【JR西日本】芸備線の廃止を防ぐには?利用促進だけでどうにもならない実態

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芸備線の沿線風景 JR
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芸備線は、広島と備中神代(岡山県新見市)をつなぐ、JR西日本のローカル線です。約160kmにおよぶ路線ですが、このうち広島の都市近郊区間を除く約145kmは利用者が少なく、とくに備後庄原~備中神代間は輸送密度100人/日未満の閑散線区です。

廃止の危機を抱く沿線自治体は、芸備線対策協議会を中心に、各自治体でも独自の協議会を設置。利用促進をめざし、さまざまな取り組みを実施しています。ここでは、JR西日本との協議を中心に、各協議会の取り組みも紹介します。

※2024年3月より始まった「再構築協議会」の進捗状況は、以下のページで解説します。

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JR芸備線の線区データ

協議対象の区間JR芸備線 下深川~備中神代(144.9km)
輸送密度(1987年→2019年)下深川~三次:3,500→888
三次~備後庄原:1,257→381
備後庄原~備後落合:725→62
備後落合~東城:476→11
東城~備中神代:504→81
増減率下深川~三次:-75%
三次~備後庄原:-70%
備後庄原~備後落合:-91%
備後落合~東城:-98%
東城~備中神代:-84%
赤字額(2019年)下深川~三次:13億2,000万円
三次~備後庄原:2億5,000万円
備後庄原~備後落合:2億6,000万円
備後落合~東城:2億6,000万円
東城~備中神代:2億0,000万円
営業係数下深川~三次:671
三次~備後庄原:871
備後庄原~備後落合:4,127
備後落合~東城:25,416
東城~備中神代:4,129
※輸送密度および増減率は、JRが発足した1987年と、コロナ禍前の2019年を比較しています。
※赤字額・営業係数については、2017年から2019年までの平均値を使用しています。

協議会参加団体

広島市、安芸高田市、三次市、庄原市、新見市

芸備線と沿線自治体

芸備線の一部自治体とJR西日本との検討会議を設置

2021年5月19日、広島県の沿線自治体が組織する芸備線対策協議会は、JR西日本に対して利用促進に関する協力要請をおこないます。要請の背景には、同年10月に実施予定のダイヤ改正で、減便の予測がありました。コロナ禍という特殊な事情のため減便は仕方ないにせよ、沿線自治体はJR西日本との連携を強め「さらなる利用促進を図りたい」と考えたのです。

これに対してJR西日本は同年6月8~14日、協議会ではなく広島県・岡山県・庄原市・新見市の各自治体に「芸備線沿線の地域公共交通計画に関する申入れ」をおこないます。利用促進の前に地域公共交通の現状を把握したうえで、「各自治体が策定する地域公共交通計画を見直しませんか?」とJR西日本は提案したのです。

この提案に、沿線自治体は賛同。「庄原市・新見市エリアの利用促進等に関する検討会議」という話し合いの場を設置することが決まります。

臨時便の増発など実証実験を踏まえた検討会議

検討会議の第1回は、2021年8月5日に開催されます。JR西日本からは駅別乗車人員や輸送密度といった資料から、芸備線の現状を説明。そのうえで、「芸備線の利用につながるニーズがどの程度あるのか」「潜在的な需要を掘り起こすためにどんな手段で利用促進をするのか」を考えることが重要だと力説します。

一方、沿線自治体からは利用者アンケートにもとづく通勤・通学・通院・観光などのデータや、これまで実行してきた利用促進の内容を報告。そのうえで「目標を立てたうえで利用促進に取り組んでいきたい」と提案します。

庄原市・新見市の芸備線の駅別乗車人員
▲庄原市・新見市の芸備線の駅別乗車人員。1日の利用者数が一桁の駅も多い(赤丸の駅が1日10人未満の駅)。
参考:広島県「JR西日本広島支社発表資料」の資料をもとに筆者作成

