2023年4月20日、小湊鉄道は財政支援に関する要請書を市原市に提出します。その内容は、今後10年間に生じる設備更新費などを求めたものでした。支援希望額は、約61億円です。市原市は沿線自治体に呼びかけ、国の補助金制度の活用を見据えた「準備調整会議」を設置。小湊鉄道との協議を始めます。
ところが2025年1月28日の準備調整会議で、小湊鉄道は財政支援の申し入れを取り下げます。鉄道事業の赤字が改善しないなかで、小湊鉄道はなぜ財政支援の要請を取り下げたのでしょうか。協議の流れを振り返りながら、今後の流れを推測します。
小湊鉄道の線区データ
協議対象の区間 | 小湊鉄道線 五井~上総中野(39.1km) |
輸送密度(1987年→2022年) | 2,319→810 |
増減率 | -65% |
赤字額(2022年) | 7,100万円 |
※赤字額は2022年のデータを使用しています。
協議会参加団体
市原市、大多喜町、千葉県、小湊鉄道、有識者、国土交通省ほか

安全投資ができず財政支援を要請した小湊鉄道
小湊鉄道が財政支援を申し入れた理由は、「コロナの影響で経営が悪化し、今後の安全投資に必要な資金を調達できなくなったから」です。もっとも、コロナ禍前より利用者数は減少傾向にあり、収支は黒字でも先行きは不透明な状況が続いていました。
■小湊鉄道の1日平均利用者数の推移

参考:小湊鐵道線地域公共交通活性化再生協議会設置準備調整会議「小湊鐵道線の今後のあり方に関する検討について(中間報告)」をもとに筆者作成
こうしたなか、2019年度は台風被害などの影響で赤字に転落。さらに、コロナの影響を受けた2020年度には、赤字額が1億6,700万円まで拡大します。その後は回復傾向にあるものの、2022年度は7,100万円の赤字です。一方で、駅や線路の維持費といった経費は増え続けます。小湊鉄道には築100年弱になる橋梁やトンネルが複数あり、老朽化する施設の修繕や更新の費用が膨らんでいました。
■小湊鉄道(鉄道事業)の収支の推移(単位:万円)

