赤字ローカル線の維持存続において、沿線住民や団体などの「マイレール意識」は大切な要素のひとつです。そのため沿線自治体では、意識醸成を目的としたさまざまな取り組みを進めています。
ところで、マイレール意識とはどのような考え方なのでしょうか。自治体が注力する理由や具体的な取り組みをお伝えするとともに、醸成させるためのポイントも考えてみます。
マイレール意識とは?赤字ローカル線の存続に重要な理由
マイレール意識とは、ローカル線を「自分たちの鉄道(マイレール)」と沿線住民が自覚し、みんなで鉄道を守り、育てようという考え方のことです。具体的には「沿線住民が積極的に利用する」「観光客に乗ってもらう施策を考えて実行する」など、地域が一丸となり鉄道の利用促進や活性化に取り組む姿勢を指します。
近年は、多くの赤字ローカル線で存廃協議が始まっています。そのなかで「マイレール意識の醸成が必要だ」と提言する沿線自治体も散見されるようになりました。自治体はなぜ、マイレール意識を重視するのでしょうか。理由のひとつに、ローカル線沿線に住む大半の人が「鉄道に興味がない」ことが挙げられます。
赤字ローカル線を抱える沿線地域の多くが、車社会です。「年に1回も鉄道に乗らない」「そもそも乗る理由がない」という人たちが多い地域だと、存廃議論が浮上しても「自分には関係ない」と興味を持ちません。自治体や鉄道事業者が「もっと乗りましょう」と呼びかけたところで、興味のない人たちの耳には届かないのです。
ただ、存廃協議で公的支援の話が出ると「利用者の少ない鉄道のために、なぜ税金を使うのか?」「国が支援するか、事業者が内部補助をして残せ」といった声が、興味のない人たちのあいだでも広がります。こうなると「赤字を誰が負担するか」が議論の中心となり、結果的に「誰も負担したくない」となれば鉄道は廃止されます。また、仮に鉄道を残せても利用者数は減り続け赤字額は増える一方ですから、廃止議論が再燃するのは明白です。
赤字ローカル線は、鉄道事業者や国だけでは運営できません。地域の人たちが利活用して、初めて成り立つビジネスです。だからこそ、沿線住民のマイレール意識を高めて利用促進や地域活性化の方法をみんなで考えることが、ローカル線の廃止を防ぐうえで有効なのです。
単純に公共交通の利用促進を訴えても、芳しい反応が得られない可能性がある。公共交通に関する問題が地域全体の問題であり、それを解決できるのは一人ひとりの住民であるという意識を共有することが重要。
出典:国土交通省「地域公共交通の利用促進のためのハンドブック~地域ぐるみの取組~」
こうした赤字ローカル線問題の本質がわかっている自治体は、持続可能な公共交通網を構築するうえで、マイレール意識の重要性を理解しています。一方で、問題の本質を見失っている自治体は負担や責任にばかり固執し、ローカル線に興味がない姿勢を露呈しているように感じます。
観光客・イベント頼みでは利用者数が増えない
マイレール意識は、必ずしも「沿線住民が乗ること」を求めているわけではありません。鉄道で訪れる観光客などを増やすために、イベントの実施や観光施設をPRするといった施策も大事です。
ただし、自分たちは乗らずに観光客を呼び込むだけの行為は、あまり効果がありません。なぜならローカル線は、定期客をはじめ普段使いをする沿線住民の減少数のほうが圧倒的に大きいからです。
たとえば一般的な通勤通学定期客の場合、1年で約250日、往復で約500回も鉄道を使います。定期客が1人減れば、全体の利用者数をプラスマイナスゼロにするには、年間で約500人の観光客を呼び込まなければなりません。定期客が10人減れば5,000人、100人なら5万人です。しかもローカル線の定期客は、少子化や過疎化などの影響で毎年減り続けています。日本全体の人口が減るなかで、何千何万もの観光客を増やし続けるのは限界があるでしょう。
だとすれば、定期客を増やしたほうが利用者数の増加につながるケースもあります。一例として、JR陸羽東線が通る宮城県大崎市では市職員に鉄道で通勤してもらう実証実験をおこなっています。大崎市の職員数は950人。実験前は8割以上の人がマイカー通勤で、陸羽東線を使う職員は2人だけでした。
