水郡線は、福島県の安積永盛と茨城県の水戸をつなぐJR東日本のローカル線です。途中の上菅谷で分岐して常陸太田に向かう支線もあります。
水郡線は全長147kmのうち、水戸の近郊区間を除く約114kmは、輸送密度が1,000人/日を割り込む利用者の少ない線区です。とくに、県境付近の磐城塙~常陸大子は152人/日(2019年)と極端に少なく、沿線自治体は廃止の危機感を抱いています。
沿線自治体は、JR東日本と連携し、鉄道の存続をめざすさまざまな取り組みを続けています。
JR水郡線の線区データ
協議対象の区間 | JR水郡線 安積永盛~常陸大宮(114.1km) |
輸送密度(1987年→2023年) | 安積永盛~磐城塙:1,608→839 磐城塙~常陸大子:788→147 常陸大子~常陸大宮:2,458→802 |
増減率 | 安積永盛~磐城塙:-48% 磐城塙~常陸大子:-81% 常陸大子~常陸大宮:-67% |
赤字額(2023年) | 安積永盛~磐城塙:10億6,400万円 磐城塙~常陸大子:5億2,100万円 常陸大子~常陸大宮:13億1,400万円 |
営業係数 | 安積永盛~磐城塙:977 磐城塙~常陸大子:5,452 常陸大子~常陸大宮:1,761 |
※赤字額と営業係数は、2023年のデータを使用しています。
協議会参加団体
水郡線活性化対策協議会(福島県)
郡山市、須賀川市、玉川村、石川町、浅川町、棚倉町、塙町、矢祭町、古殿町、平田村、鮫川村、福島県
水郡線利用促進会議(茨城県)
水戸市、常陸太田市、ひたちなか市、常陸大宮市、那珂市、大子町、茨城県
水郡線の存続をめざす茨城県・福島県の協議会
水郡線の存続をめざす協議会は、福島県と茨城県にわかれて存在します。このうち、先に取り組みを始めたのは茨城県の「水郡線利用促進会議」です。2019年の台風19号で水郡線の一部区間が被災・長期不通になったことを受け、水郡線の全線復旧と存続をめざして活動を本格化していきます。
一方、福島県には各自治体による協議機関はあったようですが、JR東日本の「利用者の少ない線区の経営情報」の公表を機に、県が正式メンバーに加入。2023年5月に「水郡線活性化対策協議会」が発足しています。
水郡線の主な取り組み
沿線自治体とも協働して実施している、水郡線の利用促進策の一部を紹介します。
- サイクルトレインの運行
- 観光列車の運行(風っ子など)
- 定期客向けの優遇制度「mikke(みっけ)」
- 児童絵画展
…など
JR東日本には「B.B.BASE」というサイクルトレイン専用列車がありますが、水郡線では一般車両でも自転車を乗せて利用できる「水郡線サイクルトレイン」という取り組みをおこなっています。
水郡線サイクルトレインは、茨城県側で2021年5月より実証事業がスタート。週末限定・乗車駅限定などの制限があるものの、2023年度末までの2年間に延べ900人が利用しています。ただ、全体の利用者増加には至らず効果は限定的のようです。2023年10月からは福島県側でもサイクルトレイン利用駅が拡大し、利用者が増えるか注目したいところです。
また、定期客向けの施策として、沿線の店舗や施設で優遇される「mikke(みっけ)」という制度が2023年度より始まっています。一例として、沿線のマクドナルドでは「定期券を見せるとドリンクが割引になる」といったサービスが受けられます。なお、この施策は茨城県のみで実施しています。
このほかにも茨城県側の沿線自治体では、JR東日本と連携したプロジェクトを進めています。詳しくは、この後に紹介しましょう。
JR東日本と連携した茨城県の水郡線活性化プロジェクト
2022年7月、JR東日本は「利用者の少ない線区の経営情報」を公表します。これを受けて、大部分の線区が該当する水郡線の沿線自治体では、存続に向けた動きが活発化していきます。
茨城県の水郡線利用促進会議では、利用促進につながる具体的な対策が必要と判断。県の若手職員を中心に、ワーキングチームを発足させます。なお、ワーキングチームにはJR東日本の若手社員も参加。官民連携で、水郡線の利活用を検討することになりました。
ワーキングチームでは、「通勤」「通学」「観光」の3つの班にわかれ、2022年10月より議論を開始。2023年2月に最終報告(プレゼンテーション)をおこない、実行できる事業には予算をつけて取り組むことも決まりました。ここで、3つの班が検討した利用促進の内容をみていきましょう。
通勤利用の拡大に向けた施策
- 列車通勤のメリット啓発
- フレックス制度導入の推進
- 駅周辺駐車場の利用促進
- 沿線自治体職員による水郡線利用モニター調査
水郡線は通学定期客の多いローカル線ですが、少子化により利用者は減る一方です。そのため、通勤定期客の増加が重要な課題といえます。
