豪雨災害で長期不通になっている米坂線の今泉~坂町。その復旧に関する協議が、2023年9月に始まりました。
最初の協議で、JR東日本は「復旧に必要な2つの条件」を提示します。沿線自治体は、JR東日本の求めに応えられるのでしょうか。そして、米坂線は廃止を避けられるのでしょうか。「JR米坂線復旧検討会議」の協議の流れをまとめました。
※米坂線の被害状況や協議が始まるまでの流れは、こちらの記事で詳しく解説しています。
JR米坂線の線区データ
協議対象の区間 | JR米坂線 今泉~坂町(67.7km) |
輸送密度(1987年→2019年) | 今泉~小国:833→298 小国~坂町:864→169 |
増減率 | 今泉~小国:-64% 小国~坂町:-80% |
赤字額(2019年) | 今泉~小国:8億1,700万円 小国~坂町:4億6,600万円 |
営業係数 | 今泉~小国:2,659 小国~坂町:2,575 |
※赤字額と営業係数は、コロナ禍前の2019年のデータを使用しています。
協議会参加団体
米沢市、長井市、川西町、小国町、飯豊町、村上市、関川村、JR東日本、国土交通省(東北・北陸信越運輸局)など
米坂線の復旧にJRが示した2つの条件
JR東日本と沿線自治体などの関係者が一堂に会する第1回検討会議は、2023年9月8日に開催されます。この場でJR東日本は、すでに公表していた復旧工事の費用や工期、鉄道の復旧に関わる国の補助金制度について説明します。被災線区の復旧費用は、約86億円。工期は最低でも5年です。この復旧費用に、JR東日本は「自社単独で復旧するのは困難」と伝えたうえで、国の災害復旧補助制度の活用を訴えます。
仮に国の補助制度を活用する場合、国と自治体が4分の1ずつでそれぞれ約21億5,000万円(山形県が13億7,500万円、新潟県が7億7,500万円)、JR東日本が2分の1の約43億円を負担することになります。
ただ、国の補助制度を活用するには長期的な路線の維持が求められるため、米坂線の抜本的な経営改善も必要です。これについてJR東日本は、米坂線の利用者が減少傾向にあることを説明。「復旧後も安定的に運営できるかが課題だ」と伝えます。
ちなみに米坂線の利用者数は、1987年のJR設立以降、減少の一途をたどり続けています。輸送密度ベースで比較した被災区間の減少率は、今泉~小国が-64%、小国~坂町が-80%です(1987年と2019年を比較)。この数値は、沿線人口の減少率を大きく上回っています。
■米坂線被災区間の輸送密度の推移
参考:JR東日本「路線別ご利用状況 1987年度~2022年度(5年毎)」をもとに筆者作成
一方で沿線自治体からは、米坂線は「地域住民の暮らしに欠かせない路線」であり、「山形と新潟をつなぐ重要なネットワーク」であると主張。鉄道の復旧を訴えます。
これに対してJR東日本は、鉄道で復旧するには次の2つの課題をクリアする必要があると説明します。
(1)復旧費用の負担割合
(2)復旧後の安定的な経営を実現するための方策(利用促進など)
この2点について、今後話し合いを進めていくことが確認されます。
なお、沿線の飯豊町からは、比較的に被害が軽微であった今泉~羽前椿について部分復旧ができないかと質問がありましたが、JR東日本は運行システムの管理管轄が分かれていることなどを理由に困難であることと伝えています。
米坂線の利用促進策を検討する部会を設置
第1回検討会議の後、山形・新潟両県の沿線自治体は、(2)の課題を検討する組織を発足させます。山形県が2022年に設置した「やまがた鉄道沿線活性化プロジェクト推進協議会」のなかに、新潟県の沿線自治体も参加する「米坂線利用拡大検討部会」を設置。両県の自治体が手を組んで、米坂線の現状調査や復旧の必要性、利用促進策の検討などを進めていくことになりました。
また、2023年11月30日には事務レベルでの復旧検討会議を開催。この会議にはJR東日本も参加しており、米坂線の運行経費の内訳や代行バスの利用状況などを説明したようです。ちなみに、代行バスの利用者は高校生の通学定期客がほとんどで、1日平均で110~120人くらい。列車の利用者数より減っているようです。
米坂線の必要性を訴求する沿線自治体
2024年3月26日に開催された、第2回検討会議。ここで、検討部会が前回の検討会議から半年かけて進めてきた利用促進策を示します。
まず沿線自治体は、米坂線の必要性について訴求。「観光を含め地域活性化のツールになること」「1日1,700人以上の通勤通学客をはじめ日常生活を支える基盤になっていること」「広域的な移動手段になっていること」などの点を、具体的な事例を交えながら説明します。たとえば、観光の点では「台湾からのインバウンド客を約1,500人も運べたのは鉄道があったからだ」といった事例を伝え、鉄道の復旧を訴えました。
こうした事例をさらに増やすために、沿線自治体は利用拡大策についても説明します。具体的には、マイレール意識を高めるためのイベント開催や観光誘客の促進、駅周辺の整備など、沿線自治体が一体となって取り組む方針を示します。このほか、通勤通学における運賃補助、観光列車の運行支援、特産品開発なども提案したようです。
これに対してJR東日本は、「利用促進策に、どれくらいの効果やニーズがあるのか、持続性があるものなのかなど、持ち帰って検討したい」と発言。利用促進策の課題を含めて、次回以降に返答することが確認されます。
JR東日本の回答 – 米坂線の「4つの選択肢」
第3回検討会議は、2024年5月29日に開催。沿線自治体の利用促進案に対する、JR東日本の回答が示されます。
JR東日本は、仮に2030年に復旧できたとして、その10年後の2040年に「利用促進案でどれだけ増えるのか」をシミュレーション。利用促進をしなかった場合も含めて、2040年の輸送密度の予測を提示します。試算結果は、以下の通りです。
■JR東日本が示した試算結果(2040年の輸送密度予測)
今泉~小国 | 小国~坂町 | |
---|---|---|
2019年の実績 | 298 | 169 |
