【JR北海道】函館本線(長万部~小樽)を廃止に導いた自治体間の「温度差」

函館本線の余市駅 JR

函館本線の長万部~小樽は、北海道新幹線の札幌延伸・開業にともない、並行在来線としてJR北海道から経営分離される線区です。

通称「山線」といわれる沿線には、ニセコや余市といった観光スポットが多々あります。とりわけ余市町は、小樽や札幌への通勤通学需要も多く、余市~小樽の輸送密度は2,000人/日を超えています(2018年の実績)。このため、余市~小樽だけでも第三セクターに移管して鉄道を存続させる考えもありました。

しかし、「北海道新幹線並行在来線対策協議会(後志ブロック)」における話し合いの結果、全線の廃止が確定。輸送密度2,000人/日を超える区間があっても、鉄道を残せなかったのです。なぜ、廃止が決まったのか。その経緯を、協議会の議事録をもとに振り返ります。

JR函館本線(長万部~函館)の線区データ

協議対象の区間JR函館本線 長万部~小樽(140.2km)
輸送密度(1987年→2019年)2,641→618
増減率-77%
赤字額(2019年)23億5,300万円
営業係数617
※輸送密度および増減率は、JRが発足した1987年と、コロナ禍前の2019年を比較しています。
※赤字額と営業係数は、コロナ禍前の2019年のデータを使用しています。

協議会参加団体

小樽市、黒松内町、蘭越町、ニセコ町、倶知安町、共和町、仁木町、余市町、北海道、後志総合振興局

函館本線(長万部~小樽)と沿線自治体

北海道新幹線並行在来線対策協議会(後志ブロック)の設置までの経緯

2010年5月12日、JR北海道は整備新幹線の札幌延伸に関して、函館本線の函館~小樽間は並行在来線として経営分離する意向を示します。翌2011年12月までに、沿線15自治体が経営分離に同意。新函館北斗~札幌の整備新幹線が認可されるとともに、並行在来線は沿線自治体で検討することになりました。

2012年9月には、沿線自治体が中心となり「北海道新幹線並行在来線対策協議会」を設置。第1回の協議会には、15の自治体が一堂に会して話し合いをします。ただ、280kmにもおよぶ長距離区間のため地域事情も異なります。そこで、第2回以降は「後志ブロック」と「渡島ブロック」の2つにわけて協議を進めることになりました。

ここでは、長万部~小樽の後志ブロックの協議会についてみていきます。

存続を前提にスタートした後志ブロックの協議会

後志ブロックとしての1回目の協議は、2012年10月に開催されます。ここでは、函館本線の現状の流動調査から将来の需要予測、貨物調整金などの国の支援制度、先行事例の紹介といった、国や道からの説明が主な内容でした。

このうち需要予測の資料をみると、新幹線開業時(この段階では2035年度)の長万部~小樽の乗車人員は1,395人、輸送密度は286人/日となり、2010年比で約4割減になる試算が示されています。

2011年2035年2045年
乗車人員(人)2,3371,3951,166
輸送密度(人/日)467286244
▲長万部~小樽の需要予測。当初開業年とされた2035年には、現況(2011年)より約4割も減少。開業後も減少の一途をたどると予測された。
参考:第1回後志ブロック会議「函館線(函館・小樽間)の旅客流動調査・将来需要予測調査の結果について」をもとに筆者作成

第4回(2016年2月)までは、新青森~新函館北斗の新幹線開業前であったことから、道南いさりび鉄道の設立に向けた報告や、北海道新幹線のPR活動に関する自治体の取り組みなども紹介されています。

また、2017年3月に開催された第5回では、道南いさりび鉄道の開業1年間の運営状況や、2014年に廃止された木古内~江差のバス転換事例について報告されています。

ちなみに、第5回までの議事録を見る限り、すべての沿線自治体が「長万部~小樽間は鉄道として存続させる」ことを前提としたコメントを発していました。

※道南いさりび鉄道の成り立ちから現在に至るまでの経緯は、以下のページで紹介しています。

輸送密度2,000以上なら鉄道を維持できる?

2019年7月に開催された第6回のブロック会議には、JR北海道が初参加しています。

JR北海道は、駅別乗車人員や輸送密度、今後20年間で必要な土木構造物の大規模修繕費用など、細かなデータを開示して説明。その後、沿線自治体からの質疑応答が始まります。

このときの質疑応答が、後に余市町が鉄道存続を最後まで訴える一因になったのです。

【余市町長】
○ 1日あたりの駅利用者数について、何名くらいを目処に黒字と見込んでいるのかお聞かせいただきたい。

【JR北海道】
○ すみません、その線区全体について1日何名で黒字になるのかというのは、数字は持っていません。それは他の線区も同様に持っていないのですが、私どもとしては、その線区での輸送密度2,000人以上、ここも収支的には赤字なのですが、2,000人以上がやはり鉄道の特性が発揮できるような線区であろうと考えています。

【余市町長】
○ 2,000人以上ということですね、わかりました。

出典:北海道新幹線並行在来線対策協議会 第6回後志ブロック会議 議事録

輸送密度2,000人/日という数値の根拠について、JR北海道は「国鉄末期の特定地方交通線で、実際に廃止された路線の多くが2,000人/日未満だった(=2,000人/日以上の線区は存続できた)」ことを理由として挙げています。

国鉄再建特措法におけるバス転換の基準は、輸送密度4,000人/日未満でした。ただし、除外規定もあり、通勤通学時間帯にバスで輸送できないほどの利用者がいる線区などは、廃止を免れられたのです。そうした線区の多くが、輸送密度2,000人/日を超えていました。

貨物列車の代行路線として山線を活用できるか?

