自治体が赤字ローカル線の存続・廃止協議会を拒む理由

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赤字ローカル線の協議会イメージ コラム
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赤字ローカル線問題をはじめ公共交通の課題は、自治体が任意協議会や法定協議会などを設置し、関係者を招集して自治体主導で解決へと導くのが基本スタイルです。

ところが鉄道(特にJR)の場合、事業者から協議の申し入れがあっても、協議会の設置を拒む自治体が散見されます。鉄道の存続・廃止にもかかわる重要な課題なのに、自治体はなぜ設置を拒むのでしょうか。

ここでは、鉄道の存廃に関する協議会の役割や、その設置を拒む「自治体の本音」について解説します。

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赤字ローカル線における「協議会」の役割とは

鉄道事業者と沿線自治体が存続・廃止に関して話し合う場には、さまざまな組織が存在します。なかでも「任意協議会」と「法定協議会」が一般的で、いずれも事業者などの要請により自治体が設置します。

このうち法定協議会は、地域公共交通活性化再生法(地域公共交通の活性化及び再生に関する法律)にもとづいて設置されるもので、「地域公共交通計画」を策定するのが目的のひとつです。

地域公共交通計画とは、利用促進や経費削減、施設改修計画などに関する施策や実施事業をまとめた計画書のことです。その具体的な内容を決めるために、関係者を一堂に会して話し合うのが法定協議会です。なお、地域公共交通計画が国に認定されると、各事業に必要な費用の一部について国の補助が受けられます。

赤字ローカル線における協議会には、「設置を申し入れた者(主に鉄道事業者)の課題を解決する」とともに、それに付随する「地域公共交通の課題も一緒に解決する」という役割を担っているのです。

協議会の設置が必要になる背景

そもそも鉄道事業者は、なぜ協議会の設置を自治体に申し入れるのでしょうか。その背景には「利用者の減少に歯止めがかからない」という、公共交通機関に共通する課題があります。

一般的にローカル線の利用者は、その地域に住んでいる人が大多数を占めます。とりわけ地方では、高校生などの学生が多くを占め「利用者の8割が通学定期客」という路線も少なくありません。その高校生の数ですが、少子化の影響で全国的に減少しています。地方では過疎化もくわわり、多くのローカル線で通学定期客が激減しているのです。

▲高校生の生徒数の推移。1989年の約564万人をピークに、その後は減少。2022年には約296万人とほぼ半減している。
参考:学校基本調査「在校者数」のデータをもとに筆者作成

また、高速道路をはじめ道路整備が各地で進み、通勤定期客や定期外客のマイカーへのシフトも進んでいます。

このような変化に対して鉄道事業者は、魅力的な観光列車を走らせたり、格安きっぷを販売したり、駅の無人化やワンマン化といった経費削減策を実施したりと、さまざまな対策を講じてきました。ただ、少子化や過疎化、モータリゼーションの進展といった外的要因による影響のほうが圧倒的に大きく、利用者の減少を防げない状況が続いています。

なお、利用者が減少している鉄道路線は、都市部でも増えています。従来の「儲かる路線で赤字路線を支える」という内部補助のしくみは、限界に近づいていることも理解する必要があるでしょう。

鉄道は、大量輸送を得意とする交通モードです。バスやデマンド交通でも運べるほどに利用者が激減した地域では、「鉄道をどのように活かし、存続させるか?」が重要なテーマだといえます。それを、沿線自治体とも一緒に考えるために「鉄道のあり方について相談したい」と協議を申し入れる鉄道事業者が増えているのです。

協議会の設置を拒む自治体の本音

協議を申し入れる鉄道事業者が増える一方で、自治体のなかには協議会の設置を拒むところがみられます。とくに、JR路線の沿線自治体に多いようです。自治体はなぜ、赤字ローカル線の協議会設置を拒むのでしょうか。

2022年、国土交通省の検討会(※)で「鉄道事業者との協議について課題に感じていることは何か?」などの質問をしたアンケート調査を実施しています。その回答から、協議会の設置を拒む理由を探ってみましょう。

※第3回鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会「市町村に対するアンケート調査の実施について」をもとに作成しています。

自治体間に温度差がある

鉄道は、複数の自治体をまたいで運営しています。このため、課題を感じる自治体があっても近隣自治体と意見が合わず、協議会の設置に至らないケースも多いようです。この場合、都道府県や国が音頭を取ることも求められます。しかし、県や国が地域ごとの実態を把握できておらず、それも協議会が設置されない一因になっています。

