2022年3月27日に開かれた、北海道新幹線並行在来線対策協議会の後志ブロック会議。この場で沿線自治体は、JR函館本線の長万部~小樽の存続を断念し、バス転換を容認しました。
それから2年。社会情勢の変化もあり「利用者の多い余市~小樽は鉄道を存続させるべきではないか」といった意見が、ネット上で散見されます。
一度決まった行政判断は、簡単に覆りません。ただ、沿線住民の活動次第では行政判断を覆すことも可能です。では、余市~小樽の鉄道を存続させるために、沿線住民は具体的に何をすればよいのでしょうか。鉄道を残すために、「本当にやらなければならないこと」を考えてみます。
鉄道存続を最後まで主張した余市町
長万部~小樽(通称:山線)の沿線自治体は当初、新幹線の札幌延伸開業後も並行在来線を存続させる考えでした。しかし、2021年4月21日の第8回後志ブロック会議で、経営分離後の収支予測が示されると一転。年間で約23億円という多額の赤字予想に、存続をあきらめる自治体が現れます。
こうしたなかで余市町は、鉄道の存続を一貫して主張。コロナ禍前の余市~小樽は輸送密度が2,000人/日を超えており、「大量輸送という鉄道のメリットを生かせる」と廃止に反対します。
その後、余市町と小樽市を除く沿線自治体は廃止を容認。余市~小樽については、北海道を交えた三者協議(2022年3月26日に開催)で、地域公共交通のあり方を検討することになりました。この三者協議で、余市町は鉄道の廃止を認めることになります。廃止容認の理由として、以下4つの課題を解決できなかったと伝えています。
■余市~小樽を鉄道で存続させるための課題
- 利用者数は減少傾向にあり、収支改善が見込めない。
- 鉄道の運行経費に対する国の支援制度がない。
- 災害リスクに対して、沿線自治体だけでは安定運行を保証できない。
- 並行するバスが多数運行しており、ピーク時でもバスで輸送できる。
※第13回後志ブロック会議「地域交通の確保方策の方向性の確認事項について」より筆者作成
これにくわえ、バス転換後の地域の便益が下がらないよう、北海道が「バスの速達化」や「交通拠点・交通ネットワークの再整備」について最大限支援すると約束したことも、余市町が廃止を受け入れた理由でした。
※長万部~小樽の沿線自治体が廃止を容認した経緯は、以下の記事で詳しく解説しています。
余市~小樽の廃止確定後に増えたインバウンド客
協議会で廃止が決まってから2年。新型コロナウイルスの5類移行などにより、沿線には多くの観光客が戻ってきました。とくに外国人旅行客(インバウンド客)は鉄道をよく利用するため、山線の一部列車で混雑。余市~小樽では、利用者の取りこぼしなども発生しているようです。
この様子を見て、「余市~小樽は鉄道を残したほうが良いのでは?」という意見がSNSなどで増えてきたと感じます。実際に、SNSにアップされた寿司詰め状態の車内の写真を見ると「廃止にするな」という意見が出ても、不思議ではないでしょう。
ただし、この状況が経営分離後も続くとは限りません。インバウンド客の多くは倶知安から乗車し、小樽や札幌で下車します。いずれの街も新幹線の停車予定駅があるため、札幌延伸開業後は新幹線に移行する可能性が高いです。また、インバウンド客で混雑するのはホテルのチェックイン・チェックアウトの時間帯の列車に限られ、他の時間帯は空いているという実態もあります。
最混雑の状況のみをフューチャーして鉄道の存続を主張するのは、少し無理があると感じます。
「再協議」で余市~小樽の鉄道を残せるか検証
とはいえ、余市~小樽の輸送密度は2,000人/日前後。並行するバスも、昨今のドライバー不足問題で減便が続き、輸送力不足が懸念されます。
では、余市~小樽の鉄道を存続させるには、どうすればよいのでしょうか。まずは、沿線自治体に廃止を容認させた「鉄道で存続させるための課題」をすべてクリアにする方法を考え、再協議に持ち込むのが第一歩でしょう。
沿線自治体は何年にもわたり並行在来線の存続方法を検討し、最終的に廃止を容認しました。この結果を覆すには、ファクトとデータにもとづいた「それなりの理由」と、主張だけでなく「行動力」が必要です。ここで、4つの課題がクリアできるかを、いま一度検討してみます。
1.利用者数は減少傾向にあり、収支改善が見込めない
余市町が鉄道存続を訴える理由のひとつになったのが、「輸送密度2,000人/日」という数値でした。ただ、協議会では新幹線への移行や沿線の過疎化・少子化などにより、利用者数は減少の一途をたどる予測が示されています。
■将来の輸送密度の推移(余市~小樽)
参考:第8回後志ブロック会議「函館線(函館・小樽間)旅客流動調査・将来需要予測・収支予測調査 結果概要について【後志ブロック】」より筆者作成
