上下分離より負担が重い?鉄道廃止時の行政負担額の求め方

列車と線路 コラム

自治体が赤字ローカル線の廃止に反対する理由のひとつに、「財政悪化を避けたい」という考えがあります。鉄道事業者との協議のテーブルにつくと、「存続させるために公的支援をするか」「廃止を容認するか」の事実上二択に迫られ、どちらを選んでも財政逼迫は必至です。

とはいえ、地域の足は守らなければなりませんから、将来を見据えてどちらかを選ぶことになります。では、上下分離方式などを受け入れて公的支援する場合と、廃止による損失を穴埋めする場合とを比べると、行政負担はどちらのほうが重くなるのでしょうか。鉄道の存廃と沿線自治体の負担について考えてみます。

上下分離などで鉄道を存続させたときの行政負担

近年、赤字ローカル線を存続させる方法として「上下分離方式」を導入するケースが増えています。上下分離方式とは、列車の運行(上)は従来通り鉄道事業者に任せ、駅や線路といった鉄道施設および土地(下)は自治体が保有する形態です。

鉄道事業者は、線路などを保有する自治体に対して線路使用料を払いながら運行します。ただし、赤字額が大きいなど線路使用料を負担できない鉄道事業者には、自治体が無償で貸し出すことも認められています。このケースで上下分離方式を導入すると、行政負担が大きくなるのです。

なお、「自治体はどこまで保有するか」という定義は、明確に決まっていません。一例として養老鉄道の場合、車両も沿線自治体(厳密には沿線自治体が出資する社団法人)が保有しており、車両にかかるメンテナンスコストなども自治体が負担しています。また、和歌山電鉄(貴志川線)などでは土地のみを自治体が保有し、線路や車両などは鉄道事業者が保有するパターンもあります。

■上下分離方式の例

青い森鉄道の上下分離方式のケース
▲青い森鉄道では、鉄道施設・用地(土地)を自治体が保有。線路使用料は、青い森鉄道の経営状況にあわせて柔軟に調整している。
養老鉄道の上下分離方式のケース
▲養老鉄道では、自治体が出資する社団法人(養老線管理機構)が車両や鉄道施設などを保有。線路等の使用料は、自治体が補助している。

みなし上下分離との違い

上下分離方式と似た言葉に、「みなし上下分離」という方法もあります。これは、上下ともに鉄道事業者が保有し、沿線自治体は下の部分の管理費などを支援する方式です。上毛電鉄や一畑電車などで採用されています。

一見すると上下分離方式と同じようにみえますが、大きな違いは「下の保有者は誰か?」という点です。

上下分離方式では自治体が保有者ですから、鉄道事業者は駅舎や土地などにかかる固定資産税の負担を避けられます。これに対してみなし上下分離は、鉄道事業者が駅舎も土地も保有するため、固定資産税を沿線自治体に納めなければなりません(一部自治体では減免措置をおこなっているところもあります)。

固定資産税といっても、鉄道事業者からみると結構な額です。たとえば、神戸電鉄粟生線が納める固定資産税は年間2億円以上にもなり、10億円前後になる赤字の一部として経営を圧迫しています。都市近郊路線では、高額な税金も上下分離方式の導入を求める理由になっているのです。

とはいえ、自治体からみれば上下分離方式に移行すれば税収が減ります。そこで、みなし上下分離を採用することにより自治体の財政悪化を防ぎやすくなり、また鉄道事業者の負担も軽減できるため、都市部などでは合理的な方法として採用されることが多いようです。

■みなし上下分離方式の例

上毛電鉄のみなし上下分離方式のケース
▲上毛電鉄では、国や自治体の補助金にくわえ、固定資産税相当額も補助している。

上下分離以外の支援

上下分離方式だけでなく、鉄道事業者に対する支援はほかにもあります。

一例としてJR東海の名松線では、線路に隣接する林野などの土地管理を自治体が徹底し、災害から鉄道施設を守ることで支援しています。名松線では、大雨や台風などによる土砂災害でたびたび不通になり、JR東海は2009年の災害時に一部区間の廃止を検討していました。しかし、廃止に反対する沿線自治体が線路隣地の管理徹底を約束することで、名松線は2016年に全線復旧したのです。

ほかにも、沿線住民を巻き込んだ利用促進や環境美化による経費削減など、公的支援以外でサポートする自治体も多く存在します。

※上下分離方式・みなし上下分離方式を採用した主な鉄道の協議会は、こちらでご覧いただけます。

上下分離方式を導入した赤字ローカル線の協議会リスト
鉄道施設などを自治体が保有する上下分離方式を導入した、鉄道事業者と沿線自治体の協議会の一覧です。

鉄道を廃止にしたときの行政負担

鉄道を廃止にしたときにも、沿線自治体にはさまざまな負担が生じます。

たとえば、代替交通を準備するための費用がかかりますし、代替手段を用意しても一定数はマイカーにシフトしますから、道路が渋滞しないように整備する必要もあるでしょう。バス転換する場合は、バス停やターミナルなどの整備も必要です。こうした費用は、自治体にも負担が生じます。

