ホームドアの設置はなぜ進まない?JR&私鉄の設置状況と課題

ホームドアの設置例 コラム

東京都は2024年8月23日に、「ホームドア整備を加速する官民一体の協議会」という組織を立ち上げました。文字通り、鉄道駅でホームドア(可動式ホーム柵)の設置を促すために、首都圏の鉄道事業者などを集めて議論する場です。

国は、1日の平均利用者数が10万人以上の駅などにホームドアを設置するよう求めています。しかし、この基準を満たさない事業者も多く、とくにJRと私鉄の設置率は低い状況です。なぜJRと私鉄では、ホームドアの設置が進まないのでしょうか。各社の設置状況や導入が進まない理由を解説するとともに、鉄道事業者の対策をみていきます。

利用者10万人以上の駅にホームドア設置が必要になった理由

鉄道駅におけるホームドアは、新交通システムなどの新規路線や新幹線では1980年代から導入が進んでいます。しかし、それ以前に開業した既存路線ではコストなどの関係で普及しませんでした。

こうしたなかで、既存路線でも設置が求められるようになった、痛ましい事故が発生します。2001年1月にJR山手線の新大久保駅で、ホームから転落した男性を救助しようとした2人が列車にはねられ、3人とも亡くなったのです。この事故を受けて国土交通省は、列車非常停止ボタンの設置やホーム下の退避スペースの確保などを全国の鉄道事業者に指導します。

ただ、ホームと列車のあいだを物理的に仕切らなければ、転落事故はなくなりません。2002年の転落・接触事故による死傷者数は111人(自殺は除く)。踏切事故などを含めた鉄道運転事故の全体数は減少するなかで、ホーム上の事故は減っていなかったのです。

■近年のホーム転落事故件数の推移

駅ホームからの転落件数の推移
参考:国土交通省「ホームドア整備に関するWG 報告書」をもとに筆者作成

そこで国土交通省は、2001年9月に「ホーム柵設置促進に関する検討会」を発足。既存路線におけるホームドアの必要性について、有識者が検討することになりました。約2年の議論の末、検討会は2003年12月に報告書を提出します。この報告書には、運行本数の多い既存路線でも事業者に設置を検討するよう、国土交通省に指導を求めています。

これを受けて、鉄道各社はホームドアの検討を始めます。しかし、他社路線に乗り入れる事業者などは車種によってドアの位置や数といった仕様が異なるため、一社だけでは解決できません。そこで国土交通省が音頭を取り、JR各社や大手私鉄など全国の事業者を一堂に集めた「ホームドアの整備促進等に関する検討会」という組織を、2011年2月に設立します。

検討会では、ホーム上の転落・接触事故が「1日の利用者数が10万人以上の駅」で多いことを指摘。同年8月に「利用者10万人以上の駅には、ホームドアまたは内方線付き点状ブロックの整備を速やかに実施」することを提言します。

その後、2015年2月に閣議決定された「交通政策基本計画」でも、10万人以上の鉄道駅は優先的にホームドアを整備することが示され、「2020年度末までに800駅で設置する」という数値目標も掲げられました。

ホームドア設置が進む地下鉄と、進まないJR&私鉄

2020年度末時点で、ホームドアが設置された駅は943駅(2,192番線)。交通政策基本計画で掲げた目標をクリアしています。ただ、事業者ごとにみると大きな差がありました。

■主な首都圏鉄道事業者のホームドア設置率(2022年度末時点)

10万人以上の駅の設置率全駅の設置率
JR東日本60.0%13.0%
JR東海100.0%7.9%
東武70.0%6.5%
西武100.0%6.6%
京成0.0%4.6%
京王100.0%13.0%
小田急45.5%12.9%
東急93.3%76.1%
京急75.0%16.7%
相鉄100.0%66.7%
都営地下鉄100.0%86.3%
東京メトロ96.4%89.4%
横浜市営地下鉄100.0%100.0%
▲「1日の利用者が10万人以上の駅に対する設置駅数の割合(表中央)」と「全駅に対する設置駅数の割合(表右)」。
参考:国土交通省「令和4年度末 鉄軌道駅におけるホームドアの整備状況について」をもとに筆者作成

1日10万人以上が利用する駅では、JR東海(1駅)、西武(5駅)、京王(5駅)、相鉄(2駅)、都営地下鉄(2駅)、横浜市営地下鉄(1駅)が設置率100%です。一方で全駅に対する設置率をみると、地下鉄はほぼ100%に対して、JRと私鉄は低いです。なお、都営地下鉄は2024年2月に全駅で設置完了、東京メトロも2025年度中に全駅で設置が完了する予定です。

