【2025年10月20日】滋賀県の税制審議会は、県が検討している交通税の導入について、施策や財源などの「具体的な姿を提示できるように検討を進めるべき」と答申しました。
滋賀県では、鉄道やバスなどの公共交通の維持には新たな財源が必要として、三日月知事が中心となり2019年から交通税の導入を議論しています。
今回の税制審議会の答申によると、ワークショップや住民アンケートなどを通じて「県民との対話を丁寧に進めてきた」と、県の取り組みを評価。その一方で、県が掲げる「目指すべき地域交通の姿の実現」について、具体的な施策や費用負担などが「十分に議論が深まったとは言えない」と伝えています。
この答申を受けて三日月知事は、具体案を検討して次回の税制審議会で諮問を提出すると表明。また、費用負担などを含めた制度設計を2025年度内にまとめて、公表する方針です。
【解説】滋賀県が交通税の導入を検討する理由
滋賀県の三日月知事は、2018年6月の滋賀県知事選挙で「公共交通の充実」などを公約に掲げて再選。「地域公共交通を支えるための税制」という名称で、交通税の検討を表明します。
交通税を検討する理由として三日月知事は、県民の地域公共交通に対する「不満度の高さ」を挙げています。
滋賀県では、1968年から「滋賀県政世論調査」を毎年実施しています。このなかで、「鉄道やバスなどの公共交通が整っているか」という問いに、県民の約67%が「感じない」「どちらかといえば感じない」と回答。21項目の質問のなかでもっとも不満度が高く、2012年から14年連続で「不満度No.1」に挙げられたのです。
具体的には、「運行本数の少なさ」や「駅やバス停まで遠い」などの点で不満を感じる人が多く、地域公共交通の対策は喫緊の課題でした。
目指すべき公共交通の実現には年間148億円が必要?
一方で、地域公共交通の維持・活性化には、それなりの費用が必要です。
鉄道やバスといった公共交通機関は、少子化や過疎化、モータリゼーションの進展などの理由で利用者の減少が続いています。これにより事業者の運賃収入も減少し、廃止が検討される路線も少なくありません。それでも公共交通が必要な地域には、自治体が国の制度を活用しながら事業者を支援して維持します。2016年に存廃協議を申し入れた近江鉄道も、上下分離方式により存続を決めました。
とはいえ、国の制度を活用するにはさまざまな条件があります。とくに路線バスは、一定の利用者数を確保し続けることも条件のひとつです。利用者の減少が続き一定の利用者数を満たさなくなれば、国の制度を活用できなくなり、補助金は打ち切りとなります。そうなれば、廃止を受け入れるしかないのです。年間で数億円にもなる支援をしても、利用者が減れば廃止されてしまい、投入した税金も水泡に帰してしまいます。
そこで滋賀県は、「目指すべき地域交通の姿の実現」を提言。運行本数を増やしたり公共交通のない空白地域を解消したりすることで利用者を増やし、「誰もが、行きたいときに、行きたいところに移動ができる、持続可能な地域交通」を目指す「滋賀地域交通ビジョン骨子」を、2023年2月に掲げます。
ただ、これを実現するには鉄道やバスの運行本数を大きく増やさなければならず、赤字路線に対する県や沿線自治体の負担の増大は必至です。ちなみに、2025年2月6日に県が示した「滋賀地域交通計画(骨子案)」によると、目指す姿の実現に必要な概算費用は148億5,000万円。これが毎年必要と、試算されています。
もっとも、この額をすべて交通税で賄うわけではありません。それでも、現状の支援額よりはるかに多くの税金が、公共交通を維持するために投入されると考えられます。
反対意見も多い交通税に滋賀県は「乗らない人にも便益がある」
公共交通を維持するために増税となれば、「本当に必要な税金なのか?」と考える人たちも出てきます。とくに、普段から鉄道やバスなどを使わない人からみれば、「なんで使わないものに、巨額の税金を投じる必要があるのか?」という意見が出てもおかしくないでしょう。
そもそも日本の公共交通に関わる税制は、利用者の運賃に税金を加算して徴収する「受益者負担」が原則です。かつて日本にあった「通行税」や、国鉄の債務処理を目的に議論された「総合交通税」も、運賃などに加算して利用者が納める「受益者負担」を前提とするものでした。
滋賀県が検討している交通税は、公共交通を使わない人を含め、すべての県民から徴収する考えです。となれば、使わない人にも何らかの便益がなければ、反対意見が出てくるでしょう。
これに対して滋賀県は、各種施策の実施により利用者数は現状の75.8万人から93.9万人に増えるとし、「自動車からの転換による渋滞の緩和や環境負荷軽減などで、年間94億円もの便益がもたらされる」と説明。さらに、駅前のにぎわい創出や移住・定住の促進、企業誘致など貨幣換算の難しい効果も期待されると説明しています。
とはいえ、増税に見合う便益としては具体性に欠ける点も多く、多くの県民に正しく理解されていないように感じます。滋賀県税制審議会も「十分に議論が深まったとは言えない」と伝えており、県民にもっとわかりやすく説明するように求めています。
その受益を一人一人の県民が認識できるよう、地域ごとに便益を言語化し、県民に分かりやすく提示する必要がある。
出典:滋賀県税制審議会「みんなの移動を支え、暮らしを豊かにする新たな税のあり方について(答申)」
また、その便益は、従業員の確保や誘客の促進など、県内企業にも及ぶと考えられるこ
とから、特に経済的な観点から見た便益についても説明が求められる。
このほかにも税制審議会は、「地域の実情に応じたダウンサイジングやデマンド化等による交通体系の適正化」も求めており、単に「既存の地域交通をそのまま維持する」ことには否定的な考えも伝えています。地域公共交通は必要でも、オーバースペックな交通モードの維持に多額の税金を使うとなれば、「増税してまで維持しないといけないのか?」と反対意見も出てくるでしょう。
交通税に対する滋賀県の取り組みは、県が主体となって地域公共交通を維持しようという点では、有識者から非常に高く評価されています。ただ、増税をしてまで「滋賀県がめざす公共交通の姿は必要なのか」「地域の実情や身丈のあった施策なのか」「公共交通を使わない人にも便益があるのか」など、議論が尽くされていない点も多いと感じます。
地方税として初となる「交通税」を実現するには、まちづくりなど地域全体に与える恩恵も含め、もっと踏み込んだ議論をスピーディーに進める必要があるでしょう。
参考URL
みんなの移動を支え、暮らしを豊かにする新たな税のあり方について(答申)(滋賀県税制審議会)
https://www.pref.shiga.lg.jp/file/table/5571100.pdf
県政世論調査(滋賀県)
https://www.pref.shiga.lg.jp/hiroba/survey/
滋賀地域交通ビジョン骨子(案)(滋賀県)
https://www.pref.shiga.lg.jp/file/attachment/5376482.pdf
滋賀地域交通計画(骨子案)(滋賀県)
https://www.pref.shiga.lg.jp/file/attachment/5527473.pdf