兵庫県では、JR西日本の閑散線区で利用促進を目的とした取り組みを進めています。その組織が「JRローカル線維持・利用促進検討協議会」です。対象線区は、山陰本線の城崎温泉~鳥取(一部は鳥取県)、加古川線の西脇市~谷川、姫新線の播磨新宮~津山(一部は岡山県)、そして播但線の和田山~寺前の4路線6線区です。
協議会は2022年6月に設立。ただ、JR西日本との話し合いは、うまくいっていないようです。これまでの協議を振り返りながら、4路線6線区の今後について考えてみます。
JR山陰本線・加古川線・姫新線・播但線の線区データ
協議対象の区間 | 山陰本線 城崎温泉~浜坂(39.9km) 山陰本線 浜坂~鳥取(32.4km) 加古川線 西脇市~谷川(17.3km) 姫新線 播磨新宮~上月(28.8km) 姫新線 上月~津山(35.4km) 播但線 和田山~寺前(36.1km) |
輸送密度(1987年→2023年) | 城崎温泉~浜坂:4,966→574 浜坂~鳥取:4,878→792 西脇市~谷川:1,131→275 播磨新宮~上月:2,389→813 上月~津山:1,527→401 和田山~寺前:3,388→1,047 |
増減率 | 城崎温泉~浜坂:-88% 浜坂~鳥取:-84% 西脇市~谷川:-76% 播磨新宮~上月:-66% 上月~津山:-74% 和田山~寺前:-69% |
赤字額(2023年) | 城崎温泉~浜坂:9億1,000万円 浜坂~鳥取:7億3,000万円 西脇市~谷川:2億5,000万円 播磨新宮~上月:5億9,000万円 上月~津山:4億2,000万円 和田山~寺前:5億6,000万円 |
営業係数 | 城崎温泉~浜坂:871 浜坂~鳥取:827 西脇市~谷川:1,894 播磨新宮~上月:867 上月~津山:1,036 和田山~寺前:329 |
※赤字額・営業係数については、2021年から2023年までの平均値を使用しています。
協議会参加団体
兵庫県、沿線市町村、JR西日本、兵庫県バス協会ほか
兵庫県のJRローカル線をめぐる協議会設置までの経緯
2022年4月11日、JR西日本は「ローカル線に関する課題認識と情報開示について」というニュースリリースを発表します。このリリースでは、輸送密度2,000人/日未満の閑散線区の収支を公表するとともに、「上下分離を含めた地域交通の確保に関する議論や検討を幅広くおこないたい」というJR西日本の考えが示されていました。
これを受けて、対象線区が複数ある兵庫県では、関係自治体や事業者、有識者などから構成される「JRローカル線維持・利用促進検討協議会」を設置。2022年6月に、第1回の協議会が開催されます。
1回目の協議会では、JR西日本からは経営状況の説明、兵庫県や沿線自治体からは鉄道の必要性やこれまでの利用促進の取り組みについての説明がありました。
そして、今後の協議の進め方として、まず路線ごとにワーキングチームを設置し、各地域の事情を踏まえた利用促進策を検討することが確認されます。なお、検討結果は次回以降の協議会で確認され、必要な施策は次年度以降に実行へ移されることになりました。
協議会の方向性でJR西日本と沿線自治体との認識に「ズレ」
ここで改めて、JRローカル線維持・利用促進検討協議会の概要を確認しておきます。
この協議会は、兵庫県や沿線自治体が中心となり主宰したものです。協議内容は、「日常利用の促進」と「観光需要等の増進」という二つの方向性を掲げています。つまり、沿線自治体はこの協議会を「利用促進の検討を目的とした場」と認識しているわけです。
一方、JR西日本は2022年4月のニュースリリースで「上下分離を含めた」と、公的支援を求めるキーワードを使っています。また、第1回の協議会でも、以下のコメントを残しています。
國弘委員(JR西日本神戸支社長)
出典:兵庫県「第1回JRローカル線 維持・利用促進検討協議会 主な発言」
地域の公共交通ネットワークは、輸送需要に応じ、最も便利で効率的な交通機関により確保されるべきであり、鉄道にこだわらず、多様な交通サービスを総動員して考える必要がある。
JR西日本としては、「利用促進も大事だけど、公的支援がないと鉄道を残せないし、利用者の少ない線区だと他の公共交通機関を検討する必要もあるよね」と伝えたいわけです。
この互いの認識のズレが、後に議論を紛糾させることになります。
路線ごとの利用促進策が決定
ワーキングチームによる検討は、2022年7月からスタート。その結果は、2022年12月の第2回協議会で報告されます。ただ、予算の検討なども必要なため、この段階では一般に公開されませんでした。
一般に公開されたのは、次の第3回協議会(2023年2月)です。ここで、各線区の利用促進策が提示されます。4路線ともに「ICカードや新型車両の導入検討」を掲げるほか、各路線の特徴にあわせた施策が示されました。その一部を紹介しましょう。
山陰本線(城崎温泉~鳥取)の利用促進策
- 周遊きっぷやレールパスの適用を拡大した商品設定
- 駅周辺の駐車場や駐輪場の整備
- 通勤・通学者への定期券購入補助
- 駅周辺のスポット発信やキッチンカーなどのイベント企画
- 列車やバスの体験乗車
…など
