【いすみ鉄道】廃止も検討された鉄道が復活できた理由

いすみ鉄道の列車 三セク・公営

いすみ鉄道は、千葉県外房の大原から上総中野を結ぶ第三セクター鉄道です。ムーミン列車や国鉄時代の旧型車両の運行など、話題に上る施策で人気を集める鉄道事業者ですが、かつては減少する利用者数に歯止めがかからず廃止も議論されていた路線でした。

沿線自治体によって組織された「いすみ鉄道沿線活性化協議会」の動きを中心に、いすみ鉄道が存続する理由を探っていきましょう。

いすみ鉄道の線区データ

協議対象の区間いすみ線 大原~上総中野(26.8km)
輸送密度(1988年→2019年)1,273→385
増減率-70%
赤字額(2019年)1億9,421万円
※輸送密度および増減率は、いすみ鉄道が発足した1988年と、コロナ禍前の2019年を比較しています。
※赤字額は、コロナ禍前の2019年のデータを使用しています。

協議会参加団体

勝浦市、いすみ市、大多喜町、御宿町

いすみ鉄道と沿線自治体

利用者の減少でいすみ鉄道への公的支援は1億円以上に

いすみ鉄道の沿線自治体が協議会を設置したのは、1980年です。当時はまだ、国鉄木原線の時代。その木原線が第一次特定地方交通線に指定され、沿線自治体は利用促進などの取り組みを実施する協議会を設置します。しかし、利用者は増えず、木原線はJR東日本に継承されないことが決定します。

それでも鉄道の存続を願った沿線自治体は、第三セクター方式で存続の道を探ります。そして1988年、いったんJR東日本に継承された後、いすみ鉄道が開業したのです。

開業初年度は、国鉄時代よりも多い年間112万人が利用。成功したかに見えましたが、その後はモータリゼーションの進展や沿線の過疎化・少子化などにより、利用者数は右肩下がりに。2000年には60万人台にまで減少します。

利用者の減少に歯止めをかけるため、いすみ鉄道は2000年に経営改善計画を策定します。しかし、その効果は限定的で利用者はさらに減少。2005年には約45万人にまで減ってしまったのです。

利用者の減少にともない経営状況も悪化するいすみ鉄道。沿線自治体は、国の転換交付金などを資源にした鉄道経営対策事業基金を取り崩しながら、いすみ鉄道を支援します。さらに、県の補助もくわえると支援額は年間1億円以上にもなっていました。

これとは別に、車両や鉄道施設の更新なども必要で、支援額はもっと増えることが予測されます。そこで沿線自治体は、いすみ鉄道の廃止を含めて議論を始めることになったのです。

いすみ鉄道への補助額の推移
▲いすみ鉄道に対する自治体の補助額の推移。1995年以降は、毎年1億円を超えている。
出典:千葉県「これからのいすみ鉄道を考えるシンポジウム」

いすみ鉄道の「あり方」を検討する再生会議を設置

沿線自治体は、いすみ鉄道の今後のあり方や再生の方向性を検討するために、「いすみ鉄道再生会議」を2005年に設置します。この会議は千葉県が主宰。構成メンバーは、県の担当者や沿線自治体にくわえ、公共交通に詳しい有識者も参加しています。ここで、「いすみ鉄道の役割」「必要性と可能性」「経営改善方策」などを議論していくことになりました。

2006年には、中間報告を公表。そのなかには、地域住民へのアンケート調査の結果も掲載されています。このアンケートで注目すべきポイントは、「鉄道を存続させるために補助金をもっと増やしてもよいか?」といった、公的支援に関する質問にも踏み込んでいる点です。その回答結果は、次の通りでした。

▲公的支援に半数以上の人が「増やしてもよい」と答える一方、「現状維持」「減らす」「支援しなくてよい」という答えも多かった。
参考:千葉県「いすみ鉄道再生会議中間報告」のデータをもとに筆者作成

「いくらでも増やしてよい」「一定の範囲内であれば増やしてよい」と答えた人を合わせると、半数を超えます。沿線住民の多くが、公的支援を増やしてでもいすみ鉄道の存続を願っていたのです。

いすみ鉄道は、沿線住民の通学や通院といった「公共交通機関としての役割」のほか、小湊鐵道と連携した「房総横断鉄道としての役割」、さらに沿線の活性化に寄与する「観光鉄道としての役割」もあり、地域にとって必要不可欠な鉄道です。

こうした定性的な評価とは別に、再生会議では鉄道の客観的な価値を示すために「費用対便益の分析」も実施しています。具体的には、「鉄道を存続させる場合」と「バスに転換する場合」で、今後30年にもたらす便益を金額ベースでシミュレーションしたのです。その結果、「鉄道もバスも、約80億円の便益をもたらす」と互角の試算に。ただ、鉄道は維持費が高額なため「代替バスのほうが優位」と中間報告で示されます。

2年間の検証期間で存廃を判断

2007年、いすみ鉄道再生会議は最終報告書を公表します。このなかで、「2008年度から2009年度の2年間を検証期間とし、いすみ鉄道の再生の方向性を判断する」ことが示されます。

つまり、2年間でさまざまな施策や実証事業をおこない、将来的に収支均衡が見込めると判断されたら、いすみ鉄道の存続が決定します。ただし、将来的に収支の均衡が見込めない場合は、代替交通手段の導入について検討することも確認されたのです。

