JR赤字ローカル線の存続・廃止協議で待ち受ける5つの選択肢

存続・廃止の選択肢イメージ コラム

赤字ローカル線の存廃をめぐる鉄道事業者と沿線自治体との協議が、全国各地で活発化しています。このうちJR各社は「存続も廃止も前提としない協議」を求める傾向があり、利用者が極端に少ない路線でも廃止・バス転換の一択ではないようです。

では、JR各社は存廃協議の場で、どのような選択肢を提示しているのでしょうか。過去の協議で示された「5つの選択肢」について解説します。

【選択肢1】JRの単独維持・運行

JRの列車

ひとつめの選択肢が、これまで通りJRが運行も駅や線路といった鉄道施設の維持管理もすべておこなう、単独維持・運行です。現在、災害復旧協議が進んでいる米坂線で、JR東日本が選択肢のひとつとして提示しています。

沿線自治体からみれば何の負担も生じないと考えられますから、単独維持・運行を求めるでしょう。現に米坂線でも、復旧費用を含めて全額JR負担を求める声が多いです(2024年7月現在)。

無条件で単独維持・運行するとは限らない

ただし、JRが無条件で単独維持・運行してくれるとは限りません。協議会というのは「鉄道事業者と沿線自治体の課題を解決する場」でもありますから、JRに何らかの課題があれば沿線自治体も一緒に解決策を考えることが求められます。

たとえば、「利用者の減少が続いている」というJRの課題があれば、沿線自治体には利用促進の取り組みが求められるでしょう。ただ、少子化・過疎化が進む地域だと通学定期客など普段使いする客の減少数が大きく、観光誘致やイベント開催といったソフト面での利用促進だけでは減少に歯止めをかけられないのが実情です。

普段使いの客を増やす(減らさない)ためには、駅前に学校や役所、企業など一定の定期利用客が見込める施設を誘致したり、これらの施設を線路沿いの空地に誘致してそこに請願駅を設けたりといった、まちづくりから検討し直すのも一手でしょう。

つまり、JRが単独維持・運行する場合でも、沿線自治体にはまちづくりを含めたハード面の改善を求められ、大きな負担が生じる可能性があるということです。

鉄道とまちづくりの関係性は、公共交通を専門とする有識者も提起しています。いま再構築協議会が進んでいる芸備線でも、有識者が以下の考えを示しており、沿線自治体の対応が求められるところです。

・1つ目は、交通の問題は交通だけで考えてはならないということ。
(中略)
・なぜ利用者が長年にわたって減り続けたかしっかりと検証しておくべき。人口減少や道路環境もよくなったが、交通需要予測を行う際に、地域住民がどれだけ居住しているかという要素と、行き先にどれだけ魅力があるかという要素を考える。目的地に到達できる都市構造になっているかも含めて、利用者がなぜ減ったのかという確認は早々に着手すべき。つまり、必ずしも交通手段の問題だけではないということ。

出典:国土交通省「芸備線再構築協議会について(第1回)」の呉工業高等専門学校の教授の発言より

【選択肢2】上下分離方式(or みなし上下分離)の導入

上下分離の例(只見線)

続いての選択肢は、上下分離方式または、みなし上下分離の導入です。運行経費はこれまで通りJRが負担しますが、駅や線路といった鉄道施設の維持管理費は沿線自治体が負担することになります。

2024年現在、JRの路線で上下分離方式を採用しているのは、只見線(会津川口~只見)と長崎本線(江北~諫早)だけです。ただ、協議の場で求められたケースは複数あります。

上下分離方式は、JRからみれば負担が軽くなるものの、沿線自治体の負担は重くなります。このため、財政悪化を懸念する自治体は反対を唱える傾向があるようです。財政悪化以外にも、沿線自治体が上下分離方式の導入を反対する理由はいくつかあります。代表的な理由を見ていきましょう。

住民の理解を得られない

「利用者の少ない鉄道のために、なぜ税金を投じなければならないのか」といった沿線住民の理解が得られないことが、上下分離方式を受け入れない理由のひとつです。とくに車社会の地域だと、鉄道に対する公的支援の投入は決断しづらいでしょう。

こうした地域では、沿線住民に鉄道の価値を理解させることが大事です。たとえば、鉄道が廃止されると「観光客が減り地域に負の便益を与える」とか、「マイカー通勤が増えて渋滞が増える」とか、「道路整備費のために多額の予算が必要になる」といった、鉄道が地域に与える経済波及効果を示すのも一手でしょう。

第三セクターや中小私鉄で存廃議論が起きると、こうした経済波及効果をファクトとデータをもとに分析し、沿線住民や国に理解と協力を求めるのが一般的になりつつあります。しかし、JR沿線の自治体で鉄道の価値が示されたケースは、皆無に等しいです。

