鉄道事業者が赤字ローカル線の採算性をみるとき、赤字額のほかに「営業係数」も参考にしています。営業係数は存廃判断の指標のひとつとされ、赤字ローカル線を抱える沿線自治体も注視したい項目でしょう。
ここでは、JR各社が収支を公表している輸送密度2,000人/日未満の線区の営業係数を、ランク別に集計。各線区のコストパフォーマンスを一覧にまとめました。
営業係数とは?赤字額より経営判断で重視される理由
営業係数とは、「100円の収入を得るためにかかる費用」を示す指標のことです。営業係数が100未満なら黒字、100を超えると赤字を意味し、数値が高くなるほど「コスパの悪い線区」という見方ができます。
営業係数は、以下の公式で算出します。
営業係数=(営業費用÷営業収入)×100
たとえば営業費用が1億円、営業収入が1,000万円の線区の場合、営業係数は1,000になります。
鉄道事業者が赤字ローカル線の採算性をみるときは、赤字額だけでなく営業係数も確認するのが通例です。これは、赤字額だけで単純に比べると経営判断を誤ることがあるからです。
一例として、JR北海道の線区別収支をみると、札幌圏(函館本線の小樽~岩見沢、千歳線、札沼線など)は約30億円の赤字です(2023年度の場合。2024年度は約12億円の赤字)。一方で、2024年3月に廃止された根室本線の富良野~新得は約7億円(2023年度)。赤字額は、札幌圏のほうが大きいのです。
だからといって「札幌圏の鉄道を廃止にする」という判断はできません。札幌圏の営業収入は450億円以上もあり、JR北海道の鉄道事業の約6割を占めます。ここを廃止にすれば、JR北海道の経営が立ち行かなくなるのは明白でしょう。
このように誤った経営判断をしないために確認されるのが、営業係数です。ちなみに、札幌圏の営業係数は107(2023年度の場合。2024年度は103)ですから「もう少し頑張れば黒字達成できる」という見方ができます。これに対して根室本線の富良野~新得は1,784(2023年度)で、「どう頑張っても黒字にならない」として、廃止が検討されるわけです。
もっとも、鉄道事業者が存廃判断をする際には、赤字額や営業係数だけを見て決めるわけではありません。詳しくは、この記事の後半で説明します。
営業係数の大きい線区は三島会社より本州のほうが多い
輸送密度2,000人/日未満の線区は、営業収入より営業費用のほうが大きく、赤字になるのが一般的です。JR旅客5社(JR東海を除く)には、輸送密度2,000人/日未満の線区が141ありますが、2024年度はすべての線区で赤字でした(2023年度は、JR九州の宮崎空港線のみ黒字だった)。
赤字ローカル線の営業係数を改善するには、運賃収入を増やしたり経費を削減したりする必要があります。ただ、利用者の減少に歯止めがかからないローカル線で運賃収入を増やすのは、容易ではありません。そこでJR各社では設立以来、「経費削減の徹底」に努めています。
なかでもJR九州、四国、北海道の三島会社は、民営化後も多額の赤字が見込まれたことから、運賃の値上げにくわえ徹底した効率化を進めました。そのため営業係数は比較的小さく、ほとんどの線区が3ケタに抑えられています(といっても収入の数倍の赤字額ですが)。
三島会社で営業係数1,000を超える線区は、以下の線区のみです。
■三島会社で営業係数1,000以上の線区(2024年度)
| 事業者 | 線名 | 線区 | 営業係数 | 赤字額(億円) |
|---|---|---|---|---|
| JR四国 | 牟岐線 | 阿南~阿波海南 | 1,042 | 8.5 |
| JR北海道 | 室蘭本線 | 苫小牧~岩見沢 | 1,136 | 10.7 |
| JR北海道 | 日高本線 | 苫小牧~鵡川 | 1,162 | 4.1 |
| JR四国 | 予土線 | 北宇和島~若井 | 1,329 | 10.0 |
| JR北海道 | 留萌線 | 深川~石狩沼田 | 1,451 | 2.1 |
| JR九州 | 日南線 | 油津~志布志 | 1,708 | 4.2 |
| JR九州 | 指宿枕崎線 | 指宿~枕崎 | 1,797※ | 4.9※ |
