赤字ローカル線が廃止される理由のひとつに、「利用者の減少」を挙げる鉄道事業者が多くみられます。とくにJR各社は、1987年の発足時と比べて「7割以上も減った」などの理由で、沿線自治体に存廃協議を申し入れるケースが後を絶ちません。
ところで、赤字ローカル線の利用者数は、なぜ減少したのでしょうか。「事業者の経営努力が足りない」といった声も聞かれますが、努力だけではどうにもならない不可抗力の理由もあります。その不可抗力の理由を、ここで考えてみましょう。
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【理由1】少子化
ローカル線のメイン顧客は、高校生を中心とする通学定期客です。線区によっては、利用者全体の8割前後が高校生というローカル線も少なくありません。その高校生の数が、少子化の影響で減少していることが、利用者全体の減少につながっています。
■高校生の生徒数の推移

全国の高校生の生徒数は、1989年の約564万人をピークに右肩下がりに減少を続け、2024年には約291万人とほぼ半減しています。全体の数が減れば、鉄道で通学する定期客も減少します。過疎化が進む地域だと、通学定期客が3分の1以下にまで減ったローカル線もあるのです。
通学定期客の減少に拍車をかける「スクールバス」の存在
少子化は、学校運営にも大きな打撃を与えます。私立学校や各自治体の教育委員会のなかには、一人でも多くの生徒を確保しようと自主的にスクールバスを運行し、生徒を囲い込んでいる地域もみられます。
学校や自治体からみれば、廃校になると地域から若者が流出して街が廃れる一因になりますから、地域を守るためにスクールバスを運行しているところもあるでしょう。一方で鉄道や路線バスなどの公共交通事業者からみれば、客を奪う脅威になるのです。
スクールバスの運行を検討する際には、本来は自治体が鉄道事業者などと話し合い、地域公共交通を守る方策を協議する必要があります。しかし、多くの自治体では事業者任せで協議をしてこなかったことも、鉄道の利用者減少の一因になっていると考えられます。
■久留里線(久留里~上総亀山)の通学手段アンケート


上記は久留里線(久留里~上総亀山)沿線の中高生を対象に、通学手段を尋ねたアンケート結果です。登下校いずれも「スクールバス」が過半数を占め、鉄道の存在感がなくなったことも鉄道の廃止の一因につながっています。
参考:第3回 JR久留里線(久留里・上総亀山間)沿線地域交通検討会議「久留里・松丘・亀山地区住民の移動実態に関するアンケート」をもとに筆者作成
【理由2】過疎化(人口減少)
通学定期客のほかにも、通勤や通院、買い物などで鉄道を利用する社会人もいます。その人たちの数が過疎化により減少したことも、ローカル線の利用者が減った一因です。
一方で、高齢者の割合は全国各地で高まっています。かつてのローカル線の車内には、高齢者の姿も多くみられました。しかし近年は、高齢者も少なくなったと感じます。「免許返納後に鉄道に乗るかもしれない」と、ローカル線の廃止に反対する意見も散見されますが、実際に免許返納をした高齢者は、どのように移動しているのでしょうか。
中古車買取比較サイト「ズバット」などを運営する株式会社ウェブクルーが、2022年に調査した資料(※)によると、免許返納後の移動手段としてもっとも多かったのが「家族などによる送迎(59.1%)」だったそうです。次いで「徒歩(43.8%)」「バス(35.8%)」「タクシー(29.9%)」と続き、電車(鉄道)は25.2%でした(複数回答)。
なお、このデータは全国を対象としたものですから、都市部の人も含まれます。ローカル線が走る地域に限定すると、違った結果になるかもしれません。
※データ出典:株式会社ウェブクルー「運転免許証の返納に関する調査」
鉄道は高齢者に優しくない?