黒字企業に対する支援に抵抗がある

JR本州3社と九州の場合、「黒字企業に公的支援するのはおかしい」という考えも、上下分離方式の受け入れを阻む理由になっています。この根幹には、「内部補助で赤字路線を維持するのが当たり前」という考えがあるでしょう。

ただ、JRからみれば内部補助にも限度があります。とくに利用者が極端に少なく他の交通モードで代替輸送できるような線区の場合、「なぜ鉄道じゃないといけないのか?」という疑問が湧いてもおかしくありません。この疑問が、JR各社がよく口にする「大量輸送という鉄道のメリットを生かせない」という主張につながるわけです。

黒字企業への公的支援に理解できない沿線自治体の気持ちもわかりますが、JRからみればお金よりも、鉄道への興味をもっと深めて活用してほしいという「マイレール意識の醸成」のほうが強いのではないでしょうか。

自治体間に温度差がある

他の自治体が支援を拒否するなかで、「支援してでも鉄道を存続させたい」と考える自治体が出てくるケースもあります。JR北海道から経営分離される余市~小樽における余市町や、日田彦山線の東峰村などが典型的な例でしょう。

こうした自治体間の温度差が、鉄道事業者に対する支援を拒む一因となり、最終的に廃止になるケースは少なくありません。とりわけ、その路線が廃止になると鉄道が消滅する自治体では、他線が残る自治体との温度差が生じやすいようです。しかも、鉄道が消滅する自治体ほど財政基盤が弱いため「支援したくてもできない」として、結果的に廃止されてしまいます。

【選択肢3】第三セクターへの移行

第三セクターの例(山田線)

JRから第三セクターに移行したケースは、のと鉄道(和倉温泉~輪島)や三陸鉄道(宮古~釜石)などがあります(国鉄時代に移行が決まっていた路線や整備新幹線の並行在来線を除く)。また、大糸線や米坂線などの協議で、JR西日本や東日本が第三セクターへの移行を提案しています。

沿線自治体からみれば大きな負担になるため反対する傾向がありますが、第三セクターのほうがメリットを得やすい路線もあるのです。

たとえば、運賃を上げたり利便性向上で利用者を増やしたり、徹底したコストカットで経費を抑えたりと、JRでは実現できないことも第三セクターなら実行でき、持続可能な鉄道運営がしやすくなります。赤字補てん額も、上下分離方式によるJRへの支援額と比べて少ないケースもあるでしょう。

こうしたメリットを最大化するノウハウを持っているのが、富山県です。富山県では、利用者ファーストの考えで増便や新駅設置、パークアンドライドの設置など、移行後の利便性を高める施策により、利用者の増加や公的支援の減額などを実現しています。

もっとも、富山港線や城端線、氷見線といった第三セクターに移行した(移行予定の)路線は、JR時代でも1日3,000人以上の利用者がいました。並行在来線にもいえることですが、利用者の少ない路線では第三セクターに移行したところで長続きせず、近い将来に廃止されることも考えられます。

【選択肢4】LRTへの転換

LRTの例(富山港線)

JRの路線でLRTに転換したケースは、富山港線(現:富山地方鉄道)のみです。ただ、あいの風とやま鉄道への移管が決まった城端線と氷見線でも、JR西日本は当初LRTを選択肢のひとつとして提案していましたし、岡山県の吉備線でも提案した経緯があります。

LRTも第三セクターと同じく、一定の利用者数が見込めない地域だと維持するのが困難でしょう。LRTは電化やホームの改良、変電所や新駅(新電停)の設置など、ハード面で多額の初期投資が必要です。また、車両を含め鉄道施設の管理費などのランニングコストも高額になる可能性があります。

これを回収できるのは、都市近郊路線など一定の利用者数が見込める路線に限られます。1日数百人程度の利用者しかいないローカル線で、LRTは現実的な選択肢とはいえません。

【選択肢5】廃止・鉄軌道以外の交通モード(BRTなど)への転換

BRTの例(気仙沼線)

現実的に、他の交通モードで輸送できるくらい利用者の少ない路線では、鉄道が廃止になる確率が高いでしょう。

廃止後の選択肢として最近は、BRT(バス高速輸送システム)を挙げるケースが増えています。ただ、JRの路線でBRTに転換した事例は、気仙沼線や大船渡線、日田彦山線など「災害復旧」した線区のみです。営業中の路線をBRTに転換した事例は、いまのところありません。

BRTは、定時性を確保するために一部区間を専用道路にするなど多額の初期投資が必要です。また、工事期間中は代替バスの運行も必要です。その代替バスで問題なく輸送できるのであれば、「多額の初期投資をしてまでBRTにする意味ない」と判断され、結果的に既存の路線バスに転換するケースもあります。