これに対してJR東日本と西日本は、営業係数が1,000を超える線区が多く見られます。もちろんこの2社のローカル線でも、利用実態にあわせたダイヤの見直しやワンマン運転、駅の無人化といった経費削減に努めています。ただ、利用者数の減少率が高い路線が多く、また運賃の値上げも極力避けてきたなどの理由で営業係数が高くなる傾向があるようです。
■赤字ローカル線の営業係数別の路線数(2024年度)


以下の項目では、営業係数が2,000以上の線区をランク別に紹介します。
なお、営業係数100~2,000未満の線区は、PDFでダウンロードして確認いただけます。
>営業係数100~2,000未満の線区リスト(2024年度)
【ランキングの注意事項】
※JR東海は非公表のため掲載していません。また、JR東日本の上越線(越後湯沢~ガーラ湯沢)も非公表のため除外しています。
※JR西日本は、2022~2024年度の平均値です。※JR九州の営業係数は非公表ですが、営業費用と営業収入をもとに筆者が算出したものです。
※2024年度末時点で長期不通の線区は、不通前の年度の営業係数を掲載しています。
営業係数2,000~3,000未満のJR線区(2024年度)
| 事業者 | 線名 | 線区 | 営業係数 | 赤字額(億円) |
|---|---|---|---|---|
| JR東日本 | 山田線 | 盛岡~上米内 | 2,019 | 2.3 |
| JR西日本 | 因美線 | 東津山~智頭 | 2,054 | 3.6 |
| JR東日本 | 五能線 | 深浦~五所川原 | 2,058 | 20.5 |
| JR東日本 | 米坂線 | 米沢~今泉 | 2,106 | 6.0 |
| JR西日本 | 福塩線 | 府中~塩町 | 2,117 | 4.7 |
| JR東日本 | 磐越西線 | 喜多方~野沢 | 2,121 | 8.3 |
| JR西日本 | 大糸線 | 南小谷~糸魚川 | 2,132 | 5.6 |
| JR西日本 | 山陰本線 | 益田~長門市 | 2,227 | 12.4 |
| JR東日本 | 八戸線 | 鮫~久慈 | 2,320 | 13.9 |
| JR東日本 | 北上線 | 北上~ほっとゆだ | 2,410 | 10.2 |
| JR東日本 | 飯山線 | 津南~越後川口 | 2,456 | 10.1 |
| JR東日本 | 陸羽西線 | 新庄~余目 | 2,483※ | 8.9※ |
| JR東日本 | 大糸線 | 白馬~南小谷 | 2,488 | 3.7 |
| JR東日本 | 奥羽本線 | 新庄~湯沢 | 2,544※ | 15.8※ |
| JR西日本 | 芸備線 | 備中神代~東城 | 2,692 | 1.6 |
| JR東日本 | 飯山線 | 飯山~戸狩野沢温泉 | 2,770 | 3.2 |
| JR西日本 | 芸備線 | 備後落合~備後庄原 | 2,903 | 2.2 |
| JR東日本 | 磐越西線 | 津川~五泉 | 2,921 | 10.9 |
JR東日本とJR西日本の線区が並びます。いずれの線区も、輸送密度は1,000人/日未満の利用者が少ない線区です。
奥羽本線は2024年7月の豪雨災害で、新庄~院内が長期不通になりました。2025年4月25日に運行を再開しますが、その際に同線区の架線設備を撤去。非電化区間になったことで営業費用が削減され、来年度から営業係数の改善が期待されます。
大糸線の南小谷~糸魚川では、沿線自治体の協力のもと2024年度より「本格的な利用促進・利便性向上」の取り組みを実施しています。これにより、運賃収入は前年度より1,000万円アップ。一方で、JR西日本が営業費用を2,000万円削減できたことで、営業係数は2,747(2023年度)から2,132に減りました。
営業係数3,000~5,000未満のJR線区(2024年度)
| 事業者 | 線名 | 線区 | 営業係数 | 赤字額(億円) |
|---|---|---|---|---|
| JR東日本 | 陸羽東線 | 最上~新庄 | 3,002※ | 5.6※ |
| JR東日本 | 磐越東線 | いわき~小野新町 | 3,065 | 7.4 |
