大井川鉄道は、静岡県で大井川本線と井川線の2路線を運営する私鉄です。SLを常時運行しており、運賃収入の約9割を定期外客が占めるという、全国的にも珍しい観光ローカル線でもあります。
ただ、2022年9月に襲った台風により大井川本線の一部区間が長期不通に。大井川鉄道は自社単独での復旧が困難として、沿線自治体に支援を求めています。果たして、全線復旧はできるのでしょうか。大井川鉄道の「あり方」にも踏み込んだ、静岡県の検討会の流れを紹介します。
大井川鉄道の線区データ
協議対象の区間 | 大井川本線 家山~千頭(22.4km) ※2023年10月現在の不通区間は、川根温泉笹間渡間~千頭(19.5km) |
輸送密度(1987年→2019年) | 1,343→692 |
増減率 | -48% |
赤字額(2019年) | 1億238万円(鉄道事業のみ) |
※赤字額は、コロナ禍前の2019年のデータを使用しています。
協議会参加団体
島田市、川根本町、静岡県、国土交通省(中部運輸局)、大井川鉄道など
至難が続く大井川鉄道の経営
大井川鉄道はSLを核とした観光誘客により、年度によっては黒字決算になる年もある鉄道事業者です。不動産業や旅行業など鉄道以外の関連事業も順調で、これまで鉄道路線の維持に関して沿線自治体から支援を受けることはほとんどありませんでした。
ただ、観光は「水物」といわれるように、景気や災害などの外的要因に大きく左右される産業です。大井川鉄道も、さまざまな外的要因で赤字と黒字を行き来する経営が続いていました。
最近では、2011年の東日本大震災による観光需要の低迷で、SLの利用者が前年比で4万人近く減少。さらに2013年には高速バスの規制強化により、観光バスによる集客が激減するなど、収支は2012年度から赤字が続きます。
この状況に大井川鉄道は、沿線自治体に対して支援を求める協議会の設置を要請します。ただ、2014年に導入したトーマス号の効果や同年のダイヤ見直しなどにより、経営は改善。さらに2015年には、地域経済活性化支援機構による再生支援を受けることで、沿線自治体の手を借りず黒字経営に回復します。
しかし、黒字経営は長く続かず、鉄道事業は2018年度から再び赤字に転落。2019年度には、関連事業を含めても赤字になります。追い打ちをかけるように、2020年からは新型コロナウイルスが流行。この年の輸送密度は262人/日、赤字額は4億円以上と大ピンチを迎えたのです。
コロナの影響が長期化するなか2022年8月、国や県、沿線自治体を交えた意見交換会を設置。大井川鉄道の「あり方」を含めた話し合いが始まりました。その矢先に、台風による被害を受けたのです。
台風被害で大井川鉄道の一部区間が長期不通に
2022年9月に東海地方を襲った台風15号は、大井川鉄道にも甚大な被害を与えます。被災箇所は、大井川本線で33カ所、井川線が26カ所。復旧には相当の時間を要すことが想定されました。
このうち井川線は、被災から1カ月後の2022年10月22日に全線復旧。また大井川本線も、金谷~家山で同年12月16日に運行が再開されます。残る家山~千頭は、採石場跡地からの土砂流入をはじめ土砂崩れや路盤流出など被害が大きく、大井川鉄道は「単独での復旧は困難」と公表します。
年が明けて2023年1月、大井川鉄道は沿線自治体と静岡県に「鉄道事業運営支援に関する要望書」を提出します。この要望書には「持続可能な地域公共交通のあり方」を検討するための協議会の設置を求めていました。これに対して沿線自治体は、同年3月に静岡県を主体とする「大井川鉄道本線沿線における公共交通のあり方検討会」を発足させます。
なお、大井川本線の金谷~家山の復旧費用(約6,600万円)については、後日、鉄道軌道整備法にもとづく災害復旧補助が適用され、国や沿線自治体も復旧費用の2分の1を負担しています。
復旧を前提にしない大井川鉄道の「あり方」の検討を開始
2023年3月22日、大井川鉄道の「あり方」を協議する第1回検討会が開かれます。