人生の大半をマイカーで移動していた高齢者が、免許返納後に鉄道を利用するのは容易なことではありません。なぜなら、鉄道の利用方法が大きく変わったからです。
かつてのローカル線では、多くの駅に駅員がいて目的地までのきっぷを売ってくれました。それが現代では、ほとんどの駅が無人です。「きっぷの買い方がわからない(ワンマン運転になったことを知らない)」「誰かに聞こうとしても駅員がいない(利用者もいない)」と困る高齢者も少なくないでしょう。免許返納前から日常的に鉄道を使っていた人なら困らないことでも、何十年も使わなかった人には「乗り方すらわからない」のです。
ほかにも、「足腰が弱くなって階段の上り下りができない」「病院などの目的地が駅から遠い(乗り換えが不便)」といった理由で、鉄道を使わない高齢者もいます。
最近では、スーパーの宅配サービスで買い物が事足りる社会です。また移動手段も、「電動車椅子」「シニアカー(電動カート)」など公共交通以外の選択肢があります。地域によっては「病院の送迎バス」や「介護施設の送迎車」で移動している高齢者も多いでしょう。いまの高齢者がどのように移動しているかを観察すれば、免許返納後に鉄道やバスを選択する人が少ない現状がよくわかるのではないでしょうか。
【理由3】モータリゼーションの進展
バイパスや高規格道路(高速道路)の延伸など、日本の道路事情は飛躍的に改善してきました。昔は鉄道でしか行けない地域が多くありましたが、現在は車のほうがアクセスしやすいところも増えたでしょう。また、高速道路の延伸により高速バスの利用者増加にもつながっています。
その一方で、ローカル線ではスピードアップなどの改良がなかなか進まず、利用者が減少する一因になっています。線区によっては、線路改良や新車両の導入など改善されたところもみられますが、これらの費用は基本的に事業者負担。採算性のよくないローカル線では、投資をしづらいのが現状です。
行政の「まちづくり」も鉄道離れに拍車をかける
車社会を過度に進めてきた行政の「まちづくり」も、鉄道の利用者減少に大きな影響を与えています。大型商業施設や大企業の工場などを国道沿いに誘致したり、役所や学校を駅から遠く離れた場所に設置したりすれば、車で移動する人が増えるのは当然の流れです。
駅前に誘致したくても「地権者が多いので難しい」といった事情もあるでしょう。一方で、地方に進出したい企業からみれば、駅前は地価や固定資産税が高く、郊外への進出を希望する傾向があります。
こうした点を調整するのが、行政の役割です。たとえば、人が集まる施設を誘致するときは駅からの二次交通を設置したり、線路沿いの空地に誘致して請願駅を設置したりと、マイカー以外でもアクセスしやすい交通環境の整備を事業者と協議することも必要です。
「車社会だから」と何も考えずに誘致を続ければ、道路の大渋滞が頻発する一方で、公共交通はなくなっていきます。公共交通とまちづくりは、一体で考えなければならないのです。
ローカル線の利用者を増やすためにできることは?
赤字ローカル線の利用者を増やすには、増便や新駅設置、観光列車の運行といった鉄道事業者の営業努力だけでは、非常に難しいとされます。なぜなら、上記で示した「不可抗力の原因で減少する数のほうが圧倒的に多い」からです。
多くの人が集まる施設を駅から離れた場所に誘致すれば、ほとんどの人がマイカーを使うでしょう。スクールバスや病院の送迎バスなどを、むやみやたらに走らせれば、鉄道やバスの利用者が減少するのも当然です。こうした原因を丁寧に調べず、「JRがもっと列車を走らせろ」「赤字なら国が支援すればよい」と他力本願の批判をしたところで、利用者が増えるわけでもなく、鉄道は廃止されてしまいます。
では、利用者を増やすにはどうすればよいのでしょうか。確実に増やす方法は沿線地域の人口減少を抑える、とくに少子化を食い止めることです。ただ、都市部を含め日本全体の人口が減っている現状で、ローカル線沿線の人口を増やすのはかなり困難な施策でしょう。
インバウンドなどの観光誘客で増やすという手もあります。しかし、ローカル線利用者の大半は沿線地域に住んでいる人たちです。年間500回以上も使う定期客一人の減少分を穴埋めするのに、果たして何人の観光客を鉄道に乗せる必要があるのか。それを考えると、世界的に有名な観光地でもなければ全体の利用者数を増やせないのが実情です。ましてや、駅から観光地まで遠いのに二次交通がなければ、観光客も車で行きます。
結局のところ、地域住民にせよ観光客にせよ「公共交通の利用しやすいまちづくり」ができなければ、鉄道もバスも利用者は増えません。つまり、まちづくり計画を公共交通にあわせて検討することが、利用者を増やす(減らさない)方法だといえます。
とはいえ、まちづくりを見直すには莫大な予算が必要です。そこで頼りにしたいのが、国の制度。国は、鉄道とまちづくりを一体的に進める自治体に対して補助金制度を用意しています。
たとえば、まちづくりとあわせて駅の新設や複合施設化をしたり、鉄道を高速化するために線路設備などを整備したりする事業には、社会資本整備総合交付金(地域公共交通再構築事業)を活用できることもあります。この交付金を活用すれば、事業費全体の半分を国が補助。さらに、残り半分の自治体負担額のうち45%を地方交付税で賄うこともでき、自治体の実質負担は27.5%にまで抑えることも可能です。
なお、交付金を受けるには公共交通の利活用を促すまちづくり計画や、地域公共交通特定事業の実施計画などを自治体が策定し、国に認定される必要があります。
まちづくりは、鉄道の利用者数に大きな影響を与えます。過度な車社会を前提としたまちづくりを改め、自治体を中心に鉄道事業者や他の交通事業者などの利害関係者と調整して「誰もが移動しやすいまちづくりを進めること」が、鉄道の利用者減少を抑えることにつながるのです。
※JRローカル線の線区別減少率は、以下の記事で詳しく解説しています。