【JR九州】日田彦山線の沿線自治体はなぜBRTを容認したのか?

日田彦山線の橋梁 JR

2023年8月28日、日田彦山線の添田~夜明で「BRTひこぼしライン(日田彦山線BRT)」の運行が始まります。BRTひこぼしラインは、全長約40kmの走行区間のうち彦山~宝珠山(約14km)をBRT(バス高速輸送システム)の専用区間とすることで、スピードや定時性を確保。ただ、鉄道時代より距離が約10km延びたことで、添田~夜明の所要時間は20分ほど増えます。

災害で不通となってから6年。沿線自治体は鉄道の復旧を要望し続けましたが、最終的にはBRTを選択しました。日田彦山線のBRT化は、どのような経緯で決まったのか。JR九州との協議の流れを振り返ります。

JR日田彦山線の線区データ

協議対象の区間JR日田彦山線 添田~夜明(29.2km)
輸送密度(1987年→2016年)田川後藤寺~夜明:1,103→299
増減率-73%
赤字額(2016年)2億6,600万円
営業係数950
※輸送密度および増減率は、田川後藤寺~夜明間の数値です。JRが発足した1987年と被災前の2016年を比較しています。
※赤字額と営業係数は、被災前の2016年のデータを使用しています。

協議会参加団体

添田町、東峰村、日田市、福岡県、大分県、JR九州

日田彦山線(添田~夜明)と沿線自治体

日田彦山線の「復旧会議」と「検討会」

2017年7月に九州北部を襲った豪雨災害は、日田彦山線にも甚大な被害をもたらします。とくに添田~夜明は、橋桁損傷や盛土流失など63カ所が被災。被害総額は約78億円と見積もられました。

JR九州は、自社単独での復旧を断念。沿線自治体に協議を申し入れます。こうして設置されたのが、「日田彦山線復旧会議」です。なお、復旧会議の下には、「日田彦山線復旧会議検討会」を設置。復旧会議で出た議題や課題などを整理し、実務者レベルで検討する役割を担いました。

運行本数を増やしても利用者数は減少

第1回の復旧会議は、2018年4月4日に開催されます。この日、JR九州から被害状況や復旧方法に関する説明があり、また福岡県と大分県からは砂防計画や河川改修計画などの事業について説明があります。

さらに、被災区間の利用状況もJR九州が説明しています。説明資料には、日田彦山線の輸送密度と運行本数について、1987年と2016年で比較したものもありました。

▲日田彦山線の輸送密度と運行本数の推移(1987年→2016年のデータ)。列車本数は増便している線区が多いものの、輸送密度は全区間で減少している。
参考:JR九州「鉄道や代行バスのご利用状況等について」のデータをもとに筆者作成

ここで注目したいのは、運行本数の変化です。JR九州は、民営化後30年のあいだに城野~添田は「増便」、添田~彦山は「維持」、そして彦山から夜明は「1往復減便」としています。にもかかわらず、輸送密度は全線で減少。とくに、被災区間を含む田川後藤寺~夜明は7割以上も減っています。

国鉄末期、減便が利用者離れを促進するケースが各地で見られました。その反省から、JR九州は日田彦山線の運行本数を約30年間、ほぼ維持してきたのです。それでも、利用者数の減少に歯止めがかからない状況が続いていました。

こうした状況も踏まえ、鉄道の復旧には次の2点の課題をクリアする必要があると、復旧会議で確認されます。

【課題1】鉄道で復旧するための方策の検討
【課題2】日田彦山線の継続的な運行の確保について検討

【課題1】は被災区間の復旧方法や方針を決めること、【課題2】は復旧後の利用促進を含めた持続可能な運用方法を考えることです。この2点について、両者が納得する結論が出た段階で復旧工事を始めることになります。

日田彦山線の課題解決をめざす検討会

復旧会議で示された2つの課題をクリアするために、検討会での話し合いが始まります。2018年5月15日に開かれた第1回の検討会では、主に【課題2】について協議されました。

ここで、沿線自治体が組織する「日田彦山線活性化推進沿線自治体連絡会」がこれまで取り組んできた利用促進策も確認されます。この連絡会が実施してきた具体的な利用促進策は、次の通りです。

  • ホームページによる情報発信
  • 広報誌やチラシによる利用促進活動
  • 企画団体列車の運行(みのり号、SL人吉など)
  • JR九州のイベントへの協力(ひたひこウォーキングなど)

