近年、ローカル線を中心に「サイクルトレイン」を導入する鉄道事業者が増えています。国もサイクルトレインを後押ししており、赤字路線を抱える沿線自治体では利用促進策のひとつとして検討しているところも多いようです。
では、サイクルトレインの導入でローカル線の利用者は増えるのでしょうか。国が推進する理由をお伝えするとともに、成功に導くポイントも考えてみます。
150路線以上で運行されるサイクルトレイン
サイクルトレインとは、自転車をそのまま乗せることが可能な列車のことです。一般的には、定期運行列車の一部を自転車乗車可にしているスタイルが多いですが、JR東日本の「B.B.BASE(BOSO BICYCLE BASE)」のようにサイクルトレイン専用列車もあります。
ところで、JRをはじめ多くの鉄道事業者では、車内に自転車を持ち込むこと自体は認めています。ただし、自転車を解体して専用バッグ(輪行袋)に入れるなど、事業者が定めるルールに従うのが大前提です。いわゆる「ママチャリ(シティサイクル)」のような解体できない自転車の場合、そのまま持ち込むことは原則できません。
サイクルトレインであれば、自転車を分解したり輪行袋に入れたりする必要はなく、乗車可能な駅や曜日・時間帯などのルールさえ守れば、ママチャリでも乗車可能です。このため、家から駅まで自転車で移動して列車に乗り、降車後もそのまま自転車に乗って目的地へスムーズに移動できるようになります。
国土交通省によると、サイクルトレインを実施している事業者は74社、152路線(2023年度)もあり、ローカル線を中心に増えているようです。このなかにはJR東日本の「B.B.BASE」のように、イベントに合わせて臨時運行される路線も含みます。なお、持ち込み料金は有料のところもありますが、無料の事業者が多いようです。
■サイクルトレイン実施路線数の推移
サイクルトレインが増えている理由
サイクルトレインは、赤字ローカル線の沿線自治体でも検討されるケースが多いようです。実証実験を含めて2024年秋から新たに運行を始める線区だけでも、花輪線(北森~鹿角花輪)、水郡線(福島県側で乗車可能な駅を追加)、紀勢本線(紀伊長島~新宮が追加)、和歌山線(和歌山~五条)、山陰本線(鳥取~米子)など、主にJRの線区で増えています。
では、なぜサイクルトレインを導入するローカル線が増えているのでしょうか。理由のひとつに、「国がサイクルトレインを推奨している」ことが挙げられます。
国は2017年5月1日に「自転車活用推進法」という法律を施行しました。この法律は、自転車の活用による環境負荷の低減や災害時における交通機能の維持、国民の健康増進を図ることなどを目的に制定されたものです。
自転車活用推進法には、鉄道をはじめ公共交通機関との連携を促す以下の条文が定められています。
第五条
出典:自転車活用推進法
公共交通に関する事業その他の事業を行う者は、自転車と公共交通機関との連携の促進等に努めるとともに、国又は地方公共団体が実施する自転車の活用の推進に関する施策に協力するよう努めるものとする。
平たくいえば、自治体などが「サイクルトレインを運行してほしい」と要望したら、事業者も協力することを求めているのです。もちろん、自治体は要望するだけでなく、事業として成り立つように計画を策定する必要があります。
また、2022年には国土交通省が「サイクルトレイン・サイクルバス導入の手引き」を作成しています。このなかで、利用者の減少に歯止めがかからない地域公共交通を維持するには「あらゆる手段を選択肢として講ずる必要がある」とし、サイクルトレインも鉄道の利用機会の拡大に寄与すると伝えています。
こうした国の取り組みも、赤字ローカル線でサイクルトレインが増えている理由のひとつなのです。
鉄道事業者からみたサイクルトレインのメリットと課題
自治体がサイクルトレインの運行を求めても、鉄道事業者側にメリットがなければ採用されません。では、サイクルトレインを運行することで、鉄道事業者にはどのようなメリットが考えられるのでしょうか。
いちばんのメリットは、「利用者が増えること」です。これまで取りこぼしていた鉄道の利用圏域外などから、新たなニーズを開拓できるチャンスがあります。
実際にサイクルトレインで利用者が増えた路線も、いくつかあります。一例として群馬県の上毛電鉄では、サイクルトレインの導入直後に自転車持込者が急増。現在では年間4万人以上が利用しており、利用促進の効果をあげているようです。また弘南鉄道では、駅から離れた郊外のショッピングセンターに行く利用者などが利用。新たな顧客獲得につながり、弘南線・大鰐線の2路線で450人を超える利用(4~11月のシーズン中)があるとしています。
一方で、サイクルトレインを運行するには、駅周辺や列車などの改修が必要なケースもあるため、事業者が導入を拒むケースもみられます。
たとえば、改札から列車に乗車するまでの動線整備。バリアフリー施策を進めたことで駅構内の移動がスムーズになったとはいえ、自転車と一緒では改札を通れなかったり、ホームへ移動するまでに階段があったり、ホームと列車のあいだに段差があったりと、自転車乗降の妨げになる駅もたくさんあります。これを改善するには改修工事の実施や人員配置などが必要となり、その費用を負担できない事業者も多いのです。
また、混雑時に乗車できないことも想定されます。利用者の少ないローカル線でも、朝夕は通学客などで混雑しますし、休日も観光客でにぎわうなど、自転車を置くスペースを確保できない列車もあるでしょう。車両の増結も難しいため、乗車可能な線区や列車を設定したり自転車専用スペースを設けたりと、事業者の手間が増えることもデメリットです。
場合によっては、他の乗客とトラブルになったり、自転車を破損したりすることも想定されます。こうした事業者側の事情や対策も含めて柔軟に運用できる方法を、自治体などの関係者と検討することが大切です。
サイクルトレインが成功するローカル線の特徴は?