| JR東日本 | 五能線 | 能代~深浦 | 3,369 | 20.9 |
| JR東日本 | 気仙沼線 | 前谷地~柳津 | 3,416 | 2.1 |
| JR東日本 | 津軽線 | 青森~中小国 | 3,449 | 19.9 |
| JR西日本 | 木次線 | 出雲横田~備後落合 | 3,725 | 2.2 |
| JR東日本 | 只見線 | 会津坂下~会津川口 | 3,803 | 9.1 |
| JR東日本 | 北上線 | ほっとゆだ~横手 | 3,847 | 6.2 |
| JR東日本 | 米坂線 | 今泉~小国 | 4,070※ | 8.6※ |
| JR東日本 | 米坂線 | 小国~坂町 | 4,499※ | 5.4※ |
| JR西日本 | 姫新線 | 中国勝山~新見 | 4,510 | 4.1 |
| JR東日本 | 吾妻線 | 長野原草津口~大前 | 4,790 | 4.5 |
営業係数が3,000~5,000の線区も、JR東日本とJR西日本のみです。輸送密度は500人/日未満の線区が並びます。
米坂線の数値は被災前(2021年度)のデータですが、営業係数は4,000超え(2024年度は、今泉~小国が3,404、小国~坂町が4,106)。利用者も少なく、JR東日本が復旧に難色を示す事情も理解できます。
木次線の出雲横田~備後落合は、輸送密度が前年度より大幅に減少(72人/日→23人/日)したものの、運賃収入は100万円減に抑えています。営業費用は前年度と変わらず、営業係数は2023年度の3,424からアップしました。
営業係数5,000~10,000未満のJR線区(2024年度)
| 事業者 | 線名 | 線区 | 営業係数 | 赤字額(億円) |
|---|---|---|---|---|
| JR東日本 | 水郡線 | 常陸大子~磐城塙 | 5,222 | 5.3 |
| JR東日本 | 山田線 | 上米内~宮古 | 5,437 | 19.6 |
| JR東日本 | 久留里線 | 久留里~上総亀山 | 6,694 | 2.0 |
| JR東日本 | 只見線 | 只見~小出 | 6,741 | 10.2 |
| JR東日本 | 磐越西線 | 野沢~津川 | 7,505 | 9.5 |
| JR東日本 | 津軽線 | 中小国~三厩 | 8,582※ | 5.9※ |
| JR西日本 | 芸備線 | 東城~備後落合 | 9,945 | 2.0 |
営業係数5,000~10,000未満の線区は、輸送密度が200人/日を割り込み、利用者が極端に少ない線区でもあります。
久留里線の久留里~上総亀山は、2023年度の営業係数が13,580で、全国ワースト1位でした。しかし、2024年度は6,694に大幅改善。運賃収入が前年度の3倍に増えた一方で、営業費用は3,500万円減となり、営業係数はおよそ半分に減っています。なお同線区は、沿線自治体とJR東日本との協議の結果、バスとタクシーを中心とした自動車交通に転換される予定です。
再構築協議会が開かれている芸備線の東城~備後落合も、2023年度の11,766から改善しています。同線区は、2019年度のデータ(2017~2019年度の平均値)では、営業係数が25,416もありました。利用者がわずかに増えたことが改善の理由ですが、それでも輸送密度は19人/日(2024年度)と厳しい状況が続いています。
営業係数10,000以上のJR線区(2024年度)
| 事業者 | 線名 | 線区 | 営業係数 | 赤字額(億円) |
|---|---|---|---|---|
| JR東日本 | 花輪線 | 荒屋新町~鹿角花輪 | 10,080 | 6.4 |
| JR東日本 | 飯山線 | 戸狩野沢温泉~津南 | 10,460 | 9.5 |
| JR東日本 | 陸羽東線 | 鳴子温泉~最上 | 13,465※ | 4.4※ |
100円を稼ぐのに1万円以上かかる線区が上記3線区。いずれもJR東日本です。そして、2024年度のコスパ最低の線区は、陸羽東線の鳴子温泉~最上でした。
