青春18きっぷは廃止されない?JRからみたフリーきっぷの存在感

青春18きっぷ コラム

JR旅客各社は2024年6月18日に、夏季シーズンの「青春18きっぷ」の発売を公表しました。例年なら2月ごろに年間スケジュールを発表しますが、2024年は春季・夏季・冬季に分けて発表するようです。いつもと違う対応のため、「青春18きっぷが廃止になるのでは?」と不安に感じた鉄道ファンも少なくないでしょう。

ただ、販売主であるJR旅客各社からみると「こんなに利益率の高いきっぷは稀有」というほど、青春18きっぷはコスパのよい商品なのです。ここでは、JR旅客各社からみた青春18きっぷなどのフリーきっぷの強みを解説するとともに、2024年のリリースをシーズン別に分けた理由について考察します。

臨時快速も運行!青春18きっぷの人気

今から40年以上前の1981年、国鉄は赤字経営の改善策として「フルムーン夫婦グリーンパス」という熟年層向けの企画乗車券を発売します。利用条件は、夫婦2人の合計年齢が88歳以上であること。新幹線などの一部列車を除き、国鉄のグリーン車や寝台車も含めて乗り放題という、当時としては画期的な企画乗車券でした。

これが好評だったことから、「次は若者向けの企画乗車券をつくろう」と1982年に生まれたのが、「青春18きっぷ(発売当初の名称は、青春18のびのびきっぷ)」です。全国の普通・快速列車に乗り放題。1人で5日間でも、5人で1日でも使い方は自由という使い勝手の良さも評判となり、青春18きっぷは若者を中心に大ヒットします。その人気はJRになってからも衰えず、一部路線では列車の増結や快速「ムーンライト」などの臨時列車も運行されました。

快速ムーンライトながら
▲かつて東海道本線(東京~大垣)を走っていた「ムーンライトながら」。青春18きっぷ利用者がお世話になった列車のひとつだ。

ただ、1990年代後半になると人気に陰りが見え始めます。高速道路が全国各地に延伸されたことで、都市間バス(高速バス)が勢力を拡大。同じころ、航空各社が「早割・特割」といった割安チケットの販売を始めるなど、青春18きっぷのライバルが増えたのです。また2000年代に入ると、売上を支えていた若者が少子化により減少し始めます。

こうした影響もあり、臨時列車は「採算が取れない」として廃止に。2024年現在では、青春18きっぷだけのために運行する臨時列車は皆無になりました。とはいえ、現在でも年間60万枚以上、売上額は70億円超とされる青春18きっぷ。発売開始から40年以上を経ても多くの人に支持される、ロングセラー商品なのです。

経費からみた青春18きっぷが廃止されない理由

利用者にとってコスパがよいことも青春18きっぷの魅力ですが、販売主であるJRにとっても、利益率が高くコスパのよい商品です。

現状では、青春18きっぷだけのために運行される臨時列車は皆無のため、運行に関して新たな投資は不要。必要経費といえば「手数料(きっぷ発行の手間賃や紙代など)」「広告費」「業務委託費」くらいでしょう。この経費について、少し深掘りしてみます。

手数料

青春18きっぷはJRの駅窓口だけでなく、旅行代理店でも取り扱っています。JRからみれば自社商品の販売業務を委託しているわけですから、代理店には委託料(手数料)の支払いが生じるでしょう。

ところで、実際に販売する窓口担当者からみると、青春18きっぷなどのフリーきっぷは「発券の手間が少ないこと」が大きなメリットといえます。

たとえば、新幹線や特急の指定席を窓口で販売する際には、「乗車駅」「降車駅」「乗車日」「列車名」「号数や席番」など確認する項目が多く、1人の客対応に2~3分かかることもあります。乗車する列車が複数あれば、数十分になるケースもあるでしょう。また、確認事項が多いほどミスが生じやすく、クレーム対応に時間を取られる可能性が高まります。

これに対して青春18きっぷの場合、乗車券の名称を確認するだけですから、1分足らずで発券できます。乗車区間も日付もすべて利用者が決めるため、発券に要す手間が省けるのです。窓口担当者にとって青春18きっぷなどのフリーきっぷは、「売りやすい商品」といえるでしょう。

広告費

広告費といっても、駅に掲示するポスターの製作費くらいでしょう。各種媒体の広告料もあるかもしれませんが、筆者は青春18きっぷのテレビCMや雑誌の広告などを最近見た記憶がありません。また、ポスターなどの販促品を各地に運ぶ際には、旅客列車またはJR貨物の車両を使えば運送費も少額で済みます。

