2024年11月27日に開かれた、弘前圏域8市町村長の会議。この場に出席していた弘南鉄道の成田社長は「沿線自治体から多くの支援を得ながら運行してきたが、これ以上負担をかけるのは申し訳ない」と、大鰐線の運行休止を伝えました。
沿線自治体は大鰐線の存続を願い、さまざまな支援をおこなってきました。それなのに、大鰐線はなぜ休止に追い込まれたのでしょうか。そして、今後廃止になるのでしょうか。2013年の「大鰐線の廃止宣言」から、これまでの経緯を振り返ります。
弘南鉄道の線区データ
協議対象の区間 | 弘南線 弘前~黒石(16.8km) 大鰐線 大鰐~中央弘前(13.9km) |
輸送密度(1987年→2019年) | 弘南線:4,639→2,297 大鰐線:2,917→498 |
増減率 | 弘南線:-51% 大鰐線:-83% |
赤字額(2019年) | 6,590万円 |
※赤字額と営業係数は、コロナ禍前の2019年のデータを使用しています。
協議会参加団体
弘前市、黒石市、平川市、大鰐町、田舎館村
開業以来赤字続きだった弘南鉄道大鰐線
弘南鉄道は、青森県の弘前と黒石をつなぐ「弘南線」と、大鰐と中央弘前をつなぐ「大鰐線」の2路線を運営する私鉄です。このうち大鰐線は利用者の減少が続き、2023年度には約27万人と、ピーク時の1974年度(約390万人)と比べて93%も減っていました。もちろん、収支は赤字。1952年の開業以来、黒字になった年は一度もなかったのです。
こうしたなかで弘南鉄道は、2013年の株主総会で「大鰐線は2017年を目途に廃止にする」と明言。沿線に衝撃を与えます。これを受けて沿線自治体は同年8月に、地域公共交通活性化再生法にもとづいた「弘南鉄道大鰐線存続戦略協議会」を設置。国の制度を活用して自治体が支援することで、弘南鉄道に大鰐線の廃止を撤回させます。
その後、自治体が中心となって企画きっぷの販売などの利用促進策を展開したこともあり、2016年度には大鰐線の利用者数が微増します。しかし、翌年度以降は再び減少へ。2019年度には、輸送密度ベースで500人/日を割り込んでしまいました。
一方の弘南線も、コロナ禍前の輸送密度は2,000人/日を超えていたものの、沿線人口の減少などにより利用者数も減少の一途をたどっています。そこで沿線自治体は、「弘南鉄道活性化支援協議会」という新たな協議組織を設置。両線区の存続をめざして、支援計画を策定することになったのです。
沿線自治体の支援内容とコミットしたこと
協議会は2021年1月に「弘南鉄道弘南線・大鰐線維持活性化支援計画」を策定。このなかで、路線維持の基本的な考え方が示されます。具体的には、弘南鉄道と自治体が連携して持続可能な利用促進を実施することや、老朽化した施設の修繕・更新といった費用は、弘南鉄道の中長期計画にもとづいて沿線自治体が負担することなどが明記されました。
ちなみに公的支援の額は、2021年度からの10年間で約9億5,000万円です。なお、支援する代わりに各路線に対して以下の条件も示されました。
○弘南線への支援
弘南線は、令和3年度から令和12年度までの10カ年の支援計画(前期5年、後期5年)を作成し支援する。前期支援計画の5年目に、弘南線を取り巻く環境等を考慮した上で、経営改善や修繕等の進捗状況とその後の見込みを評価し、令和8年度からの後期支援計画に生かして支援する。○大鰐線への支援
出典:弘南鉄道弘南線・大鰐線維持活性化支援計画
