上信電鉄は、群馬県の高崎と下仁田を結ぶ私鉄です。地域住民の足として日常利用の多いローカル線ですが、沿線には世界遺産の富岡製糸場があり、観光路線としての一面もあります。
ただ、経営状況は厳しく、沿線自治体は1999年から「みなし上下分離(群馬型上下分離)」により支援しています。それでも赤字が続く上信電鉄。毎年億単位の支援を続ける沿線自治体は、次の一手に踏み切りました。
上信電鉄の線区データ
協議対象の区間 | 上信線 高崎~下仁田(33.7km) |
輸送密度(1987年→2019年) | 4,233→2,377 |
増減率 | -44% |
赤字額(2019年) | 8,870万円 |
※赤字額は、コロナ禍前の2019年のデータを使用しています。
協議会参加団体
高崎市、富岡市、下仁田町、南牧村、甘楽町、群馬県

上信電鉄をめぐる協議会設置までの経緯
上信電鉄はかつて、年間817万人(1966年)もの乗客を運ぶ通勤通学路線でした。しかし、モータリゼーションの進展や地場産業の衰退などにより、1967年から利用者の減少が始まります。経営状況も赤字に転落。1974年からは、国の欠損補助金を受けながら運営を続けます。
当時の上信電鉄は、鉄道のほかにも貸切バスやハイヤーも運営していました。しかし、モータリゼーションの進展などにより、いずれの事業も赤字に転落。このため、貸切バスとハイヤーは分社化します。上信電鉄は鉄道事業一本に絞り、新型車両の導入やレールの改良など設備投資を積極的に進めます。これにより、1978年には黒字に転換。国の欠損補助金を受けなくても、安定経営ができるようになりました。
その後、利用者数は400万人台で横ばいになりますが、1993年に大きく減少する出来事が起きます。上信越自動車道の開通です。この影響で利用者数は大きく減少。開通前(1992年)の約444万人から、1997年には約332万人と、わずか5年で100万人以上も減少したのです。
経営も再び赤字に転落し、国の欠損補助金を受けることになった上信電鉄。しかし、この補助制度は1997年に廃止されることが決まっています。そこで沿線自治体は、上信電鉄を支援する組織として1995年6月に「上信電鉄沿線市町村連絡協議会」を設置。国の欠損補助金に代わる支援制度の検討を始めたのです。
みなし上下分離方式で上信電鉄を支援
上信電鉄の沿線自治体が協議会を設置した翌年、同じ群馬県にある私鉄の上毛電鉄でも協議会が設置されました。上毛電鉄も国の欠損補助を受けていましたが、制度の廃止により沿線自治体が新たな支援の検討を始めたのです。その結果、上毛電鉄の沿線自治体は「みなし上下分離方式」の導入を決定。1998年から支援がスタートします。
これに続くかたちで、上信電鉄でもみなし上下分離方式を採用。1999年から支援を始めることになりました。
みなし上下分離方式とは、下の部分にかかる費用を沿線自治体などが支援する方式です。線路や駅、車両といった鉄道施設は、上信電鉄がそのまま保有します。具体的な支援内容について、群馬県や沿線自治体は以下3つの補助金を設けています。
- 輸送対策事業補助金
- 鉄道基盤設備維持費補助金
- 固定資産税等相当額補助金
「1.輸送対策事業補助金」は、レールや枕木の交換、車両更新といった安全上必要な投資に活用される国の補助金です。1997年に廃止された欠損補助金を継承する制度で、群馬県や沿線自治体も支援しています。
「2.鉄道基盤設備維持費補助金」は、上信電鉄が赤字になった年度に、下の維持管理費に対して支援する県と沿線自治体の制度です。赤字になった年度のみ生じる補助金ですから、黒字の年には支払われません。実際に、富岡製糸場が世界遺産に登録された2014年には運賃収入が大幅に増加し、補助金が適用されませんでした。
「3.固定資産税等相当額補助金」は、上信電鉄が納める固定資産税や都市計画税に対する補助金です。簡単にいえば、駅や線路などの鉄道施設に課せられる固定資産税が免除されます。
これらの上信電鉄に対する公的支援の総額は、1999年度から2022年度までに約60億円になります。
■群馬型上下分離(みなし上下分離方式)のスキーム概要
国 | 群馬県 | 市町村 | ||
---|---|---|---|---|
輸送対策事業補助金 | 国庫補助対象 | 1/3 | 1/3 | 1/3 |
国庫補助対象外 | – | 1/2 | 1/2 | |
鉄道基盤設備維持費補助金 | – | 3/5 | 2/5 | |
固定資産税等相当額補助金 | – | – | 10/10 |
上信電鉄のこれまでの取り組み
公的支援以外にも、沿線自治体は上信電鉄の利用者の増加をめざして、さまざまな取り組みをおこなっています。主な取り組みは、以下の通りです。
- 新駅設置(高崎商科大学前駅、佐野のわたし駅など)
- サイクルトレイン
- 無料の貸し自転車の設置