収支も、開業初年度(2030年度)は年間4億9,000円の赤字に。開業後も利用者の減少や老朽化した施設更新などにより改善せず、開業後30年間の累積赤字額は約206億円と見積もられました。
こうしたデータがあるなかで再協議に持ち込むには、「いまから利用者を増やして(減少に歯止めをかけて)収支を改善すること」が求められます。過疎化・少子化が進む沿線地域ですから、普段使いの客を増やすのは難しいかもしれません。そこで着目するのが、インバウンド客です。
余市~小樽の一部列車では、外国人旅行客で混雑しています。この人たちの多くを「余市で下車させる」ことができれば、列車の混雑は緩和しますし、地域にお金が落ちて沿線自治体の財政改善にも寄与するでしょう。
余市駅の近くには、ニッカウヰスキーの工場があります。少し足を伸ばせば、積丹の景勝地もあります。こうした観光施設のクーポンなどを旅行商品に組み込んでもらったり、インバウンド客の宿泊施設でイベントを実施したりと、地域の魅力をアピールしてリピーターを増やす、あるいは海外のインフルエンサーに拡散してもらいます。
そうやって余市に訪れる旅行客を増やし、鉄道の利用者も増やすことができれば存続の可能性が出てくるのではないでしょうか。
経済波及効果も、大事なポイントです。仮に1日100人の観光客を余市で下車させ、地域内で1人5,000円使ってもらえたとすれば、1日で50万円、年間で約1億8,000万円が地域に落ちます。
そんなチャンスが目の前にあるのに列車内の混雑ばかりに注目し、スマホ片手に見送っているようでは、仮に鉄道が残ったとしても利用促進が失敗するのは明白です。
先ほども述べたように、インバウンド客は新幹線に移ります。いまから種をまいて育てないと、新幹線開業後の余市は見向きもされなくなるかもしれません。道庁や国に存続をアピールするくらいなら、インバウンドなどの観光客へのアピールに積極的に取り組んだほうが有意義です。
2.鉄道の運行経費に対する国の支援制度がない
国の支援制度に関しては、2023年に地域公共交通活性化再生法の改正により制度が拡充されています。ただし、制度を使って運行経費を抑えられるかは、沿線自治体が策定する地域公共交通総合連携計画などの内容によります。たとえば、上下分離方式を採用するなどして事業者の収支改善が見込めれば、国の支援が得られる可能性があります。
国の支援制度を使うには、自治体の支援もセットです。財政状況がよくない余市町や小樽市、北海道には、大きな負担になります。財政を改善するには、インバウンド客を取り込んだり人口減少に歯止めをかけたりといった「自治体が稼ぐための施策」も講じなければなりません。
3.災害リスクに対して、沿線自治体だけでは安定運行を保証できない
災害リスクに関してはどうにもならない部分ですが、結局のところ「復旧費用を出せない」という自治体の財政状況の問題です。
北海道には、日高本線や根室本線など災害が原因で部分廃止になった線区があります。こうした災害が余市~小樽で発生した場合、仮に国の復旧支援制度を使えたとしても、利用者数に関係なく「お金を出せない」という理由で廃止される可能性があります。
4.並行するバスが多数運行しており、ピーク時でもバスで輸送できる
これに関しては、将来の余市~小樽における輸送力と移動ニーズを試算して、「バスでは無理」と証明すればよいでしょう。なお、第11回後志ブロック会議でも試算結果を公表しています。ただし、過去の実績にもとづき「バスでも十分に輸送できる」と結論づけたものです。ドライバー不足を加味した将来の予測結果は、いまだに示されていません。
ここで一例として、2030年の余市~小樽における「輸送力」と「移動ニーズ」を、バス運転手の減少率と沿線人口の減少率をもとにシミュレーションしてみます。
まず、輸送力について。日本バス協会によると2020年のバス運転手の数は全国で約12万5,000人です。これが2030年には9万3,000人に減少すると予測しています。この10年間のドライバーの減少率は「-25.6%」です。全国のデータではありますが、これを2020年の余市~小樽のデータに当てはめ、2030年の輸送力を試算します。
次に、移動ニーズを求めます。沿線地域の人口は、国立社会保障・人口問題研究所がまとめた2030年の予測値を使用します。2020年の人口は両市町で12万9,299人(小樽市:11万1,299人、余市町:1万8,000人)。2030年の予測値は10万6,023人(小樽市:9万1,079人、余市町:1万4,944人)ですから、10年間の減少率は「-18.0%」です。これを、鉄道とバスの合計利用者数に当てはめ、2030年の移動ニーズを試算します。
以上の計算方法で求めた、全日とピーク時の輸送力および移動ニーズは、以下の通りです。
