牟岐線は、徳島と阿波海南を結ぶJR四国のローカル線です。以前は、阿波海南の1駅先の海部まで路線が続いていましたが、2020年に阿佐海岸鉄道へ移行。現在の終点は阿波海南です。
牟岐線の阿南~阿波海南では、並走するバス路線と共同経営するという、全国初の取り組みをおこなっています。赤字ローカル線問題の解決の一助と言われるバス事業者との共同経営は、果たして成功するのでしょうか。再構築協議会の対象とも噂される牟岐線の将来を考えてみます。
JR牟岐線の線区データ
協議対象の区間 | JR牟岐線 阿南~阿波海南(53.3km) |
輸送密度(1987年→2019年) | 阿南~牟岐:1,817→605 牟岐~海部:467→186 |
増減率 | 阿南~牟岐:-67% 牟岐~海部:-60% |
赤字額(2019年) | 8億2,800万円 |
営業係数 | 843 |
※赤字額は阿南~海部で、コロナ禍前の2019年のデータを使用しています。
協議会参加団体
徳島県、徳島バス、JR四国
牟岐線の減便計画に徳島県が提案した「モーダルミックス」
2017年5月、徳島県は生活交通協議会のなかにワーキング部会を立ち上げます。この部会は、利用者の減少が続く公共交通を再編し、徳島ならではの「革新的な公共交通ネットワークの再構築」を目的とした組織です。具体的には、鉄道とバスを連携した「モーダルミックスの推進」や、公共交通の結節点における「乗り継ぎの利便性向上」などの検討を進めていました。
とき同じく、JR四国では牟岐線で「パターンダイヤの導入」を検討していました。わかりやすいダイヤにすることで利便性を向上させ、利用者の増加につなげるのが狙いです。
ただ、牟岐線でパターンダイヤを導入すると、実質的に増便となります。人員をはじめ経営資源が限られるJR四国では、どこかを増便すると他の線区で減便しなければなりません。牟岐線の場合、比較的に利用者の多い徳島~阿南では8本増発して30分間隔のパターンダイヤにする一方で、利用者の少ない阿南より先の線区では8本を減便することになります。
このダイヤ改正案を手に、JR四国は徳島県に相談します。通常、このような提案を自治体にすると、減便される線区では利便性が悪くなるため反対されるのが一般的です。しかし、徳島県は反対するのではなく「ある妙案」をJR四国に提案します。その案が、徳島バスが運行する高速バスを活用した「モーダルミックス」だったのです。
徳島バスは、室戸などと大阪を結ぶ高速バスを1日11本(2018年時点)運行しています。このバスは、牟岐線の一部区間と下道で並走することから、「減便となる区間を高速バスで補えないか」と徳島県は提案したのです。ちょうどワーキング部会で検討していたモーダルミックスの内容にマッチすると、徳島県は考えたのでしょう。
JR四国のダイヤ改正案を受け、徳島県は徳島バスにもモーダルミックスの考えを提案します。実は、徳島バスにとっても渡りに船でした。利用者減少などの理由で、高速バスの減便を検討していたのです。牟岐線と連携できれば、バスを減便しても乗客を確保でき減収になるリスクを抑えられます。
こうして2019年3月のダイヤ改正で、阿南~海部・甲浦間では鉄道とバスのモーダルミックスによる地域輸送が始まります。なお、この時点でおこなった施策をまとめると、以下の通りです。
■2019年3月に牟岐線と徳島バスで実施された内容
- 牟岐線でパターンダイヤを導入(徳島~阿南は30分間隔、阿南~海部は2時間間隔)
- 減便になる阿南~海部では、並走する高速バスの乗降制限を撤廃(乗降フリーにする)
- 阿南駅では、JRと高速バスのダイヤを調整して乗り継ぎを改善
利用者の伸び悩むなかで「共同経営」の案が浮上
2019年3月に実施されたモーダルミックスにより、運行本数は阿南~牟岐で1日31本から34本に(特急列車を含む)、牟岐~海部では24本から31本と、実質的に増便となっています。しかし、利用者数は伸び悩みます。その理由は、運賃体系にありました。
このとき実施したモーダルミックスでは、運賃はJR四国・徳島バスそれぞれで適用されます。阿南駅でJRからバスに乗り継ぐと、それぞれの運賃が必要なため実質的に「値上げ」になってしまうのです。このため、JRにそのまま乗り通す利用者が多く、バスに乗り継ぐ人がほとんどいなかったのです。
■JRと徳島バスの運賃比較(2019年現在)
JR四国 | 徳島バス | 差額 | |
---|---|---|---|
阿南~由岐 | 460円 | 500円 | 40円 |
阿南~日和佐 | 670円 | 800円 | 130円 |
阿南~牟岐 | 970円 | 1,100円 | 130円 |
阿南~阿波海南 | 1,110円 | 1,200円 | 90円 |
参考:JR四国「徳島県南部地域における共同経営について」をもとに筆者作成
両社の運賃を一体化すれば、利用者が増えるのではないか。
しかし、これを実現するには大きなハードルがありました。そのハードルのひとつが「独占禁止法」です。異なる事業者が運賃や運行ダイヤを調整すると、独占禁止法上の「カルテル」に該当する可能性があります。
とはいえ、利用者の減少が続く公共交通を維持するには、事業者間の協調は不可欠です。こうした課題は、牟岐線に限らず全国各地のバス事業者でも抱えており、事業者や自治体などから独占禁止法の改正を求める動きが活発化していました。
そこで国は2020年11月、独占禁止法の特例措置を施行。バス事業者に関しては「共同経営」が認められるように改正されたのです。これにより、同じ区間を走るバス路線は事業者間で調整して、ニーズに適したダイヤで運行できるようになりました。
JR四国と徳島バスの共同経営が実現したのは、こうした社会の動きとタイミングがマッチしていたことも大きかったのです。
JR四国と徳島バスの共同経営がスタート
独占禁止法の特例措置を受けるには、事業者が「共同経営計画」を作成し、国に認可してもらう必要があります。
