JR日高本線は、かつて苫小牧から様似を結ぶ約146kmの路線でした。しかし、2015年の高波による路盤土砂流出により、鵡川~様似間が不通に。以降、この線区で列車の走る姿は見られなくなりました。
被害のなかった苫小牧~鵡川間は、現在も運行しています。残った線区の存続に向けて、沿線自治体は「東胆振首長懇談会」を設置し、利用促進などの取り組みを進めています。ここでは、苫小牧~鵡川間の協議会の設置経緯や具体的な取り組みについて紹介しましょう。
※2021年4月に廃止された鵡川~様似間の協議会は、以下のページにまとめています。
JR日高本線(苫小牧~鵡川)の線区データ
協議対象の区間 | JR日高本線 苫小牧~鵡川(30.5km) |
輸送密度(1987年→2023年) | 1,283→390 |
増減率 | -70% |
赤字額(2019年) | 4億1,600万円 |
営業係数 | 1,210 |
※赤字額と営業係数は、2023年のデータを使用しています。
協議会参加団体
苫小牧市、厚真町、むかわ町
東胆振首長懇談会の設置までの経緯
2016年11月18日、JR北海道が「当社単独では維持することが困難な線区」を公表しました。このなかで日高本線の苫小牧~鵡川は、輸送密度が200人以上2,000人未満の線区(以下、黄線区)に該当し、「鉄道を持続的に維持する仕組みの構築が必要な線区」として位置付けられています。
JR北海道が公表した翌月の12月に、沿線自治体は「東胆振首長懇談会」という意見交換会を設置します。黄線区のなかでは早い段階で設置されましたが、これは日高本線の部分廃止提案が影響しています。なお、JR北海道を交えた協議会は、2017年5月から始まりました。
日高本線(鵡川~様似間)の災害による不通
2015年1月、厚賀~大狩部間で高波による路盤土砂の流出が発生。日高本線は、鵡川~様似間が不通になります。
不通区間の大部分が日高振興局のため、JR北海道との協議は日高町村会が設置した「日高線沿線自治体協議会」で実施されることになります。胆振振興局の自治体は、鵡川~様似間の復旧にかかわる協議会を設置していません。
日高線沿線自治体協議会で話が進められていた2016年8月、北海道に台風が連続して上陸。日高本線にも多大な被害をもたらし、復旧費用は約86億円にまで増加します。一方、協議会では、JR北海道が復旧後の支援を求めたことに対して自治体側が難色を示し、結果、暗礁に乗り上げてしまいます。
2016年12月、JR北海道は復旧を断念。鵡川~様似間の廃止を沿線自治体に提案します。こうしたなか、廃止区間が含まれるむかわ町でも協議の必要性が出てきたことから、同月に胆振振興局の5首長で東胆振首長懇談会を設立。2017年には、日高町村会からの参加要請を受け、東胆振首長懇談会を代表して、むかわ町長がオブザーバーとして参加していました。
このような流れから、東胆振首長懇談会では日高線沿線自治体協議会と連携した協議が進められました。
2017年11月には鵡川~様似間の代替交通モードとしてDMV、BRT、バスの導入に関する調査・分析結果をもとに意見交換を実施。地域レベルの問題として解決するには難しく、国や北海道が主導的に解決すべき問題であるという考えを示しています。
日高線沿線自治体協議会の協議内容は、以下のページをご覧ください。
北海道は日高本線を軽視している?
