平成筑豊鉄道は、伊田線・田川線・糸田線の3路線と「門司港レトロ観光線」という観光トロッコ列車を運営する、第三セクター鉄道です。このうち前者の3路線について、平成筑豊鉄道は廃止も視野に入れた「鉄道のあり方」の協議を沿線自治体に申し入れました。その協議は、2025年1月から始まっています。
2026年度以降の赤字額は、年間10億円規模になると見込まれる平成筑豊鉄道。鉄道は存続できるのでしょうか。設立時からさまざまな支援を続けてきた沿線自治体の動きを中心に、これまでの経緯を振り返ります。
平成筑豊鉄道の線区データ
協議対象の区間 | 伊田線 直方~田川伊田(16.1km) 田川線 行橋~田川伊田(26.3km) 糸田線 金田~田川後藤寺(6.8km) |
輸送密度(1989年→2019年) | 1,543→827 |
増減率 | -46% |
赤字額(2019年) | 2,738万円 |
※赤字額は、コロナ禍前の2019年のデータを使用しています。
協議会参加団体
直方市、田川市、行橋市、小竹町、香審町、糸田町、赤村、福管町、みやこ町、福岡県、九州運輸局(国土交通省)、平成筑豊鉄道、バス・タクシー事業者、有識者(北九州市立大学・九州産業大学)ほか

貨物廃止で公的支援を受け始めた平成筑豊鉄道
平成筑豊鉄道の沿線自治体は、1989年10月の開業と同時に「平成筑豊鉄道推進協議会」を設置。利用促進をはじめ、さまざまな施策で鉄路を支えてきました。
開業当初は、列車の増便や新駅設置といった施策の効果もあり、年間利用者数は340万人台をキープ。国鉄時代より増加します。しかし、1995年ごろから緩やかな減少に転じ、2007年には約203万人とピーク時の約6割にまで減ってしまいました。原因は、沿線地域の少子化や過疎化、モータリゼーションの進展といった、地方鉄道でよくみられるものです。

参考:平成筑豊鉄道「地域公共交通総合連携計画策定に向けて」のデータをもとに筆者作成
また、平成筑豊鉄道では貨物輸送も国鉄から継承し、1990年には約2億2,000万円もの収入を得ていました。その貨物もトラックに奪われ、収入は激減。沿線市町村は、2002年より経営安定化補助金を投入して支援しますが、貨物輸送は2004年に廃止されます。
経営環境が大幅に悪化した平成筑豊鉄道は、2005年に運賃改定を実施します。ただ、旅客輸送も減り続ける状況ですから、運賃の値上げだけで経営は改善しません。累積赤字も膨らみ、平成筑豊鉄道は最大のピンチを迎えます。
再生計画を経て地域公共交通総合連携計画の策定へ
2005年10月、平成筑豊鉄道は経営改善を目標とした「平成筑豊鉄道再生計画」を策定します。これにもとづき、国の輸送高度化補助事業の適用を受け、老朽化した車両や施設の更新を実施。さらに、沿線自治体による経営安定化補助金や三線沿線地域交通体系整備事業基金(三線基金)を活用するなど、事業再生を進めることになりました。
しかし、2007年度には補助金と基金を投入しても5,200万円の赤字を計上するなど、自治体の支援だけでは限界に近づいていたのです。
ちょうどこのころ、国は地域公共交通活性化再生法を施行します。この法律にもとづく国の制度や支援を使えば、平成筑豊鉄道を再生できるかもしれない。そう考えた沿線自治体は、「筑豊・京築地域公共交通活性化協議会」という法定協議会を設置。地域公共交通総合連携計画を策定したうえで、平成筑豊鉄道の経営の安定化をめざすことになりました。
平成筑豊鉄道のこれまでの取り組み
地域公共交通総合連携計画では、地域交通としての「生活列車」と、観光誘客をめざす「観光列車」という2つの視点から、平成筑豊鉄道への支援策を示しています。具体的な取り組みを、いくつか紹介しましょう。
- 企画乗車券の販売(ちくまるキップ)
- 観光列車「ことこと列車」の運行
- イベント列車の運行(へいちく浪漫号、クリスマス列車など)
- 駅名ネーミングライツ・広告ラッピング列車の導入
- 枕木オーナー制度・つり革オーナー制度の導入
- イベント実施(へいちくフェスタなど)
- グッズ販売(ちくまるボーロなど)
…など
「生活列車」の施策として、1日フリー乗車券の「ちくまるキップ」は大きなヒットになりました。大人1,000円、子ども500円のちくまるキップには、沿線にある温泉施設の入湯券も付いており、キップを提示すれば無料で入浴できます。対象の温泉施設は3カ所。いずれの施設も利用客が伸びており、鉄道利用者も10%増加につながったそうです。
一方、「観光列車」の施策としては、2019年3月から運行している「ことこと列車」が有名です。ことこと列車は、レトロ風の車内で沿線の食材を使ったフランス料理をいただけるのがウリ。列車のデザインは水戸岡鋭治氏、料理はアジアのベストレストラン50に選ばれた福山剛シェフが監修しています。なお、列車の改装費などは国の地方創生推進交付金を活用するなど、平成筑豊鉄道推進協議会が中心に動いたことで、事業者の負担を抑えられました。
このほか、駅名ネーミングライツや広告ラッピング列車、枕木オーナー制度、つり革オーナー制度など、収益改善を図る施策も実施しています。
年間10億円の赤字予測に再び法定協議会を設置
沿線自治体によるさまざまな支援によりピンチを乗り越えた平成筑豊鉄道ですが、利用者数の減少は続きます。2023年度の年間利用者数は約135万人。開業当初の半分以下です。
また近年は豪雨災害により、復旧や防災対策などの費用が増加。老朽化した施設の更新や修繕、燃料費や資材費などの高騰も、赤字額の増加につながっています。ちなみに、2023年度の赤字額は約5億2,000万円。赤字は今後も増える見通しで、2026年度以降は年間10億円規模になると予測されています。
■今後30年間の年度別収支のシミュレーション