第2回の検討会議は、2021年10月8日に開催。JR西日本より、臨時列車の運行、情報発信や営業施策などの利用促進メニューが提案されます。沿線自治体も、バスやデマンド交通などの二次交通の接続改善やマイレール意識の醸成、観光ツアーの企画などから利用促進につなげていく発言がされています。

なお、ここで決まった内容は実行に移されます。臨時列車は、同年10月から12月の土休日に運行されることが決定。広島から備後庄原までの直通列車「庄原ライナー」を含め、期間中(16日間)で82本を増発し、運行本数は通常の1.5倍に設定しました。この臨時便に接続する貸切バスのツアーや、駅前でのイベントなどは沿線自治体が企画します。

これらの結果は、第3回(2022年2月7日)の検討会議で報告されます。JR西日本からは、臨時便による実績を報告。全列車の1日あたりの利用者数は、備後落合~東城間で最大130人、東城~新見間で190人で、臨時便のなかには平均1人しか乗っていない列車もあったのです。

臨時便の運行区間実績備考
広島10:05→備後庄原11:5632人/日庄原ライナー
三次9:58→備後落合11:2125人/日三次で広島からの列車に接続
備後庄原19:23→三次19:561人/日イベントの帰路便
備後落合13:40→三次15:1619人/日日常利用の促進で増便
三次18:37→庄原19:143人/日みよしライナーから接続
▲JR西日本「芸備線の利用促進結果と振り返り」をもとに、筆者が作成。
参考:広島県「JR西日本広島支社発表資料」

一方、自治体が企画したツアーの参加者は165人。目標値の200人を達成できませんでした。また、備後庄原駅と備後落合駅で実施したイベントには、あわせて約800人が来場します。ただし、この数は列車の乗客以外の人も含まれます(JR利用者は約360人と推計)。

JR西日本は、この結果を分析中としましたが、「今回の利用促進でどれだけニーズが顕在化したのかを、次回の検討会議で報告し、皆さんと確認したい」と述べています。

芸備線の主な取り組み

臨時便に対応したツアーやイベントのほかにも、協議会では以前よりさまざまな実証実験や取り組みを実施してきました。主な内容をまとめて紹介しましょう。

  • サイクルトレイン実証実験
  • パークアンドライド社会実験
  • 情報発信(公式Instagramの開設など)
  • 利用促進リーフレットおよび動画の作成(三次高校の生徒が作成)
  • グループ利用の運賃補助制度(JR利用促進事業補助)
  • イベントの実施(デジタルスタンプラリー、トレジャーハンター芸備線など)
  • 二次交通のダイヤ見直し

…など

JR西日本が芸備線の「あり方」を申し入れる

2022年5月11日の第4回検討会議。実証実験や沿線住民へのアンケート調査なども含め、これまで検討した内容を振り返る会議です。沿線自治体からは、観光誘客には一定の効果を評価するものの、「日常利用の増加を図るには期間を要すため、継続した取り組みが重要」といった意見が出されます。

一方、JR西日本も臨時便による効果に評価を示しますが、日常利用については以下の資料を持ち出して分析結果を示します。

芸備線沿線住民の地域間移動
▲芸備線沿線住民アンケート調査の結果をもとにした、地域間の移動特性。図の左が広域移動、右が地域内移動を示す。
出典:広島県「JR西日本広島支社発表資料」

2020年にJR西日本が実施した沿線住民へのアンケート調査より、庄原市・新見市民の日常的な移動実態をまとめた資料です。アンケートの結果から、庄原市と新見市ではおおむね30分以内で移動できる地域内移動が、70%を占めることが示されています。一方で、広域移動は広島・三次方面が21%、福山方面は7%、岡山・倉敷方面は2%と少数です。

こうした現実から、JR西日本は「庄原市・新見市民には、鉄道が地域の足として十分に活用されておらず、バスを中心とした地域公共交通を充実させる必要がある」と伝えます。