そこで、鉄道で通勤を検討している人に対して、通勤時間の有効活用など列車通勤のメリットをアピールする啓蒙活動を展開。同時に、企業に対しては列車の時間にあわせて勤務時間を変更できるよう、フレックス制度の導入を呼びかけます。なお、フレックス制度を導入した企業には、通勤定期代に対する補助制度も設けています。
また、自治体職員が列車通勤のモニターとして参加する事業も展開しています。なお、水郡線を通勤に使う自治体職員は、わずか0.26%しかなく、厳しい現実も報告されています。
■水郡線沿線自治体職員の列車通勤者数
職員総数 | 水郡線通勤者 | 割合 | |
---|---|---|---|
茨城県 | 21,000人 | 54人 | 0.26% |
水戸市 | 3,472人 | 11人 | 0.32% |
ひたちなか市 | 1,973人 | 0人 | 0% |
常陸太田市 | 563人 | 0人 | 0% |
那珂市 | 485人 | 0人 | 0% |
常陸大宮市 | 484人 | 0人 | 0% |
大子町 | 244人 | 7人 | 2.90% |
計 | 28,221人 | 72人 | 0.26% |
参考:茨城県水郡線利用促進会議「水郡線利活用に係る県、沿線自治体及びJR東日本若手職員ワーキングチーム 最終プレゼン」をもとに筆者作成
通学者向けの利用促進策
- 利用促進ポータルサイトの設立と補助メニューの一元化
- 定期購入費用への補助
- 学校説明会参加者や体験学習など団体利用への補助
- 沿線学校のイベントとのタイアップ事業
学生向けの施策として、沿線の高校の学校説明会参加者への運賃補助や、体験学習などで水郡線を利用する団体客への補助など、定期外の補助メニューも拡充。これらの情報をポータルサイトで一元化し、通学以外の利用促進を呼びかけます。
また、沿線の学生と一緒に水郡線の利用に関する発表会などのタイアップイベントも実施する予定です。
観光客向けの利用促進策
- 駅前マルシェの開催
- 「旅ガチャ」(水郡線旅のモデルコースをカプセルトイに入れて提供)
- ヘッドマークデザイン/モデルコースPR動画のコンペ
観光客向けには、駅前マルシェなどのイベント実施や水郡線を使ったモデルコースの提案などで利用促進を展開。また、列車のヘッドマークの募集など、話題性の提供もしていく予定です。
ただ、茨城県内の水郡線沿線には観光地が少なく、需要の開拓には福島県側の協力も必要でしょう。両県が連携した施策により、水郡線の利用者が増えるのを期待したいところです。
福島県との連携が水郡線存続のカギ
茨城県のワーキングチームが提案した実証事業は2023年度より始まり、取り組みに対する結果や評価はこれからです。一方、福島県の自治体も今後動きが出てくると思われますが、両県が連携した取り組みを進めることも、水郡線の存続につながる重要なポイントになるでしょう。
水郡線で利用者が極端に少ない線区は、県境付近の磐城塙~常陸大子です。この線区の利用者を増やすには、両県の交流人口の増加が求められます。観光を軸とする施策により磐城塙~常陸大子の利用者を増やすことが、ひいては水郡線全線の利用者増加につながります。
福島県は、只見線をはじめローカル線の活用に積極的な県ですから、互いの経験やノウハウを共有しながら水郡線の活性化をめざしてほしいところです。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。
参考URL
平均通過人員2,000人/日未満の線区ごとの収支データ(JR東日本)
https://www.jreast.co.jp/company/corporate/balanceofpayments/pdf/2019.pdf
鉄路と生きる(福島民友新聞)
https://www.minpo.jp/feature/tetsurotoikiru
第8回いわき都市圏総合都市交通推進協議会(いわき市)
https://www.city.iwaki.lg.jp/www/contents/1598523029378/simple/20230524_siryou.pdf
水郡線サイクルトレイン(JR東日本)
https://www.jreast.co.jp/mito/suiguncycletrain/
水郡線定期券利用者割引優待制度「mikke(みっけ)」について(茨城県)
https://www.pref.ibaraki.jp/soshiki/kikaku/kotsuseisaku/tetsudo/suigunsen-teikiinfomation.html
「水郡線利活用に係る県、沿線自治体及びJR東日本若手職員ワーキングチーム 最終プレゼン」の開催結果について(茨城県)
https://www.pref.ibaraki.jp/somu/hodo/hodo/pressrelease/hodohappyoushiryou/2203/documents/230210koutuuseisakukasuigunsen.pdf