地下鉄各社の設置率が高い理由のひとつに、「公営または株主が自治体であること」が挙げられます。都営地下鉄と横浜市営地下鉄は、事業者負担分を自治体が持つことでホームドアを整備しています。東京メトロは民間企業ですが、国と東京都が株主ですから整備費用の支援を受けやすかったと考えられます。

また地下鉄各社は、莫大な建設費の返済を早めるために、ワンマン化などの経営効率化を進めてきました。ワンマン運転の安全性を確保するうえでホームドアの設置を進めたことも、設置率が高い理由でしょう。

JRと私鉄でホームドアの設置が進まない理由

これに対してJRと私鉄は、基本的に自社で設置費用を負担しなければなりません。ただし、ホームドアの設置に対する国や自治体の補助制度があります。たとえば、バリアフリー化を目的とした「地域公共交通確保維持改善事業」の制度を活用すれば、国が3分の1、自治体が3分の1を上限に補助し、事業者の負担を抑えられます。なお、自治体の補助額には上限があり、その額は自治体によって異なります。

こうした制度があっても、JRと私鉄で設置が進まないのは、それだけ「設置コストが高い」ということです。JR東日本の資料によると、ホームドアの設置費用は1間口あたり200万円~600万円。4ドア10両編成の通勤電車の停車駅なら、1列あたり8,000万円~2億4,000万円、上下線の2列に設置すればこの倍です。8面16線あるJR新宿駅の場合、12億円~38億円になります。

設置費用に差があるのは、ホームドアの仕様やホーム長、駅の立地環境など、さまざまな要因が挙げられます。ホームの先端が狭い駅の場合、通路を確保するための拡張工事が必要です。また、一般的なホームドアの重量は1開口あたり約500kgもあるため、ホームや基礎の補強工事が必要な駅もあります。

ホームだけでなく、車両の改修も必要です。一般的なホームドアは、定位置に停車した列車で開閉操作をおこなうと列車から信号が送られ、その信号をホームドアが受信して開閉するしくみになっています。このため、すべての列車編成に信号を送る設備(可動式ホーム柵制御装置)の設置が必要です。

また、列車の停止位置の精度を高めるためにJR東日本などでは、運転士のブレーキ操作をサポートする「定位置停止装置(TASC)」などのシステムも導入しています。こうした車両の改修費は1編成あたり数千万円といわれ、JRを含めた大手私鉄だと車両改修費だけで数十億円規模になるのです。

なお、ホームドア設置後にはランニングコストがかかります。維持管理費はホームドアの仕様などにより異なり、1列あたり年間で300万円~2,000万円。古くなれば更新も必要です。このランニングコストに対する国や自治体の補助金は、現在のところありません。

鉄道事業者からみれば、ホームドアのために数百億円規模の投資をしても乗客が増えるわけではなく、とりわけ民間企業のJRや私鉄には投資決断がしづらい状況なのです。また、国や自治体の補助金制度も、予算に上限があります。このため「まずは利用者10万人以上の駅」といった優先順位をつけながら、少しずつ支援しているのが現状です。

コストのほかにも、近年は「作業者の確保」も問題視されています。ホームドアの設置工事は、終電後に設備を列車に積み込んで駅へ運び、翌朝の始発までに完了しなければなりません。わずか3時間ほどで200m前後のホームドアを設置するには、それなりの人員が必要です。その作業者が「人手不足で確保できない」という問題も顕在化しています。

東京都のホームドア設置協議会では何を決める?

莫大なコストがかかるとはいえ、バリアフリー対応が当たり前に求められる時代において安全かつ安心して鉄道を利用してもらうには、ホームドアも必要な設備です。

なかでも、都民の2人に1人が毎日鉄道を利用する東京都では、2019年9月に「鉄道駅バリアフリーに関する優先整備の考え方」を公表。利用者10万人未満の駅にも都が優先整備の考え方を示し、ホームドア設置を加速させる必要があると提言しています。なお、東京都内の駅で2023年度末におけるホームドアの設置率は、地下鉄が97.4%、JRと私鉄が38.9%。地下鉄は2025年度末までに100%になる予定ですが、JRと私鉄は相変わらず低いままです。

こうした状況に東京都は、JRと私鉄の設置率を「2030年度までに6割にする」という目標を掲げるとともに、技術面などの課題について事業者と議論する新たな協議会を設立します。その協議会が、「ホームドア整備を加速する官民一体の協議会」です。

