全国初の「再構築協議会」が、JR芸備線で始まりました。協議対象の特定区間に指定されたのは、備中神代~備後庄原の68.5km。存続をめざす広島・岡山の沿線自治体と、代替交通への転換を打ち出すJR西日本の話し合いは、どのような結末を迎えるのでしょうか。また、行司役である国は両者の意見をどうやってまとめるのでしょうか。
沿線住民はもちろん、赤字ローカル線を有す全国の自治体や鉄道ファンも注目する芸備線再構築協議会の進捗をまとめました。
※「再構築協議会とは何か?」をまとめた記事は、以下のページで解説しています。
JR芸備線(特定区間)の線区データ
協議対象の区間 | JR芸備線 備中神代~備後庄原(68.5km) |
輸送密度(1987年→2023年) | 571→62 |
増減率 | -89% |
赤字額(2023年) | 5億9,000万円 |
営業係数 | 3,915 |
※赤字額・営業係数については、2021年から2023年までの平均値を使用しています。
協議会参加団体
岡山県、広島県、新見市、庄原市、三次市、安芸高田市、広島市、JR西日本(中国統括本部)、国土交通省中国運輸局、広島県・岡山県バス協会、広島県・岡山県警察本部、呉工業高等専門学校など
存続・廃止の前提を置かない「芸備線再構築協議会」
第1回の再構築協議会は、2024年3月26日に開催。冒頭で議長を務める中国運輸局長が「存続・廃止の前提を置かず、具体的なファクトとデータにもとづいて議論したい」と宣誓します。
また、この協議会は「再構築方針」を策定する場であるとともに「真摯な協議が継続する限り、3年を超えても協議を打ち切ることはしない」と議長が伝えます。ちなみに再構築方針とは、該当線区の利用促進や代替交通を含めた再編など、公共交通の利便性を高めるための方策をまとめた計画案のことです。再構築協議会のゴールは、この方針を策定することにあります。
続いて、JR西日本より該当線区(備中神代~備後庄原)の現状説明と、この協議会に対する要望を述べます。現状説明では、利用者数が一貫して減少を続けており列車によっては0人の線区があるといった資料も提示しています。
■新見~備後庄原の線区別平均利用者数(カッコ内は1列車の利用者数)
新見~東城 | 東城~備後落合 | 備後落合~備後庄原 | |
---|---|---|---|
平日 | 130(0~45) | 15(0~4) | 109(2~31) |
休日 | 90(0~17) | 23(0~10) | 50(0~12) |
参考:第1回芸備線再構築協議会「配付資料一式(芸備線の概況)」をもとに筆者作成
JR西日本も、存続・廃止の前提を置かずファクトとデータにもとづいた議論を要望。そのうえで、「関係者と一緒に交通手段を創っていく『共創の観点』で議論をお願いしたい」と伝えます。「鉄道事業者vs沿線自治体」という対立構図ではなく、沿線自治体と一緒に知恵を絞りながら、よりよい公共交通を創っていくことを、JR西日本は求めたわけです。
JR西日本と国への疑義を唱える沿線自治体
一方で沿線自治体も、「地域住民の生活を守ることを第一に、持続可能な交通体系の実現に向けて議論したい(岡山県)」と宣誓する一方で、JR西日本と国に対しての疑問を投げかけます。
■JR西日本に対する疑問
・JR西日本には、コロナ禍における赤字から経営努力により黒字へと転換する中で、引き続き内部補助により路線を維持していくことが難しいとされる理由を示していただきたい。
出典:第1回芸備線再構築協議会 議事概要(広島県や庄原市の意見)
■国に対する疑問
・(前略)本来は、国土交通省において、鉄道ネットワークの方向性をはじめ、内部補助や鉄道の果たす役割など、議論の基盤となる考え方を共有した上で、個別の区間の議論がなされるべき。
・国土交通省は、ローカル線の利用が少なくなっていることと同時に、JR西日本が新幹線や不動産事業等で収益を伸ばしていることも踏まえ、内部補助の枠組整理を踏まえた全国ネットワークの方向性を示していただきたい。
出典:第1回芸備線再構築協議会 議事概要(広島県、庄原市、新見市の意見)
このうち鉄道ネットワークの質問に関して、議長である中国運輸局は「この協議会の場ではなく、全国レベルで検討していく課題と考えている」として、あくまでも芸備線における地域公共交通の話し合いをするよう求めます。
芸備線の「まちづくり」を含めた議論を促す有識者
芸備線再構築協議会には、有識者として呉工業高等専門学校の教授(以下、有識者)も参加しています。有識者は「芸備線はなぜ利用者が減り続けたのかを、しっかりと検証する必要がある」と述べ、その一因として「まちづくりの問題」について言及しています。
ローカル線によくある光景ですが、「駅が町外れにあるため利用者が少ない」という地域は、芸備線でも散見されます。公共交通の見直し議論には、「多くの人が目的地とする場に駅やバス停があるのか?」といったまちづくりの観点から考えることも重要です。
そのうえで、有識者は「まちづくりを検証せずに議論を進め、仮に他の交通手段に転換したとしても、今度はその交通手段が同じ問題に直面しかねない」と警鐘します。単に「鉄道を残すこと」が目的化すると、いずれ鉄道も代替交通も廃止され、地域の衰退に拍車をかける傾向があります。そうならないためには、公共交通を核にまちづくりを再検討することも必要なのです。
再構築協議会はどのように進められる?