実験後、陸羽東線で「往復利用が可能」と答えた職員が43人もいることが判明します。たかが43人でも、年間利用回数は約2万回。鉄道で毎年2万人の観光客を呼び込むより、手軽に増やせる施策ではないでしょうか。ローカル線の潜在ニーズは、地域に埋もれていることもあるのです。
※マイレール意識の醸成を目的に、宮城県大崎市が取り組んでいる内容は、以下のページで詳しく解説しています。
マイレール意識を醸成する方法
マイレール意識の理想は、沿線住民が積極的に鉄道を利用することです。とはいえ、「もっと鉄道に乗りましょう」と呼びかけるだけでは、利用者は増えません。さまざまな取り組みを通じて、徐々に意識を向上させることが大事です。ここで、マイレール意識の醸成につながる取り組みの一例をまとめました。
- 自治体関係者が積極的に利用する
- 沿線住民と対話の機会を設ける(シンポジウムや住民参加型の会議を開催)
- サポーター制度の導入(ファンクラブ・サポーターズクラブの結成)
- イベントの実施(列車の乗り方教室、絵画・フォトコンテストなど)
- 環境整備活動
…など
利用を呼びかける自治体関係者が鉄道を使わなければ、沿線住民も使いません。大崎市の事例で示したように、まずは自治体の首長や職員が積極的に利用することも大切です。無理に利用しても長続きしませんので、普段使いができる人に協力してもらうところから始めるのも一手でしょう。
また、シンポジウムや住民が参加できる会議を開き、「どうすれば鉄道を利用するか?」「利用者を増やすために自分にできることは何か?」といった意見交換をすることも、マイレール意識の醸成につながります。
可能であれば、住民との対話の場でクロスセクター効果や費用対便益などの分析結果を提示すると、沿線住民に「リアルな鉄道の価値」が伝わるでしょう。たとえば、「鉄道の廃止により地域全体で年間10億円の損失を被る」といった分析結果があったとすれば、「税金を投じてでも存続させるべきだ」といった考えが、鉄道に興味のない人たちのあいだで広まるかもしれません。
このほか、自治体主導で鉄道のファンクラブ・サポーターズクラブを結成したり、沿線の子どもたちを対象にした「乗り方教室」などのイベントを実施したりすることも、意識醸成の効果が期待されるようです。
マイレール意識が醸成する地域としない地域
自治体主導でさまざまな取り組みを展開しても、マイレール意識が「醸成しない地域」があるのも事実です。とりわけ、JR沿線は醸成しにくい傾向があると、複数の有識者の論文で指摘されています。一例として、土木計画学研究委員会の論文には、以下のような報告がされています。
(前略)山田線は大企業であるJRが運営しており,近隣住民にとっては大事というよりはあって当たり前の存在という意識が強いのに対し,三陸鉄道においては国鉄が手放して以降,地元が支えており「自分たちの鉄道」という意識が高い
(中略)
2018年に廃線となったJR三江線においては沿線住民に三江線の赤字問題に対する当事者意識が薄く,沿線住民は自治体や自分たちでなくJRが問題を解決すべきと考えていた
出典:第61回土木計画学研究発表会・講演集「三陸鉄道旧山田線区間における沿線住民のマイレール意識に関する研究」
この論文では、「第三セクター(三陸鉄道)の沿線住民はマイレール意識が高く、JR(山田線・三江線)では意識が低い」と伝えています。
第三セクター鉄道の主な経営者は自治体ですから、自治体の当事者意識が強いです。また、国(国鉄)が「手放した路線」という会社の成り立ちから、沿線住民のあいだでも「自分たちで守らなければならない」という意識が芽生え、マイレール意識が醸成しやすかったと考えられます。
これに対してJRの沿線では「国が守ってくれた(守るべき)路線」と、沿線自治体や住民が解釈しているとみられます。そのため、「あって当たり前」「赤字問題はJRで解決すべき」という当事者意識の低い意見が多いようです。