サイクルトレインを導入すれば、ローカル線の利用者を増やすことも可能です。ただし、どの路線でも増えるとは限りません。そもそも、車社会で自転車に乗る人が少ない地域では、どんな施策を講じても利用者数は伸び悩むでしょう。
つまり、「自転車に乗る人が多い地域なら、サイクルトレインの利用者を獲得しやすい」と考えられます。では、自転車利用者が多い地域はどこなのでしょうか。ここで、1世帯あたりの自転車保有台数が多い都道府県TOP10をみていきます。
■1世帯あたり自転車保有台数(2021年)
1位 | 大阪府 | 1.356 |
2位 | 高知県 | 1.293 |
3位 | 埼玉県 | 1.274 |
4位 | 滋賀県 | 1.196 |
5位 | 富山県 | 1.180 |
6位 | 和歌山県 | 1.178 |
7位 | 京都府 | 1.166 |
8位 | 愛知県 | 1.165 |
9位 | 福井県 | 1.156 |
10位 | 群馬県 | 1.131 |
TOP10のうち4府県が、近畿地方です。この地域性からJR西日本では、紀勢本線や和歌山線でサイクルトレインを運行しています。
とりわけ紀勢本線で2021年9月から運行するサイクルトレインは、好評のようです。トータルの利用者数は、2022年度が約1万人、2023年が約1万4,000人。日常利用する和歌山県民だけでなく、大阪府や京都府のサイクリストも取り込んでいると推測されます。なかでも紀伊田辺~新宮は人気が高く、利用者全体の9割以上を占めるようです。
これに乗じて三重県側でも、JR東海の紀伊長島~新宮でサイクルトレインの実証実験を2024年10月から始めています。ただ、三重県の自転車保有台数は1世帯あたり0.834台、全国順位は41位です。8位の愛知県のサイクリストを獲得できれば増えそうですが、マイカーで自転車を運びツーリングする人が多い地域だと鉄道利用者は伸び悩むかもしれません。
3位の埼玉県では、秩父鉄道でサイクルトレインを運行しています。きっかけは、埼玉県の交通政策課から「埼玉県は自転車保有台数が全国的に高い水準だ」として、サイクルトレインの提案があったそうです。そこで秩父鉄道では2009年12月から実証実験を開始。約2カ月弱で179台の利用があり、本格導入に移行しました。
年間利用者数が4万人以上と全国トップクラスの上毛電鉄がある群馬県も、TOP10に入っています。群馬県では、上信電鉄もサイクルトレインを運行しています。
サイクルトレインの成功に欠かせない自治体との連携
サイクルトレインは、事業者の意思だけで運行するのはなかなか難しいようです。その理由は、採算性がよくないから。車両スペースの関係で乗車人数が限られますし、持込料金を高く設定すると継続的な利用者獲得につながらないおそれがあります。また、利用者の多い区間では予約制にするなど、追加コストが発生するケースもあるようです。
さらに、観光目的のサイクリストを獲得する場合は、魅力的なサイクリングコースの整備も必要です。こうした事情から、自治体への協力を求める事業者もみられます。
サイクルトレインがあるというだけではリピーターの獲得は難しい。より多くのサイクリストに訪問していただくため、行政とも連携して環境を整えていきたい
出典:国土交通省「全国サイクルトレイン(チャリトレ)情報交換会 取組み事例紹介」
例)自転車専用レーンによる安全性向上、駅チカでのシャワーや着替え設備、駅チカでのレンタサイクル充実
上記は、JR西日本がサイクルトレイン運行の課題として提言した内容です。これに対して和歌山県や沿線自治体では、サイクリングコースの整備に協力するほか、メディアを使った周知活動をおこなうなど、JR西日本と連携して利用促進を図っています。
ほかにも、年間5,000人以上が利用する愛知県の豊橋鉄道では、列車や駅設備などの改装費用を沿線自治体が支援。事業者負担の軽減につながっているようです。また、弘南鉄道大鰐線では沿線自治体の協議会が中心となり、案内板やポスターでの周知活動や、簡易スロープの製作なども協力しています。
サイクルトレインを運行するには、さまざまな経費がかかります。また、継続的に運行するには周知活動を続けることも大事です。観光列車にもいえることですが「サイクルトレインが走れば、人が勝手に来てくれる」ことはなく、沿線自治体も積極的に協力しなければ利用者を増やすのは難しいのです。
国は、観光誘客を目的とした事業のなかに、サイクルトレインにも活用できる補助金制度を用意しています。自転車利用者が多い地域では、赤字ローカル線の維持活性化につなげるためにも、国の制度を活用して利用促進をおこなうのも一手ではないでしょうか。
参考URL
サイクルトレイン・サイクルバス導入の手引き~国内外の参考事例集~(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/road/bicycleuse/bikesonboard/pdf/all.pdf
サイクルトレイン一覧(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/tetudo/content/001713312.pdf
全国サイクルトレイン(チャリトレ)情報交換会 取組み事例紹介(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/tetudo/content/001752483.pdf
2021年度 自転車保有並びに使用実態に関する調査報告書 要約版(自転車産業振興協会)
https://jbpi.or.jp/wp-content/uploads/2022/12/own_report_2021.pdf
紀勢本線で10月から「サイクルトレイン」実証運行(NHK三重 2024年9月23日)
https://www3.nhk.or.jp/lnews/tsu/20240923/3070013761.html