阿武隈急行は、福島と槻木(宮城県)を結ぶ第三セクター鉄道です。1990年代には黒字経営の年もありましたが、利用者の減少などにより1999年以降は赤字に。2020年前後には、度重なる災害とコロナの影響で経営が大きく傾きました。
一時は廃止も視野に協議を続けた沿線自治体ですが、2025年12月に「みなし上下分離」の導入を決定。国の補助を受けながら、全線存続が決まります。阿武隈急行の廃止を防いだ経緯を、沿線自治体の動きから解説します。
阿武隈急行の線区データ
| 協議対象の区間 | 阿武隈急行線 福島~槻木(54.9km) |
| 輸送密度(1988年→2024年) | 1,753→1,335 |
| 増減率 | -24% |
| 赤字額(2024年) | 8億4,288万円 |
※赤字額は、2024年度の鉄道事業の経常損益を使用しています。
協議会参加団体
福島市、伊達市、角田市、柴田町、丸森町、福島県、宮城県、阿武隈急行ほか

利用促進が成功していた阿武隈急行
阿武隈急行は、国鉄丸森線(槻木~丸森)を継承して1986年7月に開業。その後1988年に、未成線だった丸森~福島を延伸し、全線開業します。全線開業により利用者が増加。1994年度には初の黒字を達成しました。しかし栄光は長く続かず、1999年には再び赤字に転落。以降、苦しい経営が続いています。
この状況に沿線自治体は「阿武隈急行線再生支援協議会」を2005年2月に設置。組織体制まで踏み込み、経営改善に向けた協議を始めます。また、各自治体でも協議会を立ち上げて阿武隈急行への支援や、丸森町などの一部自治体では運賃助成制度を設けるなど、沿線住民への利用を促しました。
こうした取り組みが功を奏してか、利用者数は増加に一転。とくに通勤定期客は、2003年度の約52万人から2016年度には約67万人にまで増えたのです。
しかし、沿線地域の過疎化・少子化が進んだことで利用者数は2015年ごろに頭打ちに。同時期に、老朽化した車両や鉄道施設の更新・修繕費が増えたこともあって、阿武隈急行の経営は徐々に悪化していきます。
■阿武隈急行の年間輸送人員(単位:千人)

参考:宮城県「阿武隈急行線地域公共交通網形成計画」をもとに筆者作成
再び阿武隈急行の経営再建を検討することになった沿線自治体は、2018年4月に法定協議会「阿武隈急行線沿線地域公共交通協議会」を設置。翌年7月には、地域公共交通の再編やまちづくり計画を含めた「阿武隈急行線地域公共交通網形成計画」を策定します。
計画では、ダイヤの見直し、他社線やバスとの乗り継ぎ改善、バス路線の再編、地域イベントと連携した観光利用拡大など、さまざまな施策を立案しています。計画期間は、2019年度から2028年度までの10年間です。
こうして経営再建に向けた取り組みが始まりますが、阿武隈急行の本当の悲劇もここから始まったのです。
災害とコロナで計画破たん…増える累積赤字
地域公共交通網形成計画の策定から3カ月後の2019年10月に、台風19号(東日本台風)が関東から東北地方にかけて縦断。各地に大きな被害をもたらしました。阿武隈急行も甚大な被害を受け、一部区間で長期運休に。全線復旧まで丸1年を要しました。被害額は約11億円です。
全線復旧したのは2020年10月。ちょうど新型コロナウイルスの影響で、利用者数が激減していた時期です。沿線自治体は緊急支援として、2020年度から3年間で10億円以上を補助し、阿武隈急行の経営を支えます。
回復の兆しが見え始めた2022年3月、阿武隈急行に再び災害が襲います。福島県沖地震です。このときも一部区間で3カ月間も運休に。被害額は約9億6,000万円に上りました。
こうした不可抗力により、地域公共交通網形成計画はほぼ破たん。阿武隈急行の年間赤字額は5億円前後、累積赤字額は約14億円(2024年度末時点)と、債務超過に陥る寸前まで悪化したのです。事態を重く見た沿線自治体は、2023年3月に「阿武隈急行線在り方検討会」を協議会に設置。抜本的な経営改善策の検討を始めます。
バス転換案も浮上した阿武隈急行の検討会
第1回検討会は、2023年3月29日に開催します。構成メンバーは、宮城・福島の両県と5つの沿線自治体、阿武隈急行、有識者など。オブザーバーとして、JR東日本や国土交通省も出席します。
このなかで阿武隈急行は利用状況などのデータを提示し、危機的な経営状況を説明。沿線自治体などに共有されます。また沿線自治体からは、検討会で議論する内容について説明。地域公共交通網形成計画で決めた利用促進策の見直しだけでなく、上下分離方式の導入といった「事業構造の変更」、バス転換を含めた「輸送モードの合理化」など、8つの検討内容が確認されます。
さらに検討会では、現地調査の実施も確認。同年5月から8月にかけて、主要駅の利用状況や地元高校でのヒアリングなどの調査がおこなわれました。
