2023年7月に山口県を襲った豪雨災害で、美祢線は現在も全線不通になっています。同年10月、沿線自治体とJR西日本は協議を開始。しかし、復旧を優先したい沿線自治体と「鉄道のあり方」についての議論を求めるJR西日本との話し合いは、平行線をたどり続けます。
美祢線は復旧できるのでしょうか。両者の協議の流れをまとめました。
JR美祢線の線区データ
協議対象の区間 | JR美祢線 厚狭~長門市(46.0km) |
輸送密度(1987年→2019年) | 1,741→478 |
増減率 | -73% |
赤字額(2019年) | 4億4,000万円 |
営業係数 | 630 |
※赤字額・営業係数については、2017年から2019年までの平均値を使用しています。
協議会参加団体
美祢市、山陽小野田市、長門市、山口県、JR西日本、有識者など
【被災1カ月前】JR西日本が美祢線の「あり方」について相談
2023年5月18日、沿線自治体やJR西日本などで構成される「JR美祢線利用促進協議会」は、今後3年間に実施する事業計画を承認します。この協議会は2010年の豪雨災害を機に設立。鉄道をはじめ公共交通機関の利用促進などを検討してきた組織です。2023年度は美祢線の全線開通100周年(2025年)に向けて、さらなる利用促進の取り組みについて計画していました。
事業計画の承認後、JR西日本は「美祢線がまちづくりに果たす役割についても議論したい」と、鉄道のあり方に関する協議の提案をします。これに対して沿線自治体は「新たな協議の場を模索する必要がある」としながらも、提案を了承します。
2010年の豪雨災害は、沿線自治体とJR西日本の信頼関係を深めるきっかけにもなりました。信頼できるパートナーであるJR西日本からの相談に、沿線自治体は了承したのです。
それから1カ月後、美祢線に再び悲劇が襲います。
※2010年の災害復旧について解説した記事は、以下のページでお伝えします。
豪雨災害で再び甚大な被害を受けた美祢線
2023年7月、美祢線の沿線地域に梅雨末期の豪雨が襲います。この豪雨で厚狭川の水位が7mも上昇。第6厚狭川橋梁が崩落したほか、橋梁変状、盛土流失、土砂流入など全線で80カ所が被災しました。
9月19日、JR西日本は被災状況について説明する記者会見を開きます。この会見でJR西日本は、被災状況が2010年のときと似ていることから「厚狭川全体の防災強度を高める河川改修が必要」と提言。河川管理者である山口県などに相談したいと伝えます。その一方で、「地域交通における美祢線のあり方についても議論が必要」という考えも改めて示しました。
この会見を受けて、沿線自治体は全線開通100周年に向けた事業計画を見送り、復旧後の利用促進を検討するワーキンググループを協議会に設置します。2010年の災害でも、復旧後を見据えた利用促進が大事だと学んだ沿線自治体。今回も、利用促進を検討することで「復旧を後押ししよう」と動き始めたのです。
ただ、この行動はJR西日本が求める「美祢線のあり方の議論」と乖離しており、ワーキンググループの議論が紛糾する一因になります。
美祢線復旧後の利用促進にこだわる沿線自治体
ワーキンググループの第1回の会合は、2023年10月30日に開催されます。ここでは、過去の利用促進策の振り返りがメインの議題。利用状況と照合しながら、今後の取り組みについて検討されます。
■2010年以降の美祢線の輸送密度の推移
参考:JR美祢線利用促進協議会「第1回 復旧後の利用促進検討ワーキングループ」をもとに筆者作成
利用促進の話が続くなか、JR西日本が「地域における美祢線の役割についても議論したい」と主張。ワーキンググループで鉄道のあり方の議論ができなければ、別の組織を立ち上げ並行して進めたいという考えも示します。
これに対して沿線自治体は「利用促進協議会に設置したワーキンググループなので、まずはこれまでの取り組みを振り返り、利用促進策の検討が必要」と反論。ただ、JR西日本の提言を否定するわけではないことも、自治体は伝えています。
専門家も「美祢線のあり方」議論の必要性を提言
第2回(2023年12月14日)からは、交通工学の専門家で沿線自治体の地域公共交通計画の策定に携わった山口大学の教授を招いて開催されます。この場では、美祢線は通学定期客や観光客が多いという実情から、通学と観光の両面で利用促進策を検討することが確認されます。なお、この回でJR西日本は「鉄道の大量輸送の特性を発揮するための判断基準」について、意見を述べたようです。
その後もJR西日本は会合に参加し、利用促進の効果を試算した資料を提示したり、沿線地域の将来人口推計をもとに美祢線の将来の輸送密度を示したりと、協力姿勢をみせます。
