国鉄分割民営化の際に、国は経営基盤の脆弱なJR三島会社に対して「経営安定基金」を託しました。あれから40年近く。いまも基金の恩恵を受けているJR北海道とJR四国は、相変わらず不安定な経営が続いています。
そもそも経営安定基金とは、どのようなものなのでしょうか。赤字補てんのしくみやJR三島会社が得た利益、基金以外の国の支援制度などをまとめて紹介します。
経営安定基金とは?
JR三島会社に託された経営安定基金とは、JR北海道・JR四国・JR九州の経営支援を目的とした国の制度です。
設立当時のJR三島会社には新幹線がなく、また黒字の在来線も少なかったため、経営が行き詰まるのは火を見るより明らかでした。そこで国は、経営安定基金のしくみをつくり「これで赤字ローカル線を守ってね」と、基金を渡したのです。
その額は、JR北海道が6,822億円、JR四国が2,082億円、JR九州が3,877億円で、総額1兆2,781億円です。
経営安定基金による赤字補てんのしくみ
経営安定基金のしくみは、「基金を運用して得た利益で赤字を補てんする」というものです。わかりやすく例えると、基金を銀行に預けた際に得る利子で、ローカル線の赤字を補てんするようなもの。実際には、債券や株式に投資して運用するほか、基金の一部は国の機関である鉄道・運輸機構に預けて、そこからも運用益を得ています。
このようなしくみであることから、各事業者に託された基金の額は、想定される赤字額から逆算して決められました。
一例としてJR北海道の場合、年間で約500億円の赤字が見込まれたので、500億円の運用益が出るように基金の額を決めたのです。JRが発足した当時は、バブル景気の真っ只中。10年国債の利率が7%前後もあった時代です。そこで当時の利率(約7.3%)で500億円の運用益を生み出すために、6,822億円という基金の額を決めたのです。
経営安定基金は原則取り崩せない
上記のように、経営安定基金は運用益を得るためのものですから、取り崩して使うことは原則できません。一部路線を第三セクターなどの他事業者に譲渡する場合でも、基金の取り崩しや譲渡は認められないのです。
以前、北海道新幹線の並行在来線協議会で、「JR北海道の経営安定基金の一部を並行在来線の運営事業者に譲れないか?」と沿線自治体が要望しましたが、認められませんでした。
仮に函館・小樽間については、JR北海道の営業距離数の約1割もありますよね。この区間を経営分離したら、JR北海道は使わないことになります。JR貨物はこの区間を使って、線路使用料が支払われるということですけれども、経営安定基金はどうなるのですか。
出典:北海道新幹線並行在来線対策協議会 第3回渡島ブロック会議 議事録
この協議会では一部の沿線自治体が、経営安定基金の取り崩しと譲渡を国に懇願しています。しかし、経営安定基金はあくまでも「JR三島会社の経営の安定化を目的に設置したもの」ですから、基金の取り崩しや譲渡はできなかったのです。
基金を取り崩した事例は、2016年に完全民営化を果たしたJR九州のみです。その基金の扱いをめぐり一悶着あったものの、九州新幹線の線路使用料や在来線の施設更新などに充てることで国と合意しています。
運用益の減少で苦境に陥るJR北海道&JR四国
経営安定基金の運用益は、景気の影響を大きく受けます。バブル景気だったJR発足時には、JR北海道が498億円、JR四国が151億円、JR九州は283億円と想定通りの運用益を得て黒字を達成します。
ただ、景気のよい時代は長く続きません。バブルが崩壊した1990年代になると、運用益は右肩下がりに減少。北海道と九州は、わずか10年で100億円以上の運用益を失ったのです。
■経営安定基金の運用益の推移

参考:国土交通省資料および各事業者の決算資料などをもとに筆者作成
くわえてローカル線では、少子化・過疎化・モータリゼーションの進展などの理由で、利用者の減少が始まります。これでは運賃を値上げしても、収入はたいして増えません。
こうした状況にJR三島会社は、不動産やホテル、高速バスといった鉄道以外の事業に注力していくことになります。これに成功したのがJR九州です。九州新幹線の開業や並行在来線の経営分離も赤字圧縮につながり、2016年に株式上場を果たします。