第7回ブロック会議は、2020年8月の開催です。今回もJR北海道が参加しての協議となり、前回配布した資料の不明点などを質疑応答する流れになりました。そのなかで黒松内町と倶知安町が、有珠山噴火時における貨物列車の代行輸送について言及しています。

JR貨物の列車は現状、室蘭本線を経由するため、長万部~小樽では運行していません。しかし、2000年の有珠山噴火時に室蘭本線が不通となった際、長万部~小樽が迂回ルートとして活用されています。この経緯から、沿線自治体は「貨物列車の代行路線として存続させる必要があるのか」を、JR北海道に質問したのです。

▲赤線が貨物列車の走行ルート。室蘭本線の沿線には有珠山があり、2000年の噴火時には倶知安・小樽経由で運行された。

これについてJR北海道は、JR貨物への確認が必要としたうえで、貨車をけん引する機関車が更新されたため「長万部~小樽を通れない可能性がある」と答えています。

なお、JR貨物からの正式な回答は2021年12月の第11回ブロック会議で示されますが、やはり機関車の更新にともなうサイズ変更により「長万部~小樽では走行できない区間が複数ある」と伝えています。仮に、何らかの理由で室蘭本線が不通になった際には、トラックなどを活用した代替輸送で対応することも補足説明しています。

収支予測でバス転換に傾倒する自治体

第8回ブロック会議は2021年4月に開催。ここで初めて、経営分離後の収支予測が公表されます。収支予測は、以下の3パターンで試算されました。

(1)全線で鉄道存続
(2)全線をバス転換
(3)長万部~余市はバス転換、余市~小樽は鉄道存続

(3)のパターンを検討したのは、余市~小樽の輸送密度が2,144人/日(2018年度)と利用者が多く、JR北海道が提言した「鉄道の特性が発揮できる線区」だったからです。

それぞれの収支予測ですが、(1)のパターンだと、初年度は23.7億円、開業から30年で約927億円の赤字に。(2)のパターンでは、初年度で2億円、開業から30年で約96億円の赤字です。また、鉄道とバスを組み合わせた(3)のパターンでは、初年度で約6億円、30年間で約255億円の赤字でした。

いずれにしても赤字額が大きく、沿線自治体はさらなる精査を求めます。特に余市町は、余市~小樽の輸送密度が2,000人/日を超えることを理由に、鉄道の存続を強く要望。ブロック会議とは別に、有識者などと個別協議を2回実施するなど、存続の道を探り続けます。

そして迎えた同年8月の第9回。あらゆるコスト削減パターンを想定して収支予測を見直した結果が公表されます。ただ、もとの額があまりも大きく改善されても巨額の赤字です。

同年11月に開かれた第10回でも、再度見直した収支予測が公表されますが、コスト削減にも限界があり、多額の赤字改善には至りませんでした。なお、この回では小樽~余市を多駅化・多頻度化する案の収支予測も提示されますが、経費が増えるだけで赤字改善にはつながらない試算結果だったのです。

初期投資2030年2040年30年累計
鉄道152.8▲22.8▲23.5▲864.6
バス22.1▲0.7▲1.0▲70.2
鉄道+バス61.8▲5.4▲6.0▲258.2
▲初期投資額と単年度収支(2030年度と2040年度)の予測(単位:億円)。開業年の2030年度の場合、全線鉄道だと約23億円の赤字に対し、バスは約7,000万円にまで圧縮できる。
参考:第10回後志ブロック会議「長万部・小樽間における交通モード別の収支予測について」をもとに筆者作成

あらかじめ決めたスケジュールでは、次回の第11回ブロック会議で「存続か、廃止か」を各自治体が判断することになっています。非現実的な数値を目の当たりにした自治体の多くが、「鉄道の存続は厳しい」という考えに傾き始めていたのは、言うまでもありません。

孤立した余市町が一転、廃止容認へ

2021年12月、第11回ブロック会議。ここで各自治体は、長万部~小樽の「存続」または「廃止」を判断することになっています。結果は、以下の通りです。

【存続】余市町
【廃止】倶知安町、共和町、仁木町、長万部町
【保留】小樽市、黒松内町、蘭越町、ニセコ町

保留した自治体は、「住民説明会を開催中のため(または、これから開催するため)」という理由が多く見られ、存廃の決断は次回に持ち越しとなります。

なお、この会議では余市町が国土交通省やJR北海道の担当者に、かなり踏み込んだ質疑応答をしています。ただ、議事録を見る限り「鉄道を廃止にするな」という考えではなく、この後に始まる小樽市や北海道との個別協議に必要な情報を沈着冷静に引き出しているとも見て取れます。いずれにせよ、余市町にとって形勢不利な状況になってきました。

