三江線は、島根県の江津と広島県の三次を結んでいたJR西日本のローカル線です。2018年3月に廃止されますが、その直前まで沿線自治体が組織する協議会では、利用促進の取り組みを進めていました。
三江線の協議会が、後世に伝えたこと。それは、「76項目におよぶ利用促進策『だけ』では鉄道を残せない」という厳しい現実でした。協議会の設置から鉄道が廃止されるまでの流れを振り返ります。
JR三江線の線区データ
協議対象の区間 | JR三江線 江津~三次(108.1km) |
輸送密度(1987年→2017年) | 458→163 |
増減率 | -64% |
赤字額(2015年) | 約9億円 |
営業係数 | – |
※赤字額は、2015年のデータを使用しています。
協議会参加団体
江津市、川本町、美郷町、邑南町、安芸高田市、三次市、島根県、住民代表、観光関係者、島根県立大学、JR西日本
出典:三江線沿線地域公共交通活性化協議会「三江線沿線地域公共交通網形成計画」
三江線をめぐる協議会設置までの経緯
国鉄末期、三江線は特定地方交通線に選定されますが、代替輸送道路が未整備という理由で除外されます。ただ、道路整備が進めば鉄道の廃止リスクが高まります。そこで沿線自治体は、1987年に「三江線改良利用促進期成同盟会」を設置。利用促進で三江線の廃止を防ごうと、協議を始めました。
しかし、その後も利用者の減少に歯止めがかかりません。くわえて、沿線の道路整備が進み、三江線は「いつ廃止になってもおかしくない」状況に追い込まれます。
こうしたなか2010年、JR西日本は閑散線区を見直す考えを示します。具体的な線名は伝えていませんが、JR西日本でもっとも輸送密度の低い三江線が含まれることは、誰もが予想できたことでした。
沿線自治体は2010年3月、より効果的な利用促進策を実行するために「三江線活性化協議会」を設置。2010年度中に地域公共交通総合連携計画を策定し、関係各所と連携を取りながら取り組みを進めることになりました。計画期間は、2011年度から5年間です。
5つの目標を設定して三江線の利用促進策がスタート
地域公共交通総合連携計画では、日常利用の促進から観光需要の開拓まで、76の取り組みを策定。そして、以下5つの目標を設定しています。
(1)「生活鉄道」としての活性化
(2)「ふるさと鉄道」としての掘り起こし
(3)「観光鉄道」としての新たな挑戦
(4)イメージづくりと認知度向上
(5)地域による「参加と協働」の仕組み
(1)(2)は沿線住民による日常利用の促進、(3)(4)は観光誘客と三江線のブランド化、(5)はマイレール意識の向上が目的とされました。主な取り組み事業と成果は、次の通りです。
(1)「生活鉄道」としての活性化
- 回数券購入補助制度の導入
- 線路沿いの支障竹木の伐採(雪害対策の一環で列車遅延を抑制)
- バスとの乗継利用の促進(総合時刻表の作成)
- パークアンドライドの整備
- バス増便による社会実験
…など
「バス増便による社会実験」は、列車の少ない時間帯に三江線と並走するバスを増発し、公共交通の利便性を高める目的で実施されました。実施期間は、2012年10月から12月までの3カ月。通常の1.7~2倍の本数(バス便)を設定し、周知活動にも注力しました。
その結果、1便あたりの利用者数は3.7人、利用者数は2割増と、期待した効果は得られなかったのです。
(2)「ふるさと鉄道」としての掘り起こし
- 三江線を活用したイベント実行団体への補助
- 小学校・中学校の行事利用促進(遠足・部活・体験乗車授業など)
- 自治会・同窓会など各種団体利用の促進(臨時列車の運行など)
- ふるさとへの帰省利用促進(各自治体の出身者会などが帰省時の利用を呼びかけ)
…など
主に団体利用の促進が目的です。自治会や同窓会などの利用では、臨時列車も運行されています。ただ、実際に利用されたのは年に4~5件だったそうです。
(3)「観光鉄道」としての新たな挑戦
- 三江線活用の旅行企画を実施(梅狩り体験、ブッポウソウ観察、夜神楽鑑賞など)
- 広島・大阪の旅行会社に旅行企画の提案
- 駅弁の開発(臨時列車利用者に提供)
- ウォーキング大会の実施
- ラッピング列車の運行(三江線神楽号)
…など
観光施策は、沿線自治体の得意とするところだったようで、定期外利用者の増加につながっています。なかでも、列車内で神楽を上演する「神楽特別列車」をはじめ、沿線の観光資源を生かした企画は好評だったようです。