一方でJR北海道とJR四国は、市場規模が小さいこともあり非鉄道事業の利益は薄利。鉄道の赤字を穴埋めできず、不安定な経営状況は現在も続いています。
経営安定基金の「テコ入れ」や新たな制度で支援拡充
JRの発足から10年を経た1997年。当初は約7.3%だった10年国債の金利は約2.4%にまで低下し、債券や株式の運用による利益も減少の一途をたどり続けていました。
こうしたなかで国は、経営安定基金のしくみを見直すほか、新たな支援制度も策定します。ここで、JR北海道とJR四国に対する国の支援の歴史を振り返ってみましょう。
経営安定基金の借り入れによる運用益の下支え措置
まず国が実行したのは、基金の一部を国の機関(現在の鉄道・運輸機構)が預かるという方法です。預かった基金には4.99%という高利率をつけました(1997~2001年度)。2002年度からは利率を3.73%に引き下げますが、JR北海道には総額で約2,788億円、JR四国には約1,146億円の利子を国が助成しています。
経営基盤の強化を図るための設備投資に対する支援
1998~1999年度の2年間は、売上アップや経費削減につながる設備投資に対して、国の機関(現在の鉄道・運輸機構)が「特例業務勘定」を設置。JR北海道に約292億円、JR四国には約82億円を無利子で貸し付けます(JR貨物にも約320億円を貸付)。貸し付けですから返済しなければならず、15年据置後の2015年度から10年間で均等償還しています。
なお、この後に紹介する支援も鉄道・運輸機構の特例業務勘定によるものです。
実質的な経営安定基金の積み増しによる措置
2011年度には、経営安定基金の実質的な積み増しを実施します。積み増し分は、JR北海道が2,200億円、JR四国が1,400億円。これらには年利2.5%をつけ「特別債券利息」を鉄道・運輸機構が支払います。
これにより、JR北海道は年間55億円、JR四国は年間35億円の利息収入を、運用益とは別に得ています。この措置は、2031年度まで続く予定です。
老朽化した施設の更新等の設備投資への支援
さらに2011~2020年度(JR北海道は2017年度まで)には、老朽化した鉄道施設の更新などにかかる設備投資費用を、鉄道・運輸機構が支援しています。
支援額は、JR北海道が600億円、JR四国が400億円です(JR貨物にも890億円を支援)。このうち半分は無利子貸付で、2031年度(JR北海道は2027年度)から返済が始まる予定です。
5年間の計画にもとづく設備投資及び修繕に対する追加支援
上述の設備投資に対する支援は、2016年度に追加されています。追加支援額は各事業者の中期経営計画などにもとづいて決められ、JR北海道に1,200億円、JR四国に200億円を鉄道・運輸機構が追加支援します。追加支援の多くが無利子貸付です。
ちなみに、2021年度にも追加支援をしており、JR北海道には1,088億円(2021~2023年度の実績)、JR四国には1,025億円(2021~2025年度)が支払われます。
さらにJR北海道に対しては、2024年度からも追加支援を実施。2026年度まで3年間の支援額は1,092億円です。
JR北海道の徹底した経営努力を前提とした支援
2019年度には、JR北海道に対して「徹底した経営努力を前提」とする特別支援を実施します。具体的には、黄線区(輸送密度2,000人/日未満の線区)や貨物走行線区、青函トンネルなどへの設備投資・修繕費や、経営基盤を強化するための設備投資などに使われます。
JR北海道に対する支援額は約406億円。このなかには、北海道の協調支援による助成額も含みます。
その他の支援
このほかにも、2021年度には鉄道・運輸機構が借り入れた基金の金利を年利5%にアップしたり、青函トンネルや本四連絡橋の更新費用を支援したり、廃線跡地などの不要な土地を鉄道・運輸機構が引き取ったりと、さまざまな支援をおこなっています。
JR北海道とJR四国への支援は永久に続くのか?