自治体の本音

  • 単独の自治体でできる支援策には限界があり、広域的な支援が求められるが、沿線自治体の中でも温度感がさまざまで、意思統一が困難。
  • 鉄道事業者と一緒に、二次交通の充実と沿線の魅力づくりに取り組んでいるが、他自治体の交通担当部や観光担当部間との情報共有など、さらなる連携強化が課題である。
  • 同じ線区内でも複数県にまたがる路線だと、県によって課題把握に差異がある。そのため、具体的な取り組みが結実していないと感じる。

自治体の負担が重くなる

協議の結果、上下分離などの公的支援が必要となれば、自治体の負担が重くなります。鉄道の廃止が決まった場合でも、代替交通手段を確保する費用にくわえ、その赤字補助も自治体が支援しなければなりません。また、マイカー通勤が増えて道路が渋滞すれば、道路整備の費用も自治体負担です。

一方、歳入の面では、鉄道事業者からの固定資産税を失うほか、鉄道の廃止により駅前の地価が下落し、その周辺の土地所有者からの固定資産税も減額になるおそれがあります。たいして利用者のいない路線でも、なくなるといちばん困るのが自治体なのです。

自治体の本音

  • バス転換や上下分離方式の導入など、自治体のコストが増大する手法が議論されることが多く、財政上の不安から議論を進めにくい。
  • バス転換を図る場合、それに伴う整備が必要になる。国には、イニシャルコストやランニングコストの財政支援をお願いしたい。
  • 仮に上下分離を採用しても、行政側への費用の付け替えでしかない。そもそも、交通事業者の独立採算性の考え方に限界がきており、運営経費に対する支援制度の創設や維持管理に対する国の支援が求められる。

沿線住民に危機感が共有されていない・理解を得られない

鉄道利用者が激減している地域の多くが「車社会」です。このため、鉄道がなくなっても生活への影響は少なく、沿線住民に問題意識を共有しづらい点に課題を感じる自治体もみられます。

一方で、「鉄道がなくなると街が廃れる」という考え方が根強い地域もあり、これが協議入りを難しくしている自治体も、少数ながらあるようです。

自治体の本音

  • マイカー利用が大勢を占める地域のため、公共交通利用に向けた機運が醸成されない。
  • 沿線住民に危機感が共有できておらず、地域全体で支える必要性や意識を醸成させることが課題。
  • 「協議入り」→「廃線議論」→「鉄道がなくなると地域が衰退する」という考えが、自治体にも住民にも根強くあり、これも議論に入りづらい一因となっている。

公共交通に詳しい専門家がいない

公共交通に関する深い知識やノウハウのある専門家が自治体にいないことも、問題点として挙げられます。鉄道事業者が輸送密度や営業係数といった資料を開示しても、「赤字額しか目に行かない」「どうすれば改善するのかわからない」と疑問ばかりで反論もできず、廃止を受け入れざるを得なくなった自治体も少なくありません。

今後、JR沿線を中心に全国各地で協議会が設置されることが予測されます。協議に参加する首長はもちろん、公共交通の担当者も、ある程度の知識を備えて協議に挑むことが求められるでしょう。

自治体の本音

  • 鉄道事業は専門性が高い。事業者から十分な情報共有がされていないなかで、沿線自治体としては、効果的な支援や利用増進施策が手探り状態。
  • 鉄道の意義や必要性について、住民にわかりやすく説明するためのマニュアル等を充実してほしい。

国主導の「再構築協議会」が設置可能に

鉄道の存続・廃止に関する協議について、鉄道事業者や沿線自治体からは「国の関与」を求める声も増えています。そこで国土交通省は2022年2月に新たな検討会を設置。問題の解決に乗り出しました。その検討会が、「鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会」です。

この検討会では、交通政策を専門とする大学教授などの有識者が、鉄道事業者や自治体から意見を集め、利便性と持続可能性の高い公共交通のあるべき姿に関する論議を交わしています。

※検討会の内容を詳しく解説した記事はこちら

検討会では、鉄道の存続・廃止に関する協議会について、従来の法定協議会とは別に国主導の協議会の必要性についても言及しています。これを受けて国は、法定協議会のもとになる地域公共交通活性化再生法を改正。2023年10月より、国主導の「再構築協議会」の設置が認められるようになりました。

※再構築協議会の詳細を解説した記事はこちら

今後、JRの赤字ローカル線を中心に各地で協議会が活発になっていくことが予測されます。当サイトでは、各線区の協議会の進捗を随時更新してまいります。