磐越東線は、福島県のいわきと郡山を結ぶJR東日本のローカル線です。このうち小野新町から郡山は輸送密度が2,000人/日を超えますが、いわきから小野新町は200人台と少なく、存続・廃止の協議対象になっています。
鉄道の存続をめざす沿線自治体は、「磐越東線活性化対策協議会」を設置。利用促進をはじめ、さまざまな取り組みを進めています。
JR磐越東線の線区データ
協議対象の区間 | JR磐越東線 いわき~小野新町(40.1km) |
輸送密度(1987年→2023年) | 1,036→216 |
増減率 | -79% |
赤字額(2023年) | 7億3,100万円 |
営業係数 | 3,021 |
※赤字額と営業係数は、2023年のデータを使用しています。
協議会参加団体
郡山市、いわき市、田村市、三春町、小野町、福島県、JR東日本
磐越東線の全線存続をめざす複数の組織
2022年7月28日、JR東日本は「利用者の少ない線区の経営情報」というプレスリリースを公表します。このなかで磐越東線のいわき~小野新町に関しては、利用者が少なく、年間赤字額は7億円を超えるという実態が明らかにされました。
磐越東線のほかにも、磐越西線や水郡線などの赤字ローカル線を有する福島県は、JR東日本に対して路線の維持・存続を要望。さらに沿線自治体に対しては、利用促進や地域振興などを検討する協議体の設置を求めます。
磐越東線の沿線自治体では、「磐越東線活性化対策協議会」を設立。2023年3月29日に第1回の協議が開催されます。この場でJR東日本は、利用者が激減した実情や厳しい収支状況を説明。地域と一緒に、磐越東線の活用法を検討したいと伝えます。
一方の沿線自治体は、住民のマイレール意識の醸成が重要だと指摘。ワークショップや住民アンケートなど、沿線住民を巻き込んだ取り組みを進める考えを示します。また、「JRにお願いするだけでなく、沿線自治体も汗をかき、団結して鉄道の活性化に向けて取り組みたい」という意気込みも伝えたようです。
利用促進など具体的な取り組みの検討・実施は、協議会の下の幹事会が担います。さらに、各自治体の担当者レベルで沿線の現状調査や分析をしたうえで、利用促進のアイデアを検討するワーキンググループの設置も確認されました。
磐越東線の主な取り組み
協議会で確認された内容をもとに、2023年4月28日には第1回の幹事会が開催されます。ここでは、2023年度に実施する利用促進策を検討するとともに、ワーキンググループの進め方についても議論されました。
なお、2023年度に実施した取り組みは、以下の通りです。
- 二次交通の確保(デマンド交通のダイヤ調整、観光地への臨時バス運行など)
- 運転免許証の自主返納者に対する公共交通利用券の交付
- 公共交通マップの作成
- イベントの実施(フォトコンテスト、デジタルスタンプラリーなど)
- 利用促進イベントの開催者に対する補助
- 鉄道の乗り方教室の開催(小学生などが対象)
- 環境美化活動
…など
ユニークな取り組みとして、田村市では運転免許証を自主返納した高齢者に対して、5,000円分のSuicaを進呈するといったことをおこなっています。
これらの施策にくわえ幹事会は、2024年度以降の施策について、ワーキンググループで検討した内容を盛り込むことを確認。「日常利用」と「観光利用」の両面で調査分析をおこない、実効性と効果が期待できる利用促進案を求めました。
磐越東線の「日常利用」と「観光利用」を増やす取り組み
担当者レベルで検討するワーキンググループの会議は、2023年7月24日から10月10日まで計5回実施されました。ここでまとめられた報告書は幹事会で検討し、ブラッシュアップされます。
その内容は、2024年3月25日に開催された第2回協議会で公表されました。ワーキンググループで検討した「日常利用」と「観光利用」の具体的な取り組みをみていきましょう。
日常利用を増やす取り組み
磐越東線のメインユーザーは、高校生の通学定期客です。ただ、沿線地域の少子化により今後も減少することが予測されます。そこでワーキンググループは、いま利用している人の継続的な利用にくわえ、利用していない人の乗車機会の創出も、日常利用を増やすうえで重要だと指摘。そのうえで、小学生から高齢者まで、それぞれのターゲットに応じた利用促進策を提言しています。主な施策案は、次の通りです。
- 小学生の校外学習や部活動などの利用に対する運賃助成
- パークアンドライドの促進
- 沿線企業などの出張利用にSuicaを配付
- 免許返納者に鉄道の乗り方・二次交通の乗り換え講習会を実施
- 医療機関との連携(アテンダントによる案内)
- ファンクラブの結成(大学生などと連携した沿線PRの実施)
- 貨客混載の実施
…など