業務委託費

ここでいう業務委託費とは、特例で乗車できる第三セクター鉄道に支払う費用のことです。

整備新幹線の延伸にともない、JR在来線には他のJR線と接続しない「飛び地」の線区が増えました。その線区に行くために第三セクター鉄道を利用する場合、通常の旅行商品であれば別途第三セクター鉄道の運賃が必要です。しかし、青春18きっぷでは「第三セクターは途中下車しない(または指定された駅のみ下車できる)ことを条件に無料で乗車できる特例」があります。

この特例について第三セクター事業者からみると、JRの客をタダで運んでいるわけですから、JRから業務委託料が支払われて当然でしょう。ちなみに、2024年現在でこの特例が使える第三セクターは、以下の通りです。

・青い森鉄道
・あいの風とやま鉄道
・IRいしかわ鉄道
・ハピラインふくい
・道南いさりび鉄道(北海道新幹線オプション券を購入した場合に適用)

少ない投資で莫大な利益を得られるのがフリーきっぷの強み

これらの経費を全部あわせると、年間で数千万円から数億円と推測されます。仮に経費が1億円とした場合、その70倍もの売上があるわけですから、JRからみれば「こんなにおいしい商品はない」わけです。

青春18きっぷをはじめ乗り放題のフリーきっぷは、鉄道事業者が新たに大きな投資をする必要がなく、また普段は鉄道を使わない人など潜在ニーズを開拓できるチャンスもあります。ロングセラーでネームバリューもある青春18きっぷの場合、売上が著しく低迷して経費を下回るといったよほどの事情がない限り、JRが廃止にする理由はないのです。

2024年のリリースが季節ごとになった理由は?

青春18きっぷの年間スケジュールは、例年だと2月ごろにJR各社から発表されます。しかし、2024年は春季のリリースが1月に、夏季のリリースは6月にされ、冬季は2024年6月現在で発表されていません。ただ、JRは各メディアの取材に対して「廃止は検討していない」と答えており、2024年の冬季も発売される予定です。

では、なぜ例年とは違う対応をしているのでしょうか。これについて、JRは詳しい理由を公表していません。このため想像するしかないのですが、ひとつの可能性として「ハピラインふくいとIRいしかわ鉄道(金沢以西の線区)の業務委託料が決まっていない」ことも考えられるのではないでしょうか。

ここからは一般論になりますが、たとえば親会社が下請け業者やフリーランスなどに業務を委託する際には、委託される側の実績などに応じて業務量や委託料を決めることがあります。では、委託される側が設立して間もない新会社で実績がないときは、どうするのでしょうか。その場合は「試用期間」を設けて、実力を見極めるのも一手でしょう。

ハピラインふくいは、2024年3月に開業したばかりの新会社です。また、IRいしかわ鉄道も金沢以西は新たに開業した区間になります。そこで、沿線自治体もしくはJRが「実績をもとに委託料を決めてほしい(決めたい)」と懇願したのかもしれません。

もし、このような取引交渉があったとすれば、春季に関しては「JR時代の実績または協議会が想定した定期外客数」などを参考に、また夏季に関しては6月の各社の協議会で示した「開業後の実績」をもとに、委託料が決められたと推測できます。冬季の発表がないのは、これからの実績を見て決めるためかもしれません。

ハピラインふくいは、開業前の予測で年間約7億円の赤字が見込まれています。またIRいしかわ鉄道は、金沢以東は黒字でしたが、以西を含めると赤字転落する見込みです。つまり、両社が少しでも売上を増やして赤字額を抑えるために、このような処置を取ったのではないかと筆者は推測します。

JRからみても、適切な価格で業務委託ができるわけですから、デメリットは少ないでしょう。ただ、経費が決まらなければ商品価格も決まりません。価格改定や特例乗車区間の変更を見越して、シーズンごとにリリースを分けたとも考えられるのです。

こうした交渉が、他の並行在来線を含め本当にやっているのかはわかりませんし、ほかの理由でリリースを分けたのかもしれません。あくまでも想像ですので、ご了承ください。

青春18きっぷは、JRのほかにもたくさんの人たちが協力して発売される企画乗車券です。そうした人たちのおかげで、わたしたちは楽しい旅をリーズナブルな価格で実現できます。今度、青春18きっぷを使うときは、旅を支えてくれる関係者に感謝しながら、旅行されてはいかがでしょうか。

タイトルとURLをコピーしました