その後、検討会は2~3カ月おきに開催。阿武隈急行の実態が見え始めるなかで、宮城県と福島県のあいだに温度差が生じてくるのです。
存廃方針が決まらない宮城県の沿線自治体
2023年8月29日、宮城県側の沿線自治体の首長が集まり意見交換会を開催します。目的は、宮城県としての方針を一致させること。福島県側は通勤通学需要をはじめ利用者が多く、「鉄道の存続」で意見が固まりつつありました。一方で宮城県側は利用者が少なく、また財政支援の負担割合に不満をもらす自治体があるなど、話がまとまらない状況だったのです。
■阿武隈急行各駅の1日の乗降客数(2019年)

出典:国土数値情報「駅別乗降客数データ」をもとに筆者作成
方針を決めかねる理由のひとつに、同年3月にコンサルティング会社が提出した調査報告書もあったようです。
この報告書は、阿武隈急行のあり方を検討するために宮城県がコンサルティング会社に依頼。鉄道(気動車への転換を含む)・BRT転換・バス転換など11案の長期的な維持費も分析されています。
報告書によると、鉄道を存続させた場合の維持費は今後30年間で約473億円。これに対してBRTは約343億円、路線バスは約297億円だったそうです。維持費だけを見ると、バス転換に優位性があります。とはいえ、路線バスは定時性や速達性に難がありますし、ドライバーを確保しづらいという現実もあります。
こうしたなかで宮城県側の沿線自治体は、沿線住民の意見を募る意見交換会の開催を確認。住民の声も踏まえて、方針を決めることで一致します。
沿線住民との意見交換会は、10月24日に開催されます。このなかで住民からは、「通勤通学に影響が出る」と鉄道の存続を求める意見が挙がる一方で、「多額の税金を使ってまで維持するのは疑問」といった意見も聞かれたのです。賛否両論の意見が出るなかで沿線自治体は、かえって方針を決めづらくなってしまいます。
「鉄道の存続」を宮城県が選んだ経緯
2024年5月31日に開かれた第6回協議会。すでに存続方針を示していた福島県の沿線自治体からは、増便やダイヤの見直しなど利便性向上に向けた案などが提示されます。
一方、宮城県の沿線自治体からは「代替交通を含めて検討中」と、存廃の方針が決まっていないと報告。「鉄道の存続(現状維持)」「気動車への転換」「BRT転換」「バス転換」の大きく4案で比較検討していることが伝えられます。また、同年10月までに宮城県側の意見を集約する考えも提示します。
協議会の後、宮城県側の線区の存廃をかけた議論が正念場を迎えます。
まず4案のうち、「気動車への転換」は除外されます。電車と比べて動力費を削減できることが気動車のメリットですが、車両購入費や給油施設の整備費といった初期費用が高額です。なお、宮城県側の区間の場合、動力費は年間2,000万円くらい削減できるのに対し、初期費用は約27億円と試算されています。電車から気動車に変えたところで利用者が増えるわけでもなく、この案は除外されたのです。
残る「鉄道の存続」「BRT転換」「バス転換」について、初期投資額や自治体負担額なども含めて改めて試算されます。その結果は、以下の通りでした。
■輸送モードの比較検討
| 鉄道の存続 | BRT転換 | バス転換 | |
|---|---|---|---|
| 初期投資額 | なし | 152.5億円 | 46.7~47.5億円 |
| 年間赤字想定(2030年→2050年) | 10.7億円→18.3億円 | 0.9億円→2.2億円 | 1.0億円→2.6億円 |
| 自治体負担額 | 258.7億円 | 126.9億円 | 74.9~80.9億円 |
参考:阿武隈急行線沿線地域公共交通協議会「阿武隈急行線宮城県側区間 輸送モード比較検討資料」をもとに筆者作成
BRTやバスに転換すれば、莫大な初期費用が見込まれます。とくにBRTは、専用道の整備費用だけで100億円以上。しかも、専用道の工事期間中は代行バスを確保しなければなりません。長期的にみれば鉄道より負担を抑えられるとはいえ、ドライバー確保を含めて課題も多く、BRT案は脚下されます。
路線バスは自治体負担を大きく抑えられ、持続可能性という点で有利です。ただ、定時性・速達性の観点では鉄道より劣るため、利便性の向上に適しません。また、BRTと同様にドライバーの確保が難点です。
このように沿線自治体は、単に赤字額や自治体負担額だけでなく、定性的なメリット・デメリットや沿線のまちづくりも含めて、総合的に判断していきます。
そして2024年10月4日、宮城県と沿線自治体の首長が一堂に会する協議を開催。各種データを踏まえ、阿武隈急行の存廃方針を決めることになりました。その結果、鉄路存続の方向で一致。同年12月には覚書交換し、宮城県側の沿線自治体も「存続」で決定したのです。