このようにJR北海道とJR四国に対して、国はトータルでいくらになるのかわからないくらい膨大な助成・貸付をしています。この支援に「当たり前だ」「もっと支援しろ」と思う人もいるでしょう。一方で「高すぎる」「本当に必要なのか?」と疑問視する声も少なくありません。ただ、国の本音としては後者ではないでしょうか。
そもそも経営安定基金をはじめ国が支援するのは、JR北海道とJR四国が完全民営化を果たして経営自立するのが目的です。JR九州のように安定した経営を実現して株式上場すれば、国の支援は不要になります。
しかし、現状では両事業者とも上場する見込みはありません。JR北海道の場合、北海道新幹線の札幌延伸開業という一大イベントを機に、完全民営化することが期待されました。ただ、延伸開業の時期は不透明な状況ですし、沿線地域の人口減少などで在来線の利用者数が減り続けるなかでは、経営自立は極めて困難でしょう。
こうした状況ですから、諸々の制度が切れるたびに更新または新たな制度が設置されるなど、国の支援は半永久に続くと考えられます。返済が必要な支援については、新たな制度で先送りか帳消しになるかもしれません。
とはいえ、税金が使われているわけですから、それなりの効果を上げることが求められます。これについて会計検査院は、「効果が十分に上がっていない」と、これまでの国の施策に疑問を呈しています。
各種財政支援等のうち、三島会社における経営安定基金の運用、設備投資のための無利子貸付・助成金交付事業、税制特例措置のそれぞれにおいて、必ずしもその効果が十分に上がっているとはいえない
出典:会計検査院「北海道、四国、九州各旅客鉄道株式会社の経営状況等についての報告書(要旨)」
10年国債の金利が1%台の現状、経営安定基金のしくみが機能しているのかは疑問です。その点を、赤字ローカル線を抱える一部の沿線自治体などが国に説明と責任を求めていますが、国は明言を避けています。
一方で、JR北海道とJR四国の経営が行き詰まっている背景には、沿線自治体が「鉄道を利用しづらいまちづくり」を進めてきたのも、一因としてあるでしょう。「道路を作れば地域が儲かる」と高規格道路などの建設を促進し、バイパス沿いに企業誘致を進めるかたわら、駅前がシャッター商店街になっても「打つ手無し」と、鉄道の利用者を増やすための建設的な議論をしてこなかったことも事実です。
赤字ローカル線の問題は、「誰がカネを出すか」だけで解決するものではありませんが、現状では国と自治体が負担を押し付けあっているようにしかみえません。その間も、ローカル線の利用者は減り続けています。それは、JR北海道とJR四国のさらなる経営悪化をもたらすことを意味するのです。
JRという組織が誕生して38年。日本国有鉄道の歴史より長くなったいま、本当に必要な鉄道に対する新たな支援のしくみを国と沿線自治体が話し合い、解決策を考えなければならない時期ではないでしょうか。
※JR路線を維持するために、全国知事会が国に求める内容について、以下の記事で詳しく解説します。
参考URL
JR北海道の現状等について(国土交通省)
https://wwwtb.mlit.go.jp/hokkaido/content/000185763.pdf
JR四国の現状と課題(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/common/001574121.pdf
JR北海道・JR四国・JR貨物に対する支援(令和6年度~)
https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001730651.pdf
鉄道建設・運輸施設整備支援機構の利益剰余金等を活用した鉄道施策の推進(立法と調査 2011.4 No.315)
https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2011pdf/20110408068.pdf
北海道、四国、九州各旅客鉄道株式会社の経営状況等について(会計検査院)
https://report.jbaudit.go.jp/org/h27/ZUIJI4/2015-h27-Z4010-0.htm