四日市あすなろう鉄道は、内部線と八王子線の2線を運行する近鉄グループの鉄道事業者です。もとは近鉄の路線でしたが、利用者の減少などによる赤字増大で沿線自治体の四日市市に協議を申し入れ、2015年4月より上下分離方式を採用し、新会社で運行しています。
近鉄からの分離に関して、赤字路線を多く抱える大手鉄道事業者ならでは課題も広く周知する協議がおこなわれました。四日市あすなろう鉄道が存続に至った経緯や経営スキーム、さらに沿線自治体の利用促進に関する取り組みをまとめてお伝えします。
四日市あすなろう鉄道(内部・八王子線)の線区データ
協議対象の区間 | 内部線 あすなろう四日市~内部(5.7km) 八王子線 日永~西日野(1.3km) |
輸送密度(1987年→2019年) | 内部・八王子線 4,090→3,635 |
増減率 | -11% |
黒字額(2019年) | 6,551万円 (第三種鉄道事業者の四日市市は2億1,807万円の赤字) |
※黒字額は、コロナ禍前の2019年のデータを使用しています。
協議会参加団体
四日市市
内部・八王子線をめぐる協議会設置までの経緯
四日市あすなろう鉄道の前身にあたる近鉄内部・八王子線は、1970年には年間約722万人の利用者がいました。しかし、モータリゼーションの進展などの影響で利用者数は右肩下がりに減少。2000年代に入ると400万人を割り込み、赤字額は年間3億円近くにまで膨らんでいました。
さらに、車両を含め老朽化した設備更新の課題を抱えていた近鉄は、2007年6月、四日市市に対して内部線と八王子線の将来のあり方について協議を申し入れます。このとき四日市市は、グループ全体で黒字の近鉄に「支援は困難」と回答。自助努力を求めています。
とはいえ、ワンマン化や駅の無人化、ラッピング列車の運行など、近鉄もコスト削減・利用促進に努めてきました。また、利用者の減少に歯止めがかからない赤字路線に、多額の設備投資は難しいとの考えも示します。
両者の話し合いが続くなか、四日市市は2009年に「四日市市都市総合交通戦略協議会」を設置。この場で、内部・八王子線に関しては、国と県の協調補助が得られることを条件に「車両更新については支援する」考えを示します。ただ、運行赤字への支援はできないという考え方は変わりませんでした。
これに対して近鉄は、2011年に車両更新時期の延長を四日市市に申し入れます。そして翌2012年には、年間3億円近い赤字に対して支援がなければ「存続は困難」と主張。同年8月にはBRTへの転換を提案するなど鉄道を廃止にする考えを示し、「2013年の夏を目途に方向性を出したい」と提言したのです。
特別委員会で明かされた近鉄の赤字路線に対する考え
鉄道廃止の考えを示した近鉄に対して、四日市市では2012年6月、市議会議員で結成する「総合交通政策調査特別委員会(以下、委員会)」を設置します。この委員会は、市議会議員が内部・八王子線の調査研究をおこなう場という名目で設置されますが、近鉄の意見を聞く機会も必要と考え、2013年4月には参考人招致を実施します。
参考人招致では、近鉄のように赤字ローカル線を多く抱える大手鉄道事業者ならではの課題にも踏み込んだ質疑応答も見られます。その一部を紹介しましょう。
内部補助で赤字路線を存続できないのか?
委員会は、近鉄名古屋線などの「儲かっている路線」で、内部・八王子線の赤字を補てんできないのかという疑問を抱いていました。いわゆる「内部補助」に関する近鉄の考えを尋ねたわけです。
これに対して近鉄は、「定期客の減少が経営課題としてあり、全線の輸送人員も1991年の約8億人から2011年には5.6億人まで落ち込んでいる」と回答。つまり、儲かっている路線の利益も減っており、赤字路線への内部補助は難しいと伝えます。
赤字路線を支えるというのは、黒字路線が年々伸びていく、つまり、ことしよりも来年のほうが収益が上がる、そういう右肩上がりの時代において成立した視点かなというふうに我々、考えております。現在、黒字路線の収入がどんどん減ってきておる、そういう状況の中では、もはやこれ以上赤字路線を支えていくということはやっぱり難しいのかなというのが我々の考えでございます。
出典:四日市市「総合交通政策調査特別委員会(平成25年4月18日)」
この考えは近鉄に限らず、赤字路線を多数抱えるJR旅客各社や私鉄各社にもいえることでしょう。
鉄道事業者はなぜBRTを推奨するのか?