利用促進をした場合 | 262 | 219 |
利用促進をしなかった場合 | 167 | 109 |
参考:第3回JR米坂線復旧検討会議の資料より筆者作成。
いずれの線区も、利用促進をしても200人台という厳しい結果です。
ここで注目すべきポイントは、今泉~小国では利用促進をおこなっても「被災前より減る」と予測されたことです。減少する理由は、沿線地域の少子化・過疎化や道路整備の影響が大きいと推測されます。
今泉~小国は、高校生をはじめ通学定期客の多い線区ですから、少子化などにより鉄道の利用者も減少することが予想されます。また、米坂線と並行する高規格道路(新潟山形南部連絡道路)が一部区間で着工しており、マイカー利用者の割合がさらに高まることも減少の一因として考えられます。
つまり、利用促進による増加数よりも社会情勢の変化による減少数のほうが大きく、「利用促進をしても減る」という結果になったのです。
いくら利用促進を頑張ってもバスで輸送できる人数にしかならないため、JR東日本は「大量輸送という鉄道の特性が発揮できない」と指摘。「持続可能性の観点から、JRが単独で運営するのは難しい」と伝えます。そのうえでJR東日本は、米坂線の運用形態について以下4つの選択肢を示したのです。
(1)JRの単独運営
(2)上下分離方式への移行
(3)第三セクターへの移管
(4)廃止・バス転換
単独での運営は難しいとしながらも、なぜか「(1)JRの単独運営」を選択肢に含めています。当然、沿線自治体からは「被災前と同じくJRに運営してほしい」と、(1)を求める声が挙がります。ただ、JR東日本は「それぞれの案について今後議論を深めたい」という考えを示しつつ、4案以外にもアイデアがあれば検討する可能性を示唆します。
上下分離や三セク移管の検討も始めることに
第4回検討会議(2024年11月19日)は、米坂線の収支に関するJR東日本の説明で始まります。コロナ禍前(2019年度)の赤字額は、今泉~小国が8億1,700万円、小国~坂町が4億6,600万円。営業係数は、いずれの線区も2,500超えです。また、直近1年間の代行バス利用者数も公表。上下あわせて1日あたり約240人しかいないことも報告されます。
こうした状況から、JR東日本は「鉄道の運営を前提とした復旧は厳しい」と主張。前回の検討会議で提示した「(1)JRの単独運営」は、現実的に難しいという考えを示します。
そこでJR東日本は、「(2)上下分離方式への移行」について検討。沿線自治体が「下」を管理する場合の負担額の試算結果が提示されます。その試算額は、今泉~小国が年間8億1,000万円~10億9,000万円、小国~坂町が年間4億7,000万円~6億1,000万円。2019年度の赤字額と同等または多いという結果です。
当然、沿線自治体は「負担が重い」と反発。とりわけ、負担額が大きい山形県側の自治体からは「JRに運営してほしい」「国に財政支援を求められないか」といった意見が相次ぎます。
こうしたなかで山形県は、「JRだけに復旧や運営を求めても話し合いが前に進まない」と主張。上下分離方式の導入や第三セクターへの移管についても、今後検討していく考えを伝えます。JR東日本に対する支援の考えを伝えたのは、この協議で初めてのことです。これに他の自治体も賛同。鉄道での復旧を第一に、上下分離方式に関する議論を続けることが確認されます。
ただ、検討会議の翌日に開かれた山形県の定例記者会見で、吉村知事は「財源の確保が大きな課題。国への財政支援も含めて新潟県や沿線自治体と検討していく必要がある」と語っています。これは新潟県も、同じ考えのようです。
両県の沿線自治体が、JR東日本への協力姿勢を見せ始めました。その一方で、年間で最大17億円もの負担に両県民が納得するのか、議論はまだまだ続きます。
※米坂線の被害状況や協議が始まるまでの流れは、こちらの記事で詳しく解説しています。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。
参考URL
平均通過人員2,000人/日未満の線区ごとの収支データ(JR東日本)
https://www.jreast.co.jp/company/corporate/balanceofpayments/pdf/2019.pdf
知事記者会見の概要(山形県)
https://www.pref.yamagata.jp/documents/35976/20230915.pdf
令和5年9月定例会 総務常任委員会の主な質疑・質問等(山形県)
https://www.pref.yamagata.jp/documents/31904/r051003kaigiroku.pdf
広報いいで(2024年3月号)
https://www.town.iide.yamagata.jp/001/iide2403.pdf
令和5年度 第2回県及び市町村長・議長会議 「4 意見交換」の内容(山形県)
https://www.pref.yamagata.jp/documents/37342/ikenkoukan.pdf
広報せきかわ(2024年1月号)
http://www.vill.sekikawa.niigata.jp/file/002_somuhan/kouhou_r6.1.1.pdf
米坂線復旧検討会議・JRから「厳しい将来試算」 復旧後の運営パターンも提示(さくらんぼテレビ 2024年5月29日)
【リンク切れ】https://www.fnn.jp/articles/-/706534
区間運休続くJR米坂線 JRと自治体が事務レベルで復旧検討会議 早期復旧要望(山形放送 2024年5月29日)
【リンク切れ】https://www.ybc.co.jp/nnn/news119m8o9suuubyey7i40.html
JR米坂線「上下分離方式」地元自治体負担費用の試算 初提示(NHK山形 2024年11月20日)
https://www3.nhk.or.jp/lnews/yamagata/20241120/6020022458.html