JR西日本岡山支社
・ 大量輸送機関としての鉄道の特性を十分に発揮できておらず、地域のお役に立てていない状況のため、特定の前提を置かずに、将来の地域公共交通の姿についても速やかに議論を開始したい。

出典:岡山県「芸備線 庄原市・新見市エリアの利用促進等に関する検討会議」第4回会議要旨

こうして、JR西日本は芸備線の「あり方」についての協議を、正式に申し入れます。

沿線自治体にとっては唐突だったかもしれません。ただ、この検討会議の1カ月前に、JR西日本は「ローカル線に関する課題認識と情報開示について」というニュースリリースで、芸備線も含めたローカル線の収支を公表しています。「芸備線のあり方」を申し入れるのは、事前に予測できていたでしょう。とはいえ、今すぐ判断はできないとして、この議題は次回の検討会に持ち越されました。

芸備線の「あり方」協議を断る沿線自治体

第5回の検討会議は、前回から半年が過ぎた2022年11月2日に開催。この間に、国土交通省の検討会では、再構築協議会の必要性をまとめています。それも沿線自治体は意識したのか、JR西日本からの申し入れに対して以下の回答を示します。

「本検討会議は、利用促進を検討するために設置した会議であるため、それ以外の議論はしない」

出典:岡山県「芸備線 庄原市・新見市エリアの利用促進等に関する検討会議」第5回会議要旨

ここで改めて、検討会議の目的を整理します。

事の発端は、沿線自治体が組織する芸備線対策協議会が、JR西日本に対して「利用促進の協力要請」をしたことに始まります。これに対してJR西日本は、「利用促進の前に、現状を把握したうえで各自治体が策定する地域公共交通計画を見直しませんか?」と提案し、検討会議がスタートします。

地域公共交通計画を見直すということは、「芸備線の利用促進策を見直す」ということでもありますから、両者の目的は一致していたと考えられます。

しかし、JR西日本には利用者の少ない芸備線の現状を認識させることで、「あり方の協議に持ち込みたい」という考えがあったのでしょう。端的にいえば、「芸備線廃止後の地域公共交通計画を考えるきっかけ」にしたかったのです。

この目論見は、「利用促進以外は検討しない」の一言で水泡に帰します。さらに、第5回の検討会議では「日常利用を増やすには時間がかかる」という意見で沿線自治体は満場一致し、JR西日本を問い詰めます。

完全にアウェイな状況に立たされたJR西日本は、最後の切り札となる「再構築協議会の話」を持ち出すのです。

○JR西日本中国統括本部岡山支社
当社としては、「特定の前提を置かない、将来の地域公共交通の姿の議論」の進め方について、国も含めた関係者と、具体的な相談を進めていきたい。

出典:岡山県「芸備線 庄原市・新見市エリアの利用促進等に関する検討会議」第5回会議要旨

この後、検討会議は半年以上開かれず、JR西日本と沿線自治体との溝は深まったままです。

営業係数25,000超えの実態は「運転費も稼げない」

JR西日本との話し合いが硬直状態となるなか、広島・岡山の両県知事は芸備線の利用状況やJR西日本の経営状況などを聞く場を設けることで一致。2023年2月1日より、ヒアリングが始まります。

このヒアリングで、両県知事は「芸備線のコスト」についてJR西日本に追及します。2022年4月にJR西日本が公表したデータでは、芸備線(下深川~備中神代)の赤字額は約23億円。この詳細を知りたいと、データの開示を求めたのです。これに対して、JR西日本はヒアリングの第2回の場で、詳細のデータを報告します。

■芸備線の線区別費用内訳(2017~2019年の平均)

費用項目下深川~三次三次~備後庄原備後庄原~備後落合備後落合~東城東城~備中神代
線路保存費3.60.91.01.51.1
電炉保存費0.90.40.50.40.3
車両保存費2.40.20.10.10.1
運転費3.80.60.40.20.3
運輸費1.40.20.20.010.01
固定資産税0.50.10.10.10.1
減価償却費2.90.40.40.30.3
営業費用15.52.92.72.62.1
営業収入2.30.30.10.010.1
営業損益▲ 13.2▲ 2.5▲ 2.6▲ 2.6▲ 2.0
▲単位:億円。営業費用に管理費は含まない。
参考:岡山県「JR西日本説明資料」をもとに筆者作成