第4回(2024年2月20日)では、2050年には美祢線の沿線人口が半減する予測から「利用者の減少は避けられない」と伝えるJR西日本に対し、専門家が「定期利用者などを増やす方法を考えるのか、それとも公共交通を持続するための方法を考えるのかを議論する必要がある」と提言。専門家も、まちづくりを絡めた鉄道の「あり方」議論の必要性に迫ります。
しかし、沿線自治体は「ワーキンググループは利用促進を検討する場」であることを理由に、この提言も消えていくのです。
利用促進報告書を協議会に提出
ワーキンググループでの話し合いは、第6回(2024年4月16日)まで続きました。これまで議論してきた利用促進策は、「復旧後の利用促進策の検討結果の報告書案」にまとめられ、JR美祢線利用促進協議会に報告されます。
なお、報告書をまとめる際に専門家は次の意見を述べています。
行政がより積極的に鉄道に関与しないと維持できない。観光列車の運行だけではなく、都市計画(まちづくり)に行政が積極的に投資する必要がある。しかし、投資といっても全リソースを総動員すべきかといった議論は当然ながら必要である。
大事なのはこの報告書をどう活用していくかである。意思決定機関は利用促進協議会であり、ワーキンググループの報告を受けて、県や市、JRがどう対応していくのかを検討し、意思決定されるものと理解している。
出典:JR美祢線利用促進協議会「第5回復旧後の利用促進検討ワーキンググループ議事概要」
専門家も、利用促進の議論だけで鉄道を維持できないことを伝えています。とはいえ、ワーキンググループは報告書の作成を目的とした組織ですから、あとは協議会でしっかり議論してほしいと願っての発言でしょう。
その協議会で、沿線自治体とJR西日本とのあいだに深い溝が生まれるのです。
協議会でJR西日本が本音をぶつける
2024年5月29日、JR美祢線利用促進協議会の総会。ここで、ワーキンググループがまとめた利用促進の報告書が公表されます。報告書では「通学定期の購入支援」「観光列車の運行」「駅周辺の機能強化」などの施策を提言。これらをすべて実施すれば、復旧後の輸送密度は685~1,292人/日になるとされました。被災前の美祢線の輸送密度が478人/日(2019年度)ですから、大きく増える予想です。
この報告に対して、JR西日本がいよいよ本音を吐露します。
「大量輸送という鉄道の特性を発揮できるのは輸送密度2,000人/日以上であり、この目標値では特性を生かせない。ワーキンググループの試算では、国の再構築協議会の対象基準(輸送密度1,000人/日)を下回るおそれがある。この結果では、JR単独で復旧するのも、持続的に運行するのも困難だ」
この発言に対して沿線自治体は「大量輸送だけでなく、通学や観光で果たす鉄道の役割にも目を向けてもらいたい」と反論。さらに、「自治体に何を求めているのか?復旧費用を求めるのであれば、概算コストを示していただけないか」と要望します。
この段階でJR西日本は、美祢線の復旧費用を示していません。その理由としてJR西日本は、あり方の議論ができなかったため「現段階で正確に算出するのは難しい」と主張。前提条件を整理したうえで「新たな協議の場で提示させていただきたい」と、美祢線の「あり方」について協議できる場を求めます。
この要求を重く受け止めるとした沿線自治体は、いったん持ち帰って対応を検討すると伝え、協議会は閉会します。
意図せぬ協議が続くJR西日本の苦悩
鉄道の「あり方」について議論したいJR西日本と、利用促進の話を進めたい沿線自治体。この構図は美祢線だけでなく、芸備線や兵庫県の4線区(姫新線、加古川線など)、大糸線などの協議でも繰り返されており、当サイトの各線区のページでも紹介しています。
JR西日本の思いは、なぜ沿線自治体に届かないのでしょうか。
その理由のひとつに、協議が始まるまでのコミュニケーションロスがあると感じます。美祢線でもそうですが、「鉄道のあり方の協議とは、具体的に何を話し合うのか?」が沿線自治体に伝わっておらず、協議が始まってから「いやいや、そういう話じゃないんですよ」とJR西日本が説得するケースが、たびたび見られるのです。
自治体のなかには、「鉄道のあり方=利用促進の検討」という考えに固執する地域もあるでしょう。美祢線の沿線自治体も、そのひとつでした。協議開始前に議論したいテーマを明確に伝えていれば、沿線自治体も新たな議論の場を設置してくれたのではないでしょうか(もちろん、良好な関係が築けていることが前提ですが…)。