- ラッピング列車の運行(銀河鉄道999号など)
- 企画きっぷの販売
- 地域イベントの実施
- 駅周辺案内板の改修
- 沿線パンフレットやポスター等の作成配布
- 通学定期券への補助
…など
サイクルトレインは、2002年7月からサービスを始めています。乗車できる駅や時間帯が限られるものの、多くの沿線住民が利用しているようです。なお、一部の駅では自転車を無料で貸し出すレンタサイクルも実施。観光客を中心に、利用者は増えているようです。
企画きっぷは一日乗車券をはじめ、富岡製糸場の見学料と往復乗車券がセットになった「富岡製糸場見学往復割引乗車券」や、沿線の史跡をめぐる「上野三碑巡りフリー乗車券」などを販売しています。
通学定期券の補助は、高崎商科大学の父母会による助成や、富岡市による高校生に対する補助(月2,000円が上限)などを実施しています。
上信電鉄への財政支援は妥当か?データにもとづく協議開始
協議会が中心となって進める利用促進の効果もあり、上信電鉄の利用者数は年間200万人台を維持できるようになりました。とはいえ、減少に歯止めはかかっておらず、今後も緩やかに減り続ける見通しです。とくに利用者の半分を占める通学定期客は、少子化の影響で増える見込みがありません。
一方で、鉄道の運行に必要な経費は年々増加傾向にあります。近年は電気料金の高騰で動力費が増えており、厳しい経営状況に拍車をかけているようです。沿線自治体などによる上信電鉄への支援額は、年間で3億5,000万円前後。今後必要になる老朽化した鉄道施設の更新費用を考慮すると、公的支援の増額は避けられません。
■上信電鉄に対する補助金推移(2018~2022年度 単位:百万円)

参考:群馬県「【上信】第2回協議会資料」をもとに筆者作成
こうした状況に群馬県では、上信電鉄に対する支援の見直しや地域公共交通の再構築を目的とした「沿線地域交通リ・デザイン推進協議会」という新たな組織を、2023年に設置しました。この協議会は、地域公共交通活性化再生法にもとづく法定協議会で、地域公共交通計画を策定して国に認められると、設備投資や維持管理費などに対する国の支援が受けやすくなります。
協議は、2023年10月10日にスタート。ここで群馬県は「データにもとづいた議論」を、協議会の構成メンバーに求めます。データにもとづいた議論とは、沿線住民や観光客へのアンケート調査、クロスセクター効果の分析、他の交通モードに転換したときの収支試算など、客観的なファクトとデータをもとに話し合うことです。
そのうえで、鉄道の必要性や優位性、経営が成り立つ方法について検討していくことが確認されました。
アンケート調査から見えてきた「上信電鉄の価値」
第2回協議会は、2024年1月22日に開催。ここで、アンケート調査の結果などをまとめた中間報告がされます。
沿線住民へのアンケート調査には、上信電鉄の値上げやバス転換に関する質問も含まれていました。たとえば、鉄道を存続させるために「値上げを容認するか?」という質問に、容認すると答えた人の割合は約47%。また、代替バスに転換したら約60%が「利用しない」と回答しています。これらの結果から、沿線住民には「鉄道だから利用している」という考えの人が多いことがうかがえます。
ちなみに、上信電鉄の朝ピーク時の輸送量は1時間あたり約400人(南高崎~高崎)です。路線バスだと最低7本の運行が必要となり、バス転換は現実的な選択肢といえないでしょう。
このアンケート調査には、ユニークな質問もありました。それは、上信電鉄を維持するために「いくらまで負担するのが妥当か?」という質問です。その平均額は、利用者が年間783円(運賃とは別の負担額)、利用しない人だと年間470円という結果に。これに、利用者数や沿線人口をかけた支払意思額は、年間で約6,034万円という試算結果が示されました。この額が、沿線住民が考える「上信電鉄の価値」という見方もできます。
■上信電鉄への負担金の支払意思額の試算結果
1人あたり支払意思額 | 人数 | 支払意思額 | |
---|---|---|---|
利用者 | 783円/年 | 3,500人 | 277.5万円/年 |
非利用者 | 470円/年 | 12,300人 | 5,756.9万円/年 |
総支払意思額 | – | – | 6,034.4万円/年 |
参考:群馬県「【上信】群馬県地域公共交通再構築調査業務 最終報告書」より筆者作成
一方で富岡市を例に挙げると、年間の財政支援額は5,000万~6,000万円、人口で割った1人あたりの負担額は約1,200円です。アンケート調査で示された支払意思額より高く、「このまま支援を続けるべきか?」という考え方も出てきます。
ただし、上信電鉄の利用者は沿線住民だけではありません。富岡製糸場の世界遺産登録により、富岡市には上信電鉄に乗って訪れる観光客も増えています。
