【2025年6月18日】熊本県は、JR豊肥本線の肥後大津駅と熊本空港を結ぶ空港アクセス鉄道構想について、整備ルートの絞り込み案を公表しました。これは、県議会の特別委員会で説明したものです。
概要資料によると、空港アクセス鉄道は全長6.8kmの単線。肥後大津駅で豊肥本線から分岐し、高架橋で国道57号や白川を超えます。熊本空港のある高遊原台地ではトンネルを整備。熊本空港駅(仮称)は地上駅とし、ターミナルから120mほど離れた敷地外に設置する想定です。
また、全線単線のため途中で列車の行き違いができる施設を整備。その場所に、中間駅の設置も検討されています。
この日の委員会では、熊本空港駅の位置がターミナルから離れている点を委員会のメンバーが指摘。「ターミナルの地下に設置できないのか」といった声も挙がりました。これに対して県の担当者は、「地下駅だと約150億円以上の差が出る」と回答。費用面の問題や周辺地域の将来の発展を見据えて、敷地外に設置したと説明しています。
【解説】熊本空港アクセス鉄道は実現するのか?空港駅が敷地外の理由は?
熊本空港は熊本市の中心部から20kmほど離れており、現状ではマイカーや空港リムジンバスなど車移動が中心です。ただ、空港利用者の増加にともない朝夕のラッシュ時には周辺道路で渋滞が発生。くわえて、一部のリムジンバスでは積み残しが発生するなど、「定時性・速達性・大量輸送」の確保が課題になっていました。
これらを解決するため、熊本県は1997年より空港アクセス鉄道の調査を進めています。JR豊肥本線からの分岐だけでなく、2005年には熊本市電の延伸案も調査。ただ、いずれも採算が取れないなどの理由で立ち消えになっています。
その後、インバウンドの増加などを理由に、熊本県の蒲島知事(当時)が再検討を表明。2020年には、豊肥本線を活用した鉄道の分岐・延伸案が「効率的かつ早期実現できる」と示されました。
分岐駅をめぐりJR九州と対立
2020年に示されたルート案は、豊肥本線で分岐する駅から熊本空港まで新線を整備するというものです。分岐する駅の候補は3駅(三里木駅・原水駅・肥後大津駅)。そのうち、概算事業費は高いものの速達性や需要予測の点で、当初は「三里木駅」が有力視されていました。
ところが、この案にJR九州が難色を示します。理由は、列車の運用上の問題です。
三里木駅には折り返し設備がなく、肥後大津駅で折り返し運転をしています。また、肥後大津駅で分岐すれば熊本方面からの列車を直通運転でき運行本数を増やさずに済みますが、三里木駅だと空港アクセス鉄道専用の車両や運転士を用意しなければなりません。利用者からみれば、三里木駅だと乗り換えが必要です。このため、JR九州としては「肥後大津駅」での分岐を勧めたのです。
ただ肥後大津駅だと、所要時間が増えるうえ需要予測も3駅のなかでもっとも少なく、採算性に課題があります。こうした理由から熊本県は、「三里木駅での分岐がよい」と2020年に決めたのです。
とはいえ、JR九州の協力がなければ実現できないプロジェクト。このままでは、協力を得られない可能性があります。
こうしたなかで、2021年に大きな出来事が起こります。台湾の大手半導体企業が、沿線地域に進出することが決定したのです。これにより「人流が変わる」と、熊本県は予測。空港アクセス鉄道の分岐駅も、再検討することになりました。その結果、需要予測は三里木駅より少ないものの、建設費が安く乗り換えもない肥後大津駅での分岐に決定。さらに、JR九州の運行負担を軽減するために、上下分離方式の導入も決まります。
2022年11月29日にはJR九州と確認書を取り交わし、プロジェクトの実現に一歩近づくことになったのです。
■空港アクセス鉄道のルート(分岐駅)の再検討による調査概要
三里木ルート | 原水ルート | 肥後大津ルート | |
---|---|---|---|
概算事業費 | 約490億円 | 約530億円 | 約410億円 |
所要時間(熊本~空港) | 約41分 | 約43分 | 約44分 |
需要予測 | 約5,800人/日 | 約4,700人/日 | 約4,900~5,500人/日 |
費用便益分析(B/C) | 1.01 | 0.72 | 1.03~1.21 |
参考:熊本県「阿蘇くまもと空港アクセス鉄道整備に向けた取組み状況」の資料より筆者作成
ターミナルの地下駅案だと補助金が得られない?
2025年6月18日に公表された資料には、熊本空港駅(仮称)の位置も示されました。正式決定ではありませんが、その場所は空港ターミナルから駐車場を挟んだ敷地外です。駅から空港ターミナルまでは、最短120mとされています。
この位置について、県議会の特別委員会のメンバーから「なぜ地下に作らないの?」といった疑問が投げかけられます。空港利用者のことを考えると、できる限り空港ターミナルに近い位置に駅を設置したほうが便利です。
これに対して県の担当者は、概算事業費が150億円以上高くなると回答しています。とはいえ、空港ターミナルから120m以上も離れた場所だと、予測より利用者数が少なくなる可能性もあるでしょう。150億円を投じてでも、地下駅にしたほうが需要は高まるはずです。
しかし、この150億円の差が「空港アクセス鉄道が実現できるか否か」にかかる重要な差となるのです。その理由が、国の補助金制度です。
熊本県は、国の「空港アクセス鉄道等整備事業」という補助金制度の活用をめざしています。この制度を使えば、事業費の18%(最大3分の1)を国が補助。県やJR九州の負担を抑えられるのです。
ただ、この制度を利用するには一定の条件を満たす必要があります。その条件のひとつが「費用便益分析(B/C)が1以上」であること。平たくいえば、事業者の利益や周辺地域の経済波及効果などが建設費を上回れば、国が事業化を認め補助金を支援するのです。
2022年に示された空港アクセス鉄道の費用便益分析は、「1.03」(開業後30年間の場合)。快速列車を運行するなど利便性を高めると「1.21」になるとしています。補助金が認められるギリギリのラインです。もし150億円アップすると、費用便益分析は1を下回り、補助金が得られないのは確実でしょう。
つまり、駅をターミナルの地下に設置する案では、建設費のほうが高いため国が補助(事業化)を認めない可能性が、極めて高くなるのです。
もっとも、国に頼らず事業費全額を熊本県とJR九州が負担すれば、事業化できるかもしれません。ただ、両社の負担額はそれぞれ約280億円となり、補助金を使った場合(約140億円)の倍になってしまいます。これではJR九州だけでなく、熊本県民も反対するでしょう。
なお、概算事業費は物価高騰などの影響もあり、熊本県は改めて試算した結果を2025年9月に公表する予定です。過去の検討でも、採算が取れずに構想が立ち消えした熊本空港のアクセス鉄道。インバウンド需要の拡大や半導体企業の進出が、どれだけ事業化を後押しできるかがポイントになりそうです。
参考URL
空港アクセス鉄道に係る鉄道概略設計調査結果概要【整備ルート絞り込み案】(熊本県)
https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/life/237910_684191_misc.pdf
阿蘇くまもと空港アクセス鉄道整備に向けた取組み状況(熊本県)
https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/attachment/248408.pdf
阿蘇くまもと空港アクセス鉄道の検討に係る調査結果概要について(熊本県)
https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/attachment/145705.pdf