…など

検討会では、これ以外にも利用促進策を考えることが確認されます。

第2回(2018年7月20日)の検討会では、主に【課題1】について協議されます。当初78億円とされた復旧費用について、福岡・大分両県が河川改修工事を支援することにより、約56億円に圧縮。1年以内の工事着工を目指すことが確認されます。なお、復旧費用については鉄道軌道整備法を活用し、国の支援を得る考えも示されます。

また、JR九州からは被災前の収支状況について説明がありました。そのうえで「利用促進と収支改善を実現する、具体的な方策を検討してほしい」と要望します。この方策をめぐって、後に沿線自治体とJR九州のあいだに亀裂が生じることになります。

利用促進による「増収効果」で意見が対立

検討会では、他線ではあまり前例のない取り組みもおこなっています。そのひとつが、「利用促進の増収効果(収支改善効果)を、自治体とJR九州がそれぞれ試算する」という取り組みです。

きっかけは、第3回(2019年1月16日)の検討会。沿線自治体は、利用促進策による増収効果を明確にすることで、収支改善効果の算出に取り組んでいました。しかし、算出された増収効果の結果に幅があり、さらなる精査が求められました。

これについて、JR九州も独自に増収効果を算出することに。利用促進策によって、「日田彦山線の利用者がどれだけ増え、増収効果が期待できるか」をそれぞれシミュレーションすることになったのです。なお、シミュレーションに際し、以下3つの利用促進策の増収効果を求めることになりました。

(1)普段使い(デマンドタクシーの新設などによる利用促進)
(2)イベント(トレイルランニングなどのイベントで利用促進)
(3)観光振興(英彦山を核とした観光振興)

そして、第4回(2019年1月31日)の検討会で増収効果のシミュレーション結果が示されます。

■利用促進による増収効果シミュレーション(年間)

自治体試算JR九州試算
普段使い85.9万円77.6万円
イベント792万円263.4万円
観光振興1642.9万円40.2万円
合計2,520.8万円381.2万円
▲参考:JR九州「第4回日田彦山線復旧会議検討会」の資料をもとに筆者が作成。

自治体の試算では年間約2,500万円の増収に対し、JR九州は約380万円と、大きな相違が生じます。この差が生まれた理由は、「集客予測の差」でした。

「普段使い」に関しては、自治体もJR九州も年間3,000人前後の増加と見込み、双方の増収効果はほぼ同じです。しかし、「イベント」に関しては自治体が年間1,000人の増加を予測したのに対し、JRは396人と試算。「観光振興」は、自治体が年間14,100人の増加に対し、JRは570人と大きく異なります。

この考え方の違いは、「集客した経験の差」といえるのかもしれません。イベントや観光などのコンテンツに対して、どれだけ集客できるかは、JR九州のほうが経験も知見も豊富です。逆にいうと、自治体の「見込みの甘さ」が露呈するかたちになります。

たとえば、「イベント」についてみると、仮に年10回実施する場合、自治体の試算だと1回あたり100人を列車で来てもらう計算になります。また、「観光振興」は通年とはいえ、基本的には週末や祝日に集中するでしょう。年間120日(土日祝日の日数)で割ると、自治体の試算では1日あたり100人以上を列車で運ぶ計算です。

マイカーであれば、1日100人くらい増やすのは簡単かもしれません。しかし、列車で100人を呼ぶ場合、イベント会場や観光地への二次アクセスも必要です。「乗り換えが必要なら車で行く」と考える人が圧倒的に多い地域で、列車で来る人を100人増やすのがどれだけ大変なことか。それを、JR九州は身をもって知っているのです。

JR九州が上下分離案を提示

仮に、自治体の試算通りに年間約2,500万円の増収効果があったとしても、日田彦山線の赤字額は年間2億円以上です。赤字改善には及ばず、【課題2】を解決するには公的支援の投入も検討する必要があります。

これについてJR九州は、第3回の検討会で「収支改善の目標額は、年間1億5,700万円」と提示。この額を、毎年自治体に負担してほしいと申し入れたのです。1億5,700万円の根拠は、2016年度に鉄道施設のインフラ部分にかかった維持費でした。つまり、JR九州は上下分離を導入した場合に沿線自治体の負担額を示したのです。

