【JR西日本】紀勢本線は廃止を防げるか?JR西日本と沿線自治体の攻防

紀勢本線の列車 JR

紀勢本線は、紀伊半島の海岸線に沿って走る鉄道路線です。途中の新宮駅を境に管轄事業者が分かれ、亀山(三重県)~新宮(和歌山県)はJR東海が、新宮~和歌山市(いずれも和歌山県)はJR西日本が管理します。

このうちJR西日本の新宮~白浜では利用者が減少し、輸送密度は1,000人/日前後と少ない線区です。特急列車の減便も続いており、廃止の危機感を強める沿線自治体は紀勢本線活性化促進協議会のなかに「新宮白浜区間部会」を設置。鉄道の存続をめざして、JR西日本との協議を続けています。

JR紀勢本線の線区データ

協議対象の区間JR紀勢本線 新宮~白浜(95.2km)
輸送密度(1987年→2023年)4,123→935
増減率-77%
赤字額(2023年)29億3,000万円
営業係数703
※輸送密度および増減率は、JRが発足した1987年と2023年を比較しています。
※赤字額と営業係数は、2021年から2023年までの平均値を使用しています。

協議会参加団体

(新宮白浜区間部会)
新宮市、那智勝浦町、太地町、古座川町、串本町、すさみ町、白浜町、北山村、和歌山県、JR西日本、和歌山大学ほか

紀勢本線と沿線自治体

紀勢本線(新宮~白浜)の存続をめざす検討部会

紀勢本線活性化促進協議会は、和歌山県の24市町村で構成される組織で、1994年から活動しています。設立当初は、主に紀勢本線の高速化や観光列車の運行などをJR西日本に要望するための組織でした。ただ、2000年代に入ると特急列車の減便など、利用者の減少にともなうダイヤの見直しが始まります。このため協議会は、紀勢本線の利用促進や沿線活性化に、目的をシフト。JR西日本も交えて協議することになりました。

こうしたなか2022年4月11日、JR西日本は「ローカル線に関する課題認識と情報開示について」というニュースリリースで、利用者の少ない線区の収支を公表します。そのなかに、紀勢本線の新宮~白浜も含まれていました。これを受けて、沿線自治体は新宮~白浜の維持と活性化を目的とした「新宮白浜区間部会」という組織を協議会内に設置。該当する沿線8市町村と和歌山県、JR西日本、そして有識者代表の和歌山大学の准教授が集まり、新宮~白浜の将来を検討することになったのです。

利用者の減少が続く紀勢本線

新宮白浜区間部会の第1回は、2022年10月14日に開催されます。

まず、JR西日本が対象線区の利用状況や収支を説明。利用者の減少に歯止めがかからない実情を地域と共有しながら、「地域の現状や特性、ニーズを踏まえた取り組みを検討したい」と伝えます。また、輸送密度が2,000人/日未満の線区であることから「大量輸送という鉄道の特性が十分に発揮できておらず、地域のお役に立てていない」と指摘。鉄道の「あり方」についても検討する考えを示します。

JR西日本に同調するように、有識者も「守らなければならないのは、目的地へ移動するための『手段』である」と述べ、鉄道に限らず他の交通モードの検討も必要という考えを伝えています。

■紀勢本線(新宮~白浜)の輸送密度推移

紀勢本線の輸送密度の推移
▲新宮~白浜の輸送密度。コロナ禍前より減少が続いていたが、同区間の約5割が特急列車利用者ということもあり、2020年以降は大きく減少している。
出典:那智勝浦町地域公共交通計画

一方で沿線自治体は、生活利用と観光利用の双方から紀勢本線の活性化を検討していくと宣言。利用促進にも、いっそう注力する考えを示します。

ちなみに、この段階で沿線自治体が実施していた利用促進策は、新宮~御坊の普通列車で運行される「サイクルトレイン」への支援くらいでした。2022年10月からは特急くろしお(新宮~白浜)でも導入されますが、サイクルトレイン以外で本格的な利用促進策を講じてこなかったのです。

紀勢本線の主な取り組み

第1回新宮白浜区間部会のあと、鉄道の維持を目的とした自治体・企業・団体による活動が活発化します。官民が協力して実施した、主な利用促進策を以下にまとめました。

  • サイクルトレインの運行(「特急くろしお」でも導入)
  • 観光列車「銀河」の運行
  • 団体利用者への運賃補助
  • 沿線地域の活性化をめざす「異業種プログラム」の実施
  • 沿線観光マップの作成(うみえるマップ)
  • 自治体広報誌に利用啓発の記事掲載
  • SNSで沿線の観光情報を発信
  • 職員の出張などでの利用

…など

団体利用者への運賃補助は、主に沿線地域の学生を対象とした制度で、8人以上の団体が対象です。新宮~白浜の運賃相当額のほか、特急料金の一部も補助されます。また、沿線観光マップは、和歌山大学の学生も作成や配布に協力しています。

JR西日本も観光列車の運行のほか、「異業種プログラム」を2023年7月より実施しています。このプログラムは沿線地域の活性化を目的に、自治体職員や民間企業の社員、和歌山大学の学生などの参加者がフィールドワークを兼ねた議論を実施。「新宮駅の売店跡地を、シェアスペースとして活用できないか」「沿線地域の一次産業体験として、教育旅行を実施できないか」などの案が出されたようです。