鉄道廃止後の選択肢は「路線バス」だけではない

近年はドライバー不足が深刻化していることもあり、「路線バスは不安だから、鉄道を存続させるべきだ」と主張する人もみられます。ただ、人手不足なのは鉄道事業者も同じです。むしろ鉄道は、保線作業者や運行管理者などの必要人員を確保できなければ、運転士がいても列車を動かすことができません。

鉄道を廃止にすると何十人ものバスドライバーが必要になるといった路線であれば、存続させたほうが合理的ですが、いまJRが協議を申し入れている地域の多くが既存の路線バスを増便しなくても十分に運べるくらい「公共交通利用者の少ない地域」です。

なかには、路線バスでも供給過多として民間バス事業者のほうが鉄道より先に撤退した地域もあります。こうした地域で検討が始まっているのが、スクールバスや病院の送迎バスといった民間バス事業者以外の交通資産の活用です。利用者から運賃を取らないなど運用方法によっては、大型二種免許を取得する必要がなく、ドライバー不足の解決策として注目を集めています。

公共交通利用者の少ない路線では、「鉄道の廃止=バス転換」という公式が成り立たないことも理解しておく必要があるでしょう。

廃止後の公共交通に支援するJR各社

国鉄末期に特定地方交通線に指定され、廃止または第三セクターに転換された路線には、国が「転換交付金」を助成するしくみがありました。この慣習はJRにも継承され、転換後の公共交通の準備資金や地域振興などを目的に支援しています。

ただ、国鉄時代の一律支援(1kmあたり3,000万円)とは異なり、JRでは路線ごとに今後15~20年のあいだで必要とされる費用を算出し、支援額を決めるのが通例です。

過去のケースをみると、2029年にあいの風とやま鉄道に移管予定の城端線・氷見線では、JR西日本が150億円もの支援を表明しています。また、JR北海道では石勝線夕張支線を廃止にする際に7億5,000万円を支援するほか、夕張市に社員を出向させ新たな公共交通網の構築に協力しています。

JRからみれば、路線廃止後も一定期間は負担が生じるため、鉄道を廃止する線区の赤字額がすべてなくなるわけではありません。

また、廃止後も沿線自治体や代替交通機関と密接に関わっていることも、国鉄時代との違いです。たとえば、2021年に廃止された日高線の場合、JR北海道は廃止後も沿線自治体や代替交通機関の事業者などと持続可能な地域公共交通の維持をめざす協議を続けています。

公共交通の維持に関しては、本来は沿線自治体が考えることです。しかし、ほとんどの自治体が事業者任せにしてきた経緯から、ノウハウが蓄積されていません。そのノウハウを事業者が提供することで沿線自治体をサポートしていきたいというのが、JR各社の考える「持続可能な公共交通の構築」ではないでしょうか。なお、大糸線の協議ではJR西日本が次のような発言をしています。

今後は現状把握や利用促進の議論に留まることなく、地域の皆様の移動ニーズに相応しい地域の未来に資する持続可能な交通体系に関する具体的な議論を速やかに計画的にお願いしたいと考えている。そうした議論を行うことが、持続可能な地域社会の実現に繋がるものと考えており、弊社としても、このエリアから決して逃げることなく関わり続ける覚悟があるからこそ、一日も早くそうした議論を開始したいと考えている。

出典:大糸線利用促進輸送強化期成同盟会「第4回振興部会」のJR西日本の発言より

一方で、公共交通を維持するには多額の費用が必要なため、国の制度拡充も求められるでしょう。「JRという組織をつくったのは国なんだから、国が支援しろ」という自治体の意見も、まったくその通りだと思います。

ただ、鉄道の利用者が減ったのは国が明確な交通ビジョンを示さなかったからだけではないでしょう。JRが一定のサービスを維持できなかったこともあるでしょうし、その背景には沿線自治体が道路中心のまちづくりを進めて利用者の減少に拍車をかけ続けたという実態も否めません。

国は、鉄道をはじめ公共交通機関に対するさまざまな支援制度を用意しています。いずれも自治体の支援がセットになっているのは、誰かを悪者にするのではなく「みんなが協力しないと鉄道を維持できない」という現実があるからだと思うのです。

現行の国の制度で鉄道を維持できないのであれば、みんなで協議して必要な支援額や割合などを提示することも大事でしょう。その過程を無視して、他者に負担させることばかり主張する協議を続けたところで、利用者が増えるわけでもなく、結果的に「鉄軌道以外の交通モードへの転換」しか選択肢は残らないのです。

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