山陰本線は、京都から幡生(山口県下関市)までの日本海側の街をつなぐ幹線です。その一部区間では利用者の減少が続き、幹線といえども存続が危ぶまれている線区が複数あります。なかでも益田~小串は、輸送密度が200人台/日と低迷。廃止の危機感を抱く島根県・山口県の沿線自治体は2023年8月に、JR西日本との協議を始めました。
鉄道の存続をめざす沿線自治体の取り組みを、「JR山陰本線(下関-益田間)利用促進協議会」の内容からお伝えします。
JR山陰本線の線区データ
協議対象の区間 | JR山陰本線 益田~幡生(159.3km) |
輸送密度(1987年→2019年) | 益田~長門市:1,663→271 長門市~小串・仙崎:2,424→351 小串~幡生:- →2,545 |
増減率 | 益田~長門市:-84% 長門市~小串・仙崎:-86% |
赤字額(2019年) | 益田~長門市:11億5,000万円 長門市~小串・仙崎:9億5,000万円 |
営業係数 | 益田~長門市:1,314 長門市~小串・仙崎:1,208 |
※赤字額と営業係数は、2017年から2019年までの平均値を使用しています。
※小串~幡生の一部データは非公表です。
協議会参加団体
下関市、長門市、萩市、阿武町、益田市、山口県、島根県、JR西日本
幹線からローカル線に転じた山陰本線の益田以西
山陰本線の益田~幡生は、国鉄末期から衰退の一途をたどり続けました。益田以西の貨物列車は、国鉄時代に廃止。特急列車も2005年に廃止され、該当区間は普通列車のみが走るローカル線に転じます。その普通列車も、沿線地域の少子化や過疎化、モータリゼーションの進展などの影響で利用者が減少し、減便が続いていたのです。
この状況に下関市などの一部自治体は、山陰本線の利用促進活動を始めます。2021年には、下関市と長門市がPR動画を共同制作。観光誘客を中心に、山陰本線の維持をめざした取り組みを進めます。
こうしたなかで、JR西日本は2022年4月に「ローカル線に関する課題認識と情報開示について」というニュースリリースを発表します。このなかに、輸送密度2,000人/日未満の線区収支が掲載。益田~小串の輸送密度は300人/日前後、赤字額は約21億円(2017~2019年の年平均)であることが公表されます。
廃止への危機感を抱く沿線自治体に、さらに追い打ちをかけたのが2023年7月の豪雨災害です。この災害で長門~小串が被災し、長期不通に。危機感をいっそう強めた沿線自治体は、地域が一丸となり山陰本線の維持をめざすための組織を設置します。それが「JR山陰本線(下関-益田間)利用促進協議会」です。
山陰本線の維持をめざす「3つの事業方針」
第1回の協議会は、2023年8月10日に開催されます。構成メンバーは沿線の5市町と島根県、山口県、そしてJR西日本です。まず、会長に選ばれた下関市が「山陰本線は大切なインフラ。これまで以上に、利用促進に取り組む必要がある」と宣誓。各自治体で進めてきた取り組みを5市町が一丸となることで、より効果的な利用促進にしていく決意を示します。
一方でJR西日本は、協議会を設置してくれた沿線自治体へ感謝するとともに、「観光利用にくわえ日常利用を増やすための取り組みも議論したい」と提言します。また、災害で不通となっている長門~小串については、復旧の見通しが立っていないことも伝えます。
このほか協議会では、利用促進の具体案を決めるうえで「3つの事業方針」を決定します。その方針とは、次の通りです。
(1)マイレール意識の醸成
沿線住民のマイレール意識醸成と、日常利用の促進。具体的には、フォト&絵画コンテストやシンポジウムの実施、住民アンケート調査など、公共交通全体の持続的な利用につながる取り組みを検討する。
(2)魅力発信
山陰本線の魅力や沿線地域の観光資源などの情報発信。公式ホームページやSNSの運用、パンフレットや旅行雑誌などを通じて、地域内外へ広く伝えていく。
(3)ツーリズム
観光利用の促進。企画列車の運行、旅行商品の開発、既存イベントとの連携など、観光客に対して鉄道利用を促す施策を検討する。
これらの方針をもとに、今後は各エリアでブロック会議などを定期的に開催し、さまざまな事業やイベントを計画していくことが確認されます。
山陰本線(長門~小串)の復旧が決まった経緯
さて、2023年7月の豪雨災害で長期不通となった線区について、JR西日本は2024年1月29日の定例記者会見で、復旧に向けた検討を進めていくことを明らかにします。被災区間では、粟野川橋梁の橋脚が傾くなど69か所で被災。被害総額は約15億円、工期は1年半と示されました。
