富士山登山鉄道構想に地元が反対する理由 – 世界遺産の光と影

富士山登山鉄道 コラム

富士山に登山鉄道をつくりたい――そんな壮大な構想が、山梨県を中心に進められています。ただ、この構想に富士吉田市や富士急行などが反対を表明。地元では大きな論争になっているようです。

そもそも、富士山登山鉄道はなぜ必要になったのでしょうか。また、反対派はどんな理由を訴えているのでしょうか。山梨県が設置した富士山登山鉄道構想検討会の内容や、反対派の主張を解説します。

富士山登山鉄道構想が必要になった理由

富士山登山鉄道構想の歴史は古く、明治時代からあったといわれます。1935年(昭和10年)には、元貴族院議員の貴金属商が「地下ケーブルカーで、麓と山頂をつなぐ」という構想を立案。しかし、地元住民などの反対もあり、内務省はこの計画を脚下しています。また1960年代には、富士急行が「5合目と8合目をケーブルカーでつなぐ」という計画を立て建設省に事業申請しますが、自然保護などの理由で取り下げています。

現在、山梨県が中心に進めている構想は、2008年11月に富士五湖観光連盟が提示した計画案がベースになっています。この案は、麓の有料道路ゲート付近から富士山5合目をつなぐ「富士スバルライン(富士山有料道路)に鉄道を整備する」というものです。この構想に、当初は誰も期待していませんでした。

ただ、これを実現しなければならない事情が、2013年6月に発生します。それが、「富士山の世界文化遺産登録」です。この登録にあたり、世界遺産を認定するユネスコなどは、以下4つの事項を指摘。これらを改善するのを条件に、富士山は世界遺産に認定されたのです。

  • 環境保全に関する事項
  • 景観改善に関する事項
  • 適正利用に関する事項
  • 開発制御に関する事項

※参考:山梨県「富士山の保全と利用に関する現状」

環境保全に関する事項では、マイカーや観光バスの排ガスによる環境負荷などが問題視されています。景観改善は、五合目の観光施設や標識・案内板などが富士山の景観を損ねているとユネスコなどが指摘しています。適正利用とは、いわゆる「オーバーツーリズム」のこと。多くの人でにぎわう五合目の来訪者数をコントロールすると同時に、周辺地域を含めた今後の開発計画も制御する必要があるとされました。

富士山の世界文化遺産は、これらの課題解決を前提に認められたものであり、もし解決できなければ登録がはく奪される可能性もあるのです。なかでも山梨県の富士スバルライン五合目は、「日本の国立公園のなかで、ここほど景観の悪い場所はない」と専門家が指摘するほど、改善が求められる場所でした。

そこで山梨県は、マイカー規制を強化して富士スバルライン五合目に訪れる観光客数を抑えるなど、課題解決に向けて動き始めます。これにより普通車の通行台数は減少しますが、規制対象外となる観光バスなどの特大車は増加傾向に。世界遺産の登録で、インバウンドを含めた観光客数はますます増え続けたのです。

■富士スバルラインの通行台数(単位:万台)

富士スバルラインの通行台数
▲2013年の通行規制強化により、翌年からマイカー(普通車)の通行台数は減少傾向にあるが、対象外の観光バス(特大車)は増加傾向にある。
参考:山梨県「富士山の保全と利用に関する現状」をもとに筆者作成

富士スバルライン五合目の来訪者数は、年間で約506万人(2019年)。この数を抑えながら地域の発展にもつなげる方法はないかと、山梨県が着目したのが、富士五湖観光連盟の提示した「富士山登山鉄道」だったのです。

富士五湖観光連盟は、2015年に富士山登山鉄道に関する報告書をまとめ、「富士スバルラインにLRTを整備するのが望ましい」と提言。これに当時の山梨県知事も「鉄道は環境負荷が少なく、冬でも五合目に行ける」と、富士山登山鉄道の必要性を訴えるようになります。

「富士山登山鉄道構想検討会」の設置

その後、山梨県は富士山登山鉄道の可能性について「本格的な議論の場」を設置する考えを提言。自動車関連団体、JR東日本、首都大学東京(現:東京都立大学)、国会議員、富士山科学研究所など、ナショナルプロジェクトとして幅広いジャンルの有識者を交えた「富士山登山鉄道構想検討会」が、2019年に設置されます。

ただ、鉄道(LRT)を提案した富士五湖観光連盟は、この検討会に招集されませんでした。このころの富士五湖観光連盟は、電動バス(EVバス)の運行を模索しており、2019年には「環境保全やコスト面から、電動バスのほうが優れている」と表明しています。

この表明も影響してか、富士五湖観光連盟に加入する企業・団体は、検討会に招集されなかったのです。それどころか、観光連盟以外の地元住民や団体も招集されませんでした。これが「地元の声を無視した計画だ」と、反対派が主張する一因につながるのです。

富士山登山鉄道の運賃はなぜ高額なのか?