大鰐線は、令和3年度から令和12年度までの10年間を維持することを目指して、令和3年度から令和7年度までの運行に係る5カ年の支援計画により支援するが、令和5年度末の大鰐線の経営改善や修繕等の進捗状況とその後の見込みを評価した上で、令和8年度以降のあり方を事業者と協議する。
このように、大鰐線に関しては2026年度以降の支援について明記されておらず、利用状況によっては2025年度で支援が打ち切られる可能性がありました。弘南鉄道では、大鰐線の経営目標として2019年度比で約2,000万円の増収をめざしており、これが2023年度にクリアできなければ廃止を視野に入れた協議を始めることになるのです。
弘南鉄道のこれまでの取り組み
沿線自治体の支援計画は、弘南鉄道が2021年に作成した10年間の「中長期計画」をもとに策定されました。ここで、中長期計画に示された利用促進策や収支改善策について、まとめておきましょう。
- 企画乗車券の販売(大黒様きっぷ、さっパス、弘南鉄道×津軽鉄道応援きっぷなど)
- 高齢者向けフリーパスの販売(シルバーパス、ゴールドパス)
- イベント列車の運行(お化け屋敷列車、納涼ビール列車など)
- パークアンドライド・サイクルトレインの運行
- 定期利用者の割引販売
- オリジナルグッズ販売
…など
主に、企画きっぷやフリーきっぷによる利用促進策に注力した内容です。1日フリーきっぷの「大黒様きっぷ」、往復乗車券と地元商店などのお買物券がセットになった「さっパス」、沿線の医療機関や温水プールなどを利用すると帰りの運賃が100円になる「わにパス」といった、ユニークなアイデアで定期外客の獲得をめざします。
また、2022年度からは65歳以上の高齢者をターゲットにしたフリーパス券も販売。5,000円で1カ月乗り放題の「シルバーパス」と、15,000円で3カ月乗り放題の「ゴールドパス」を用意しました。
定期客にも、初めて定期購入する社会人や学生を対象にした割引販売を実施。両路線で270人の新規顧客を獲得しています。
コロナと脱線事故で中長期計画が破たん
「約2,000万円の増収」をめざして始まった中長期計画ですが、現実は厳しいものでした。コロナの影響で定期外客は伸び悩む一方、一時的に増えた定期客も沿線地域の少子化や過疎化などの影響で減少が続きます。
追い打ちをかけたのが、2023年8月6日に発生した大鰐線の脱線事故です。定期外客が回復傾向にあったなかで、大鰐線は長期運休に。利用者数はさらに減少します。くわえて、物価高騰や人員不足も影響し、弘南鉄道の経営状況は悪化の一途をたどり続けたのです。
こうしたなかで弘前市の桜田市長は2024年3月の定例記者会見で、大鰐線の「あり方」について協議を始める方針を明らかにします。それに先立ち弘前市では、沿線住民へのアンケート調査やクロスセクター効果の分析など、大鰐線の「あり方」を総合的に判断するためのデータを収集していました。
アンケート調査では「大鰐線が必要だと思う」と回答した人が約84%もいたそうです。また、クロスセクター効果では、大鰐線を廃止にして代替交通へ転換する場合における、弘前市の負担額を試算。その結果、年間で1億3,745万円となり、大鰐線への支援額(年間約8,324万円)より高くなるという結果が示されます。
中長期計画の目標達成は、すでに厳しい状況です。大鰐線の存続をめざす弘前市としては、廃止にしたときのリスクが大きく「鉄道を存続させる価値がある」と示したかったのでしょう。ただ、アンケート調査では大鰐線を「直近1年間で利用したことがない」という人は約54%と、過半数の人が利用していない実態も示されていました。
自治体支援は継続か?打ち切りか?