もちろん、JRの沿線にもマイレール意識の強い地域はありますし、意識が醸成されずに廃止された第三セクターの線区があるのも事実です。一概に決めつけることはできませんが、いずれにせよ「自分が乗らなくても、誰かが鉄道を維持してくれる」という当事者意識の低い地域では、利用者減少と赤字増加に歯止めをかけられず、廃止される確率が高まるといえそうです。
まずは自治体関係者のマイレール意識の醸成から
マイレール意識を醸成するには、各種取り組みを進める沿線自治体の姿勢やメッセージが、非常に重要だと考えられます。
先述の通り、赤字ローカル線の沿線住民の大半が「鉄道に興味のない人」です。その人たちに、「自分たちで鉄道を守ろう」と伝えるか「国や事業者が守れ」と伝えるかで、まったく違う意識が醸成されます。当然、前者のほうがマイレール意識は向上し、鉄道は存続できるでしょう。
とはいえ、伝え手である自治体のマイレール意識が低いと、住民の意識も向上しません。地域全体の意識を高めるには、まず自治体の首長や職員のマイレール意識を醸成することが大事です。自治体関係者が積極的に鉄道を利用すれば、「どうすればみんなが鉄道を利用するようになるのか?」といった課題がみえてくるでしょう。その課題を解決する施策こそが、効果が期待できる利用促進策になるのです。
また、鉄道の災害復旧にも自治体のマイレール意識が大きく影響します。甚大な被害を受け廃止も検討されたJR肥薩線では、「隗(かい)より始めよ」というキーワードで熊本県や沿線自治体の本気度をアピールし、JR九州と復旧の基本合意に取り付けました。
●キーワード1「隗より始めよ」
出典:熊本県「肥薩線のマイレール意識醸成による日常利用創出について」
関係する自治体の職員は12市町村で約2,500人、県職員で約5,000人。
地域住民にマイレール意識を謳う前に、例えば公務移動や研修の際の肥薩線優先利用やダイヤを踏まえた行事設定などの「行動指針」的なものを策定。
自治体関係者の意識が高まり沿線住民にも広がれば、利用者の減少に歯止めをかけられるかもしれません。また、上下分離方式などの公的支援を検討する際にも、住民からの賛同を得やすくなることも考えられます。
いま赤字ローカル線の沿線自治体の多くが、鉄道事業者への公的支援に否定的です。維持コストを求められても高額で払えないこともあるでしょうし、「利用者の少ない鉄道のために、なぜ多額の税金を投じるのか?」という沿線住民の批判を恐れる自治体もあるでしょう。
しかし、多くの沿線住民は「鉄道の存廃にすら興味のない人たち」です。自治体として本気で鉄道を残したいのであれば、その人たちの理解と協力を得る必要があります。その興味のない人たちを「自分事として鉄道を守るために行動ができる人たち」にするか、「他力本願の考えの人たち」にするか。どちらを多数派にするかも、赤字ローカル線の存続に大きな影響を与えるのではないでしょうか。
参考URL
地域公共交通の利用促進のためのハンドブック~地域ぐるみの取組~(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/common/001005769.pdf
陸羽東線の利活用促進に関する検討報告書(大崎市)
https://www.city.osaki.miyagi.jp/material/files/group/11/rikuto_kentohoukoku_03.pdf
三陸鉄道旧山田線区間における沿線住民のマイレール意識に関する研究(第61回土木計画学研究発表会・講演集)
http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00039/202006_no61/61-66-1.pdf
地域鉄道事業者が実施する再生・活性化の取組み事例の収集・整理(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/common/000228903.pdf
肥薩線のマイレール意識醸成による日常利用創出について
https://www.mlit.go.jp/tetudo/content/001748216.pdf