【JR東海】名松線はなぜ復旧できたのか?復旧後も残る廃止の不安

名松線の列車 JR

JR名松線は、松阪から伊勢奥津までを結ぶJR東海のローカル線です。雲出川に沿って山間を走る風光明媚な路線ですが、その一方で、自然災害による被害を幾度も受けてきた路線でもあります。

とりわけ、2009年10月に襲った台風では、家城~伊勢奥津間(17.7km)が甚大な被害を受け、JR東海は同区間の廃止を検討します。しかし、沿線自治体や住民などの支援により、2016年3月には全線復旧を果たし「奇跡の復活」といわれました。

名松線は、なぜ復旧できたのでしょうか。その経緯や、沿線住民が中心となった利用促進などの取り組みについてお伝えします。

JR名松線の線区データ

協議対象の区間JR名松線 松阪~伊勢奥津(43.5km)
輸送密度(2008年→2019年)333→287
増減率-14%
赤字額(2019年)7億6,000万円
営業係数
※輸送密度と増減率は、被災前の2008年とコロナ禍前の2019年を比較しています。
※赤字額は、被災前の2008年のデータを使用しています。

協議会参加団体

津市、松阪市、三重県

名松線と沿線自治体

災害を繰り返し受けてきた名松線

名松線の歴史は、災害の歴史でもあります。国鉄時代の1959年の伊勢湾台風では約2カ月間の運休に、また、1982年の台風では約10カ月間も不通になりました。民営化後も、2004年9月の台風では約2週間の不通に。大きな台風が襲うたびに、鉄道事業者は名松線の復旧に尽力してきたのです。

一方、名松線の利用者数は沿線地域の過疎化やモータリゼーション化などの影響で、民営化後20年で約6割も減少しています。とくに家城~伊勢奥津間に限ると、20年で約8割も減少。この区間の1日の利用者数は、わずか90人になっていました。

こうしたなか2009年10月8日、名松線は再び台風による甚大な被害を受けてしまいます。

名松線の被害状況
▲2009年10月の台風18号では、土砂流入や盛土流出など全線で39箇所が被災。うち38箇所は、家城~伊勢奥津間に集中した。
出典:JR東海「被災状況」

被害の少なかった松阪~家城間は、被災から1週間ほどで復旧します。しかし、家城から先の被害は甚大で、JR東海はバスによる代行輸送を継続します。

2009年10月29日、JR東海は「名松線の今後の輸送計画について」というプレスリリースを公表します。このなかで、路盤などの鉄道設備を復旧しても、山林を含めた周辺部の治山・治水対策をしなければ「安全・安定輸送を提供できない」と指摘。家城~伊勢奥津間はバス転換する方針を、沿線自治体に伝えたのです。

三者協定で名松線の復旧が決定

JR東海の公表に対して、津市の松田市長(当時)は2009年12月の定例市議会で「JRの主張する治山・治水は不可欠。県と連携を取りながら全線復旧に向けて取り組んでいきたい」と述べています。

一方で、三重県の野呂知事(当時)は2010年1月の定例記者会見で、「現地で災害状況を確認したが、大規模な山腹崩壊は確認できなかった」と、JR東海の見解に懐疑的な意見を示します。ただ、津市とJR東海との三者協議については「県としても協力したい」と前向きな姿勢を伝えています。

その後、三者会議では治山・治水対策の内容や費用分担などを中心に、名松線の復旧を前提とした協議を実施。2010年12月には、津市が運行再開に向けた事業計画を公表します。

そして2011年5月、治山対策を三重県、水路整備対策を津市がおこなうことで、JR東海と合意。総額で約17億1,000万円になる復旧費用は、三重県が5億円、津市が7億5,000万円、JR東海が4億6,000万円を負担することで決定します。なお、三者協定では「運行再開後も、鉄道施設が被災しないよう周辺の保全を継続的に実施する」ことも盛り込まれました。

復旧工事は2013年5月に着工。それから3年近く経過した2016年3月、名松線は全線復旧を果たします。

名松線の主な取り組み

多額の復旧費用をかけて鉄道を復旧させたものの、名松線の未来は安泰とは言えません。2019年の輸送密度は、わずか287人/日。利用者数を増やさなければ、廃止になる可能性もあるのです。

そこで沿線自治体では、名松線の利用促進に関する取り組みを進めています。また、沿線住民が組織した「名松線を元気にする会」という団体も、鉄道の利用を促す各種取り組みを実施。官民それぞれの主な取り組みは、以下の通りです。

  • パークアンドライドの設置
  • 無料レンタサイクルの設置
  • 観光協会などと連携したイベントでのPR
  • JR名松線の利用促進ホームページの運営
  • 名松線とバス・近鉄大阪線と一体となった乗り継ぎ時刻表や路線図の作成
  • 観光モデルプランの作成

…など

津市では、沿線4駅の近くにパークアンドライドを設置。合計100台以上が駐車できるスペースを整備し、名松線の利用を促しています。また、終点の伊勢奥津には無料レンタサイクルを設置して、観光客の足として活用してもらう取り組みも実施しています。

このほか津市では、コミュニティバスのダイヤを名松線と連動させるなどの施策も実施しています。ただ、鉄道の利用者増加につながっておらず、利用促進の試行錯誤は続いているようです。

自治体主導ではなく、沿線住民の活動が目立つことも名松線の特徴です。名松線を元気にする会では、地域の祭事でPRするだけでなく、東京や名古屋などのイベントにも参加して名松線をPRしています。東京のイベントでは、三重県のアンテナショップを活用して沿線の魅力をアピール。四日市あすなろう鉄道など県内のローカル線協議会などとも連携し、観光誘客を図っています。

さらに、名松線を元気にする会では「名松線ミニ写真集」という冊子やポストカードを作成して無料配布したり、植樹活動を実施したりと、積極的な活動を通じて名松線を盛り上げています。

JR東海との連携強化に期待

沿線自治体・住民の取り組みを見ていると、「ハード面の支援は行政主体」「ソフト面の支援は住民主体」と分けて進めているようです。こうした役割分担で鉄道を支援することも大切ですが、ソフト面に関して住民主導の取り組みには限界があります。

そこで活用したいのが、事業者であるJR東海との連携です。自治体からの呼びかけでJR東海との話し合いの場を密に設け、利用促進などの相談をしながら関係性を深めていくことも、名松線の存続につながると考えられます。とくに観光誘客に関しては、鉄道事業者の協力は不可欠です。

JR東海は現段階(2023年3月段階)で、「在来線の存廃に関する協議会設置を考えていない」という意向を示しています。だからこそ、今のうちにJR東海と協議会または検討会やワーキングチームなどを設置し、名松線を活用した地域活性化策を一緒に検討していくことが求められるのです。

不安を抱えながら鉄道の存続を訴えるだけでなく、自治体のほうからJR東海への協力姿勢を積極的にアピールし、名松線の未来のビジョンを計画していく必要があるのではないでしょうか。

※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。

【近畿】赤字ローカル線の存続・廃止をめぐる協議会リスト
近畿地方の赤字ローカル線の存続・廃止を検討する、鉄道事業者と沿線自治体の協議会の一覧です。

参考URL

JR名松線沿線地域活性化協議会
https://meishousen-kasseika.jp/

名松線の今後の輸送計画について(JR東海)
https://jr-central.co.jp/news/release/nws000410.html

名松線(三重県)
https://www.pref.mie.lg.jp/KOTSU/HP/59419001430.htm

JR名松線復旧・整備事業(津市)
https://www.info.city.tsu.mie.jp/www/contents/1001000007550/index.html

タイトルとURLをコピーしました