鉄道の廃止時に必要とされる具体的な行政負担項目には、以下のようなものがあります。

  • 通学や通院における送迎バス運行、またはタクシー券配布
  • 買い物が困難になる人へのタクシー券配布、または移動販売の実施
  • 転出者を抑えるための人口流出対策
  • 観光地への貸切バス運行
  • 駅前などの地価下落による税収減少
  • 道路混雑に対応した道路整備や駐車場整備
  • 温室効果ガス削減対策
  • 災害時における住民の移動手段の調達

…など

参考:国土交通省「クロスセクター効果『地域公共交通 赤字=廃止でいいの?』」をもとに筆者作成

上下分離の支援額と廃止時の負担額を比べる方法

では、上下分離などで鉄道を存続させる場合と、廃止にした場合とを比べると、行政負担はどちらが重くなるのでしょうか。それは、路線ごとに異なるため一概にはいえません。

上下分離方式を導入するときの自治体の支援額は、鉄道事業者がこれまでの実績をもとに提示するのが通例です。基本的には、線路や駅、電気通信設備などの管理費から求められます。なお、路線や線区の赤字額とは異なるケースが多いです。

これに対して、鉄道を廃止にしたときに必要な行政負担額は、自治体が自ら算出しなければなりません。ただ、算出方法について国土交通省がマニュアルを展開しており、これを使うことで求めることが可能です。

このように、鉄道などの公共交通事業者に対する支援額と、廃止になったときに必要な行政負担額とを比べることで、公共交通が持つ多面的な効果を分析する方法を「クロスセクター効果の分析」といいます。

クロスセクター効果の分析結果は、鉄道事業者との協議で「ファクトとデータ」のひとつとして示せます。利用者の少ない路線では、廃止を避けるための資料として使えることもあるでしょう。

たとえば、上下分離方式を導入したときの支援額が年間3億円の路線の場合、廃止時に必要な額が3億円を超えるとわかれば鉄道を残したほうが合理的といえます。逆に3億円未満であれば、他の交通モードに転換したほうが行政負担を抑えられるのです。

クロスセクター効果の分析事例

クロスセクター効果の分析をおこない、鉄道の存続につながった事例は全国各地でみられます。一例として、2024年4月より上下分離方式へ移行する近江鉄道の事例をみていきましょう。

赤字経営が続いていた近江鉄道では、2016年に公的支援を求める協議を沿線自治体へ申し入れます。近江鉄道が試算した公的支援額は、年間6億7,000万円です。

これに対して、鉄道廃止時の行政負担を試算したところ、年間19億1,059万円~54億7,265万円という結果でした。

■近江鉄道の沿線自治体が試算したクロスセクター効果

近江鉄道の沿線自治体が試算したクロスセクター効果
出典:滋賀県「第2回 近江鉄道沿線地域公共交通再生協議会 次第」

老朽化が進む鉄道施設の更新を着実に進めるうえでも、沿線自治体は上下分離方式が妥当と判断し、近江鉄道に対する公的支援の投入を決めたのです。

※近江鉄道の存続につながった協議会の流れは、以下の記事で解説しています。

負担ではなく「未来への投資」と捉えてほしい

クロスセクター効果の分析をすることで、鉄道が廃止されたときの行政負担を客観的かつ明確に把握できます。逆にいえば、この分析結果は、鉄道が存在することで自治体や沿線住民が受けている「恩恵や価値」ともいえるでしょう。

その恩恵や価値に気づいていない自治体が、「支援=負担」という考えから抜け出せない協議会に多いように感じます。

支援を「負担」と捉えると、「誰が負担するか」で議論が終始してしまい、話がこじれやすいのです。少子化・過疎化が進み利用者数がジリ貧の鉄道に対して、支援したいと思う人はいません。地域の足を守るだけなら、デマンド交通など他の交通モードで十分に対応できるところもあります。こうした協議会では費用(赤字額)だけで比べてしまい、鉄道が廃止になるケースも少なくないのです。

負担と捉えるのではなく、鉄道が地域にもたらす価値を追求して「支援=未来への投資」と、発想を転換させることも大切でしょう。鉄道なら、観光誘客を図ることで地域に恩恵をもたらすツールになりますし、移住促進にも鉄道が魅力のひとつとして寄与することがあります。鉄道を上手に活用すれば、大きな経済波及効果や沿線自治体の税収増加をもたらすことも可能なのです。

再構築協議会をはじめ、これから始まる鉄道事業者との協議では、沿線自治体が「鉄道を活用した地域の明るい未来図を描けるか」も、重要なポイントになってくると考えられます。その未来図を、クロスセクター効果の分析をはじめファクトとデータをもとに自治体が明確に示し、国の制度を活用した支援策を示すことも、赤字ローカル線の廃止を避けるためのポイントといえるでしょう。

鉄道を残すことだけにこだわり負担を押しつけ合うネガティブな協議ではなく、地域全体の明るい未来につながる有意義な話し合いをしてほしいところです。

※鉄道の価値を「費用対便益の分析」で示す方法も解説しています。詳しくは、以下の記事をご覧ください。

参考URL

地方鉄道の活性化に向けて(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/common/000024817.pdf

クロスセクター効果「地域公共交通 赤字=廃止でいいの?」(国土交通省)
https://wwwtb.mlit.go.jp/kinki/content/cross_sector_leaflet.pdf

第2回 近江鉄道沿線地域公共交通再生協議会 次第(滋賀県)
https://www.pref.shiga.lg.jp/file/attachment/5170477.pdf

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