富士山登山鉄道構想検討会の第1回理事会は、2019年7月29日に開催されます。ここでは、富士スバルライン五合目が抱える問題点を確認。そのうえで、環境や景観を保全しながら「富士山周辺の価値を高める交通システム」を検討することで一致します。

また、富士スバルライン五合目の施設には現状、電気や水道といったインフラ整備がされていないことを踏まえ、「五合目の再開発も含めて構想を実現してほしい」という意見も出されます。富士山登山鉄道構想は、富士スバルライン五合目のインフラ整備も一体で進める計画だったのです。

第2回理事会(2019年9月12日)では、国内外の山岳鉄道の事例を研究。立山黒部アルペンルートや箱根登山鉄道、大井川鉄道、さらにスイスのゴルナーグラート鉄道やユングフラウ鉄道などの事例から、富士山登山鉄道の構想が練られていきます。

なかでもスイスの事例に、検討会は着目。「運賃は高いが、事業で得た資金を環境整備に使うなど、見習うべきところがある」といった意見が出されます。

・今日紹介されたプロジェクトは、事業から上がった資金を環境整備に使うなど、上手く事業が成り立っている。運賃は高いが、採算をとるための一つの指標ではないか。
(中略)
・世界遺産富士山の自然環境をしっかり守り、これを日本の観光資源として収益性があるものにして、その資金でさらに整備していくことが必要。

出典:富士山登山鉄道構想検討会「第2回理事会 議事要旨」

これらの意見は、後に「往復1万円」という高額な運賃設定の理由となり、反対派が非難する一因になります。

LRTでの整備を評価する検討会

2019年12月17日に開催された第3回理事会。ここで、富士山登山鉄道のルート案と交通モードが検討されます。

ルート案は、「富士スバルラインを全線利用するルート(以下、「Aルート」)」と、「雪崩多発地帯を回避する短絡ルート(以下、「Bルート」)」の2案が提示されます。このうちAルートは「鉄道」「LRT」「電動連接バス」などの交通モードが、またBルートは「ケーブルカー」「ロープウェイ」が候補に挙がります。

ここで検討会が問題視したのは、安全対策でした。富士山は活火山ですから、いつ噴火してもおかしくありません。そこで、交通モードを選択するうえでは「避難のしやすさ」という観点も踏まえることが確認されます。

これらの選択肢を検討した結果は、第4回理事会(2020年1月30日)で示されます。なお、この理事会で示された資料には「電動連接バス」に代わり「ラックレール式鉄道」が掲載されています。ラックレール式鉄道とは、アプト式機関車を使う鉄道の方式で、日本では大井川鉄道井川線で採用されています。ちなみに電動連接バスが外された理由は、「富士山の連続勾配に適用できないシステム」とされました。

こうして、富士山登山鉄道の選択肢は「鉄道」「ラックレール式鉄道」「LRT」「ケーブルカー」「ロープウェイ」の5つに絞られます。その検討結果は、以下の通りです。

富士山登山鉄道の検討結果
出典:富士山登山鉄道構想検討会「富士山登山鉄道構想(素案)」

鉄道とラックレール式鉄道は輸送量が多いものの、「バスで補完輸送できない」と避難誘導に難があることが指摘されます。また、ケーブルカーとロープウェイは鋼索道や作業用道路などを新設する必要がありコストが高くなる点や、ロープウェイは噴石に対して防御できないなどのデメリットが指摘されます。

これに対してLRTは、大型バスによる補完輸送が可能ですし、鉄道などよりコストを抑えられます。さらに、低騒音、低振動、バリアフリー性に優れている点も評価されました。こうして検討会は、富士山の環境や景観、技術的な適合性などの観点も含め、「富士スバルライン上にLRTを整備するのが優位」と評価したのです。

課題山積のなかで富士山登山鉄道構想検討会は終了

検討会での話し合いは、順風満帆に進んだわけではありません。事業性や安全性、技術的な問題など、さまざまな点で課題が山積みだったのです。

たとえば事業性について、第5回理事会(2020年12月2日)で収支シミュレーションが示されています。利用者数は、年間100~300万人程度と試算。運賃は、立山黒部アルペンルートや海外の事例を参考に、1~2万円と想定します。この条件で収支を試算すると、単年度損益は1年目で黒字に、累積損益も2年目から黒字になるという結果が示されます。

