マスコミが伝えない赤字ローカル線の「新協議会」が果たす目的

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赤字ローカル線のひとつ、久留里線 コラム
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2022年7月25日、国土交通省が立ち上げた検討会で、鉄道や公共交通の将来にかかわる重大な「提言」が公表されました。これを受けて、さまざまなメディアで赤字ローカル線の廃止を示唆する報道が見られます。

しかし、検討会では「廃止前提ではない」と強く主張し、提言の狙いは別のところにあると伝えています。来年度から新たに設置される協議会の「真の目的」とは何なのか。マスメディアが伝えてこなかった検討会の議事録を参考に、改めて提言書を読み解いていきましょう。

※再構築協議会の基本方針や対象線区の予想は、以下のページで解説します。

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赤字ローカル線をめぐる「検討会」とは

まず、提言をまとめた国土交通省の検討会の概要を確認しておきましょう。この検討会の正式名称は、「鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会」です(本記事では「検討会」と略します)。

検討会の構成員は、6名の有識者。経済学、環境学、工学などの大学教授を中心に、日本テレビ報道局解説委員や前富山市長も参加しています。また、オブザーバーとしてJR各社をはじめ鉄道事業者、バス事業者、自治体代表(全国知事会・市長会・町村会)、そして国土交通省も参加しています。

最初の検討会は、2022年2月14日に実施。それに先立ち、国土交通省のプレスリリースで、検討会の目的が提示されました。

各地のローカル鉄道が危機的状況にある中で、鉄道事業者と沿線地域が危機認識を共有し、相互に協力・協働しながら、改めて利用者視点に立ち、地域モビリティを刷新していく取組を促す政策のあり方を議論する有識者検討会を新たに設置します。

出典:国土交通省「第1回 鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会」(プレスリリース)

赤字ローカル線の多くが、少子化・過疎化の影響で利用者の減少に歯止めがかからず、経営は苦しい状況です。一方で、日本の鉄道は「事業者任せ」が通例で、第三セクターなどの一部を除き、沿線自治体が支援の手を差し伸べることはほとんどありませんでした。

そこで、鉄道事業者の危機を救うため「沿線自治体と話し合いながら解決策を導ける方法を考えましょう」というのが、この検討会の目的です。

ただ、「地域モビリティを刷新」という表現が、「鉄道を廃止にしてバス転換にするのではないか」とも読み取れ、「国鉄改革の再来」と解釈する方も少なくなかったようです。

赤字ローカル線が増えたのは、コロナだけが理由じゃない

この検討会が必要になった背景について、一部メディアでは「コロナによる利用者の減少がある」といったニュアンスで伝えています。確かに、コロナも一因になっていますが、コロナだけが問題ではないことは理解しておきたいところです。

ローカル線の利用者が減っている主要因は、「少子化」と「過疎化」です。

赤字ローカル線のなかには、利用者全体の8割前後が高校生(通学定期客)という路線も珍しくありません。その高校生の生徒数ですが、1989年のピーク時には全国で約564万人もいました。これは、第二次ベビーブーム世代(団塊ジュニア)が高校生だったからです。その後、少子化によって減少が続き、2021年には300万人を割り込んでいます。約30年のあいだで、高校生の生徒数がおおよそ半分にまで減ったのです。

さらに、地方では過疎化も加わり、高齢者もマイカーを手放せず、大半の赤字ローカル線は利用者数が半分以下にまで減っています。一部の路線では10分の1以下にまで減っており、コロナによる減少よりも深刻な状況です。

▲JR西日本のローカル線輸送密度の推移。1987年の半数以下となっている線区も多い。
参考:JR西日本「データで見るJR西日本(2020年度版)」をもとに筆者作成

「コロナによる一時的な減収で、ローカル線を廃止にするな」という知事の声も聞かれましたが、これは根本的な問題を理解していない(理解しようとしない)、まったく誤った解釈です。

仮にコロナがなかったとしても、数年後には検討会が開催され、全国各地で協議会が設置されていたでしょう。コロナは、検討会の設置を「数年早めただけ」と考えたほうが適切です。

検討会がまとめた「提言」を読み解く

検討会は、全部で5回実施されました。最後の検討会は、2022年7月25日に開催。この日、これまでの話し合いをまとめた「提言」が公表されます。この提言が、「地域の将来と利用者の視点に立ったローカル鉄道の在り方に関する提言」です(本記事では「提言」と略します)。

この提言のなかで、マスメディアが大きく報じたのが、以下の内容です。

検討会の提言内容
出典:国土交通省「鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会について(2/14設置)」

改めて、提言を読み解いていきましょう。

まず大前提として、JRの赤字ローカル線は「各社による維持」を求めています。ただし、利用者が大幅に減少し、危機的状況のローカル線区については、「法定協議会」を設置して鉄道事業者や自治体など関係者で検討を進めることを求めています(【A】の内容)。

この法定協議会とは、地域公共交通活性化再生法にもとづく協議会のことです。基本的には、この法律にもとづいた協議会を自治体が主宰し、関係機関と連携して地域公共交通の課題を話し合うよう、国は求めてきました。

なお、地域公共交通活性化再生法は2020年に改正された際に、自治体に対して「地域公共交通計画」の作成を努力義務としています。つまり、「公共交通の課題を洗い出して計画を立てなさい」と命じているのです。だから、この法定協議会が「基本原則」なのです。

ただ、この法律には大きな欠点がありました。それは、「主宰が自治体」であること。任意の協議会にも言えることですが、自治体が「現状の公共交通に問題ありません」と考えていれば、鉄道やバスの事業者が赤字で苦しんでいても、協議会を設置しなくてもよかったわけです。