住民説明会を終えた2022年2月の第12回ブロック会議。ここで、態度を保留としていた黒松内町、蘭越町、ニセコ町が廃止を容認します。これにより、長万部~余市の廃止が事実上決定。残る余市~小樽は、両市町と北海道を交えた個別協議で結論を出すことになったのです。

個別協議の議事録は公開されていませんが、その内容は同年3月に開かれた第13回ブロック会議の資料と議事録にまとめられています。結果的には、余市町も鉄道の廃止を容認しますが、その理由について以下の4点を挙げています。

  1. 利用者数の減少が見込まれ、整備新幹線が札幌まで延伸開業する2030年度の輸送密度は2,000人/日を下回ること(2030年度の輸送密度は1,493人/日と予測)。
  2. 鉄道の運行経費に対する国の支援制度がないこと。
  3. 災害復旧や廃止時の施設撤去まで考慮すると、沿線自治体だけで鉄道を運行することが困難なこと。
  4. 並行するバスのダイヤ調整などで、ピーク時間帯でも輸送できること。

余市町がもっとも懸念していたのが、「鉄道の廃止で利用者の便益が下がるのではないか」という点でした。とくに(4)は、鉄道利用者を「バスで代替輸送できるのか?」という点が課題になります。余市~小樽間には、鉄道とほぼ並走するバスが1日100本以上運行していますが、とりわけ朝の通勤通学時間帯にバスで輸送できるかが懸念事項だったのです。

ただ、この課題については第11回のブロック会議で「必要な増便は1本程度」と示され、バス転換しても問題なしと結論付けています。

■余市~小樽間におけるバスの輸送力の検討(ピーク時間帯)

バスの輸送量乗車人員(JR+バス)バスの増減数
6時台360人(6本運行)241人▲1本
7時台420人(7本運行)570人3本
8時台180人(3本運行)210人1本
9時台240人(4本運行)71人▲2本
▲余市~小樽間における「バスの輸送量」と、鉄道とあわせた「乗車人員」。7~8時台はバスの輸送量を超える乗車人員があり増便が必要だが、ダイヤ変更により1本の増便で対応可能と試算された。
参考:北海道「余市・小樽間におけるバスの輸送力の検討について」のデータをもとに筆者作成

また、両市町と北海道との個別協議では、余市町が「鉄道と同等の輸送力・速達性を確保できるバスの導入」と「余市駅周辺のターミナル整備」について北海道に支援を求め、これらが確約されたことも廃止を容認した理由としています。具体的にはこれから検討されますが、BRT(連節バス)の導入も検討しているようです。

小樽市と余市町が廃止を容認したことにより、長万部~小樽の在来線は北海道新幹線が札幌まで延伸されるまでに廃止されることが、事実上確定しました。ただ、バス路線やダイヤ案、駅の再活用など、決めなければならないことが多々あり、協議会は今後も続きます。

※余市~小樽の鉄道を存続させるために、沿線住民が「本当にやらなければならないこと」をまとめた記事は、以下のページで紹介します。

都道府県が鉄道存続に消極的だと廃止になりやすい

並行在来線に限らず、赤字ローカル線の存廃をめぐる協議会では往々にして、自治体間に「温度差」が生じ、いつまでも話がまとまらない傾向があります。後志ブロックの場合、当初はすべての沿線自治体が鉄道の存続を希望していました。しかし、収支予測が提示されると一転して「廃止容認」に傾き、余市町だけが存続を求める形勢になりました。

自治体間で意見が割れた場合、都道府県がまとめ役になることが求められます。財政的にも、基礎自治体だけで鉄道を運営するのは難しい状況ですから、都道府県の介入が存廃のカギを握るのです。

ただ、北海道の場合は1線区でも支援すると、他の赤字ローカル線の沿線自治体からも支援を求められるのが必至で、大きな財政負担を強いられる可能性があります。それでも北海道にとって必要な線区は支援するかもしれませんが、余市~小樽の件で「輸送密度2,000人/日以上でも赤字路線は残せない」という強い姿勢を示すことになってしまいました。

なお、北海道新幹線の札幌延伸で切り離される並行在来線区間・函館~長万部の協議会では、貨物専用線として存続の道を探り始めています。詳しくは、以下のページでお伝えします。

※余市~小樽の鉄道を存続させるために、沿線住民が「本当にやらなければならないこと」をまとめた記事は、以下のページで紹介します。

※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。

【北海道】赤字ローカル線の存続・廃止をめぐる協議会リスト
北海道地方の赤字ローカル線の存続・廃止を検討する、鉄道事業者と沿線自治体の協議会の一覧です。

参考URL

函館線(函館・小樽間)について(北海道新幹線並行在来線対策協議会)
https://www.pref.hokkaido.lg.jp/ss/stk/heizai.html

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