赤字JR線でも災害復旧させるのは「当たり前のこと」なのか?

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災害復旧中のJR豊肥本線 コラム
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集中豪雨や大地震などの災害が、廃止の引き金になる赤字ローカル線が増えているように感じます。ひとたび被災すると、復旧に数億円かかる鉄道施設。とりわけ、代行バスで間に合うほどに利用者が減った路線だと「何のために鉄道を復旧しなければならないのか?」と疑問に感じる事業者がいても、不思議ではありません。事実、JRの被災路線には復旧されず廃止となるケースが散見されます。

そもそも、利用者の少ない赤字路線の災害復旧を、鉄道事業者がおこなうのは「当たり前のこと」なのでしょうか。JRの被災路線における事例や、鉄道の災害復旧に関わる現行法も含めて考えてみます。

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鉄道の災害復旧は「事業者負担が原則」だが…

災害による鉄道施設の被害には、土砂流入や盛土流出、橋脚流出、トンネル崩壊など、路線ごとにさまざまなケースが考えられます。とりわけ、山間部や海岸沿いなど利用者の少ない地域ほど被害が大きくなりやすく、被災するたびに鉄道事業者は代行バスの確保を含めて復旧を検討しなければなりません。

こうした災害復旧にかかる費用は、事業者負担が原則です。とくに、黒字経営の事業者の場合は「自助努力で復旧させて当たり前」という考え方が日本では根強く残っており、国や自治体の補助が受けられず自腹で復旧させるケースが多くみられます。

とはいえ、被害総額が億単位になれば、第三セクターなどの中小鉄道事業者は、黒字でもつぶれてしまいます。これは、JRのような大手でも他人事ではありません。たとえば、JR九州の2019年度の経常利益は506億円でしたが、2020年7月に発生した肥薩線のような災害(当初の復旧概算費用は235億円)が複数路線で発生すると、赤字に転落する可能性もあります。

大規模災害が増えている近年、鉄道事業者にとってローカル線は「経営を揺るがすリスク」と見ることもできるのです。

災害がきっかけで廃止議論が生まれたJR路線の事例

JRの場合、2008年ごろまでは赤字ローカル線が被災しても「復旧を前提」に対応するケースが多くみられました。もっとも当時は、今より大規模災害が少なかったという点もあるでしょう。現在でも、軽微な被災であれば早急に復旧対応しています。

ただ、この慣習が「JRなら必ず復旧する」という信頼感を生む一方で、「復旧するのが当たり前」と、沿線自治体に認識させる一因になったのかもしれません。

しかし、2009年に起きた「ある路線の被災」が、当たり前だった考え方を一転させるきっかけになります。その路線が、JR東海の名松線です。同年10月、名松線は台風により家城~伊勢奥津間が大きな被害を受けます。復旧費用は約17億円です。

この区間は、国鉄時代にも幾度と被災していました。そのたびに復旧させるものの、長期運休が利用者離れの一因になっていたのです。ちなみに、災害前年(2008年)における被災区間の1日の利用者数は、わずか90人でした。

90人のために、17億円をかけて鉄道を復旧させるのは「当たり前のこと」なのか。JR東海は沿線自治体に協議を申し入れます。その結果、沿線自治体が治山・治水対策を継続的に実施することを条件に、復旧に合意。復旧費用のうち三重県が5億円、津市が7億5,000万円を負担し、名松線は被災から7年後の2016年に全線再開します。

名松線が被災した翌年の2010年7月、JR東日本の岩泉線で土砂崩れに起因する脱線事故が発生します。その後、JR東日本は岩泉線の全線で運行に支障を来す危険な場所を調査。落石のおそれがある箇所などを含めて、88箇所で修繕が必要なことが判明します。安全運行を確保するには、約130億円の費用が必要です。そこでJR東日本は、沿線自治体に協議を申し入れます。

沿線自治体は鉄道の復旧を要望しますが、黒字企業であるJR東日本への支援は断り続けます。最終的に沿線自治体は、並行する道路改良にJR東日本が協力することを前提に、鉄道の廃止を受け入れます。岩泉線の廃止は、被災から4年後の2014年でした。

■災害が直接原因で廃止になったJR路線の復旧概算費用と輸送密度

線名復旧概算費用輸送密度被災理由
岩泉線約130億円46土砂崩れ
気仙沼線(柳津~気仙沼)約700億円839津波
大船渡線(気仙沼~盛)約400億円426津波
日高本線(鵡川~様似)約86億円185高潮による路盤流出
根室本線(富良野~新得)約10.5億円152台風
日田彦山線(添田~夜明)約56億円299豪雨
▲輸送密度は、災害の前年度の実績。岩泉線の被災以降、JRローカル線では鉄道の廃止が相次いでいる。
参考:JR・沿線自治体の資料をもとに筆者が作成(参考URLはページ下部に記載しています)。

JRはなぜローカル線の災害復旧を拒むようになったのか?