ここで沿線自治体は、地域公共交通活性化再生法にもとづく「いすみ鉄道沿線活性化協議会」を設置。上下分離方式の導入で収支改善を図るとともに、「地域づくり」「まちづくり」と一体となった利用促進策などを検討することになりました。協議会が実施した具体的な施策の一部を、ここで紹介しましょう。

  • 民間経営者の登用
  • 人件費の抑制(嘱託職員の積極的な活用など)
  • 企画乗車券や鉄道関連グッズの販売(フリーきっぷ、ポストカードなど)
  • 旅行会社とのタイアップによるツアーの企画・実行
  • 運賃改定
  • 地域サポーターからの寄付金募集
  • 枕木オーナー・花壇オーナーの募集
  • 新駅設置(城見ヶ丘駅)
  • 自治体職員や沿線企業の従業員による利用促進

…など

鉄道事業者や自治体はもちろん、沿線の住民や企業も一体となった存続活動がおこなわれました。

いすみ鉄道の存続が決定

2010年8月、2年間の検証結果が報告されます。その結果は、以下のようにまとめています。

検証の結果、21年度決算及び22年度第1四半期実績を基にした長期収支見込みでは、会社・地域住民・自治体が一体となった活性化への取組みが継続されれば、将来的に収支が均衡し存続していくことができるとの共通認識に至りました。

そのためには、県、勝浦市、いすみ市、大多喜町、御宿町が、線路や橋梁等いわゆる下部の維持管理に関する費用及び車両更新等の設備投資に対し応分の負担をしていくことが前提となります。

また、観光振興や商業振興などを通じ地域の活性化を図ることが鉄道の利用促進にとっても重要であり、今後、さらに、会社・地域住民・自治体が一体となってまちおこしに取り組んでいくことが必要と考えます。

出典:千葉県「いすみ鉄道の存廃にかかる検証結果について」

実際のところ、2009年度の決算は目標数値を下回っています。ただ、2010年度の第1四半期では収支が改善しており、その実績を踏まえて「将来的に収支の均衡が見込まれる」という、存続が前提であったようにも感じられる結果です。

とはいえ、沿線住民や企業の取り組みによって鉄道を活用した地域全体の活性化が順調に進んでいることや、公募社長として就任した鳥塚氏への期待を込めた判断ともいえるでしょう。なお、鳥塚氏の就任により、いすみ鉄道が全国的に知れ渡る鉄道へと変貌していったのは、周知の事実です。

いすみ鉄道のこれまでの取り組み

鉄道を存続させるには、地域と連携した取り組みを長期的に継続させることが重要です。具体的な取り組み例の一部を紹介しましょう。

  • ムーミン列車の運行
  • 大糸線のキハ52など国鉄時代の旧型車両の導入
  • 企画列車の運行(レストラン列車・夜行列車など)
  • 関連グッズの販売
  • 自己負担による運転士養成

…など

施策の多くは「観光誘客」です。なかでも、いすみ鉄道の知名度を高めた施策のひとつが、「ムーミン列車」の運行でしょう。ムーミンのラッピングデザインを施した列車ですが、鉄道ファンだけでなく女性客にも人気を集め、いすみ鉄道ブームの火付け役となります。

いすみ鉄道の沿線には、全国的に有名な観光地は多くありません。しかし、いすみ鉄道が観光誘客のきっかけとなり、またマスメディアを通じて広くアピールすることで、地域活性化に大きく貢献しています。

いすみ鉄道をモデルに地域活性化を模索する自治体も多いと思いますが、ここで重要なのは、鉄道はあくまでも地域活性化の「きっかけに過ぎない」という点です。事業者だけが頑張っても、自治体や沿線企業・住民の協力がなければ、継続しません。自治体が組織する協議会が中心となり、地域全体で「鉄道を守ろう」「鉄道を活用しよう」という機運を高めることが大切なのです。

※いすみ鉄道とともに「房総横断鉄道」計画を進めている、小湊鐵道の協議会は、以下のページで紹介しています。

※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。

【関東】赤字ローカル線の存続・廃止をめぐる協議会リスト
関東地方の赤字ローカル線の存続・廃止を検討する、鉄道事業者と沿線自治体の協議会の一覧です。

参考URL

鉄道統計年報
https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk2_000053.html

観光を軸として鉄道を維持するための地域連携の決め手に関する研究(日本国際観光学会論文集)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jafit/24/0/24_137/_pdf/-char/ja

これからのいすみ鉄道を考えるシンポジウム(いすみ鉄道再生会議)
https://www.pref.chiba.lg.jp/koukei/shingikai/isumi/sonpaikentou.html

いすみ鉄道沿線活性化協議会(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/common/000119412.pdf

いすみ鉄道再生会議中間報告(千葉県)
https://www.pref.chiba.lg.jp/koukei/shingikai/isumi/documents/isumichukan2.pdf

「いすみ鉄道再生会議」最終報告について(千葉県)
https://www.pref.chiba.lg.jp/koukei/shingikai/isumi/documents/isumi-saisyuuhoukoku.pdf

いすみ鉄道の存廃にかかる検証結果について(千葉県)
https://www.pref.chiba.lg.jp/koukei/shingikai/isumi/documents/kensyoukekka.pdf

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