復旧工事に関しては、河川を管理する山口県とも協議。同年3月27日の定例記者会見で、JR西日本は協議が成立したことを明らかにし、復旧工事に着手することを発表します。なお、山口県の支援によりJR西日本の復旧負担額は15億円より少なくなる見込みです。
その後、被害が軽微であった長門市~人丸と滝部~小串は、2024年6月22日に運転再開。人丸~滝部は、2025年度内の復旧をめざすとしています。なおJR西日本は同線区について、今後の協議で沿線自治体と「鉄道のあり方」を議論したい考えも伝えています。
日常・観光の両面から山陰本線の利用促進策を実施
一部線区の災害復旧後に開催された、第2回協議会(2024年8月8日)。ここでJR西日本は、益田~幡生の輸送密度など利用状況について説明します。2023年度の実績は、益田~長門市が209人/日、長門市~小串・仙崎が205人/日。災害の影響もあり、前年より減少しています。そのうえでJR西日本は、「継続的な利用につながる仕掛けが大事。復旧後を見据え、どのようにして持続していくのか議論したい」と沿線自治体に訴えます。
一方で沿線自治体は、2024年度の利用促進事業について、これまで議論してきた内容を発表。2024年度に実施予定の主な施策は、以下の通りです。
- イベント列車「マッスルトレイン」の運行
- サイクルトレインの支援導入
- 鉄道写真家との撮影ツアー開催
- ホームページやインスタグラムの拡充
…など
マッスルトレインとは、列車内でボディービルのコンテストを実施するイベント列車です。参加者には、クジラや焼き鳥といったタンパク質が豊富な商品を進呈。沿線の特産品PRも兼ねています。
山陰本線の閑散線区をめぐる協議は始まったばかりですが、気になるのは「利用促進だけで、JR西日本が納得するのか?」という点です。同じく豪雨災害で甚大な被害を受けた美祢線は、全線不通の状況が続いています。美祢線の復旧費用は約58億円、工期は5年と、山陰本線の復旧工事より難度が高いです。一方で美祢線の輸送密度は300人/日(2023年度)と、山陰本線の長門~小串とほぼ同じです。
なお、美祢線の復旧検討部会では利用促進効果のデータを示した後に、JR西日本が「大量輸送を得意とする鉄道のメリットを発揮できない」として、「鉄道のあり方」の協議へと持ち込んでいます。山陰本線でも復旧後に、JR西日本が何らかの提案をする可能性もあり、今後の協議に注目したいところです。
※美祢線の災害復旧について、JR西日本と沿線自治体との協議は、以下のページで詳しく解説しています。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。
参考URL
ローカル線に関する課題認識と情報開示について(JR西日本)
https://www.westjr.co.jp/press/article/items/220411_02_local.pdf
JR山陰本線(下関-益田間)利用促進協議会
https://jrsanin-sm.jp/
JR山陰本線PR動画を作成しました(下関市)
https://www.city.shimonoseki.lg.jp/soshiki/73/5992.html
「JR山陰本線(下関―益田間)利用促進協議会」設立総会(長門市)
https://www.city.nagato.yamaguchi.jp/wadairoot/wadai/20230810.html
下関‐益田間の利用促進を 下関市で協議会設立「今までできなかったことにチャレンジ」(山口放送 2023年8月10日)
【リンク切れ】https://kry.co.jp/news/news102agwq7fgsie53t2ip.html
山陰線、利用促進を 沿線5市町が協議会設立 事業やイベント計画へ 存続を危ぶむ声多く(毎日新聞 2023年8月10日)
https://mainichi.jp/articles/20230826/ddl/k35/010/340000c
不通の長門市-小串駅間 復旧工事着手へJR西、25年度中の再開目指す(山口新聞 2024年3月28日)
https://yama.minato-yamaguchi.co.jp/e-yama/articles/71863
JR山陰線、列車内でボディービル大会など開催へ 利用促進策を決定(朝日新聞 2024年9月2日)
https://www.asahi.com/articles/ASS91413MS91TZNB001M.html