また、自治体からみれば「JR西日本がどんなプランを描いているのか?」を知りたいはずです。富山県のように鉄道の活用方法を熟知した自治体は別として、ほとんどの自治体が「結局、JR西日本はどうしたいの?」と疑念を抱いているように感じます。
美祢線の協議会でも、沿線自治体が「我々にどうしてほしいのか?」と質問したようですが、そのタイミングでプランを提示できないと、「JR西日本に任せて大丈夫なのか?」と疑念がさらに深まる可能性があります。「JR西日本としての考え」を適切なタイミングで提示するには、事前に社内調整も必要でしょう。そうした準備不足も感じる点です。
このあたりは、JR東日本やJR九州の立ち回りが上手だと感じます。たとえば、米坂線や日田彦山線などの復旧協議を見ていると、初回から「あり方の協議をさせろ」とガツガツ迫る発言はしていません。復旧するための条件を端的に伝え、相手に考えさせて出方をじっと待つ。そして、ここぞという場面で自社の考えをぶつけ、相手の反応を分析する。そのタイミングと分析力が、JR東日本と九州は非常に長けていると感じます。
美祢線の沿線自治体とJR西日本は、良好な関係性を築いているはずです。それなのに、利用促進策が決まった後で「復旧を前提としない、新たな協議の場を設けてほしい」と言われたら、「じゃあ、今までのワーキンググループの話し合いは何だったんだ!」と不信感につながります。余計な不信感を与えないようにうまく立ち回り、利用者が使いやすい公共交通網を構築してほしいところです。
鉄道の復旧か?他の交通モードへの転換か?
JR西日本からの求めに対し、協議会は2024年7月30日に臨時総会を開催。沿線自治体も「美祢線を復旧するには新たな協議の場が必要」という考えで一致し、協議会のなかに「復旧検討部会」の設置が決まります。
復旧検討部会の第1回は、8月28日に開催。まず、部会長を務める美祢市より議論する内容について説明があります。この部会では、美祢線を「鉄道で復旧する場合」と「鉄道以外で復旧する場合」のメリット・デメリットについて、幅広い観点から調査・検証する場とし、「存廃を判断する場ではない」ことが伝えられます。この点は、JR西日本も了承済みです。
続いて、「鉄道で復旧する場合」の議論がスタート。ここでJR西日本は、美祢線の概算復旧費用を初めて明らかにします。その額はトータルで、約58億円。内訳は、崩落した第6厚狭川橋梁の改築に約22億円、他の橋梁の橋脚補強工事に約26億円、被災設備の機能回復に約10億円です。なお、工期は5年と見積もられました。
このうち「他の橋梁の橋脚補強工事」について、JR西日本は「今回の被災箇所だけを改修しても、同じ災害に見舞われたときに他の橋が被災する」と主張。上流部にかかる10橋の補強工事も必要だと訴えます。
これを受けて沿線自治体は、国の補助対象となる工事内容の説明をJR西日本に求めます。災害復旧の支援制度が適用されるのは、基本的に被災箇所のみですから、施設更新にあたる「他の橋梁の橋脚補強工事」は補助対象外です。ただ、施設更新に関する別の支援制度が活用できる可能性があります。JR西日本は国の支援内容を確認したうえで、次回の検討部会で説明すると約束します。
検討部会では今後、「鉄道以外で復旧する場合」についても検討されます。具体的には、現在運行している代行バスの増便やダイヤ変更といった利便性を高める方法を検討。その実証実験や利用者へのヒアリングも実施する予定です。
※2010年の美祢線の災害復旧について解説した記事は、以下のページでお伝えします。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。
参考URL
ローカル線に関する課題認識と情報開示について(JR西日本)
https://www.westjr.co.jp/press/article/items/220411_02_local.pdf
協議会の活動(JR美祢線利用促進協議会)
https://www.jrminesen.com/katsudou.html
JR美祢線利用促進協議会の総会が開催(長門市)
https://www.city.nagato.yamaguchi.jp/wadairoot/wadai/20220519jrminesenriyousokushin.html
復旧後の利用促進検討ワーキンググループ(JR美祢線利用促進協議会)
https://www.jrminesen.com/working_group.html
全線不通の美祢線「単独での復旧困難」JR西が地元に部会設置を提案(山口新聞 2024年5月30日)
https://yama.minato-yamaguchi.co.jp/e-yama/articles/74245