2024年6月21日、弘南鉄道の定時株主総会。2023年度の決算が報告されます。2019年度比で約2,000万円の増収をめざした大鰐線。実際は約3,000万円の減収で、目標はクリアできませんでした。
この結果を受けて、大鰐線の沿線自治体である弘前市と大鰐町は、6月25日に緊急懇談会を開催。ドライバー不足が深刻化するなかで大鰐線を廃止にすれば、地域公共交通が維持できなくなるなどの理由で、鉄道の存続に向けて支援を続ける意向を確認します。
その後も両市町は、懇談会を開催。コロナや脱線事故の影響など、計画策定時とは状況が異なるとして、弘南鉄道に中長期計画の見直しを求めることで一致します。そして、その見直し案を確認したうえで、支援に関する協議を続けることにしたのです。
ただ、弘南鉄道への支援は黒石市や平川市など弘南線の沿線自治体もおこなっています。これらの自治体とも相談し、了承を得なければなりません。その話し合いの場となる弘南鉄道活性化支援協議会が、2024年7月30日に開催されます。ここで、自治体間の温度差が顕在化するのです。
大鰐線の沿線自治体である弘前市と大鰐町は、「計画策定時とは状況が異なる」として支援の継続を主張。弘南鉄道に中長期計画の見直しを求め、それを確認してから協議したいと伝えます。
これに対して他の自治体は、支援に対する疑問を投げかけます。黒石市は「大鰐線と弘南線を、それぞれわけて議論すべきだ」と主張。平川市は「このまま支援を続けていいのかという意見もある。基本方針に沿って支援を続けるかを、みんなで検討すべきだ」という意見を述べます。
こうした意見に弘前市は、「地域住民の足を守るためにも、中長期計画の見直し案を確認したうえで今後の支援を議論したい」と述べるにとどめました。周辺自治体と溝が生じ始めた大鰐線の沿線自治体。何はともあれ、弘南鉄道に中長期計画の見直し案を作成させるのが先です。その案が沿線自治体に提出されたのは、9月下旬でした。
大鰐線の運行休止に沿線自治体が合意
2024年10月、弘南鉄道は中長期計画の見直し案を弘前市と大鰐町に説明します。しかし、両市町は「経営改善と利用促進の内容が具体的ではない」として、再度の見直しを求めます。両市町は、あくまでも大鰐線を存続させるために、弘南鉄道に再見直しを求めたわけです。
とはいえ、沿線地域の人口減少は今後も続く見通しです。とりわけ大鰐線沿線には学校が多く、少子化による通学定期客の減少が経営を直撃するのが明白でした。くわえて、沿線には目ぼしい観光地もありません。どのような施策を講じても収支改善は極めて困難であり、弘南鉄道は決断に迫られます。
2024年11月27日に開かれた弘前圏域8市町村長の会議。弘南鉄道は「大鰐線の運行継続は難しい」と、運行を休止にする方針を伝えます。これに対して沿線自治体は、おおむね合意。弘前市や大鰐町も「弘南鉄道が苦渋の決断をした」として、休止を受け入れたのです。
運行休止になる時期は、2027年度末を予定。「これから受験を決める高校生や中学生のことを考え、3年ぐらいは運行を継続したい」と弘南鉄道は伝えています。ただ、具体的な時期は今後、沿線自治体との協議で決めるそうです。
なお、現段階では「休止」と伝えていますが、休止期間中にも路線維持の費用がかかります。沿線自治体の支援は2025年度末までですから、今後の協議で「廃止」が選択されるかもしれません。それも含め大鰐線の未来は、2025年3月までに最終判断される予定です。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。
参考URL
鉄道統計年報
https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk2_000053.html
弘南鉄道弘南線・大鰐線の維持活性化(弘前市)
http://www.city.hirosaki.aomori.jp/kurashi/kotsu/2021-0207-1208-450.html
広報ひろさき_2021/11
http://www.city.hirosaki.aomori.jp/kurashi/kotsu/1101koho_tokusyu.pdf
弘南鉄道大鰐線存続戦略協議会設置要綱(弘前市)
http://www.city.hirosaki.aomori.jp/jouhou/keikaku/kokyokotu/owani-yoko.pdf
「弘南鉄道大鰐線存続戦略協議会」が平成28年地域公共交通優良団体大臣表彰を受賞します
【リンク切れ】https://wwwtb.mlit.go.jp/tohoku/puresu/puresu/ks160722.pdf
弘南鉄道弘南線・大鰐線維持活性化支援計画
http://www.town.owani.lg.jp/index.cfm/7,9649,c,html/9649/02_shienkeikaku.pdf
ひろさき市議会だより 令和6年3月発行
https://www.city.hirosaki.aomori.jp/gikai/dayori0603.pdf
弘南鉄道大鰐線27年度末で休止へ(陸奥新報 2024年11月28日)
https://mutsushimpo.com/news/f71hoc17/