実際に、JR北海道の「赤線区(輸送密度200人未満/日)」の沿線自治体では、JR側から協議会の設置を再三申し入れていたにもかかわらず、受け入れを拒み続けました。

こうした「基本原則」がうまく機能しない地域について、国主導の新たな協議会を設置することになったのです(【B】の内容)。

※JR北海道の「赤線区」の協議会の詳細はこちら

独り歩きする「1,000」の数字

国主導の新たな協議会を主宰するには、いくつかの条件があります。大きくまとめると、次の3点です。

  1. 鉄道事業者または自治体からの要請があること
  2. JRのローカル線区は、輸送密度1,000人未満/日で、ピーク時の輸送人員が500人未満の線区
  3. 路線が広域におよび、多くの関係者の調整が必要だと認められること

JR北海道の事例もあることから、新たな協議会では鉄道事業者も主宰が可能になります。逆にいえば、輸送密度1,000人未満/日の線区で「鉄道事業者も自治体も問題ない」という認識であれば、協議会は設置されないともいえます。

「ピーク時の輸送人員が500人未満」というのは、その線区の1駅区間でも1時間あたり500人以上が利用していれば対象外になる、ということです。もっとも、輸送密度1,000人未満/日の線区では、かなりレアなケースでしょう。

また、3点目についてはJRの路線は広範囲に及び、線区によっては県をまたぐ区間で協議するケースも考えられます。そのような場合には、国が積極的に調整することを述べています。これも、逆にいえば「まずは自分たちで調整してね」と伝えているわけです。

さて、この概要を伝える一部マスメディアには「1,000人未満/日の赤字ローカル線は、存廃の協議会を始める」と伝えているところもあります。厳密には上記3点を満たす必要があり、1,000人未満/日なら必ず協議会を実施するというわけではありません。

1,000 人を下回っているから即座に協議入りするということではなくて、あくまで今申し上げた、いろんな基準を踏まえて、より厳しい状況にある線区から優先順位をつけながらということになります。

出典:国土交通省「第5回 鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会 議事録」

とはいえ、JR各社は赤字ローカル線の収支データを公表して「協議をさせてほしい」と言っているわけですから、鉄道ファンをはじめ一般の方には「1,000人未満/日の線区は、協議入りする」と伝わっても、致し方ないかもしれません。

最終的な目的は赤字ローカル線の存廃「ではない」

検討会による提言が公表されてから、自治体の長や知事などから、赤字ローカル線の廃止を危惧するメッセージが相次いで報じられています。マスコミも、発信力のある自治体の長のコメントを取り上げることで、問題意識を広めたいという考えがあるのでしょう。

マスコミは、わかりやすく伝えることも任務のひとつです。すなわち、「存続か廃止か」と二択で伝えたほうがインパクトはあります。結果的に廃止になる鉄道路線もあるでしょうから間違いではない表現ですし、普段から鉄道を使わない人なら、その解釈でも構わないでしょう。

ただ、毎日のように鉄道を使っている人からすれば「その後はどうなるの?」という点が気になります。鉄道がなくなっても、移動のニーズは存在し続けます。また、観光誘客や移住促進といった地域の発展を考えても、何らかの公共交通は必要でしょう。それを決めるのが協議会の場ですし、検討会が提言したいことでもあったわけです。

一方で、一部の人たちには「最終的に鉄道を廃止にすることが目的なんだろ?」というメッセージが伝わっているのも事実です。実は、こうした考えが広がることに危惧する声が、検討会の事務局や構成員のメンバーも予測していました。

一部の報道ぶりでいくと、1,000人を切ってきた線区というのは、もう廃止が前提じゃないかというような、先走った報道も実際に見受けられたところでありますが、あくまで 1,000人以下は協議入りの基準であって、厳しい現実であるということは考え方として示していますけれども、当然再構築の中には鉄道としてしっかり守っていくということも含まれ、堂々と議論すべきだと思います。

出典:国土交通省「第5回 鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会 議事録」

協議会は、あくまでも「利用実態にあった公共交通を再整備して、公共交通利用者の利便性を高めること」がゴール(というより再スタート)としています。単に、赤字ローカル線の存廃を決めることが目的ではありません。

これを、今後の協議会に参加する自治体の長や知事などが理解していないと、誤った方向に行くことが懸念されます。最悪の場合、「残せた路線も残せない」ことになるケースも出てくるでしょう。

とはいえ、協議会を設置すると廃止になる路線が出てくるのも確実です。鉄道がなくなると、代替バスやデマンド交通などの利用実態に即したツールを用意しなければなりません。それを考えなければならないのは、自治体です。

代替交通を運行しても赤字は明白ですから、その支援も自治体がおこないます。いくら国が支援するといっても、現行法では赤字分の負担までは面倒をみてくれないのです。

だからといって、「鉄道を残すべきだ」という理論は成立しません。存続させるために鉄道事業者を支援するのであればともかく、「支援もしない」「国に要望するだけ」という姿勢では、これまでの「JR任せ」「バス会社任せ」と何ら変わらないのです。

ただし、自治体の負担が重くなることは明白ですから、国ももう少し支援の枠組みを用意するなど、法整備を検討してほしいと思います。そして、これから協議会に参加される自治体には、「いま利用している人たち」「これから利用する人たち」の視点に立ち、持続可能な公共交通網を構築できるよう、冷静に判断していただきたいところです。

※再構築協議会の基本方針や対象線区の予想は、以下のページで解説します。

参考URL

鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会について(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk5_000011.html

高校教育政策と質保証(国立教育政策研究所紀要 第138集 平成21年3月)
https://www.nier.go.jp/kankou_kiyou/kiyou138-8.pdf

高等学校学科別生徒数・学校数(文部科学省)
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/shinkou/genjyo/021201.htm