沿線地域は、兵庫県内でも過疎化・高齢化が著しく、住民の努力には限界があります。一方で、山陰海岸ジオパークや城崎温泉といった観光資源が豊富な地域であることから、観光客を意識した取り組みも検討されています。
なお、目標数値として「2027年度に輸送密度2,000人/日をめざす」と、協議会で提示しています。2019年の実績は、城崎温泉~浜坂が693人/日、浜坂~鳥取が921人/日ですから、今後5年で利用者数を2~3倍に増やすという計算です。
加古川線(西脇市~谷川)の利用促進策
- 通勤・通学者への定期券購入補助
- トイレ、待合スペース等の整備促進
- サイクルトレインの運行(通学自転車が主)
- デマンド交通やループバスなど二次交通との接続強化
- ARスタンプラリーの実施やSNSを活用した情報発信
…など
加古川線は、通学定期客をはじめ日常利用の多い線区です。そのため、沿線住民の鉄道利用を増やすための施策が中心となっています。とりわけ、サイクルトレインは通学する学生の利用を見込んで提案されました。なお、山陰本線のように目標数値は掲げていません。
姫新線(播磨新宮~津山)の利用促進策
- 通学利用の助成適用年齢を拡大(25歳まで適用)
- 団体利用助成の適用人数の引下げ(5名以上から2名以上に)
- コミュニティバス、デマンドタクシー等二次交通の充実
- デジタルスタンプラリーなどイベントの実施
- 姫新線ファンクラブ結成
…など
姫新線も、通学定期客を中心に日常利用の多い線区です。姫新線の沿線自治体は、以前より「姫新線利用促進・活性化同盟会」という組織で、さまざまな利用促進策を展開してきました。その実績も含めて、今後の展開を検討したようです。
播但線(和田山~寺前)の利用促進策
- 通勤・通学者への定期券購入補助
- 買い物ツア-やウォーキングツアーなどのイベント実施
- 駅周辺の再開発(道路の舗装や駐車場整備など)
- 新型車両の導入検討
- 二次交通の充実(コミュニティバスダイヤの見直し、シェアサイクル等の導入)
…など
播但線は、車齢の古い列車が多く速達性や快適性に課題があるとして、新型車両の導入も検討事項としています。こちらも目標数値として、「2027年度の輸送密度2,000人/日」を掲げています。ちなみに、2019年の実績は1,222人/日です。
兵庫県の利用促進策
兵庫県は、各路線の施策をバックアップするほか、「兵庫デスティネーションキャンペーン」など全県を対象とした観光キャンペーンの展開や、国に対して「支援制度の創設」や「利用促進の取り組みに対する支援」などを要望していくとしています。
兵庫県と沿線自治体の施策にJR西日本が疑問視
協議会が提示した利用促進策について、JR西日本は「沿線自治体と認識を共有できたのは大きな収穫」としながらも、協議の方向性に異議を唱えます。
國弘委員(JR西日本神戸支社長)
鉄道を維持することだけを目的とした利用促進策に、違和感と既視感を覚えている。ありがとう運動などのキャンペーンは繰り返し実施してきたが、利用は激減してきた。播但線や山陰線で、輸送密度2000人を5年後に目指しているように、定量的な目標を設定すべき。各委員は、今回提示された取組により、どれほど利用が増えるとお考えであろうか。(中略)
地域の実際の声を真摯に受けとめ、実態を把握し、データとファクトに基づいた現実的な取組を進めていくべき。
出典:兵庫県「第3回JRローカル線 維持・利用促進検討協議会 主な発言」
沿線住民にアンケート調査などをするわけでもなく、目標を設定せずに「施策を実施した」という既成事実をつくるだけの自治体の姿勢に、JR西日本は疑問を感じたのでしょう。もっとも、定量的な目標を設定した山陰本線と播但線も、わずか5年で利用者数を倍増させるのは、現実的とはいえません。
懐疑心を抱くJR西日本に対して、沿線自治体は「この協議会は、利用促進の取り組みについて話し合う場だ」「いかに乗ってもらえるかを考えるのが、この協議会の主旨」などと反論します。
これに対してJR西日本は、「自治体と連携しながら効果が見込まれるアイデアは実現したい」としながらも、以下の本音を吐露します。
國弘委員(JR西日本神戸支社長)
出典:兵庫県「第3回JRローカル線 維持・利用促進検討協議会 主な発言」
JRとして、対象区間をいきなり廃線にしたいといったつもりは全くなく、利用実態と大量輸送機関の鉄道インフラとのミスマッチをそのままにするのではなく、現実的に考えていきたいというのが本心。
赤字だからということではなく、利用状況からして鉄道としての特性を十分発揮できないということを理解いただきたい。
「利用促進を考えるのが協議会」という沿線自治体。「利用状況から鉄道が適しているか考えほしい」というJR西日本。最初から方向性が違ったため、議論がかみ合わなくなったのです。
この状況に、協議会の取りまとめ役である齋藤兵庫県知事は、「決して対立ということではなく、一緒になって鉄道利用者を増やし、地域を活性化していきたいという思いで方向性は同じ」として、それぞれの役割を果たしながら課題を乗り越えていく旨を強調し、協議会は閉会します。
兵庫4路線6線区は再構築協議会に移行できる?