(4)イメージづくりと認知度向上
- フォトコンテストの実施
- 三江線や駅舎の愛称募集
- 駅を活用したイベントの実施
- インターネットで情報発信(ぶらり三江線 WEB)
- マスメディアで告知・宣伝
- 関連グッズの開発・販売(駅名板付きキーホルダー、絵はがき、クリアファイルなど)
…など
このうち、もっとも効果があった施策は、やはりマスメディアを活用した宣伝広告です。宝探しイベントを各メディアで宣伝したところ、約3,100人が参加。首都圏からの参加者もいて、地域の経済効果は約680万円と推定されました。
とはいえ、鉄道の利用者数でみた場合、イベントによる効果は限定的です。実際に、三江線全体の輸送密度はアップしていません。
(5)地域による「参加と協働」の仕組み
- 駅舎の活用(交流サロン、商工会による観光案内など)
- 駅前の美化活動(花壇の設置、清掃など)
- ファンクラブの結成(江の川鉄道応援団など)
…など
マイレール意識の向上を目的とした施策ですが、残念ながら効果は限定的でした。交流サロンなどで駅舎を活用するケースが増えても、その人たちが鉄道を利用するとは限りませんし、実際に乗車人員の増加につながっていません。
また、ファンクラブも商工会などの法人組織はあっても、個人の組織は少なかったようです。それだけ、三江線は「利用されていない路線だった」ともいえるでしょう。
計画期間中にJR西日本が「あり方」の協議を申入れ
これまで紹介した地域公共交通総合連携計画の期間は、2011年度から2015年度までの5年間です。2015年度中には、これまでの施策を振り返って翌年度以降どうするかという判断が求められます。その際には、沿線自治体やJR西日本など関係各所との調整が必要です。
こうしたなか計画最終年の2015年10月、JR西日本が先手を打つ行動に出ます。10月5日、広島県と島根県に対して、三江線の「持続可能な公共交通の実現に向けた検討」を申し入れたのです。また、10月17日には三次市と安芸高田市に、それ以降も美郷町など沿線自治体に同様の申入れをおこないます。
協議会で利用促進の取り組みを進めている最中に、JR西日本は「三江線改良利用促進期成同盟会」に対して、鉄道の廃止を前提とした協議を申し入れたのです。この行動は「掟破り」ともいえる手法で、後に芸備線などの協議会でみられた「沿線自治体との溝を広げる一因」につながっていると考えられます。
JR西日本の申入れを受けて、期成同盟会は11月6日に臨時総会を開催。今後の対応を検討します。12月には沿線自治体の首長がJR西日本の本社でヒアリング、さらに広島・島根両県知事には支援要請をおこないました。
2016年2月6日、沿線自治体は期成同盟会の第3回臨時総会で「白紙の状態からの検討であれば協議を始める」とJR西日本に回答します。なお、存廃だけに限らず幅広い議論をおこなうために、期成同盟会の下に「検討会議」を設置。2月14日から、三江線の存廃をかけた協議が始まったのです。
わずか7カ月で三江線の廃止が決定
検討会議は10回実施され、2016年6月18日に報告書が完成。同日の臨時総会で報告されます。このなかには、第三セクターへの移行や上下分離の導入案も提示されていました。
それぞれの案について、JR西日本は初期投資費用および運営収支を試算。7月18日の臨時総会で、「第三セクター移行の場合は、初期投資費用は約30億円」「収支はいずれの場合も年間数億円の赤字」という結果を提示します。規模の小さい沿線自治体にとって、この負担は非常に大きく、飲める話ではありません。
なお、バス転換にする場合は「初期投資費用はJR西日本が負担し、収支は1億円の赤字になる」と伝えています。金額だけを比べれば、バス転換が現実的です。
それでも沿線自治体は、鉄道の廃止を受け入れられません。8月1日には、自治体の首長が集まり再びJR西日本の本社を訪問。「JR西日本が三江線を運営してほしい」という要望書を提出します。
そして9月1日の臨時総会。沿線自治体の要望に対する、JR西日本からの回答が伝えられます。
「三江線の鉄道事業はどのような形態であっても行わない。平成28年9月末日までに廃止の届け出を行う」
出典:広報みよし 2016年9月号
この回答で、三江線を鉄道として残す方法は「第三セクターへの移行」のみになりました。
2016年9月23日の臨時総会。鉄道を存続させると財政負担が重くなることを危惧した沿線自治体は、三江線の廃止を受け入れます。協議開始から、わずか7カ月での決断でした。