陸羽東線は、2024年7月の豪雨災害で鳴子温泉~新庄が長期不通のため、上記のデータは2023年度のものです。鳴子温泉~最上の2024年度は、営業係数が22,360、赤字額が4億1,400万円でした(最上~新庄の営業係数は4,220、赤字額は5億2,500万円)。なお、不通区間の復旧工事は、2025年9月から着手しています。
赤字額や営業係数より重視される「輸送密度」
久留里線や芸備線などの営業係数をみてもわかるように、鉄道事業の赤字額と営業係数は年度によって大きく変わることがあります。たとえば、災害復旧工事をおこなったり施設更新のために集中工事を実施したりする年は、営業費用が増えるため赤字額や営業係数は大きくなります。逆に、運賃を値上げして営業収入を増やしたり、駅の無人化や電化施設の撤去など営業費用を抑える施策をおこなったりすれば、赤字額や営業係数が減ることもあります。
このように、赤字額や営業係数は不安定な指標ですし、鉄道事業者の施策次第で増減できるため公平性に欠け、存廃議論の資料としては使いづらいといえます。そのため鉄道事業者は、公共交通機関としての役割を示す観点でも、各線区の「輸送密度」を重視する傾向があります。
輸送密度とは、1kmあたりの利用状況を示す指標のことです。一定の利用者がいる線区では、たとえ赤字額が大きくても存続させるために事業者は努めます。逆に、利用者が少なく代替交通でも十分に輸送できるような線区では、大量輸送という鉄道の特性を発揮できないなどの理由で、廃止が検討されるのです。
余談ですが、先日あるJRの幹部の方と意見交換をさせていただいた際に、存廃協議を申し入れる線区は「輸送密度や将来性(将来の沿線人口予測など)を重視し、総合的に判断する」と話していました。また、営業係数や赤字額については「参考程度」と語っています。
鉄道事業者からみれば、輸送密度などの「公共性を示す指標」も、営業係数などの「採算性を示す指標」も悪ければ、「自分たちが鉄道を維持する意味がない」と考えます。それでも、地域にとって鉄道が必要だというのであれば、その人たちが一定の利用者数を確保するために協力する必要があるでしょう。どう頑張っても利用者数を確保できないのであれば、公的支援で支えるのも一手です。
鉄道事業者は、地域振興を目的にさまざまな施策で沿線自治体と協力してきました。しかし、事業者の最大の課題ともいえる存廃議論になると、自治体は協力を拒む傾向があります。存廃に関わる協議でも事業者と協力して、鉄道を活用したまちづくりや地域振興策を一緒に考えることも、地域にとって大切なことではないでしょうか。
※輸送密度が重視される理由は、以下のページで詳しく解説しています。
その他のデータ記事
※輸送密度1,000人/日未満のJR赤字路線のリストは、以下のページに掲載してします。
※輸送密度ベースで、JR赤字ローカル線の「減少率」を調査した記事は、こちらで紹介しています。
※第三セクターや中小私鉄の輸送密度2,000人/日未満の線区リストは、以下のページで紹介します。
※通勤通学で鉄道を利用する人の割合を都道府県別にまとめた記事は、以下のページで紹介します。
参考URL
2024年度線区別の収支とご利用状況について(JR北海道)
https://www.jrhokkaido.co.jp/corporate/mi/senkubetsu/reiwa06/pdf/20250704_KO_2024senku.pdf
ご利用の少ない線区の経営情報(2024年度分)の開示について(JR東日本)
https://www.jreast.co.jp/press/2025/20251027_ho01.pdf
輸送密度2,000人/日未満の線区別経営状況に関する情報開示(JR西日本)
https://www.westjr.co.jp/press/article/items/251029_00_press_johokaiji.pdf
2024年度線区別収支及び営業係数の公表について(JR四国:公表待ち)
2024年度線区別ご利用状況等の公表について(JR九州)
https://www.jrkyushu.co.jp/news/__icsFiles/afieldfile/2025/08/19/20250820_Announcement_of_usage_status_by_line_in_fiscal_year_2024.pdf




