鉄道の廃止協議はなぜ必要?事業者が一方的に廃止にできない理由

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雪の中を走る鉄道 コラム
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鉄道事業者が赤字路線を廃止にするとき、沿線自治体と協議して同意を求めるのが通例です。しかし、法律では事業者が廃止予定日の1年前までに国土交通省へ「届出」すれば廃止にでき、自治体の同意は求めていません。

だとすれば、「なぜ、自治体と協議しなければいけないのか?」と疑問に感じる人もいるでしょう。ここで、鉄道事業者が赤字路線を一方的に廃止にできない理由や、自治体との協議の必要性について、関連法などを交えながら解説します。

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鉄道事業者が一方的に赤字路線を廃止にできない法的根拠

国会議事堂イメージ

鉄道の廃止に関する法律は、2000年3月に施行された改正鉄道事業法の第二十八条の二に規定されています。

第二十八条の二 鉄道事業者は、鉄道事業の全部又は一部を廃止しようとするとき(当該廃止が貨物運送に係るものである場合を除く。)は、廃止の日の一年前までに、その旨を国土交通大臣に届け出なければならない。

出典:鉄道事業法

2000年の法改正以前は、赤字路線を廃止にする際には国の「許可」が必要でした。それが2000年の法改正により、事業者が「届出」すれば廃止にできるようになったのです。つまり、現行法では国や沿線自治体などの同意を得なくても、届出から1年が過ぎれば廃止にできるわけです。

ここまでは、多くの鉄道ファンが知っている内容だと思います。ただ、この法律には続きがあります。第二十八条の二の2と3を見てみましょう。

 国土交通大臣は、鉄道事業者が前項の届出に係る廃止を行つた場合における公衆の利便の確保に関し、国土交通省令で定めるところにより、関係地方公共団体及び利害関係人の意見を聴取するものとする。

 国土交通大臣は、前項の規定による意見聴取の結果、第一項の届出に係る廃止の日より前に当該廃止を行つたとしても公衆の利便を阻害するおそれがないと認めるときは、その旨を当該鉄道事業者に通知するものとする。

出典:鉄道事業法

法律独特の回りくどい文章ですが、2は、廃止対象路線がある沿線自治体などに対して国土交通省が「廃止にしても問題がないか意見を聞きますよ」ということを伝えています。

また3は、沿線自治体などに意見を聞いた結果、問題がないと認められたら「予定日までに廃止にしてもよいことを、事業者に伝えますよ」という内容です。なお3は、続く4の「廃止日の繰り上げ」にもかかる内容になっています。

つまり、沿線自治体が「廃止にされると困る」と合理的な理由を示した場合、国土交通省は廃止届を受理しない可能性があるということです。もっとも「自治体の同意が必要」とまでは記載されていませんので、この文面からは協議会を設置する必要はありませんし、自治体が反対意見を述べても届出が受理されることもあります。

完全民営化したJRに対する「指針」

国土交通省イメージ

鉄道廃止のハードルが下がった2000年の法改正以降、大手私鉄を中心に赤字路線を廃止にする動きが目立ちました。なかでも名鉄は、2001年から2005年にかけて9線区92.4kmもの路線を廃止にしています。ほかにも、長野電鉄(河東線)や日立電鉄といった中小私鉄、のと鉄道(七尾線の一部と能登線)や北海道ちほく高原鉄道などの第三セクターでも廃止が相次ぎました。

こうした動きがJR各社でも進むことを懸念した国土交通省は、2001年11月に完全民営化を果たした本州3社に対して、ある「指針」を告示します。それが、「新会社がその事業を営むに際し当分の間配慮すべき事項に関する指針」です。ここでいう新会社とは、いわゆる「JR会社法」の対象から除外された本州3社を指します(現在はJR九州も含みます)。この指針のなかに「配慮すべき事項」として、以下の一文が記載されています。

新会社は、鉄道事業法(昭和六十一年法律第九十二号)第二十八条の二の規定により現に営業している路線の全部又は一部を廃止しようとするときは、国鉄改革の実施後の輸送需要の動向その他の新たな事情の変化を関係地方公共団体及び利害関係人に対して十分に説明するものとする。

出典:新会社がその事業を営むに際し当分の間配慮すべき事項に関する指針(国土交通省告示第1622号)

端的にいえば、完全民営化したJR各社が路線を廃止にするときは、沿線自治体に対して「十分に説明しなさい」と伝えています。

国は、国鉄改革の際に多くの赤字ローカル線を廃止しました。そのため、生き残った路線を継承したJR各社に対して「安易に廃止するなよ」と釘を刺したわけです。

この指針を受けてJR各社では、沿線自治体に協議会の設置を申し入れ、廃止の理由を説明して自治体の同意を得ることが「慣習化」されたのです。なお、この慣習はJR北海道やJR四国といった特殊法人のみならず、私鉄や第三セクターの事業者にも広がっています。

ちなみに、JR北海道など一部の事業者では、沿線自治体の首長に「同意書への押印」をしてもらい、それを廃止届に添付して国土交通省に提出するといったことまでしています。もっとも、鉄道の廃止にかかわる協議には国土交通省もオブザーバーとして参加しており、沿線自治体からの意見聴取や鉄道事業者の説明なども、協議の場で確認しています。そのため、わざわざ同意書に押印させなくても、国は理解しているでしょう。