この説明に、沿線市町村は強く反発。「利用促進策以外の公的支援はできない」と、JR九州に再考を求めます。しかし、JR九州は「継続的な運行を確保するには、利用促進策と運行支援による目標額の達成が欠かせない」と、改めて主張します。

もっとも、お金の話は検討会では決められません。そこで、沿線の知事や首長などが集う「復旧会議」に話は持ち越され、検討会は幕を閉じることになります。

JR九州が考える日田彦山線の復旧3案

2019年3月15日、第3回の復旧会議が開催されます。復旧会議では、第1回に示した2つの課題について検討会がまとめた内容を説明。解決できなかった【課題2】の公的支援については、復旧会議で改めて議論されることになりました。しかし、沿線自治体は「公的支援はできない」とここでも反発し、互いの溝は埋まりません。

こうしたなか、福岡・大分の両県知事から「JR九州は、鉄道ネットワークをどのように維持していくのか、考え方を示してもらいたい」という要望が出されます。日田彦山線は、日豊本線や久大本線、さらに平成筑豊鉄道など複数路線とつながっています。仮に、日田彦山線がなくなればネットワークが維持できなくなると、両県知事は主張したのです。

この要望にJR九州は、第4回(2019年4月23日)の復旧会議で以下の回答を示すことになります。

JR九州の考え方
●地域の皆さま方の生活の軸となる交通手段について、JR九州がネットワークとして確保する
●提供するネットワークは速達性、定時性、利便性に重点を置いたものであるとともに、JR九州として継続的な運行が確保できるものである必要がある
●地域の皆さまにこれまで以上にご利用いただき自治体や地域の皆さまと一緒になってネットワークを維持していきたい

出典:JR九州「第4回日田彦山線復旧会議」

上記の考え方にもとづく日田彦山線の復旧案――そのひとつが「BRT」だったのです。

JR九州は、「鉄道」「BRT」「バス」の3つを比較する資料を提示。「鉄道以外の2案であれば、公的支援は求めない」と表明します。つまり、BRTかバスでもJR九州が責任をもって運行し、「自治体負担なしでネットワークを維持できる」と約束したのです。

さらに、BRTは専用道の区間を設けることで鉄道と同等の速達性と定時性が期待できるうえ、運行本数やバス停を増やすことで利便性も高められると、JR九州は主張します。

JR九州が示した日田彦山線の復旧案
▲JR九州が示した日田彦山線の復旧案。鉄道なら44分で結ぶ添田~夜明間を、BRTなら49分で結べ、鉄道とほとんど変わらない。
出典:JR九州「第4回日田彦山線復旧会議」

JR九州は「自治体の意向に添えず申し訳ない」と、鉄道の復旧を切望していた自治体に陳謝したうえで、BRTの検討を促します。沿線自治体は、地域の意見を聞くために、いったん持ち帰ることになりました。

自治体間の「温度差」が顕在化

第4回の復旧会議後、沿線自治体は地域の意見を聞くために、住民説明会を実施します。この説明会が、後に自治体間の「温度差」を生む一因になってしまいます。

日田市の住民説明会では、BRTやバス転換に賛同する意見もあったようです。添田町では、鉄道での復旧を第一としながらも「復旧を新たな機会ととらえ、地域の活性化に資する復旧案を提示してほしい」とJR九州に対する意見が出されます。

一方、東峰村では鉄道での復旧を求める声が相次ぎました。東峰村では、住民説明会の来場者に対してアンケートを実施。その結果、鉄道の復旧を望む人が98%もいたと示されます。添田~夜明間が廃止になれば、東峰村からは鉄道が消えます。添田以北の日田彦山線が存続する添田町や、久大本線も走る日田市とは、事情が異なるのです。

こうしたなか2020年1月、東峰村の村長が「公的支援をしてでも鉄道を復旧させたい」と、記者会見で発言します。「公的支援はできない」とする自治体の足並みが、そろわなくなってきたのです。東峰村の発言に、他の沿線自治体からは「公的支援はできない」と、火消しをするような発言が相次ぎますが、自治体間の溝は広がる一方でした。

BRT容認に一転した復旧会議で東峰村が孤立

2020年2月12日に開かれた、第5回の復旧会議。2年近く協議してきた日田彦山線の復旧案を、まとめる会議になります。

沿線自治体は、改めて「公的支援なしで鉄道の復旧を望む」と発言。これに対してJR九州は、「無条件の復旧には応じられない」と主張。議論は平行線をたどるかと、思われました。