近鉄は2012年8月に、内部・八王子線のBRT化を提案しています。なぜBRTを提案したのかという四日市市からの質問に対して、近鉄は「運営費を削減できること」「自社が継続して運行できること」の2点を挙げています。
BRTのほうであれば、今のお客様の数があれば、大体、運賃収入だけでランニングはやっていけるというふうに見込んでおります。そういう意味であれば、これからずっと先のこともまた考えていけば、公共交通としてどちらが続けていけるのかということになると、やはり補助金を必要としないBRTのほうがすぐれているというふうに我々は考えているということでございます。
出典:四日市市「総合交通政策調査特別委員会(平成25年4月18日)」
四日市市は、「運行赤字への支援はできない」という考え方を変えませんでした。そのため近鉄は、鉄道よりも運行経費を大幅に圧縮でき、公的支援がなくとも自社で責任をもって持続可能なBRTを提案したのです。
近年、赤字ローカル線のBRT化を推奨する鉄道事業者が増えています。近鉄の考えは「企業としての社会的責任」を示したものであり、JRを含む各社でも「利益追求だけではない」という点で同じ考え方でしょう。
公有民営で内部・八王子線の鉄道存続を示した近鉄
一方で、BRTにはデメリットもあります。そのひとつが「多額の初期投資が必要」なことです。
近鉄はBRTが最善としながらも、初期投資に30億円前後かかると示しています。この費用を、BRT開業後の運賃で回収するとなれば大幅な値上げが必至で、利用者の減少を加速させると説明します。そして、運賃の値上げを抑制するには「初期投資を四日市市に負担してほしい」と伝えたのです。
ただ、近鉄も「内部・八王子線を鉄道で残したい」という四日市市の考えを理解していますから、BRT以外の選択肢も示します。それが、「公有民営で鉄道を存続させる」という方法です。近鉄は「土地・施設・車両は四日市市が保有し、事業者に無償で貸し付ける」「事業者の赤字分は、四日市市が補助する」など、いわゆる上下分離方式で鉄道で維持する考えを示します。
とはいえ、公有民営に移行しても赤字になることが想定されました。赤字額について、近鉄は養老鉄道を例に挙げ、内部・八王子線の赤字額を近鉄時代の3億円弱から1億3,000万円に圧縮できると試算。つまり、この額を四日市市が毎年負担する額として示します。
なお、この上下分離方式でも車両更新費用の約15億円、さらに設備などの更新に5~6億円の初期投資が必要です。BRTに転換するか。それとも、上下分離方式を採用して鉄道を存続させるか。委員会は判断に迫られます。
四日市あすなろう鉄道として内部・八王子線の存続へ
近鉄の参考人招致から1カ月後の2013年5月、委員会は第一次報告書をまとめます。そのなかで、BRTに関しては公安委員会などとも協議が必要であり、また近鉄の示した初期投資額も「あくまでも概算」としていることから「これ以上は議論しない」と明記。鉄道での存続を確認します。そのうえで、以下の2パターンの想定を示しました。
(1)公有民営方式により、近鉄の100%子会社が運行する
(2)公有民営方式により、近鉄が第三者に事業を譲渡し、譲渡先事業者が運行する
身近な例でいうと、(1)は養老鉄道、(2)は三岐鉄道のスキームで、内部・八王子線を鉄道で存続させることを示したのです。これは、四日市市が「毎年の赤字に公的支援を投入してでも、鉄道を残す」という覚悟を決めることになります。
委員会の提言を受け、四日市市は(1)をベースに近鉄との協議を継続。2013年12月、四日市市が施設と車両を保有し、運行は同市と近鉄が出資する新会社が担うことで合意します。こうして2015年4月より、内部線と八王子線は「四日市あすなろう鉄道」として再出発することになったのです。
なお、新会社設立にあたり近鉄は8億円の協力金を拠出します。また、四日市市が担う車両や設備などの更新費は、国と三重県が半分を負担することで決着。さらに、運行開始後の黒字分は基金に拠出し、赤字になった年度に活用されるというスキームも構築しています。
四日市あすなろう鉄道(内部・八王子線)のこれまでの取り組み
内部・八王子線の存続決定後、沿線自治体は「内部・八王子線利用促進協議会」を発足。鉄道の利用促進や経費削減に努めることで、赤字額の圧縮を狙っています。四日市あすなろう鉄道と協議会が実施した取り組みの一例を紹介します。
- イベント列車の運行(イルミネーション列車、弥次喜多まんじゅう列車など)
- 企画乗車券の販売(1dayフリーきっぷなど)
- ボランティアによる美化活動
- 大都市部での観光プロモーション
- 枕木オーナー制度の導入
- 関連グッズの企画・販売
- 鉄道の乗り方講習の実施
- スタンプラリー
…など
四日市あすなろう鉄道の利用者は、沿線住民が大半を占めるローカル線です。そこで、沿線住民の利用促進を意識したイベント列車の運行に注力。一例として、車内を幻想的なイルミネーションで彩った「イルミネーション列車」や、四日市市の老舗和菓子を列車で巡る「弥次喜多まんじゅう列車」などがあります。
また、通学定期客である高校生が中心に、駅前の清掃をはじめ美化活動に取り組んでいることも特筆すべきポイントです。駅舎の塗装も、沿線住民のボランティア団体が実施するなど、経費削減に寄与しています。
さまざまな取り組みを続ける四日市あすなろう鉄道ですが、利用者数の減少に歯止めがかからない状況は続いています。コロナ禍前の経常損益は毎年5,000万円以上の黒字計上ですが、四日市市の負担額は2億円を超えており、当初予測していた1億3,000万円の公的支援額を上回っています。利用者の大半は通学・通勤客が占めるため、沿線地域の過疎化による影響は避けられませんが、公的支援を抑えるためにさらなる施策が求められそうです。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。
参考URL
鉄道統計年報
https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk2_000053.html
みんてつVol.68 冬号(日本民営鉄道協会)
https://www.mintetsu.or.jp/association/mintetsu/pdf/68_p22_23.pdf
四日市市地域公共交通網形成計画(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/common/001069772.pdf
「総合交通政策調査特別委員会」報告書(四日市市)
https://www.city.yokkaichi.lg.jp/www/contents/1001000002795/simple/13_04_24koutsuu.pdf
事案一覧表(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/common/001069771.pdf
平成26年度取組み実績及び平成27年度の取組み予定調査表(四日市市)
https://www.city.yokkaichi.lg.jp/www/contents/1514425851196/files/shiryou3.pdf
近鉄における地域鉄道線への取組みについて(近鉄)
https://wwwtb.mlit.go.jp/hokkaido/content/000184814.pdf