JR西日本は、こうした協議会の流れを何度も経験しています。直近でも、芸備線をめぐる協議会でほぼ同じ流れになりました。芸備線の場合は国が設置を決める再構築協議会へ移行しますが、兵庫県の4路線6線区も再構築協議会へ移行するのでしょうか。
2023年10月から設置が認められた再構築協議会は、一定の条件を満たす路線が対象になります。JR路線の場合は、「二つ以上の県にまたがっている」「輸送密度1,000人/日未満」「特急列車や貨物列車が走行していない」などが条件です。これらに該当する路線は、山陰本線の浜坂~鳥取と姫新線の上月~津山ですが、いずれも兵庫県内の路線は短く、隣県(鳥取県・岡山県)がメインの協議になるでしょう。
つまり、再構築協議会に移行して仮に廃止が決まったとしても、兵庫県内に大きな影響はないといえます。
問題は、再構築協議会に移行できないものの、輸送密度が極めて低い線区です。とくに、加古川線の西脇市~谷川は321人/日(2019年)しかなく、利用促進策だけでどうにかなる数値ではありません。
何はともあれ、この協議会で示した利用促進策は2023年4月から5年計画でスタートしました。沿線自治体の取り組みは、着々と進められています。
JR西日本が加古川線で法定協議会の設置を要望
2024年1月31日、JR西日本は定例記者会見で、加古川線の西脇市~谷川について「法定協議会」の設置を沿線自治体に申し入れる考えを示します。
法定協議会も、再構築協議会と同じく地域公共交通活性化再生法にもとづいて設置される組織です。ただ、再構築協議会と違う点は「自治体が設置する組織」であること。鉄道事業者が申し入れても、自治体が設置を拒否することが可能という点です。
ただ、加古川線の沿線自治体は協議を受け入れることでJR西日本と合意しています。
2024年7月16日に開かれた加古川線のワーキングチームの会合で、JR西日本は協議を申し入れました。沿線自治体は、利用促進の取り組みが始まったばかりであることを理由に「もう少し待ってほしい」と懇願。それに理解を示したJR西日本は、大阪・関西万博が終了する2025年秋まで待つことを約束します。ただし、万博終了時に利用促進の効果が出ていなければ協議を始めたいと提言。この提言に、沿線自治体は合意したのです。
なお、加古川線では数値目標を設定していないため、協議を始めるための具体的な基準は不明です。ともあれ、今後1年の取り組みが加古川線の未来を決めることには変わらず、沿線自治体の努力を期待したいところです。
※再構築協議会の基本方針や対象線区の予想は、以下のページで解説します。
※岡山県でも、県が主導のJR在来線に関する協議会を設置しています。姫新線や赤穂線、因美線に関する協議の流れは以下のページで解説します。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。
参考URL
JRローカル線維持・利用促進検討協議会
https://web.pref.hyogo.lg.jp/kk05/jrlocal.html
ローカル線に関する課題認識と情報開示について(JR西日本)
https://www.westjr.co.jp/press/article/items/220411_02_local.pdf
これまでの利用促進の取組(兵庫県)
https://web.pref.hyogo.lg.jp/kk05/documents/siryou5.pdf
姫新線利用促進・活性化同盟会
http://kisinsen.jp/
(案)JRローカル線の利用促進の取組(兵庫県)
https://web.pref.hyogo.lg.jp/kk05/documents/04shiryou1.pdf
JRローカル線の利用促進の取組 参考資料(兵庫県)
https://web.pref.hyogo.lg.jp/kk05/documents/05shiryou2.pdf