では、北海道は日高本線という鉄路をどのように捉えていたのでしょうか。
北海道では2016年11月に、運輸交通審議会の作業部会として「鉄道ネットワークワーキングチーム」を発足させています。この作業部会では「北海道が考える各線区の位置づけ」を公表しており、日高本線に関しては「苫小牧~鵡川間」と「鵡川~様似間」にわけて、以下のように位置づけています。
まず、「苫小牧~鵡川間」についてみていきましょう。
他の交通機関での代替の可能性も踏まえつつ、地域における負担等も含めた検討・協議を進めながら、路線の維持に努めていく。
出典:北海道交通政策総合指針について「JR 北海道単独では維持困難な線区に対する考え方」
「他の交通機関での代替の可能性も踏まえ」と、バス転換の検討を促しつつも、地域が鉄道を必要とするのであれば路線を維持するための協議を続けるよう求めています。
一方、「鵡川~様似間」については、厳しい見方を示しています。
線路と海岸線が近接し、これまでも自然災害が頻発するなど厳しい環境に置かれた路線であることや、昨年 11 月に公表された調査結果等を踏まえ、利便性の高い最適な公共交通ネットワークの確保に向け、今後の活力ある地域づくりの観点に十分配慮しながら、他の交通機関との代替も含め、地域における検討・協議を進めていく。
出典:北海道交通政策総合指針について「JR 北海道単独では維持困難な線区に対する考え方」
鵡川~様似間は、海沿いを走る風光明媚な線区としても知られていました。それゆえに災害も多く、2004年度から2014年度までの10年間で267件もの災害が発生。そのうち、108件が厚賀~大狩部間で起きていたのです。
こうした状況を含め、鵡川~様似間は鉄道以外の交通モードへの転換を促す表現になっています。
出典:JR北海道「日高線 厚賀~大狩部間 67k506m 付近における盛土流出について(参考資料1)」 ▲不通となった区間を含め、日高本線の鵡川~様似間は以前より災害の多い線区でもあった。
日高線事業計画(アクションプラン)の策定
2018年7月、国土交通省はJR北海道の経営改善に向けた取り組みを着実に進めるよう、監督命令を発出します。このなかで、沿線自治体などと一体となった取り組みを2019年度より5年間実施するように求めました。その具体的な取り組みをまとめたものが、「日高線事業計画(アクションプラン)」です。
アクションプランは、第1期(2019~2020年度)と第2期(2021~2023年度)にわけて、鉄道の利用促進や経費削減などに向けた取り組みを、JRと沿線自治体が一緒に実施する内容になっています。そして、最終年度となる2023年度に総括的な検証をおこなうとしています。
日高本線(苫小牧~鵡川)アクションプランの実施内容
日高本線(苫小牧~鵡川)における具体的な取り組み内容は、以下の通りです。
- スクールバスから列車通学へのシフト
- JR社員の出張出前教室(沿線保育園児などの見学ツアーも実施)
- JR北海道主催のイベント「ヘルシーウォーキング」を、地元イベントに合わせて実施(441名が参加)
- 利用促進ポスターの作成(役場等に掲載)
- 沿線中学・高校生による花壇整備・公共交通ガイドブックの作成・配布
- ラッピング列車の運行(事業費はむかわ町が全額負担)
…など
効果が抜群だったのが、スクールバスを廃止にして列車通学へシフトした事業です。従来、鵡川高校に通学する学生は、町が運行するスクールバスを利用していました。
しかし、生徒数の減少にともないスクールバスの運行経費よりJRの通学定期券代を助成したほうがコストを抑えられると試算。さらに、鵡川高校側も列車のダイヤにあわせて始業時間を調整するなどして、2019年度からスクールバスで通っていた学生を鉄道通学に切り替えます。これによりJR通学者が約70名増加し、輸送密度ベースで約15%も増加。赤字額も改善しました。
この事例から言えることは、定期利用者を増やすことが利用促進につながること。イベントによる一時的な集客よりも、通学や通勤の定期代を支援するなど普段から利用してもらえる沿線住民を増やすほうが、効果が大きいといえます。
ただ、廃止区間の代替バスが走り始めた2021年度より、苫小牧~鵡川間の輸送密度は387人/日まで減少しています。これは、代替バスが苫小牧まで直通するため、鵡川での乗り換え客が減少したことも一因と考えられます。
鉄道の利用者を増やすには、鵡川でスムーズに乗り換えられる工夫が求められますが、利用者からみれば「乗り換えなく苫小牧まで行ける」ことに代替バスの価値があるわけです。鉄道ネットワークワーキングチームが示した「利便性の高い最適な公共交通ネットワークの確保」を具現化するには、鉄道にこだわらない交通網の構築も検討すべきポイントといえるでしょう。
※2024年1月30日にJR北海道が国に提出した「アクションプラン総括的検証報告書」の内容については、こちらの記事で解説しています。
※JR北海道のアクションプランの詳細内容や、改善が求められるポイントについて、以下のページで解説しています。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。
参考URL
JR北海道の事業範囲の見直しに係る地域合同説明会の開催結果について(北海道)
https://www.pref.hokkaido.lg.jp/fs/5/1/5/5/6/2/3/_/20.pdf
当社単独では維持することが困難な線区について(JR北海道) https://www.jrhokkaido.co.jp/press/2016/161118-3.pdf
鉄道WT報告を踏まえた関係機関の取組(北海道)
https://www.pref.hokkaido.lg.jp/fs/5/1/1/4/9/0/9/_/290731shiryou2.pdf
JR北海道の経営改善について(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/common/001247327.pdf
第1期事業計画(アクションプラン)
https://www.jrhokkaido.co.jp/corporate/region/actionplan_01.html
第2期事業計画(アクションプラン)
https://www.jrhokkaido.co.jp/corporate/region/actionplan_02.html