただし、この補助を使うには「鉄道施設の公有化」と「長期的な運行の確保に関する計画の策定」が求められます。上田市は即座に、千曲川橋梁を市が所有する公有化を決定。つまり、鉄橋だけを「上下分離」で運用することを決めたのです。さらに、2030年度までの10年間は上田電鉄を維持するための支援計画を策定し、国に申請します。

こうして2021年3月、千曲川橋梁は復旧。全線運行が再開されたのです。

その後、上田市では2021年12月に「国土強靱化地域計画」を策定します。これは、大規模災害時に速やかな復旧・復興を、行政が主体的に進めるための計画書です。このなかには、千曲川橋梁の耐震対策や倒壊防止対策に関する工事の実施計画も含まれています。

千曲川橋梁
▲上田電鉄の千曲川橋梁。台風で一部崩落したが、約1年半で復旧させた。

2022年5月、別所線再生支援協議会は、自治会や観光協会などが組織する「別所線電車存続期成同盟」と統合。地域活性化再生法にもとづく「別所線活性化協議会」という新たな組織に衣替えし、上田電鉄への支援が再スタートしました。

上田電鉄のこれまでの取り組み

沿線自治体や団体が主体となって取り組んできた、上田電鉄の利用促進策や経費削減策を紹介します。

  • 自治会回数券(マイレールチケット)の販売
  • 観光ガイド講習
  • パークアンドライド
  • 無料レンタサイクルの設置
  • ファンサービスの実施(丸窓まつり、電車貸切ライブなど)
  • イベント列車の運行(すず虫列車、サンタ列車など)
  • ラッピング電車の運行
  • 駅の清掃・美化活動
  • 利用促進グッズやイベントグッズの制作
  • 観光プロモーション(首都圏を中心に観光誘客キャンペーン)

…など

「自治会回数券(マイレールチケット)」は、別所線電車存続期成同盟会の協力が大きく、上田電鉄の利用促進や売上向上に貢献しています。回数券は20枚つづりで6カ月有効。割引率が15%、年2回のみ発売というプレミア感もあります。売上額は年間2,000万円前後にもなり、運賃収入の1割弱を占めます。

この回数券は上田電鉄の有人駅だけでなく、沿線の53自治会でも販売しています。自治会組織も積極的に販促活動をおこなうことで、マイレール意識の醸成にもつながっているようです。

「観光ガイド講習」も、ユニークな取り組みです。これは、定年退職を迎えた方を対象に、観光ガイドの技能を身につけ再就職につなげるという、シニア・ワーク・プログラム。上田駅長が講師になり、観光ガイド講習を実施しています。

上田市はこれまで、毎年約9,000万円を上田電鉄に補助してきました。2021年度からは災害支援措置補助金として、年間で最大3,000万円を追加補助しています。

自治体が積極的に支援できる背景には、沿線住民の理解も重要です。存続に向けた取り組みに沿線住民も積極的に参加することで、上田電鉄は支えられてきました。それだけ上田電鉄が沿線住民に必要とされ、愛されてきた鉄道であることもうかがえます。

※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。

【中部】赤字ローカル線の存続・廃止をめぐる協議会リスト
中部地方の赤字ローカル線の存続・廃止を検討する、鉄道事業者と沿線自治体の協議会の一覧です。

参考URL

別所線活性化協議会
https://www.city.ueda.nagano.jp/site/besshosen/3354.html

個別事例(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/tetudo/bestpractice/best%202.pdf

令和3年度別所線安全対策事業等の実績報告(上田電鉄)
https://www.city.ueda.nagano.jp/uploaded/attachment/41275.pdf

上田市地域公共交通網形成計画(上田市)
https://www.city.ueda.nagano.jp/uploaded/attachment/8029.pdf

上田市国土強靱化地域計画(上田市)
https://www.city.ueda.nagano.jp/uploaded/attachment/41279.pdf

別所線の活性化・再生に向けた取組みについて(上田電鉄)https://wwwtb.mlit.go.jp/kanto/kankou/saisei/seminar_symposium/date/25/ueda_dentetu.pdf

弘南鉄道大鰐線についての考察(弘前大学学術情報リポジトリ)
https://hirosaki.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=1909&file_id=20&file_no=1

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