協議会の構成メンバーは、都内で運営する鉄道事業者(JR東日本、東武、西武、京成、京王、小田急、東急、京急、東京メトロ、東京都交通局)と東京都。オブザーバーとして、国土交通省も参加します。第1回協議会(2024年8月23日)では、鉄道各社の課題や取り組み状況について共有されたようです。

協議は始まったばかりなので詳細はこれからですが、ホームドア設置を阻む「コストの課題」も話し合われるでしょう。この課題の解決策を、「コスト削減」と「収益の向上」の両面から考えてみます。

コスト削減策

コスト削減の方法のひとつが「ホームドア自体の軽量化」です。従来のホームドアは1間口あたり500kg前後もあるため、駅によってはホームや基礎の補強工事が必要になります。この工事を避けるには、ホームドアの軽量化が求められます。

具体例として、汐入駅(京急)や成田空港駅(JR東日本・京成)などでは、可動部がパイプやロープの軽量型ホームドアが設置されています。風の抵抗も受けにくいため補強工事を簡素化できるというメリットもあるようです。

ホームドアの設置例
▲JR東日本と京成の空港第2ビル駅で導入している昇降式ホーム柵。軽量にくわえ、ドアの位置や数が異なる車種でも運用できるメリットもある。

車両の改修費を抑えるうえで、「QRコード」を活用した開閉制御装置も注目を集めています。しくみは、列車のドアガラスに貼られたQRコードをホーム側のカメラで読み取り、ドアを開閉するというもの。QRコードを印刷して車両に貼るだけなので、設備設置などの改修は不要です。また、編成車両数やドア数といった情報をQRコードに入力できるため、列車にあわせてドアの開閉ができる点もメリットです。

これにより都営地下鉄では、約20億円とされた車両改修費を約270万円にまで圧縮。ホームドア設置率100%の実現に、大きく貢献しています。

収益の向上策

収入を増やすには、「運賃の値上げ」が効果的でしょう。これについて国土交通省は、「鉄道駅バリアフリー料金制度」を2021年に創設。ホームドアなどの設備を導入する事業者は、運賃に10円程度の上乗せが認められるようになりました。2023年ごろに大手鉄道各社が相次いで値上げしたのは、ホームドアの整備も目的のひとつだったのです。

ターミナル駅の場合は、ホームドアに広告を掲載して「広告収入を得る」のも一手でしょう。東急田園都市線と東京メトロ半蔵門線が乗り入れる渋谷駅などでは、デジタルサイネージ型のホームドアが設置されています。ただ、ホームドア自体が高額なうえ、ランニングコストも高いです。1日100万人クラスの利用者がいる駅でなければ、広告収入で回収できないかもしれません。

ホームドアの設置例
▲1日で延べ100万人が利用する渋谷駅(東急田園都市線・東京メトロ半蔵門線)には、液晶ディスプレイに動画広告が表示されるホームドアが設置されている。

ホームドアは日々進化を続けています。普及が進めばコストも安くなるでしょう。それでも設置するには課題が多く、国や自治体の支援のあり方も検討する必要がありそうです。視覚障がいのある方を含め、すべての人が安心して鉄道を利用してもらえるように、ホームドアの設置がますます進むのを願うところです。

参考URL

ホームドア整備を加速する官民一体の協議会(第1回)の開催について(東京都)
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2024/08/20/01.html

ホーム柵設置促進に関する検討会の検討結果について(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/kisha/kisha03/08/081205_.html

「第6回 ホームドアの整備促進等に関する検討会」の結果について(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/common/000163008.pdf

ホームドア整備に関するWG(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/tetudo/content/001380214.pdf

ホームドア設置駅数(番線数)の推移(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/tetudo/content/001471193.pdf

令和4年度末 鉄軌道駅におけるホームドアの整備状況について(国土交通省)
https://wwwtb.mlit.go.jp/kanto/content/000263067.pdf

バリアフリー化に係る費用負担のあり方について(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/common/001232360.pdf

新たな形式のホームドアの試行導入について(JR東日本)
https://www8.cao.go.jp/okinawa/6/67_28houkoku_3-5.pdf

3か年のアクションプラン取組状況一覧(東京都)
https://www.seisakukikaku.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/seisakukikaku/3actionplantorikumi_2024-1

決め手は「QRコード」 都営地下鉄、ホームドア設置もうすぐ100%に 車両改修費20億円→270万円(東京新聞 2023年10月21日)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/285014

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