そこでJR四国と徳島バスは、共同経営計画を作成することで合意。共同経営による収支改善効果を検証するため、実証実験をおこなうことになりました。その実験とは、「JR定期利用者は徳島バスの運賃を払わず乗車できる」というもの。乗車券を共通化することで、利用者と運賃収入がどれだけ増えるかを検証したのです。
実験期間は、2020年10月から2021年2月末までの5カ月間。この間の利用回数は、62回でした。このデータをもとに、定期外客を含めた年間利用者数は最大で266人増加すると想定。JR四国には年間10万円以上、徳島バスには20万円以上の増収が見込めると試算されたのです。
なお、徳島バスからみればJR四国の運賃を適用すると減収になります。そのため、差額として徳島バスの正規運賃の半額をJR四国が支払うルールも設けています。
このシミュレーション結果を含めた共同経営計画は、2022年3月に国が認可。同年4月より、JR四国の乗車券で徳島バスに乗車できる共同経営がスタートしました。ちなみに、バス事業者同士の共同経営は熊本市や岡山市などで2021年より始まっていますが、鉄道事業者とバス事業者による共同経営は、牟岐線のケースが全国初となります。
JR四国との「あり方の協議」に徳島県の考えは?
共同経営による効果は、利用者数の増加で表れているようです。共同経営の開始前は、1日平均で1.48人(2021年度)だった利用者数は、開始後は6人(2022年4~12月)に増加。年間利用者数は2,000人前後となり、想定より多くの人が利用しています。
この結果を受けて、JR四国では他の線区でも共同経営を模索。2023年には予土線で、2024年は高徳線で、それぞれ地元のバス事業者と協力して実証実験を進めています。
こうしてみると、鉄道とバスの共同経営は赤字ローカル線問題を解決する一手になると考えられますが、牟岐線の場合、利用者が増えたといっても1日数人。赤字には変わりなく、とくに鉄道は大量輸送というメリットを生かせないため「バス転換してもよいのでは?」という見方もできます。
こうしたなかJR四国は、2023年4月26日の社長定例記者会見で、赤字ローカル線の「あり方」について協議を始めたいと、四国4県に伝えたことを表明します。対象路線は、予讃線の海回り区間、予土線、そして牟岐線の阿南~牟岐です。
これに対して徳島県の後藤田知事は2023年6月1日の定例記者会見で、JR四国との協議に応じる姿勢を伝えています。ただ、1年が過ぎた現在でも牟岐線のあり方に関する協議は始まっていません。これについて後藤田知事は、2023年8月25日の定例記者会見で興味深い発言をしています。
そういった存廃の議論を向こうから、廃線前提でしてこられるというのは非常に困りますから、ここはやはり我々が先に先手を打ってというか、やっぱり国、鉄道局にさらなる支援、こういったものも行うために四国が一つになるということは、これ、大事です。
出典:令和5年8月25日 定例記者会見(徳島県)
「先手を打つ」という表現は、JR四国との協議に必要な材料集めをしている段階とも考えられます。牟岐線では2024年2月に、徳島県からの提案でサイクルトレインの実証運行をしています。これも、JR四国との協議で使う材料のひとつになるのかもしれません。
また、JR四国の経営状況が悪いことについて、後藤田知事は国への支援を求めるためにも、四国4県が一丸となることが大切だと伝えています。ただ、JR四国との協議入りに対して反発する他県の姿勢や、それを敵対的に報じるマスコミに対して、疑問を呈す発言も見られます。徳島県としては、JR四国に対して必要な支援をしながら協働で地域公共交通を再編していきたい考えのようです。
徳島県は、牟岐線の未来をどのように描くのか。これから始まるであろうJR四国との協議に、注目が集まりそうです。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。
参考URL
徳島県における「鉄道の利用促進・利便性向上」アクションプランをまとめました(徳島県)
https://www.pref.tokushima.lg.jp/ippannokata/kendozukuri/doro/5039663/
徳島県南部地域における共同経営について(国土交通省)
https://wwwtb.mlit.go.jp/hokkaido/content/000290150.pdf
徳島県における「鉄道の利用促進・利便性向上」アクションプラン(徳島県生活交通協議会)
https://www.jr-shikoku.co.jp/04_company/information/shikoku_trainnetwork/6-2.pdf
次世代地域公共交通ビジョン策定(徳島県生活交通協議会)
https://www.jr-shikoku.co.jp/04_company/information/shikoku_trainnetwork/5-3.pdf
地域における一般乗合旅客自動車運送事業及び銀行業に係る基盤的なサービスの提供の維持を図るための私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の特例に関する法律について(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/transport/sosei_transport_tk_000153.html
徳島県南部における共同経営計画(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/transport/content/001737615.pdf
過去の記者会見(徳島県)
https://www.pref.tokushima.lg.jp/governor/press-record