9月30日、JR西日本は国土交通省に鉄道事業廃止届出を提出します。廃止日は、2018年4月1日、最終運行日は前日の3月31日でした。
三江線から学ぶ「利用促進で重要なこと」とは
JR西日本は、三江線の廃止理由を大きく4点挙げています。
- 大量輸送機関として鉄道の特性が発揮できないこと
- 近距離移動のニーズが多い地域のため、輸送モードとして鉄道が合致していないこと
- 大規模な自然災害が繰り返され、社会経済的に合理的でないこと
そして、もうひとつの理由が三江線活性化協議会の利用促進に関する取り組みについてです。
- 利用促進を5年間続けても、利用者の減少に歯止めがかからないこと
バス増便による社会実験で示されたように、便数を2倍近くに増やしても利用者は2割しか増えないという状況では、なかなか厳しいものがあります。しかも、沿線自治体は増便の周知活動を徹底したのに、惨敗だったのです。
三江線の沿線では、少子化による学生の減少が進んでいるうえ、スクールバスや保護者による送迎も見られました。また、災害で長期不通となるたびに車へのシフトが進み、「公共交通への信頼がない地域」ともいえます。
さらに、観光やイベントも一過性のものであり、輸送密度を押し上げるほどの成果は得られませんでした。
こうした協議会の利用促進活動に対して、JR西日本は「見限った」ともいえるでしょう。利用促進計画の途中で存廃の申入れをしたのは、「地元の利用者が増えない」「観光客も数えるほどしか増えていない」「それで、年間9億円の赤字を垂れ流し続ける」ことを、「だらだらと5年もやり続けるのは勘弁してほしい」という、JR西日本の意思の表れだったといえます。
自治体の考えた76もの利用促進策には、JR西日本にとってメリットのある施策がありませんでした。利用促進策を検討する際は、沿線自治体だけでなく鉄道事業者にもメリットのある施策を検討することも大切です。
三江線の廃止後、沿線自治体で利用促進計画の実行に携わった川本町と美郷町の担当者は、次のコメントを残しています。
・行政だけでは限界あるが、行政主導感が強い取り組みになっていたようにも思う。
出典:令和3年度 JR芸備線利便性向上等に向けた調査報告書(地域公共交通総合研究所)
・沿線で温度差はそこまで感じなかったが、行政主導が強くなっていた感はある。
鉄道の利用促進について、行政主導で進めること自体は決して悪くありません。ただ、行政主導が強まると、鉄道事業者のメリットが見えづらくなります。利用促進策は、鉄道事業者と密に連携を取り一体となって進めることが重要なのです。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。
参考URL
三江線沿線地域公共交通網形成計画(三江線沿線地域公共交通活性化協議会)
http://www.pref.shimane.lg.jp/admin/region/access/tetudo/jr.data/moukeiseikeikaku.pdf
市長コラム第88回 三江線の廃止問題に思う(安芸高田市)
https://www.akitakata.jp/ja/shisei/section/soumu_soumu2/z275/koramu22/c478/
令和3年度 JR芸備線利便性向上等に向けた調査報告書(地域公共交通総合研究所)
https://www.city.shobara.hiroshima.jp/main/2022/06/98555cf9c3802d659f5cf8b211d401a7_1.pdf
三江線 江津~三次駅間の鉄道事業廃止届出について(JR西日本)
https://www.westjr.co.jp/press/article/2016/09/page_9318.html
広報みよし 2016年2月号
https://www.city.miyoshi.hiroshima.jp/uploaded/attachment/10099.pdf
広報みよし 2016年3月号
https://www.city.miyoshi.hiroshima.jp/uploaded/attachment/10098.pdf
広報おおなん 2016年10月
https://www.town.ohnan.lg.jp/www/contents/1001000000269/simple/201610_01.pdf