参考:小湊鐵道線地域公共交通活性化再生協議会設置準備調整会議「小湊鐵道線の今後のあり方に関する検討について(中間報告)」をもとに筆者作成
安全運行に必要な経費は、今後も増える見込みです。そこで小湊鉄道は、今後10年間に必要な安全投資の費用を試算。総額60億9,900万円と見積もります。仮に黒字転換しても、10年間で約61億円を投資できる体力は、小湊鉄道にはありません。
こうした背景から小湊鉄道は2023年4月20日に、「安全投資に関する継続的な支援の検討」を沿線自治体へ申し入れます。これに対して沿線自治体は、国の社会資本整備総合交付金の活用を視野に、法定協議会の設置を検討。その前段となる組織として「小湊鐵道線地域公共交通活性化再生協議会準備調整会議」を設け、小湊鉄道への支援のあり方や代替交通モードなどを検討することになったのです。
第1回会議は、2023年7月27日に開催。小湊鉄道は苦しい懐事情を訴え、支援の理解を求めます。さらに「上総牛久~上総中野は利用者が少なく、廃止も含めた検討が必要」と一部線区の廃止にも言及。そのうえで、「同区間の地域観光面などの意義も踏まえ、安全投資に関わる継続的な支援の検討をお願いしたい」と伝えます。
一方の沿線自治体は、小湊鉄道の現状把握が必要として、クロスセクター効果の分析や安全投資の評価など各種調査・分析を進めると提言。とくに、小湊鉄道が廃止を示唆した上総牛久~上総中野については、代替交通の検討も含め各種調査を進めることが確認されます。こうした調査や分析結果は、後に設置される法定協議会に提出する報告書としてまとめ、小湊鉄道に対する財政支援の内容を決める予定だったのです。
小湊鉄道と沿線自治体の「支援のあり方」の認識にズレ
2024年7月16日に開かれた第4回準備調整会議。ここで、各種調査・分析結果をまとめた中間報告が公表されます。このなかで、小湊鉄道に対する「行政としての支援の考え方」が示されます。そこには、「上総牛久以南(上総牛久~上総中野)の線区」に対して、「鉄道の存続」か「廃止・代替交通への転換」かを判断すると記載されています。
ここで改めて、小湊鉄道が協議を申し入れた理由を確認しておきます。小湊鉄道は「今後10年間に約61億円の安全投資を支援してほしい」と、協議を申し入れました。この投資額は、五井~上総中野の全線に対するものです。そのうえで、利用者数の少ない上総牛久~上総中野に関しては、存廃も含めた検討が必要だと伝えたわけです。
ところが沿線自治体は、後半の「上総牛久~上総中野を廃止にしたときの影響」にフューチャーした調査・検討をしてきました。そのため中間報告書には、上総牛久~上総中野の存廃に関する内容が強調されています。では、五井~上総牛久に関する支援は、どうなるのか?両者の考え方の違いや互いの腹の探りあいから、次回の会議で思わぬ展開になるのです。
小湊鉄道が財政支援の申し入れをいったん取り下げ
第5回準備調整会議は、2025年1月28日に開催。ここで沿線自治体は、国の交付金活用による支援内容を提示します。上述のとおり、沿線自治体は「上総牛久~上総中野」のみの支援内容を提示。支援の方法は「上下分離方式の導入」「バス転換」などのケースで示されていました。
ちなみに、上総牛久~上総中野を上下分離方式に移行する場合、小湊鉄道は今後10年間で約20億円の赤字縮小。その一方で沿線自治体には、ほぼ同額の支援増加が見込まれます。
この支援内容に、小湊鉄道は「全線で一体的に経営を続けることが重要だ」と反論します。小湊鉄道は、存廃も含めて議論してほしいとした上総牛久~上総中野だけの支援を求めたわけではありません。あくまでも「全線に対しての安全投資に関わる支援を検討してほしい」と申し入れたわけです。その額が今後10年間で約61億円ですから、最大約20億円とする自治体の支援では足りません。
改めて小湊鉄道は、全線に対する支援を求めます。ただ、ここで小湊鉄道は約61億円としていた今後10年間に必要な投資額が、約76億円に増加すると報告します。増額の理由は、人件費や物価高騰などです。これを聞いた沿線自治体は、「小湊鉄道の抜本的な経営改善が必要」「行政負担は数十億円規模で増える一方だ」と指摘。「これ以上の支援は難しい」と伝えます。
小湊鉄道からみれば、必要とする線区の支援を受けられないまま「このまま法定協議会に進み、20億円の支援のみを決められては困る」と考えたのでしょう。この場で法定協議会への移行を辞退し、準備調整会議は解散になったのです。
ただ、自治体が反論したように、小湊鉄道にも観光誘客による収入増やワンマン運転・減便による経費削減など、自助努力で経営改善できる部分はあります。とはいえ、約76億円もの安全投資を自社で賄うのは非現実です。
そこで小湊鉄道は経営改善を図ることを条件に、改めて財政支援を求める協議を申し入れるとみられます。その際に、上総牛久~上総中野の存廃議論も再燃するでしょう。今後、どのような施策で沿線自治体に歩み寄るのか。小湊鉄道の次の一手が注目されます。
※小湊鉄道と自治体が連携した「房総横断鉄道計画」については、以下の記事で詳しく解説しています。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。

参考URL
小湊鐵道線地域公共交通活性化再生協議会設置準備調整会議(市原市)
https://www.city.ichihara.chiba.jp/article?articleId=64c9c3f687ac3c158d593c08
(仮称)小湊鐵道線地域公共交通活性化再生協議会設置準備調整会議の設置について(市原市)
https://prdurbanosichapp1.blob.core.windows.net/common-article/63e9bb2171302d41170dfd47/%EF%BC%88%E4%BB%AE%E7%A7%B0%EF%BC%89%E5%B0%8F%E6%B9%8A%E9%90%B5%E9%81%93%E7%B7%9A%E5%9C%B0%E5%9F%9F%E5%85%AC%E5%85%B1%E4%BA%A4%E9%80%9A%E6%B4%BB%E6%80%A7%E5%8C%96%E5%86%8D%E7%94%9F%E3%80%90%E5%9C%B0%E6%96%B9%E5%89%B5%E7%94%9F%E9%83%A8%E3%80%91.pdf