そこで観光客に対するアンケートでは、「鉄道を利用した理由」を尋ねています。その結果、「鉄道に乗りたかった」と回答した人の割合が約42%もいたのです。この結果から、上信電鉄のレトロな車両なども観光資源のひとつと認識されていることがうかがえ、沿線住民が考える価値だけでは判断できないのです。
こうしたデータをもとに、協議会の参加メンバーは上信電鉄の価値を再認識していきます。有識者代表で協議会の会長を務める名古屋大学の加藤教授は、以下の発言をしています。
【加藤会長(名古屋大学)】
出典:群馬県「第2回上信電鉄沿線地域交通リ・デザイン推進協議会 議事概要」
上信電鉄はバス転換も難しく、地域の意識も高い。今のまま放置してはだめだが、前向きに投資すれば良い方向に進むと考えている。
(中略)
前向きな投資によって、上信電鉄は「化ける」ことができると思う。「化ける」ためには、今までにないことを実施・実行するための議論が必要である。
上信電鉄の「全線存続」を決めた理由
2025年2月12日に開かれた第5回協議会。この場で、協議会のメンバーは上信電鉄を「群馬型上下分離(みなし上下分離)を継続し、全線鉄道として存続する」という基本方針を決定します。存続を決めた理由は、以下の通りです。
■上信電鉄の全線存続を決めた理由
1.鉄道を存続させるために、運賃の値上げを許容する利用者が約47%もいたこと
2.負担金の支払いを容認する沿線住民が約2割もいたこと
3.輸送量が多く、バス転換が困難なこと
4.バス・BRT転換時の収支予測やクロスセクター効果の分析結果が、鉄道を存続させたほうが優位だったこと
収支予測について、路線バスだと約15億円の赤字、BRTは約35億円の赤字(5ヶ年の経常損益)という試算結果が示されています。上信電鉄は現状、年間3億5,000万円の赤字ですが、再建計画を実施することで5ヶ年の赤字額を約10億円に圧縮できるとしており、バス転換よりも赤字額を抑えられる試算です。
また、路線バスとBRT転換は初期投資額が必要なこと、さらに路線バスは34人、BRTは29人の運転士が新たに必要なこともあり、「鉄道を存続させたほうが優位」という結果が導かれたのです。
クロスセクター効果の結果は、年間で約5,683万円(最小値)~91億7,084万円(最大値)と試算。上信鉄道が廃止されると、これだけの自治体負担額が毎年増えるという結果も示されました。
さらに協議会では、現状の群馬型上下分離(みなし上下分離)から、「上下分離方式」または「第三セクター」への移行といった事業構造の変更についても検討しています。ただ、「線路などの土地に境界未確定が多く、確定するのに費用と時間が必要」「鉄道施設を管理する技術者を自治体が確保しなければならない」など譲渡するための課題が多く、事業構造の変更は困難と判断。引き続き、みなし上下分離で維持することが決まりました。
こうして全線存続が決まった上信電鉄ですが、赤字額は今後も増える見通しですから、沿線自治体にはさらなる支援が求められます。協議会では、交通系ICカードなどのキャッシュレスシステムの導入や車両更新など、国の補助制度を活用しながら支援体制の強化を示しています。また、上毛電鉄やわたらせ渓谷鉄道などと共同で収益増加につながる企画や、工事資材などの共同発注によるコスト削減といった業務効率化につながる取り組みも進めていくと協議会は伝えています。
ファクトとデータをもとに上信電鉄の価値が明確になったことで、沿線自治体は「財政支援の継続」を判断できました。これからも利用促進を含めたさまざまな取り組みを通じて、支援を続けてほしいと願うところです。
※上毛電鉄とわたらせ渓谷鉄道の協議会の進捗状況は、以下のページで紹介します。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。

参考URL
鉄道統計年報
https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk2_000053.html
群馬型上下分離-20年の軌跡と展望(日本民間鉄道協会)
https://www.mintetsu.or.jp/association/mintetsu/pdf/63_p04_09.pdf
上信電鉄に対する業務監査の実施結果(国土交通省)
https://wwwtb.mlit.go.jp/kanto/tetudou/tetudou_kansa/date/h23/23_jyoushin.pdf
第2回上信電鉄沿線地域交通リ・デザイン推進協議会 次第(群馬県)
https://www.pref.gunma.jp/uploaded/attachment/615176.pdf
群馬県地域鉄道のあり方検討
https://www.pref.gunma.jp/page/208828.html