JR東日本の管内には、100円を稼ぐのに1万円以上かかる超不採算のローカル線が複数あります。飯山線の戸狩野沢温泉~津南も、そのひとつ。年間800万円の運輸収入に対して、営業費用は8億9,900万円、営業係数は10,316(2023年度)です。
飯山線全線(豊野~越後川口)の赤字額は約28億円ですが、なぜこんなに大赤字なのでしょうか。利用状況を含め、現地を取材しました。
通勤・通学需要の多い長野県側の飯山線
現地調査をしたのは、2025年3月の平日。1年を通して通勤通学の利用者数が、もっとも少ない時期です。一方で、青春18きっぷやJR東日本のフリーきっぷ「きゅんパス」が利用できる時期でもあり、観光利用者は多いと考えられます。そのため、通常の利用状況と異なる点は、あらかじめご了承ください。
■調査概要
・調査日:2025年3月の平日
・調査区間:豊野~越後川口(一部の駅で下車)
・天候:曇り時々晴れ

飯山線の起点は、長野市郊外にある豊野駅です。飯山線の列車は、ここからしなの鉄道(北しなの線)を経由して、長野駅まで乗り入れています。つまり、長野~豊野はJR東日本が線路使用料を払って運行している区間になります。
筆者は長野駅で、飯山線からの列車(戸狩野沢温泉7:02発・長野8:08着)を待ち受けましたが、多くの通勤通学客で賑わっていました。ただ、しなの鉄道の乗客も含まれるので、飯山線からの乗客がどれくらいなのかは判別できません。ちなみに、豊野~飯山の輸送密度は1,398人/日です(2023年度)。利用者数は少ないとはいえ、朝のラッシュを見る限り豊野~飯山を路線バスなどの代替交通で輸送するのは難しいでしょう。
【乗車レポート】飯山線(豊野→北飯山)の利用実態
豊野駅 8:53発(129D)

長野発の2両ワンマン列車が、豊野駅に到着しました。まずは、北飯山駅をめざします。
豊野駅では、筆者を含め3人が乗車。下車も3人でした。車内には18人が乗車しており、外国人旅行者の姿もみられます。ただ、多くは沿線地域に住んでいる地元の人です。年齢も性別も幅広く、途中の駅でぽつぽつと降りていきます。
立ケ花駅に近づくと、千曲川が右手に見えてきます。飯山線は、蛇行する千曲川(信濃川)に沿って走るため、時速40km以下に制限される区間が長いです。スピードが出せないことも、利用者離れにつながっているといわれます。

飯山が近づくにつれ、雪が増えてきました。替佐では、上り列車と待ち合わせ。上り列車には30人ほどが乗車しており、学生風の若い人が多くみられました。一方、筆者が乗車する下り列車は乗降が少なく、ゆとりがあります。ここで、筆者が乗車した列車の乗降客数(豊野~北飯山)をまとめておきましょう。
■乗降客調査(豊野8:53→北飯山9:29)
乗車数 | 降車数 | 備考 | |
---|---|---|---|
豊野 | 3 | 3 | 長野方面の乗客を合わせて18人乗車 |
信濃浅野 | 0 | 1 | |
立ケ花 | 1 | 6 | |
上今井 | 0 | 2 | |
替佐 | 0 | 0 | |
蓮 | 0 | 0 | |
飯山 | 1 | 8 | |
北飯山 | 0 | 1 | 2人が戸狩野沢温泉方面へ |
鉄道の利便性がよい飯山市だが…

北飯山駅は、飯山駅の隣駅です。ここで下車したのは、筆者のみでした。ただ、朝夕の時間帯は賑わいます。この駅から200mと離れていない場所に、飯山高校があるからです。
飯山高校の全校生徒数は、約500人。飯山市の調査によると、このうち26%が飯山線で通学しています。つまり、北飯山駅は学生だけで毎日100人以上利用していることになります。
飯山高校の場所には、もともと「飯山北高校」がありました。そこに、飯山南高校を源流とする飯山高校が2014年に統合。学生が通いやすい駅の近くに、設置されたのです。こうしたまちづくりも、飯山線の利用促進につながっているでしょう。
ちなみに、飯山高校の生徒は自転車通学が多いようです(47.1%)。ただ、雨天時や冬季は家族に送迎してもらう生徒が多く、鉄道の利用者数は変わらないようです。

さて、次の越後川口方面の列車は約2時間後です。市内を散策しながら、飯山駅まで1駅戻ります。
飯山駅の近くには、飯山赤十字病院があります。総合医療機関として、中野市などの隣接市町村から通院する人も多く、飯山線で通う人もいるようです。ただ、多くの人がマイカー通院。駐車場は賑わっていました。
高校や病院を駅近くに設置した飯山市のまちづくりは、鉄道の利用者を増やす(減らさない)ために有効な施策です。とはいえ、飯山線の運行本数が少ないためか、あるいは飯山線沿線の人口が少ないからか、マイカーを使う人が圧倒的に多い地域でもあります。
こうした地域で鉄道を残すには、観光誘客も必要でしょう。飯山線といえば観光列車「おいこっと」が有名ですが、ほかにも「サイクルトレイン」も運行しています。といっても、定期列車に自転車を持ち込むスタイルで、乗車できる期間や時間帯は限られます。
また、観光客にも自転車で沿線地域をめぐってもらおうと、飯山駅にはレンタサイクルの施設があります。

レンタサイクル施設は、森宮野原駅や十日町駅の近くなどにも設置されています。沿線自治体が構成する飯山線沿線地域活性化協議会では、サイクルトレインでも鉄道の利用促進につなげたい考えです。
【乗車レポート】飯山線(飯山→戸狩野沢温泉)の利用実態
飯山駅 11:15発(131D)