この試算結果に、構成メンバーは「収支予測が荒い」「冬の対策も含め、メンテナンスコストの算定には留意が必要」など、見積もりの甘さを指摘する声が挙がります。なお、シミュレーションした山梨県は「あくまで試算」としたうえで、今後精査していく考えを伝えています。

概算事業費は全体で1,200~1,400億円と見積もられ、山梨県は「国の社会資本整備総合交付金の活用」を検討している考えを示します。この考えに、構成メンバーは疑問を投げかけます。そもそも、LRT新設に対する国の支援は、都市部の「公共交通」を想定した制度です。富士山登山鉄道は、ほぼ100%が観光客の「観光鉄道」ですから、「制度を使うには国と慎重に協議しなければならない」という意見が出されます。

また、山岳地帯でのLRT整備は前例がありません。とくに安全性に関しては、「四合目~五合目付近はスラッシュ雪崩が発生しやすく、確実な防災対策が必要」「落石の可能性も考慮する必要がある」など、不安視する構成メンバーもいたようです。

ほかにも、技術的な問題や法律面など課題が山積するなか、検討会は「富士山登山鉄道構想(案)」という報告書をまとめて、幕を閉じます。ちなみに、検討会で解決できなかった課題について、山梨県は2023年10月に「富士山登山鉄道構想事業化検討会」という新たな組織を設置。環境への影響や各種法律に関する問題も含め、有識者が検討を進めています。

富士山登山鉄道「反対派」の動き

富士山登山鉄道構想検討会のまとめた報告書が公表されると、反対派の動きが活発化します。鉄道(LRT)から電動バスに一転した富士五湖観光連盟は、「富士山に行けるのは裕福な人だけで、富士山・富士五湖観光にとって悪い影響を与える」と、高額な運賃設定を疑問視。オーバーツーリズムを解消する案としては難があると指摘します。

また、富士吉田市をはじめ一部の自治体からは、検討会の構成メンバーに地元関係者が少なかったことを挙げ「地元住民に理解が広がっていない」と苦言。事業費負担も懸念材料として挙げているようです。

なお、富士山登山鉄道に反対しているのは、地元だけではありません。

富士吉田市が2023年10月から2024年1月まで実施したウェブアンケートによると、登山鉄道に「賛成」「どちらかといえば賛成」と答えた人は37%(富士吉田市民は14%)に対し、「反対」「どちらかといえば反対」は63%(富士吉田市民は86%)と過半数が反対派だったそうです。「富士登山経験者」に限っても、反対派のほうが多いという結果でした。

■富士登山鉄道構想のアンケート結果

▲全回答者数は14,182人。賛成派は37%、反対派は63%という結果に。
参考:富士吉田市「富士登山鉄道構想アンケート最終報告」をもとに筆者作成
▲富士吉田市民の回答者数は1,495人。賛成派は14%、反対派は86%だった。
参考:富士吉田市「富士登山鉄道構想アンケート最終報告」をもとに筆者作成
▲富士登山経験者も、賛成派は31%、反対派は69%だった。
参考:富士吉田市「富士登山鉄道構想アンケート最終報告」をもとに筆者作成

こうした反対派の声を受け、富士吉田市や富士五湖観光連盟などは「富士山登山鉄道に反対する会」という組織を、2024年4月26日に発足。信仰の山でもある富士山を「これ以上傷つけてほしくない」といった感情論だけでなく、「鉄道以外の交通手段も議論する必要がある」といったコストや採算性も考慮した慎重な議論を求めています。

なお、富士五湖観光連盟が推奨していた電動バスについて、検討会では多くの人を運べる「電動連接バス」は議論していますが、通常の電動バスは比較検討していません。このため「鉄道ありきで議論を進めたのでは?」という疑念も、反対派の主張のひとつになっています。

新たな検討会による中間報告では「事業化可能」

一方の山梨県は、地元での合意形成を図ろうと、2023年11月から住民説明会を実施。マイカー規制を強化しても来訪者数が増え続ける現状や、「LRTは街中にも延伸できる」「運賃1万円は仮定の話。県民は無料という案も考えられる」といった提案で理解を求めます。

さらに2024年6月から7月にかけて「持続可能な富士山のための新交通システム意見交換会」を関係自治体で計24回実施。「検討会の結論は一つの選択肢であり、登山鉄道以外にも有効かつ具体的な解決策があれば、提案を歓迎したい」と、鉄道(LRT)ありきで議論を進めていないことを強調します。