従来のJR各社は、赤字路線でも早急に復旧対応をしていました。それが、名松線や岩泉線などが被災した2010年前後から災害復旧を拒むケースが目立ち始めます。

JR各社はなぜ、災害復旧をせずに赤字ローカル線の廃止へと方針転換したのでしょうか。その理由として「大規模災害が増えたこと」「安全管理が厳しくなったこと」も一因ですが、もうひとつ大きな要因として「人口の減少」も挙げられます。

日本の人口は、少子高齢化などの理由で2008年ごろに減少へと転じました。とりわけ少子化は、通学定期客がメインのローカル線にとって、利用者の減少に直結する問題です。事実、2000年前後から利用者数を大きく減らすローカル線が、全国各地で散見されるようになります。

また、人口減少はいずれ都市部にも波及します。これは、「儲かる路線で赤字路線を維持する」という内部補助のしくみが破たんすることを意味します。さらに、高速道路をはじめ沿線の道路整備が進んだことも、ローカル線の定期外利用客の減少に拍車をかけました。

こうした時代の変化に対し、JR各社は2010年前後に大きな方針転換を図ります。一例として、JR東日本が2008年に公表した「グループ経営ビジョン」では、以下の考えが示されています。

・「地方交通線」は、ご利用の増加と徹底した事業運営の効率化を推進する。その上で鉄道として維持することが極めて困難な路線・区間については、当社グループを事業主体とする鉄道以外の輸送モードの導入も含め、全体としてのサービス水準の維持・向上をめざす。

出典:JR東日本「グループ経営ビジョン 2020-挑む-」について

要するに、「利用者が激減した路線はバス転換も視野に入れる」ということを明言したのです。また、2010年にはJR西日本も閑散線区を見直す考えを示すなど、JR各社でローカル線の廃止を示唆する意見が出始めます。

人口減少とローカル線の利用客の激減、そして沿線で進む道路整備。これらの要因が「利用者の少ない路線で大規模な被災をした場合は、すぐに復旧しない(廃止も検討する)」という方針になったと推測されます。

災害復旧に関する国の補助制度も廃止を促す一因に

完全民営化したJR各社の場合、災害復旧に関する「国の補助制度」も、復旧を拒む理由のひとつとされました。

国は、大規模災害で被災した鉄道路線に対して、一定の条件を満たす場合に復旧費用の一部を補助する制度を設けています。たとえば、鉄道軌道整備法にもとづく災害復旧補助の場合は、適用されると復旧費用の最大3分の2を国と自治体が支援してくれますから、鉄道事業者の負担を大きく減らせます。ただし、制度が使えるのは「赤字の事業者であること」が条件のひとつでした。

国の補助にはもうひとつ、「特定大規模災害等鉄道施設災害復旧補助」という制度もあります。この制度は、激甚災害に見舞われた路線の復旧費用を、国と自治体がそれぞれ半分ずつ支援するというもの。鉄道事業者の負担はほぼありません。

しかも、自治体負担分の95%は普通交付税措置により国が肩代わりするため、自治体の負担額も大きく抑えられます。ただし、この制度も赤字事業者であることが適用条件です。それにくわえ、上下分離を導入するなど抜本的な経営構造の改革も求められ、復旧後の自治体負担が重くなります。

いずれの制度も、黒字企業であるJR本州3社やJR九州には使えませんでした。こうした補助制度も、「JRは自社負担で復旧するのが当たり前」という考え方を前提とする内容だったのです。JRからみれば誰からも支援が受けられない状況ですから、「復旧せずに廃止にする」と方針転換するのは、企業を守るうえで「当たり前のこと」でしょう。

なお、2016年に発生した熊本地震をきっかけに、鉄道軌道整備法にもとづく災害復旧補助に関しては「被災路線が過去3年間赤字」であれば、黒字企業でも制度が使えるように、現行法は改正されています。この法改正により、JRは復旧費用の補助が受けやすくなるため、「赤字ローカル線の廃止を防げる」と国は期待したのです。