飯山線の旅を続けましょう。飯山駅のホームに行くと、スーツ姿の男性グループや地元の高校生など、約20人が待っています。「まさか、下り列車に全員乗るのか?」と思っていたら…全員乗車しました。
列車は、越後川口行きの2両ワンマンです。乗客数は、飯山駅から乗車した人をあわせて約50人。座席はほぼ埋まっており、立っている客も複数人います。大きな荷物を持った50~60代くらいの男性が多く、ほとんどが観光客です。なかには、年配の女性グループや外国人旅行者の姿もみられました。
次の北飯山駅で、高校生が約10人下車。乗車は5人で、こちらも高校生です。飯山高校の学生でしょう。
■乗降客調査(飯山11:15→戸狩野沢温泉11:26)
乗車数 | 降車数 | 備考 | |
---|---|---|---|
飯山 | 19 | 約10 | 長野方面の乗客を合わせて約50人乗車 |
北飯山 | 5 | 約10 | |
信濃平 | 0 | 1 | |
戸狩野沢温泉 | 2 | 約10 |
戸狩野沢温泉駅 11:26着
列車は、戸狩野沢温泉駅に到着。ここで、地元客と思われる約10人が下車します。
駅名のとおり、戸狩温泉と野沢温泉の最寄り駅ですが、戸狩温泉までは約3km、野沢温泉は山を越えた向こう側です。ここから温泉地に向かう路線バスはありません。以前は、戸狩野沢温泉駅からもあったようですが、利用者の減少で廃止に。現在は、飯山駅から直通バスが運行しています。

さて、戸狩野沢温泉駅では2両編成の後部車両が切り離され、11:54発長野行きの上り列車として運用されます。その分割シーンを撮影しようと、一部の乗客が降車。飯山から乗ったスーツ姿の男性グループもホームで撮影しています。この人たちも、鉄道ファンだったようです。
撮影が終わると、いそいそと乗車する鉄道ファンたち。2両から1両から減ったこともあり、車内は混雑しているように見えます。
飯山線が大赤字路線の理由
戸狩野沢温泉駅を発車した段階で、34人が乗車。その大半は観光利用の男性客で、地元客は数人です。
この日に限ると賑わっているように見える飯山線ですが、戸狩野沢温泉~津南の輸送密度は84人/日しかありません(2023年度)。単純計算で、一列車あたり10人も乗っていない線区です。JR東日本からみれば、運転費すら稼げない状況でしょう。
さらに、飯山線の経営を苦しめているのが「雪」です。沿線地域では、1シーズンの累積降雪量が10mを超える地域もあります。線路上はラッセル車で排雪できても、ポイント部分や踏切、駅のホームなどは人力で除雪作業をしなければなりません。

除雪作業はJR東日本のスタッフだけでは足りず、沿線の企業などにも依頼しています。その人件費も、JR東日本の負担です。また、除雪作業が間に合わなければ、運転見合わせになる日もあります。積雪の多かった2025年2月の場合、飯山線の一部区間で運転を見合わせた日は28日のうち15日。月の半分以上が全線で運行できず、運賃収入も減ってしまうわけです。
つまり、雪のせいで「経費が増える一方で収入は減る」という状況が、飯山線の経営を苦しめる一因になっています。これは、北海道や東北の豪雪地帯にも同じことがいえるでしょう。
さらに、経費が高くなる一因が、以下の画像です。

飯山線でよく見かける「スノーシェッド」。雪崩による被害を防ぐために設置されるトンネル状の設備です。除雪区間を短くするうえでも、有効でしょう。ただ、厳冬期にはつららが生じ、それが落ちて列車の窓ガラスを破損する可能性があります。そのため、つららの除去作業や雪の重みに耐えるためのメンテナンスも必要です。
安全・安定した列車の運行には、こうした雪対策のために年間数千万円から数億円の経費がかかるそうです。これらが、飯山線が大赤字の理由のひとつといえます。
【乗車レポート】飯山線(戸狩野沢温泉→森宮野原)の利用実態
銀世界のなかを、列車は走り続けます。筆者が乗車した列車の乗降客数は、以下の通りです。
■乗降客調査(戸狩野沢温泉11:36→森宮野原12:15)
乗車数 | 降車数 | 備考 | |
---|---|---|---|
上境 | 0 | 1 | 高齢の男性 |
上桑名川 | 0 | 0 | |
桑名川 | 0 | 3 | 高齢の男女と若い男性 |
西大滝 | 0 | 0 | |
信濃白鳥 | 0 | 0 | |
平滝 | 0 | 1 | 高校生 |
横倉 | 0 | 1 | 高校生 |
森宮野原 | 3 | 0 |
森宮野原駅 12:15着
ここで、上り列車の待ち合わせ。10人ほどの鉄道ファンがホームに降り、写真撮影タイムです。
森宮野原駅では、1945年2月12日に785cmもの積雪を観測。鉄道が走る地域では日本最高記録として、「日本最高積雪地点の塔」が立っています。2025年も大雪でしたが、ホームに雪はありません。誰かが除雪してくれているのです。

森宮野原駅がある長野県栄村は、新潟県とのつながりが深く、この駅から津南や湯沢駅に行く路線バスも走っています。とくに津南行きのバスは、飯山線の競合でもありますが、列車が運行しない時間帯に走るなどダイヤを工夫しているようです。
さて、列車はいよいよ新潟県に入ります。
※飯山線現地調査の続き(新潟県側)は、以下のページで紹介します。

参考URL
令和3年度飯山市地域公共交通策定支援業務(飯山市)
https://www.city.iiyama.nagano.jp/assets/files/kikakuzaisei/kikakuchosei/kokyokotsu/keikaku/simin-koukouseiresults.pdf
飯山線沿線地域活性化協議会
https://iiyamasen-ensen.com/