こうしたなかで、技術面などの課題を検討する「富士山登山鉄道構想事業化検討会」による中間報告が、2024年10月28日に公表されます。

中間報告では、「富士スバルラインの急勾配や急カーブに、LRTでも走行可能とする解決策がある」「上下分離方式の導入により収支は黒字になる」「経済波及効果は1兆5,621億円(40年間の累計)になる」といった検証結果を提示。「事業化は可能」と報告されたのです。

富士山登山鉄道構想を一歩前進させる中間報告ですが、一方で雪崩や落石、噴火時の避難といった防災対策に関する解決策は示されていません。これらの課題も、今後の検討会で議論されるはずでした。

※2024年10月28日に公表された、富士山登山鉄道構想事業化検討会の中間報告の詳細は、鉄道協議会ニュースの記事でお伝えします。

LRT整備を断念…急展開した富士山登山鉄道構想

ところが2024年11月18日に、山梨県の長崎知事は「鉄道(LRT)の整備を断念する」と明言。代わりに、ゴムタイヤで走る新交通システムの構想を発表します。

急展開の背景には、何があったのか。同日の定例記者会見で長崎知事は、次のように述べています。

この新提案におきましては、まず、鉄路に対しまして、深刻な懸念を示してこられました富士吉田市を始めとする皆様の御懸念というものをしっかりと受けとめて、鉄軌道に変えて、ゴムタイヤで走る新交通システムに転換するというものでございます。

出典:山梨県「知事定例記者会見(令和6年11月18日月曜日)」

富士山登山鉄道構想の最大の課題は、技術面や採算性ではなく「反対派の理解を得ること」でした。そのため山梨県は、住民説明会などで意見交換を丁寧に進めてきました。この定例記者会見の5日前(2024年11月13日)にも、反対派との意見交換をおこなっています。

ただ、反対派が懸念する防災対策や大規模開発にともなう環境への影響といった課題を解決するには、時間を要します。とくに大規模開発に関しては、LRTの車両基地や変電所などを建設する際に、地元の賛同や富士吉田市の許可が求められるでしょう。こうした反対派の動きに、山梨県は鉄道以外の新交通システムも検討を進めていました。

11月13日の反対派との意見交換では、山梨県側が次のように語っています。

すぐに導入できる代替案としてはEVバスが最適だが、環境負荷が少なく来訪者コントロールが可能な方法であれば、他の方法(例えばクリーン水素など)でもよい

出典:「富士山登山鉄道構想」に関する意見を伺う会 概要

11月18日に発表した新交通システムには「水素エネルギーの活用を想定」していることを伝えていますから、意見交換をした11月13日の段階で新交通システムに転換することが、ほぼ決定していたと考えられます。

富士山登山鉄道構想は、今後「富士トラム(仮称)」という新たな交通システムの検討に入ります。富士山の世界遺産登録を守りながら、地域の発展につなげられるよう、沿線自治体・企業などと一緒に計画を進めてほしいところです。

参考URL

富士山登山鉄道構想(山梨県)
https://www.pref.yamanashi.jp/fujisan/fujisan_railway/fujisan_railway_top.html

富士山登山鉄道構想検討会
https://www.pref.yamanashi.jp/fujisan/fujisan_railway/fujisan_railway_study_committee.html

瀬戸際の富士山(山梨県)
https://www.pref.yamanashi.jp/documents/117236/fujisanrw-pamphlet.pdf

知事記者会見(平成31年2月18日月曜日)
https://www.pref.yamanashi.jp/chiji/kaiken/3002/18.html

富士登山鉄道構想アンケート最終報告(富士吉田市)
https://www.city.fujiyoshida.yamanashi.jp/div/kikakubu/pdf/fujisantrainsurvey.pdf

富士山登山鉄道構想(素案)
https://www.pref.yamanashi.jp/documents/91416/201202_material01.pdf

富士山・登山鉄道構想が頓挫の危機?地元・富士吉田市が反対、県と富士急の対立激化(ビジネスジャーナル 2021年7月26日)
https://biz-journal.jp/journalism/post_239354.html

富士山登山鉄道「LRTありきでない」発言の矛盾(東洋経済オンライン)
https://toyokeizai.net/articles/-/718700

持続可能な富士山のための新交通システム意見交換会について(山梨県)
https://www.pref.yamanashi.jp/fujisan/fujisan_railway/ikenkoukankai.html

知事定例記者会見(令和6年11月18日月曜日)」
https://www.pref.yamanashi.jp/chiji/kaiken/0611/1118.html

「富士山登山鉄道構想」に関する意見を伺う会 概要(山梨県)
https://www.pref.yamanashi.jp/documents/107234/gaiyo.pdf

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