小学生は今後、進学や就職で磐越東線の利用者になる可能性があります。将来的に鉄道を選んでもらうには、いまから公共交通の利用に慣れさせ、マイレール意識を醸成することが大事です。単に「乗る」だけでなく、絵画展や図画工作教室など磐越東線に興味を抱かせるイベントも企画します。
また、免許返納した高齢者に対しても、公共交通を使いやすくする取り組みを提案しています。たとえば、ボランティアのアテンダントが鉄道やバスの乗り方を教えたり、一緒に目的地まで付き添ったりというサービスも検討します。とくに通院利用の高齢者は、公共交通を使って一人で移動するのが不安な人も少なくありません。こうした不安を払拭させ、鉄道の利用機会を増やす取り組みも検討するようです。
このほか、各駅で地元の海産物などの移動販売会を実施する案や、その商品を磐越東線で輸送する貨客混載などの案も提起されています。
■磐越東線の日常利用を増やす案
観光利用を増やす取り組み
一方、イベントを含む観光利用に関しては、地域の観光資源を発掘して広くPRしていくことが大事だと指摘。ポータルサイトをはじめ、さまざまなメディアで宣伝していく案が示されます。また、企画列車やサイクルトレインなど、磐越東線に乗って楽しむ案も検討されています。
- ポータルサイトの構築・情報発信
- 企画列車やラッピング列車の運行
- 観光モデルルートの創出
- 駅弁開発
- イベントによる利用促進(駅マルシェの実施など)
- サイクルツーリズム(サイクルトレイン、レンタサイクルなど)
- カーシェアリング実証事業
…など
企画列車は、地元のビールや農水産品をふるまうイベント列車の運行や、フラガールのイラストを描いたラッピング列車などを計画。地域の魅力をアピールするとともに、鉄道に乗ることを目的化する施策を検討します。また、地元の飲食店や高校生などに協力を仰ぎ、新しい駅弁の開発も検討します。
サイクルトレインやカーシェアリングは、二次交通が成立しにくい駅を中心に検討。レンタサイクルやシェアサイクルを設置したり、EVカーシェアスポットを配置したりと、少人数で旅行する人に向けた施策に注力します。
なお、これらの施策を実施するには新たな財源が必要です。その財源として、クラウドファンディングの活用も視野に入れているようです。
■磐越東線の観光利用を増やす案
ワーキンググループの提案にJR東日本の反応は?
日常利用と観光利用の両面から、鉄道の利用促進を提案したワーキンググループ。この報告を受けたJR東日本は、「沿線の活性化に協力していきたい」と、前向きに捉えているようです。
(JR 東日本東北本部 石川企画部長)
出典:第2回磐越東線活性化対策協議会「総会議事録」
・今回のワーキンググループでは、観光利用だけではなく、日常利用の面からも議論していただき当社としてもとても勉強になった、当社としても鉄道利用とまちづくりを結び付けて考えていきたいと思っている。
JR東日本が評価する理由のひとつに、「できることはすぐに実施する」という沿線自治体の迅速な決断力と実行力にあると感じます。2023年度の事業も、効果が期待できる施策は早急に実行しています。これにくわえ、ワーキンググループが路線の特性を調査分析したうえで施策を提案するといった点も、評価されるポイントでしょう。とりわけ観光利用に関しては、只見線の利用促進策やノウハウも生かされているように感じます。
こうした点で、JR東日本はワーキンググループの提案を評価しているのではないでしょうか。
もっとも、利用者が増えるなどの効果が出なければ意味がありません。とくに、いわき~小野新町は利用者の少ない線区ですから、改善を繰り返しながら施策を続けることが求められます。
また、ワーキンググループの提案書に数値目標を掲げていないのも気になる点です。目標がないと、「施策を実施すること」が目的化する傾向があります。本来の目的は「磐越東線の利用者を増やす(または減らさない)こと」ですから、何らかの数値目標は決めておきたいところです。改善策を検討するうえでも有用でしょう。
磐越東線の取り組みは始まったばかりです。今後の成果から、どのように鉄道を活用するのか見守っていく必要がありそうです。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。
参考URL
平均通過人員2,000人/日未満の線区ごとの収支データ(JR東日本)
https://www.jreast.co.jp/company/corporate/balanceofpayments/pdf/2019.pdf
磐越東線活性化対策協議会について(いわき市)
https://www.city.iwaki.lg.jp/www/contents/1699231432485/index.html
磐越東線など福島の赤字4路線、存続策は?沿線自治体で協議始まる(朝日新聞 2023年3月31日)
https://www.asahi.com/sp/articles/ASR3Z6VX0R3YUGTB008.html