【伊賀鉄道】公有民営方式でも苦境…鉄道は存続できるか?

伊賀鉄道の上野市駅 私鉄

伊賀鉄道は、伊賀上野から伊賀神戸を結ぶ近鉄グループの鉄道事業者です。伊賀上野ではJR関西本線に、伊賀神戸では近鉄大阪線に接続しています。

もとは近鉄のローカル線でしたが、2007年に鉄道施設のみを近鉄が保有し伊賀鉄道が運行を担う上下分離方式に移行。さらに2017年には、伊賀市が鉄道施設などを近鉄から譲り受けて保有する公有民営方式に移行しています。

伊賀鉄道が誕生した経緯や、赤字額の圧縮を目指す沿線自治体の取り組みについて紹介します。

伊賀鉄道の線区データ

協議対象の区間伊賀線 伊賀上野~伊賀神戸(16.6km)
輸送密度(2007年→2019年)4,262→2,116
増減率-50%
赤字額(2019年)8,365万円
※輸送密度および増減率は、伊賀鉄道が発足した2007年と、コロナ禍前の2019年を比較しています。
※赤字額は、コロナ禍前の2019年のデータを使用しています。

協議会参加団体

伊賀市、三重県、商工会議所、自治会連合会など

伊賀鉄道と沿線自治体

伊賀鉄道が誕生するまでの経緯

伊賀鉄道の前身にあたる近鉄伊賀線は、過疎化やモータリゼーションの進展などの影響を受け、利用者数は減少の一途をたどっていました。近鉄はワンマン化や駅の無人化などの経営合理化を進めますが、抜本的な改善には至らず、年間の赤字額は約4億3,000万円(2005年度)にも達していたのです。

2004年4月、近鉄は伊賀線を自社単独で維持することが困難と、沿線自治体に協議を申し入れます。これに対して沿線自治体は、同年9月に「近鉄伊賀線に関する研究会」を発足。翌2005年4月には「近鉄伊賀線活性化協議会」を設立し、伊賀線のあり方について話し合うことになりました。

近鉄は当初、伊賀線の存続を前提に別の事業者に譲渡する案を提示します。これは、三岐鉄道北勢線で採用したケースと同じです。しかし、多額の赤字にくわえ車両更新の時期が近付いており、鉄道を存続させるには今後膨大な投資額が必要です。このため、近鉄の提案を受け入れる企業はありませんでした。

最終的に、沿線自治体が支援することで伊賀線の存続が決定します。ただ、近鉄はグループ全体で黒字経営のため、公的支援は理に適いません。そこで、近鉄と沿線自治体が出資する新しい鉄道事業者を設立し、自治体の支援のもと運行を継続。鉄道施設や車両などは引き続き近鉄が保有する、上下分離方式に移行することで決定します。こうして新たな運行会社として誕生したのが、伊賀鉄道でした。

伊賀鉄道開業後も増え続ける赤字と減り続ける利用者数

開業後の伊賀鉄道は、近鉄から借り入れた古い車両から新しい車両への更新に取り組みます。更新費用は、国や県などの「鉄道軌道近代化設備整備費補助金」や、伊賀市の合併特例債などから補助。購入車両は、伊賀鉄道が所有します。また、2013年からは近鉄が新型ATSに更新するなど鉄道施設の刷新も図られました。

さらに伊賀市では、2008年に伊賀鉄道活性化連携計画協議会を設置。「伊賀鉄道地域公共交通総合連携計画」を策定し、運営費補助として年間6,000万円(上限)、2016年までの10年間で5億4,500万円を補助するほか、利用促進の取り組みにも着手します。

しかし、年間乗車人員は転換前の約220万人(2006年)から、約204万人(2008年)に減少。赤字額の改善も、期待したほどではありませんでした。

伊賀鉄道の利用者数が減り続ける背景には、少子化があります。伊賀鉄道の利用者の約6割が通学定期客。沿線高校の統合再編などもあり、通学生は年々減少しています。このため、通勤定期客や定期外の利用者を増やすことが喫緊の課題となったのです。

危機感を募らせる自治体の様子が、2013年の伊賀鉄道活性化連携計画協議会の議事録に残されています。

今日も伊賀鉄道に乗ってきたが20人くらいの乗客で車内も静かで寂しい感じだった。もう少し知恵がないものかと思う。近くの名所旧跡などもっとアナウンスすれば見える景色も含めて違ってくるのではないか。もっと楽しい乗り物にできないか。

(中略)

この協議会も5年になるが利用者の減少傾向が下げ止まらないと聞いている。ぜひ皆さんから知恵をいただき、町のシンボルとして利用できるような方向を見出していきたい。

出典:伊賀市「平成25年度 第1回伊賀鉄道活性化連携計画協議会」

伊賀鉄道では、乗換接続ダイヤの見直しや運行間隔の短縮など、利用促進の取り組みを実行してきました。しかし、輸送密度は2007年の4,262人/日から2016年には2,440人/日と、わずか10年で4割も減少。年間輸送人員は約145万人(2016年)にまで減少してしまいます。