しかし、大分県の広瀬知事が「2年も議論しているのに、もう決めないわけにはいかない」と発言したのを機に、空気が一転します。その直後、JR九州は前回のBRT案をブラッシュアップした、新たな復旧案を提示したのです。

その案には、BRTに転換した場合のバス停の位置やバリアフリーに配慮した車両の説明、添田駅ではホームの対面で鉄道と乗り換えができるよう改良することなどが示され、「沿線住民から意見を聞きながら深度化を図りたい」と提言します。

この新たな復旧案に、添田町と日田市、福岡・大分の両県が興味を寄せ、BRT案に傾倒しはじめたのです。一方、鉄道での復旧に固執する東峰村は、完全にアウェイの状況に追い込まれます。

いずれにしても、新たな復旧案を持ち帰って各自治体で検討することになりました。その後、3月1日に日田市がBRTの容認を発表。大分県も同調します。また、3月10日には添田町もBRTの容認を福岡県に伝え、残るは東峰村と福岡県の回答待ちとなりました。

日田彦山線のBRT化が決定

2020年5月24日、東峰村で開かれる住民説明会に、福岡県の小川知事が参加します。この場で知事は、鉄道での復旧を断念すると明言。東峰村の渋谷村長も鉄道の廃止とBRTの容認を村民に伝えます。これに先立つ5月16日、小川知事は渋谷村長などと会談し、鉄道での復旧を断念する考えを伝えたことが地元メディアで伝えられており、住民説明会で大きな混乱はなかったようです。

東峰村がBRTを容認したのは、復旧会議も3年目に入り「これ以上延ばせない」という焦りもあったようです。また、東峰村だけが鉄道の復旧を要望しても、他の自治体は「公的支援はしない」「BRTを容認する」と明言しています。年間1億5,700万円の赤字負担を、人口2,000人弱の東峰村だけに求められても、支援できないのは明白です。

2020年7月16日、第6回の復旧会議で沿線自治体とJR九州は、添田~夜明のBRT化について合意します。合意事項には、第1回の復旧会議で確認した【課題1】【課題2】について、以下の結論が提示されました。

【課題1】鉄道で復旧するための方策
・彦山~宝珠山間はBRT専用道区間として復旧する。
・復旧費用は、JR九州が負担する(橋梁については、福岡県が架け替え費用を負担)

【課題2】日田彦山線の継続的な運行の確保について
・JR九州は、BRTを持続可能な交通手段として責任をもって運行し、利用者の声に耳を傾けながら利便性の向上に努める。
・沿線自治体はJR九州と連携し、持続可能な交通手段として維持されるよう、二次交通の充実、観光振興や利用促進に努めるとともに、域外からの利用者の増加にも努める。

なお、JR九州が負担するBRTの事業費は約26億円です(福岡県が負担する橋梁の架け替え費用を除く)。鉄道で復旧する場合(約56億円)と比べて、半分以下に抑えられています。

また、BRTの年間赤字額は約1億1,000万円と試算され、鉄道時代より約1億5,600万円改善します。これは、第3回の検討会でJR九州が示した収支改善の目標額(年間1億5,700万円)と、ほぼ同じでした。

※BRTを導入または検討した自治体の事例は、以下の記事でも紹介しています。

※災害後に復旧または廃止になった路線の事例一覧は、以下のページで案内します。

災害後の復旧・廃止をめぐる赤字ローカル線の協議会リスト
災害により長期間不通となっている赤字ローカル線の復旧・廃止を検討する、鉄道事業者と沿線自治体の協議会の一覧です。

※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。

【九州】赤字ローカル線の存続・廃止をめぐる協議会リスト
九州地方の赤字ローカル線の存続・廃止を検討する、鉄道事業者と沿線自治体の協議会の一覧です。

参考URL

日田彦山線復旧会議について(JR九州)
https://www.jrkyushu.co.jp/company/other/hitahiko/

日田彦山線BRT導入 復旧応じぬJR九州前に、議論一気に容認へ 東峰村長が孤立化(毎日新聞)
https://mainichi.jp/articles/20200212/k00/00m/040/260000c

JR日田彦山線、鉄道復旧を福岡県が断念 東峰村がBRT専用道延伸案容認(西日本新聞)
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/609190/

広報東峰(2020年6月)
https://vill.toho-info.com/2022/12/27/1fe0046276bde9cd4d1a5cf310574d49.pdf

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