みなし上下分離で2035年度までの存続が決定
宮城県側の自治体は2025年1月22日の第9回協議会で、県内区間の鉄路存続の方針を正式に公表します。ただ、具体的に「どのように維持するか」については、福島県側も含めてまだ結論が出ていません。
阿武隈急行の累積損失額は、2023年度末時点で約14億6,000万円。「近く債務超過に陥る見通し」と、阿武隈急行は伝えています。経営的には「待ったなし」の状態であり、沿線自治体のスピード感のある対応が求められたのです。
そこで協議会は、阿武隈急行の「持続可能な支援体制」について検討開始。同年3月に「提言」をまとめます。この提言で、地域づくりや経営健全化を着実に進めには「国の支援を受けながら、沿線自治体が安定的な支援体制を構築することが大切」と指摘。国の鉄道事業再構築事業の活用を念頭に、「みなし上下分離の導入」も一つの方法とまとめています。
上下分離ではなく、みなし上下分離を推奨したのは、スピード感のある支援体系を確立するためでしょう。上下分離方式だと、「下」を管理する法人設立や譲渡などに数年単位の準備期間が必要です。その間に、阿武隈急行が資金ショートで倒産する可能性もあります。
そこで、鉄道施設の維持管理などは従来通り阿武隈急行がおこない、沿線自治体はその費用を負担する「みなし上下分離」が適切と考えたのです。
これを受けて協議会では、提言内容の実現・実施に関する調査や検討をする新たな分科会の設置を決定。「みなし上下分離で阿武隈急行の存続が可能か」という点を検討していくことになりました。
そして第14回協議会(2025年12月4日)で、沿線自治体は「みなし上下分離」の導入を決定。国の社会資本整備総合交付金を得るために再構築実施計画を策定し、国土交通省に申請することが確認されます。この計画は、2026年1月27日に国土交通省が認定。阿武隈急行の存続が確定したのです。
計画期間は2026年度から2035年度までの10年。事業費は、設備投資に約144億円、維持修繕に約26億円で、トータル約170億円と見積もられます。このうち約60億5,000万円を国が補助。残る約109億円は、沿線自治体が負担します。
阿武隈急行を存続させるために巨額の公的支援を決めた沿線自治体ですが、沿線地域の人口減少が進むなかで財源確保が大きな課題となります。一方で阿武隈急行の収支は、大きく改善するものの、それでも年間6億円以上の赤字が見込まれています。これからが阿武隈急行にとって本当の正念場といえるかもしれません。
阿武隈急行の関連記事
※BRTを自治体が赤字ローカル線の解決策として検討する理由について、以下のページで解説しています。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。

参考URL
鉄道統計年報
https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk2_000053.html
阿武隈急行線の利用促進への支援について(宮城県)
https://www.pref.miyagi.jp/soshiki/soukou/abukyu-riyousokusin.html
阿武隈急行線地域公共交通網形成計画
https://www.pref.miyagi.jp/documents/24621/752017.pdf
阿武隈急行「維持」か「バス転換」か…宮城側が代替輸送本格検討へ(福島民友新聞 2024年6月1日)
【リンク切れ】https://www.minyu-net.com/news/news/FM20240601-861330.php
「赤字経営で今後も税金が投入されるのか」”6億赤字”阿武隈急行めぐる初の意見交換で厳しい声上がる(東北放送 2023年10月25日)
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/797177?display=1
バス転換、維持費176億円減 阿武隈急行、宮城県が試算(福島民友 2024年10月3日)
【リンク切れ】https://www.minyu-net.com/news/detail/2024100307325027046
阿武隈急行「維持」か「バス転換」か…宮城側が代替輸送本格検討へ(福島民友新聞 2024年6月1日)
【リンク切れ】https://www.minyu-net.com/news/news/FM20240601-861330.php
阿武隈急行の鉄道事業再構築実施計画の認定について(国土交通省)
https://wwwtb.mlit.go.jp/tohoku/content/000366084.pdf