このデータから、広島~下深川を含む全線で赤字。その額は、24億円を超えることが判明します。

衝撃的なのは、下深川~備中神代間の収支です。この線区は運賃収入よりも「運転費のほうが高い」という結果に。運転費とは、文字通り列車の運転に要する費用で、乗務員の人件費なども含みます。つまり、下深川~備中神代間は列車を走らせるだけで赤字なのです。

もちろん、鉄道の運営には運転費以外にもさまざまなコストがかかります。ちなみに、営業係数25,416の備後落合~東城間は、運賃収入が約100万円に対して、運転費が約2,000万円、保線などの費用を含む線路保存費が約1億5,000万円、その他もろもろのコストを含めると2憶6,000万円近くの維持費がかかっています。

なお、備後落合~東城間の1列車あたりの平均人員は、わずか2人。タクシーでも運べる客のために、JR西日本は毎年億単位のコストをかけているという厳しい実態が示されたのです。

再構築協議会の前に沿線自治体がしなければならないこと

2023年10月3日、JR西日本は再構築協議会の設置を国に要請しました。対象線区は、備後庄原~備中神代の68.5km。この区間の輸送密度は、100人/日未満です。

JR西日本からの要請を受け、国は沿線自治体に意見を聴取したうえで協議会の設置を判断。2024年1月12日に「広域的な見地から議論を行う」として、対象線区以外も含めた芸備線の再構築協議会の設置が決定します。国を交えた全国初の協議は、2024年3月26日から始まる予定です。

輸送密度100人/日に満たない線区は、利用促進だけで何とかなるレベルではありません。それでも、沿線自治体が芸備線を本気で残したいのであれば、公的資金の投入は避けられないでしょうし、税金を投じるとなれば沿線住民の理解と協力も必要です。

JR西日本は、仮に上下分離で芸備線を存続させる場合、沿線自治体の支援額は約6億6,000万円になると示しています。それだけの価値が芸備線にあることを、ファクトとデータにもとづいて沿線住民や国にわかりやすく伝えることが、再構築協議会が始まる前に取り組むべきことではないでしょうか。

鉄道を存続させることで、地域にどれだけの恩恵をもたらすのか。あるいは、鉄道がなくなるとどれだけの損失を被るのか。観光や文化なども含め、芸備線の価値を明確に示せなければ、廃止は避けられないでしょう。

※2024年3月より始まった「再構築協議会」の進捗状況は、以下のページで解説します。

※再構築協議会の基本方針や対象線区の予想は、以下のページで解説します。

※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。

【中国】赤字ローカル線の存続・廃止をめぐる協議会リスト
中国地方の赤字ローカル線の存続・廃止を検討する、鉄道事業者と沿線自治体の協議会の一覧です。

参考URL

ローカル線に関する課題認識と情報開示について(JR西日本)
https://www.westjr.co.jp/press/article/items/220411_02_local.pdf

芸備線対策協議会について(三次市)
https://www.city.miyoshi.hiroshima.jp/soshiki/8/1395.html

芸備線の存続に向けた支援の実施等に係る要望書(三次市)
https://www.city.miyoshi.hiroshima.jp/uploaded/attachment/3797.pdf

芸備線の利用促進に向けた取組(岡山県)
https://www.pref.okayama.jp/page/734281.html

芸備線沿線の地域公共交通計画に関する申入れについて(JR西日本)
https://www.westjr.co.jp/press/article/items/210614_01_geibisen.pdf

芸備線再構築協議会の設置について― 改正地域交通法に基づく再構築協議会制度を全国で初めて適用 ―(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/report/press/tetsudo05_hh_000135.html