このうち教育旅行に関しては「鉄道を使って参加する人への運賃補助」も検討。後日開催された新宮白浜区間部会では「三重県とも協力して実施してみては?」という意見が出されたようです。

利用者数の「現実離れした目標値」に議論が紛糾

紀勢本線の存続をめざす動きが活発化するなかで、2024年4月19日に開かれた新宮白浜区間部会では、JR西日本と沿線自治体の議論が紛糾します。この日、JR西日本が「特急列車の乗車人員に目標値を設けたい」という案を提示。一例として「新宮~白浜で輸送密度2,000人/日を達成するには、以下の利用者数が必要だ」と、目標値の案を提示します。

■各駅の目標値の案(特急利用者数のみ)

目標値(2026年)現状(2022年)
新宮駅(和歌山方面のみ)240人84人
紀伊勝浦駅450人137人
太地駅20人11人
古座駅30人11人
串本駅210人58人
周参見駅50人11人
白浜駅(新宮方面のみ)40人14人
▲JR西日本が提示した1日あたりの特急利用者数。2026年度に実現したい目標値として提示された。
参考:紀伊民報「校外学習・教育旅行に補助 利用促進のJR紀勢線新宮~白浜間(和歌山)で新事業(2024年4月20日)」をもとに筆者作成

いずれの駅も、2022年度の利用者数の2~3倍という高い目標値です。

これに対して沿線自治体から異論が噴出。「達成できないとどうなるのか?」「廃止に向けた議論と誤解される」など、反発の声が挙がります。JR西日本は「利便性と持続可能性を両立させるための数値」と理解を求めますが、「2年後には利用者数を2~3倍に増やしましょう」という現実離れした目標値に、沿線自治体は戸惑いを隠せません。

ちなみに、新宮市や白浜町などの一部自治体では、「地域公共交通計画」で普通列車を含む利用者数の目標値を設定しています。

■紀勢本線の利用者数の目標値(各自治体の地域公共交通計画より)

目標値現状(2021年)備考
新宮市2,356人(2027年度末)2,066人市内3駅の合計利用者数
那智勝浦町562人(2028年度)417人町内7駅の合計利用者数
串本町554人(2028年度)554人(2022年度)串本駅と古座駅の合計利用者数
白浜町1,500人(2027年度)860人白浜駅の利用者数
▲各自治体の地域公共交通計画で設定した目標値。沿線地域の過疎化が進むなかで、いずれの自治体も「現状維持」の目標値を掲げている。ちなみに、白浜駅のコロナ禍前(2019年)の乗降客数は1,416人。
参考:「新宮市地域公共交通計画」「那智勝浦町地域公共交通計画」「串本町地域公共交通計画」「白浜町地域公共交通計画」をもとに筆者作成

沿線の人口減少を考慮して各自治体が設定した目標値は、基本的には現状維持をめざして「頑張れば実現できるかもしれない」という数値です。一方、「あくまでも一例」として提示したJR西日本の案だと「廃止にするために、こんな高い数値を出したのではないか?」という変な噂が広まることも危惧されます。実際に沿線自治体も「数値が一人歩きする」ことをおそれ、設定を見送ろうとしました。

とはいえ、目標値がないと「施策を実施すること」が目的化してしまい、利用者の減少を抑えるという本来の目的を見失うことがあります。結局、目標値の設定は次回(2024年8月23日)に持ち越され、以下に設定されました。

・新宮駅(和歌山方面のみ):105人
・紀伊勝浦駅:185人
・太地駅:13人
・古座駅:13人
・串本駅:66人
・周参見駅:12人
・白浜駅(新宮方面のみ):16人

2022年と比べて1~2割増の現実的な数値です。この数値を目標に、今後は実効性のある利用促進策の決定・実行へと移されます。

※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。

【近畿】赤字ローカル線の存続・廃止をめぐる協議会リスト
近畿地方の赤字ローカル線の存続・廃止を検討する、鉄道事業者と沿線自治体の協議会の一覧です。

参考URL

ローカル線に関する課題認識と情報開示について(JR西日本)
https://www.westjr.co.jp/press/article/items/220411_02_local.pdf

鉄道の維持・活性化について(和歌山県の現状と課題)
https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/020100/d00212826_d/fil/tetudou_wakayama.pdf

関係自治体が組織つくり課題共有 紀勢線、新宮―白浜の利用低迷で(紀伊民報 2022年10月15日)
https://www.agara.co.jp/article/231170

JR西和歌山支社プログラム 異業種社員ら参加(読売新聞 2023年9月21日)
https://www.yomiuri.co.jp/local/wakayama/news/20230921-OYTNT50042/

校外学習・教育旅行に補助 利用促進のJR紀勢線新宮~白浜間(和歌山)で新事業(紀伊民報 2024年4月20日)
https://www.agara.co.jp/article/367182

数値目標で議論百出 紀勢本線の新宮―白浜間 活性化協議会(熊野新聞 2024年7月21日)
https://kumanoshimbun.com/press/cgi-bin/userinterface/searchpage.cgi?target=202407210101

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