■鉄道軌道整備法にもとづく災害復旧補助の要件

項目赤字会社の赤字路線黒字会社の赤字路線
災害の種類・大規模災害・大規模災害
・激甚災害またはこれに準じる大規模災害
赤字要件・過去3年間が赤字の事業者または今後も赤字が見込まれる事業者
・過去3年間が赤字の路線
・過去3年間が赤字の路線
災害の規模・復旧費用が路線の年間収入の1割以上・復旧費用が路線の年間収入以上
長期的な運行の確保・指定なし・長期的な運行の確保に関する計画の作成が必要
▲鉄道軌道整備法にもとづく災害復旧補助の条件。黒字事業者の場合、「過去3年間赤字の路線」には補助が適用される。ただし、長期的な運行の確保に関する計画を策定することも条件に含まれる。
参考:国土交通省「鉄道の災害復旧補助について」をもとに筆者作成

災害に備えてJRと協議の場を持つことも大切

ところが、この法改正で困った人たちが現れます。それが、沿線自治体です。これまでは「事業者単位」で黒字なら支援しなくてもよかったのに、法改正で「路線単位」に変わったため、黒字企業でも支援しなければならなくなったわけです。

このため、「JRの負担で復旧してほしい」と支援に難色を示す自治体が現れはじめ、復旧までに時間がかかるケースも散見されるようになります。さらに、復旧後の運行赤字の支援まで求められるケースが増えており、自治体の負担はさらに重くなるばかりです。

とはいえ、自治体が支援しなければ復旧工事は始まりません。「JRは公共交通機関としての責任を取れ」などのクレームをつけて支援を拒んだところで、いずれ事業者都合で廃止にされます。

こうした悲劇を生まないためには、災害が起きる前から「JRと協議する場を設けておくこと」も一手でしょう。結局、JRが復旧を拒否するいちばんの理由は「利用者が減っているから」です。利用者を減らさないために、沿線自治体も利用促進の協力をすることで、災害による廃止を防げる可能性が高まります。

ただし、利用者が極端に少ない路線では、復旧費用にくわえ運行赤字に対する支援も検討する必要があるでしょう。JRだって、本当は廃止にしたくないのです。でも、復旧させたところで利用者は減り続けるし、赤字が増えることもわかっている。その支援を誰もしてくれないのであれば、廃止にするしか選択肢がなくなるわけです。

もっとも、国にも支援制度の拡充が求められるでしょう。ただ、どんな制度が必要なのかは現場に近い沿線自治体が具体的に示さなければ、国は動けません。仮に「鉄道を復旧して地域を活性化したい」と国に予算を求めるなら、活性化の方針や増収に向けた具体的な案などを示す計画を考える。その計画が実現可能かを鉄道事業者と一緒に検討したうえで、災害復旧の判断をする必要があるのではないでしょうか。

災害は、いつ発生するかわかりません。いつ発生しても対応できるように、「備えることが大切だ」といわれます。鉄道の災害復旧でも、あらかじめ事業者との協議会を設置して密にコミュニケーションを取ることが、いざというときの「備え」になるでしょう。両者が手を取り合い、万が一に備えることで、被災したローカル線への迅速な対応が取れるようになるはずです。

鉄道事業者と自治体との協議が長期化し、放置された状態のローカル線が、いまも複数あります。被災しても早く復旧されるのが「当たり前のこと」になるのを、公共交通の利用者は望んでいるのです。

※近年被災した路線の災害復旧に関する協議は、以下にまとめてあります。

災害後の復旧・廃止をめぐる赤字ローカル線の協議会リスト
災害により長期間不通となっている赤字ローカル線の復旧・廃止を検討する、鉄道事業者と沿線自治体の協議会の一覧です。

参考URL

岩泉線(茂市~岩泉)について(JR東日本)
https://www.jreast.co.jp/press/2011/20120316.pdf

JR気仙沼線・JR大船渡線の復旧・復興に関する要望書(気仙沼市)
https://www.kesennuma.miyagi.jp/sec/s019/010/070/026/1200261122youbou.pdf

日高線(鵡川・様似間)の復旧断念、並びにバス等への転換に向けた沿線自治体との協議開始のお願いについて(JR北海道)
https://www.jrhokkaido.co.jp/press/2016/161221-4.pdf

根室線 東鹿越~上落合間の被災状況について(JR北海道)
https://www.jrhokkaido.co.jp/press/2017/170712-3_1.pdf

「第2回日田彦山線復旧会議検討会」議事概要(JR九州)
https://www.jrkyushu.co.jp/company/other/hitahiko/pdf/02_gijigaiyo.pdf