まず、事務局である静岡県より検討会の規約について説明。その直後、大井川鉄道から「この検討会は全線復旧を前提とするものなのか」という質問が挙げられます。これに対して静岡県は、全線復旧の課題を共有して沿線の公共交通のあり方を検討する場であると説明し、「全線復旧は前提にしない」という考えを示します。
(県)
出典:静岡県「第1回大井川鐵道本線沿線における公共交通のあり方検討会」検討会議事録
○全線復旧における課題について共有した上で、全線復旧、今後の維持も含めて、沿線における公共交通のあり方について検討していきたい。
○必ずしも全線復旧を前提にしていない。
ただ、検討会の役割は意思決定をする場ではなく、あくまでも現状の課題に対して「何ができるか」を整理する場であることも伝えています。
このほか第1回の検討会では、大井川鉄道より輸送人員や経営状況の説明、被害状況や復旧に向けた課題などを報告。家山~千頭の復旧費用は、概算で約19億円という見通しも伝えられます。なお、家山~川根温泉笹間渡は、同年10月を目途に再開させる方針も報告されました。
一方、静岡県は近日中に被災現場を視察したうえで、復旧費用や工期について精査していく考えを示します。また、検討会は担当者レベルの打ち合わせを含めて2カ月に1回の頻度で開催し、2023年度内に結果を公表することも確認されました。
災害復旧より深刻だった老朽化対策
2023年4月17日、静岡県や沿線自治体などが被災現場を視察。6月19~20日には、鉄道・運輸機構の鉄道災害調査隊や鉄道総合技術研究所もくわわり、不通区間の軌道部分について調査が実施されます。また、7月12日には鉄道総合技術研究所が中心となり、笹間トンネルや悉太トンネルなどの土木施設を調査しています。
これらの調査結果をもとに、大井川鉄道は「運行再開に必要な費用」を算出。11月29日の第2回検討会で、改めて復旧費が示されました。その費用は、以下の3項目にわかれています。
災害復旧 | 機能回復 | 防災改良 |
---|---|---|
4.8億円 | 17.3億円 | 5.4億円 |
参考:第2回大井川鐵道本線沿線における公共交通のあり方検討会「運行再開に要する費用等について」をもとに筆者作成
台風による被害だけなら、5億円弱で復旧できます。しかし、列車の安全運行を確保するには、軌道やトンネルなどの改修整備も必要であり、災害復旧費とあわせて約22億円と試算されたのです。なお防災改良については、災害復旧や機能回復と同時に実施する場合の費用として算出され、これも実施する場合は復旧費が27億円以上になります。
当初の見積もりより大幅に増加した復旧費ですが、ここで注目すべき点は「機能回復にかかる17.3億円」です。この費用は本来、大井川鉄道が老朽化した施設に投資すべきだった費用といえます。しかし、経営が不安定な大井川鉄道には投資ができず、先延ばししてきた結果、これだけの費用に膨らんでしまったとも考えられるのです。
もっとも大井川鉄道は、被災前から沿線自治体に対して協議を申し入れてきました。ただ、これまで協議会は設置されることはありませんでした。仮に協議会が設置され、国の支援なども得て安全投資をおこなっていれば、機能回復の費用を抑えられた可能性があります。
この結果を受けて検討会では、費用の調達方法や役割分担について今後検討を進めていくことが確認されます。
部分運休中に実施した大井川鉄道の取り組み
被災後も、大井川鉄道や沿線自治体は利用促進を中心にさまざまな取り組みを続けています。主な内容は、以下の通りです。
- SLの増発
- イベント列車の運行(ビール電車、客車列車など)
- イベント開催(線路ウォーキング、ビアホームなど)
- 代行バスの運行費用支援
…など
人気のSL列車は、2023年度には過去最多の運行本数に増発。増収とともに、観光客数の回復をめざします。
また、地域住民向けの施策としてビール電車をはじめイベントにも注力。駅のホームをビアホールにする「ビアホーム」や、復旧前の家山~川根温泉笹間渡の線路上を歩く「線路ウォーキング」など、さまざまなイベントを通じて沿線住民も大井川鉄道を応援しています。
このほか川根本町では、2023年4月より不通区間の代行バス運行費について補助しています。
大井川鉄道は全線復旧できるか?