■2030年の輸送力と移動ニーズの予測
全日 | 6時台 | 7時台 | 8時台 | 9時台 | |
---|---|---|---|---|---|
輸送力(本数) | 5,040人 (84本) | 240人 (4本) | 300人 (5本) | 120人 (2本) | 180人 (3本) |
移動ニーズ | 3,419人 | 198人 | 467人 | 172人 | 58人 |
バスの必要本数 | 57本 | 4本 | 8本 | 3本 | 1本 |
※移動ニーズは、JR(2018年)と北海道中央バス(2020年)の合計乗車人員から-18.0%にした値。
※バスの必要本数は、移動ニーズを60(1台あたりの乗車人員)で割った値。小数点以下は切り上げ。
参考:第11回後志ブロック会議「余市・小樽間におけるバスの輸送力の検討について」のデータをもとに筆者算出
この結果から、全日でみれば輸送力のほうが大きいものの、ピーク時間帯では7時台で3本の不足、8時台で1本の不足です。9時台は2本多いものの、7~8時台に回せても乗客の取りこぼしが発生するおそれがあります。つまり、ピーク時間帯は「バスでは輸送力不足になる」と予測されるのです。
なお、このデータは筆者個人が試算したものですから、専門機関などとしっかり検討して「お墨付き」をいただくことが大事です。筆者の試算では、バス運転手の数は全国のデータを使っていますから、沿線自治体(または北海道)のデータで試算する必要があります。
また、バス転換すると鉄道利用者の一定数はマイカーにシフトする傾向があります。それも加味して試算すると、結果が変わってくるかもしれません。上記データは、あくまでも試算方法のヒントとして捉えてください。
地域の課題は地域で解決するのが基本
余市~小樽の鉄道存続に向けた再協議を求めるには、上記の4つの課題をクリアするのが大前提です。「いま混雑している」「ドライバー不足が心配」というあいまいな理由では、仮に再協議ができたとしても「明確なデータがない」などの理由で、結果は覆らないでしょう。
また、ドライバー不足以外の課題は沿線自治体や北海道の財政問題が大きく、その背景には将来の厳しい人口予測が深く関係します。
余市〜小樽の移動ニーズを試算した際に示したように、両市町の人口はわずか10年で18%も減少する予測です。また北海道の人口も、2020年の約523万人から2040年には432万人と、20年で約90万人も減少します。人口が減れば道民税などの税収も減りますし、国全体の人口も減るため地方交付税や北海道開発庁の予算削減も容易に想像できます。
その一方で、鉄道をはじめとするインフラ維持の予算は右肩上がりに増加します。鉄道関係でいえば余市〜小樽のほかにも、JR北海道が単独では維持困難とする黄線区への支援も増えるでしょうし、函館〜長万部の貨物輸送を守るために新たな予算の確保も必要でしょう。
函館~長万部は、北海道だけでなく本州以南にも大きな便益をもたらす路線です。このため北海道と国は、JR貨物などの関係者と協議を進めており、北海道が主体の第三セクター方式で鉄道を存続させるのが有力といわれています。
この場合、並行在来線のように国の貨物調整金やJR貨物の線路使用料を得ながら運営すると考えられますが、道南いさりび鉄道をみてもわかるように、それでも赤字になると想定されます。このため、北海道にも多額の負担が生じ、余市~小樽などにまわす財源が限られてくるのです。
地域の課題は、地域で解決するしかありません。その地域が「鉄道に関心がない」「チャンスが目の前にあるのに気づかない」「国や道が何とかしてくれると考えている」ようであれば、鉄道の存続は厳しいでしょう。
もっとも、国や道の支援がなければ鉄道を運営できないこともわかります。ただ、支援を求めるのであれば、地域が鉄道を残すために頑張っている姿をアピールすることも必要です。鉄道を残すために自分たちに何ができるのかを建設的に議論し、行動を起こすこと。それが、廃止確定の行政判断を覆し、再協議に持ち込むための第一歩になるのではないでしょうか。
※長万部~小樽の沿線自治体が廃止を容認した経緯は、以下の記事で詳しく解説しています。
参考URL
函館線(函館・小樽間)について(北海道新幹線並行在来線対策協議会)
https://www.pref.hokkaido.lg.jp/ss/stk/heizai.html
国土幹線道路部会 ヒアリング資料(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001634143.pdf
地域別将来推計人口(国立社会保障・人口問題研究所)
https://www.ipss.go.jp/pp-shicyoson/j/shicyoson23/t-page.asp