再構築協議会のゴールは、地域公共交通の再構築方針の策定です。その策定に必要な材料を集めるため、協議会では「調査事業」と「実証事業」をおこないます。調査事業とは、住民アンケートなどをもとに沿線地域における公共交通の利用実態などを把握するのが目的です。そのうえで、実際にどのような交通手段が適しているかを社会実験する「実証事業」が実施されます。
なお、調査事業と実証事業は協議会の下に設置される「幹事会」と「部会」で話を進め、具体的な施策を決めた後に協議会で意思決定される流れになります。
芸備線の第1回幹事会は、2024年5月16日に開催。調査事業に関する議論が始まります。調査事業では、まず沿線自治体やJR西日本が保有する資料やデータを共有。これらを補完するための調査を実施していくことが確認されます。具体的な調査内容は、第2回幹事会(2024年7月10日)で示され、「沿線人口の推移と交通分担率」「二次交通の接続環境」「地域経済の観点からみた芸備線の価値」など、36項目におよぶデータを集めることが確認されます。
さて、冒頭では第1回協議会で出された沿線自治体からの疑問に対し、JR西日本と国から説明がありました。これに対して沿線自治体は、「どこまで内部補助をするのかという点が明らかではない」「国土形成における鉄道の位置づけも明らかにしてほしい」と反論。納得できる回答が得られなかったようです。この件については次回の協議会でも話し合われ、議論が紛糾する一因になります。
負担と責任ばかりを国に追及する沿線自治体
幹事会で決まった調査事業の内容は、第2回協議会(2024年10月16日)で承認。2024年度中に実施することと、実証事業は2025年度から始めることが確認されます。なお調査事業は、広域的なデータの取得が必要という沿線自治体の要望から、広島~備中神代の全線でおこなうことになりました。
さて、この会議の冒頭で国土交通省は「内部補助の考え方」と「鉄道ネットワークの方向性」に関する国の考えについて説明します。
国土交通省は「JRが国鉄から継承した路線は、内部補助も活用しつつ適切に維持するのが基本」としながらも、「大量輸送機関としての鉄道の特性が生かせない路線は、地域や利用者に最適な交通手段の維持確保を図ることが重要」と説明します。これは、完全民営化を果たしたJRに対する指針(2001年11月告示)などの内容と同じです。
そのうえで国土交通省は、「再構築事業の対象は、基幹的鉄道ネットワークか否かではなく、輸送密度4,000人/日未満を1つの目安としている」と、芸備線で再構築協議会を設置した理由を伝えます。要するに国は「内部補助にも限度があるし、芸備線は基幹的鉄道ネットワークにあたらない」と、伝えたかったのでしょう。
この説明に、沿線自治体は「説明になっていない」と反発。先頭に立った広島県は、改めて国に回答を求める疑問を投げかけます。要点をまとめると、以下の3点です。
・国として維持すべき鉄道ネットワークを明らかにしてほしい
・黒字事業者が赤字路線の維持に内部補助するとき、国としての考えを示してほしい
・赤字路線の負担を沿線自治体に転嫁するのは疑問。国の責任のあり方を聞きたい
さらに広島県は、輸送密度4,000人/日未満の線区はほかにもあり、「呉線、可部線、福塩線、木次線も廃止してよいという考えなのか」「JRに路線維持を求めないのであれば、国の責任で維持すべきではないか」と、国土交通省に追及します。
広島県に続き、新見市も「芸備線は広域鉄道ネットワークだ。我々の意見で分断することになれば他の自治体にも影響が出るため、国の考えを示してほしい」と主張。他の自治体からも「国の積極的な関与」を求める意見が相次ぎます。
なお、鉄道ネットワークに関して呉高専の有識者は「ネットワークがつながることで地域にどんな便益や効果を与えるかも検証・議論することが大切だ」と主張。しかし、これまでの議論ではネットワークを生かした地域振興策などを話し合っておらず、「その効果を逸失するおそれがある」と忠告します。
「鉄道はネットワークでつながることが重要」と、よくいわれます。ただ、「ほとんどの沿線住民が使わない」「観光客も通り過ぎるだけで地域にお金が落ちない」というのが、芸備線の実態です。これでは他線とつながっていても、地域には何のメリットもありません。
芸備線を存続させるには、沿線自治体が鉄道の価値を認識し、それを最大限に発揮する活用法を考え、実行することも求められます。それを話し合う協議会なのに、ネットワークや内部補助を盾に「負担と責任」を国に追及するばかりの沿線自治体に対して、有識者は疑問を投げかけたのです。
議場が荒れてきた芸備線再構築協議会。沿線自治体が芸備線の価値を正しく把握し、当事者意識を高めるところから始める必要がありそうです。
※再構築協議会に至るまでの沿線自治体とJR西日本との協議の流れは、以下のページにまとめています。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。
参考URL
芸備線再構築協議会について(中国運輸局)
https://wwwtb.mlit.go.jp/chugoku/tetsudou/sankosen_00001.html
輸送密度2,000人/日未満の線区別経営状況に関する情報開示(JR西日本)
https://www.westjr.co.jp/press/article/items/231128_00_press_shuushi.pdf
地域公共交通の活性化及び再生の促進に関する基本方針(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001626587.pdf