伊賀鉄道の乗車人員の推移
▲伊賀鉄道の乗車人員の推移。開業後も一貫して減少が続いている。
参考:伊賀市「伊賀市地域公共交通計画」のデータをもとに筆者作成

公有民営方式で伊賀鉄道の存続へ

利用者の減少を抑えるために、伊賀市と三重県、近鉄、伊賀鉄道の4者は2013年より勉強会を定期的に開催してきました。このなかで、近鉄は「今後も収支の改善が見込めず、2017年度以降は支援できない」と、伊賀鉄道から撤退する意向を示します。

これに対して伊賀市は、鉄道が「貴重なインフラである」と指摘。朝ラッシュ時には上下合わせて約1,000人の高校生が利用しており、これをバスで輸送すると新たな交通渋滞が発生すると提言します。
伊賀鉄道の存続か、それともバス転換か。勉強会では、他の地方鉄道の事例などを踏まえて検討が続きます。

そして2014年、勉強会の出した答えは「公有民営方式への移行」でした。この方式は、近鉄が保有する鉄道施設などを伊賀市に無償で譲渡(用地は無償貸与)。車両も伊賀市が保有し、鉄道施設とあわせて伊賀鉄道に無償で貸し付けるというスキームです。

公有民営方式であれば、国の鉄道事業再構築実施計画の認定を受けることが可能です。この認定を受ければ、近鉄が保有しているときには得られなかった、鉄道施設や車両の更新・維持管理費などに対する国からの補助や県からの協調補助が受けられ、赤字額の圧縮も期待できます。また、減価償却費や諸税の軽減といったメリットもあり、収支改善も見込めます。

新たなスキームを確立した伊賀鉄道は、2017年から再出発することになったのです。

公有民営方式スキーム図
▲第三種鉄道事業者が、近鉄から伊賀市に移行。従来通り伊賀市は赤字を補てんするが、伊賀鉄道に利益が出た年は基金へ拠出するしくみになっている。
出典:伊賀市「伊賀線の公有民営方式への移行について」

伊賀鉄道のこれまでの取り組み

伊賀鉄道と沿線自治体がこれまで取り組んできた、利用促進策や経費削減策についてまとめました。

  • 忍者列車ツアーによる訪日外国人観光客の誘致
  • 沿線商店とタイアップしたイベント列車運行(甘いもんとれいん、お月見列車など)
  • 新駅開業(四十九駅)
  • 市職員を対象としたエコ通勤の推進
  • 既存バス・コミュニティバスの運行改善
  • パーク&ライド駐車場整備(比土駅、丸山駅)
  • 駅名のネーミングライツ・枕木オーナー制度の導入

…など

近鉄時代から運行されている、伊賀鉄道の名物「忍者列車」。これを活用して、三重県や観光団体などと連携したインバウンド向けのツアー「忍者パック」が好評のようです。ツアーの参加者は忍者の衣装に着替えて、伊賀流忍者博物館など沿線の観光施設を巡るという体験型の企画。2014年からスタートし、コロナ禍前には年間3,000人前後の利用がありました。

また、沿線の洋菓子店とタイアップした「甘いもんとれいん」や、橋梁の上で満月を楽しむ「お月見列車」など、忍者列車以外にもイベント列車を企画しています。これらの列車は、市民や商工会議所などで組織される「伊賀鉄道友の会」と共催で運行。定期外利用者の利用促進にも、つながっているようです。

2018年には、市民の要望で「四十九駅」という新駅が開業しました。駅周辺には大型商業施設や市民病院、伊賀市庁舎などがあり、利便性向上による利用者の増加を見込んでいます。なお、新駅の乗降客数は1日200名と計画されましたが、実際には170名程度(2019年)と、あと一歩のようです。沿線は車社会ですから、商業施設や病院、市役所に鉄道で行かれる方は限定的でしょう。

公有民営化に移行後も、さまざまな利用促進策を実施している伊賀鉄道ですが、減り続ける通学定期客の穴埋めは容易ではなく、利用者数や収支の改善には至らない状況です。2019年の輸送密度は2,000人/日以上を確保し、鉄道として優位な状況ではありますが、開業から15年で半分に減っており、将来に不安が残ります。赤字額も2021年度は1億円を超え、自治体の負担も重くなっています。沿線住民を巻き込んだ、さらなる利用促進策が求められるところです。

※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。

【近畿】赤字ローカル線の存続・廃止をめぐる協議会リスト
近畿地方の赤字ローカル線の存続・廃止を検討する、鉄道事業者と沿線自治体の協議会の一覧です。

参考URL

鉄道統計年報
https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk2_000053.html

近鉄における地域鉄道線への取組みについて(近鉄)
https://wwwtb.mlit.go.jp/hokkaido/content/000184814.pdf

上下分離型の経営形態による地方鉄道活性化への取り組み(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/transport/pdf/048_ogaki_iga.pdf

地方鉄道の経営改善に関する調査(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/common/001293545.pdf

伊賀鉄道伊賀線の鉄道事業再構築実施計画の概要(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/common/001175755.pdf

伊賀鉄道伊賀線の現況と今後について(伊賀市企画振興部総合政策課)
【リンク切れ】https://www.city.iga.lg.jp/cmsfiles/contents/0000003/3987/1-3_9.pdf

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