ただ、事業者がこの指針に反する行為をすると、国土交通省は勧告および命令をおこない、さらに命令に違反すると取締役または執行役に対し罰則(過料)が課せられるという規定があります。「同意をもらった」という証拠を残すために、念には念を入れて書面への押印をしてもらい届け出ているのかもしれません。

協議の相手が「沿線自治体」である理由

ところで、廃止の同意を求める相手は、なぜ「自治体」なのでしょうか。それは、赤字ローカル線の場合、沿線自治体が最大の「受益者(利害関係人)」だからでしょう。

自治体には、公共交通をマネジメントする役割があります。仮に鉄道が廃止された場合、バスやデマンド交通といった代替交通手段を決めるのは、自治体の役割です。その準備や事業者への赤字補てんといった負担も、自治体が背負います。代替交通のルート上に道路整備が必要なところがあれば工事の発注も必要ですし、その予算も自治体が確保しなければなりません。状況によっては、廃止の届出から1年で完了しないこともあるでしょう。

また、鉄道事業者が納めていた固定資産税も、廃止になれば失います。さらに、駅近くの土地の評価額が下がり、その土地を所有する人たちが納める固定資産税が下がることも懸念されます。1日数人しか乗らない線区でも、鉄道が廃止されていちばん困るのは、財政悪化を避けられない沿線自治体なのです。これも、廃止に反対する理由のひとつになっているでしょう。

こうした自治体の事情は、鉄道事業者も承知しています。そのため、廃止に関わる意思決定をする際には、最大の受益者である沿線自治体と話し合い、両者の課題を解決する場として協議会が存在するわけです。

なお近年の鉄道事業者は、代替交通をサポートするなど持続可能な公共交通網を維持するために、路線廃止後も自治体と密接にかかわるのが一般的になりつつあります。

国鉄時代とは社会情勢が大きく変わった

久留里線の東横田駅

2003年のJR可部線の一部区間を除き、国の指針を守って赤字ローカル線を維持してきたJR各社。しかし、過疎化・少子化・モータリゼーションの進展などの「社会情勢の変化」には抗えなくなります。

2014年にJR北海道が江差線を廃止して以降、同年にはJR東日本が岩泉線を廃止に。さらに2016年にはJR北海道が留萌線の一部区間を、また2018年にはJR西日本が三江線を廃止にします。以降も廃止が続いていますが、いずれの路線も「社会情勢の変化により利用者が激減し、大量輸送という鉄道のメリットを活かせない」ことが廃止の理由とされています。

とくにJRは、赤字だからという理由だけで廃止路線を選んでいません。また企業全体が黒字でも、他の交通モードで輸送できる利用者数しかいない路線を廃止対象にすることもあります。「会社が黒字なんだから廃止にするな」と、儲かる路線で赤字路線を支える内部補助を主張する自治体も散見されますが、都市部を含めて人口が減少している現代では儲かる路線も減っており、内部補助が通用しなくなってきたのです。

また、内部補助は極論すると「利用者が0人になっても、会社が黒字であるうちは廃止にするな」という不条理な言い分を認めてしまう危険があります。学校などの公共施設でさえ利用者が減れば廃止されるのに、なぜ民間企業が運営する鉄道は利用者が激減しても廃止を許されないのか、疑問です。

とはいえ、鉄道が廃止になるといちばん困るのは沿線自治体です。ならば、自治体が困ることを客観的なデータで示すことも大事ではないでしょうか。

鉄道事業者は、輸送密度や乗車人員、収支、営業係数など具体的なデータで、廃止にしたい理由を伝えてきます。これに対して自治体が「地域の足だ」「観光のために必要」「ネットワークが重要」などの抽象的な表現で反論しても、世間には伝わりません。数値で示した鉄道事業者の言い分のほうが客観的に判断しやすく、どうしても有利になるのです。

協議の場で事業者と対等に話し合うには、自治体も「鉄道が持つ価値を客観的なデータで示す」必要があるでしょう。たとえば、鉄道が廃止になった際に自治体が被る損失額や地域に与える負の便益などを、クロスセクター効果や費用対便益などの分析法を用いて、みんなにわかりやすいデータで示すのも一手です。税金を投じても、地域にとっては残す価値があることを沿線自治体が示せば、国の支援も沿線住民からの賛同も得やすくなるのではないでしょうか。

※クロスセクター効果や費用対便益などの分析法については、以下の記事で解説しています。

参考URL

第2回鉄道事業者と地域の協働による地域モビリティの刷新に関する検討会 補足説明資料(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/tetudo/content/001466864.pdf

近年廃止された鉄軌道路線【平成12年度以降の全国廃止路線一覧】(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/common/001344605.pdf

新会社がその事業を営むに際し当分の間配慮すべき事項に関する指針(国土交通省告示第1622号)
https://www.mlit.go.jp/notice/noticedata/sgml/2001/62aa2847/62aa2847.html