大井川鉄道は2023年10月時点で、川根温泉笹間渡~千頭が運休しています。この区間は、果たして復旧できるのでしょうか。
まず、利用状況ですが、被災前(2022年4月)の家山~千頭間における定期利用者は、52人しかいません(通勤19人、通学33人)。被災後は代行バスが運行しており、現状ではバスでも取りこぼしなく運べています。
ただ、大井川鉄道の利用者の大半が、観光客をはじめ定期外客です。沿線自治体の川根本町では、コロナ禍だった前年と比べて観光客数が減少。ほかにも、SLが走る大井川鉄道に魅力を感じて移住する人も一定数いるため、廃止になれば移住促進にも影響が出ると伝えています。
こうした地域に与える影響も踏まえて、鉄道の復旧や「あり方」を検討することも大事です。とりわけ大井川鉄道の場合、SLが地域にもたらす経済波及効果も考慮する必要があるでしょう。
他社の事例ですが、東武鉄道が2017年から運行している「SL大樹」の場合、沿線地域にもたらされる経済波及効果は約70億円(2017~2019年の2年間)と試算されています。こうした調査が、大井川鉄道でおこなわれた形跡を筆者は確認できませんでしたが、仮にSLで年間30億円以上の経済波及効果が生まれているとすれば、復旧費用や赤字額に対する公的支援を投入する理由付けになります。
この効果が不通区間の川根温泉笹間渡~千頭で、どれだけ得られるかという点もポイントになるでしょう。もし、この区間が廃止になっても効果に大差がなければ、「わざわざ復旧させる意味がない」という結果になるかもしれません。
仮に、川根温泉笹間渡~千頭が廃止になれば、千頭から先の井川線の存続にも影響が出てきます。井川線の利用者数は、コロナ禍前の2019年が年間で53,099人、1日あたり145人しかいません。井川線の存続にも「SLの利用者がどれだけ沿線に社会的便益をもたらすか」を分析する必要がありそうです。
いずれにしても、大井川鉄道は「SLによる経済効果」が存廃の重要なカギを握ると考えられ、観光ニーズも含めて総合的に判断することが求められます。
全線復旧を「前提」とした方針を示す
2024年3月26日に開催された第3回検討会。約1年にわたり検討してきた、大井川鉄道の将来の「方向性」についてまとめる会議です。その方向性は、以下の一文に集約されています。
今後の方向性
出典:第3回大井川鐵道本線沿線における公共交通のあり方検討会「これまでに整理してきた現状」
沿線地域における大井川鐵道の観光資源としての重要性や地元住民等からの熱い期待、そして大井川鐵道の運行継続への強い意気込み等を踏まえ、早期の運行再開を目指した検討を継続する
第1回検討会で示された「全線復旧を前提にしない」という方針を一転させ、全線復旧を前提に具体的な議論を進めることが初めて確認されたのです。なお、文頭の「沿線地域」には、井川線も含まれます。
方針転換した理由のひとつに、大井川鉄道が「観光資源として重要」と認められたことにあります。とくに川根本町では、被災後に観光客が減少。町の財政にも影響を与えています。こうした大井川鉄道がもたらす経済波及効果について、検討会では今後検証して算出する予定です。
また、地域団体がおこなった署名活動では35,916筆が集まり、「地元住民等からの熱い期待」があったことも方針転換した要因になったと伝えています。
全線復旧の方針が示されたとはいえ、約22億円にもなる復旧費用について「誰がどれくらい負担するか」が決まっていません。基本的には、鉄道軌道整備法にもとづく災害復旧補助を活用するでしょうが、それでも大井川鉄道には半分の約11億円の負担が生じます。検討会では、大井川鉄道の台所事情を考慮してクラウドファンディングや企業版ふるさと納税などの活用も議論していく予定です。
このほか、復旧後の沿線地域における公共交通の見直しや、災害リスクを抑えるために斜面や河川などの災害対策も、今後の検討課題です。こうした課題について、2024年度も引き続き議論していくことが確認されています。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。
参考URL
大井川鐵道本線沿線における公共交通のあり方検討会(静岡県)
https://www.pref.shizuoka.jp/machizukuri/kotsunetwork/1053580.html
第1回大井川鐵道本線沿線における公共交通のあり方検討会議事録(静岡県)
https://www.pref.shizuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/053/580/daitetu01gijiroku.pdf
台風で被災した 大井川鐵道の現状報告(日本民間鉄道協会)
https://www.mintetsu.or.jp/association/mintetsu/80_p27.pdf
大井川鉄道被災から1年 復旧へ「乗って応援」を(静岡新聞2023/8/9)
https://www.at-s.com/news/article/shizuoka/1294227.html
川根本町における大井川鐵道の必要性
https://www.pref.shizuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/053/580/shiryou3.pdf