参考:平成筑豊鉄道沿線地域公共交通協議会「平成筑豊鉄道㈱におけるこれまでの検討状況」をもとに筆者作成
この状況に平成筑豊鉄道は2024年6月の株主総会で、沿線自治体に対して支援を要請。「鉄道のあり方」にまで踏み込んだ法定協議会の設置を申し入れます。これに対して沿線自治体や福岡県は、協議会の設置を容認。2025年1月から、存続・廃止を前提としない「平成筑豊鉄道沿線地域公共交通協議会」が始まったのです。
上下分離やBRT・バス転換案も検討へ
第1回の協議会は、2025年1月31日に開催。まず平成筑豊鉄道から、現状分析や将来の収支予測に関する報告があります。
あわせて、沿線自治体が提案した利用促進策などの収支改善計画について、その試算結果も提示されました。具体的には、JR筑豊本線への乗り入れ(折尾までの直通運転)や貨客混載などの計画を実行した場合、「収支はどれだけ改善するのか」を試算したのです。
ただ、筑豊本線への乗り入れでは、約528万円の収入増に対して必要経費は3億8,200万円と、大幅な赤字に。貨客混載は黒字ですが収入は年間2万円程度と予測され、10億円もの赤字を穴埋めできません。
これらの結果を踏まえ、「利用促進などを講じても赤字は軽減しない」と平成筑豊鉄道は主張。抜本的な改善策が必要として、以下の3案が現実的な解と示したのです。
- 上下分離方式への移行
- BRT転換
- 廃止・バス転換
いずれの案も、沿線自治体には大きな負担が想定されます。ちなみに、各案の自治体負担額について、第2回協議会(2025年3月27日)で試算結果が示されています。その結果は、以下の通りです。
■今後30年間に必要な自治体負担額(年間負担額)
・上下分離方式への移行:年間5.5億~12.8億円
・BRT転換:年間2.7億~8.8億円+初期費用が約120億円
・廃止・バス転換:ルート等により異なるため今後検討
BRTの年間負担額は鉄道(上下分離方式)より安くなるものの、専用道路の整備などの初期費用が約120億円必要です。なお路線バスは、ルートを決めないと輸送量や必要な車両数などが確定しないため、次回以降の協議会で暫定ルート案を決めたうえで収支予測をおこなうことになりました。
ちなみに、2024年度の自治体負担額は総額で約4億5,000万円です。財政状況の厳しい沿線自治体にとって「これ以上の支援は難しい」状況であり、沿線自治体は国の支援拡充を求めています。
平成筑豊鉄道の将来は2025年度中にも決定か?
第1回協議会では、福岡県が「利用状況を正確に把握することが重要」と提言。なかでも利用者の約4割を占める高校生を対象に、アンケート調査の実施が提案されます。
平成筑豊鉄道の沿線には、高校だけで14校もあります。多くの学生が鉄道で通学する一方で、スクールバスを運行している学校もあり、鉄道の利用実態を正確に把握できていない状況です。高校生を対象とした利用実態調査は、2025年5~6月ごろに実施されることが確認されます。
さて、協議会の今後のスケジュールですが、2025年度中に鉄道の存廃を含めた方向性を決定し、2026年度には地域公共交通計画を作成する予定です。早ければ今年度中にも平成筑豊鉄道の将来が決まります。
沿線自治体の財政力からみれば、バス転換が現実的な解かもしれません。しかし、輸送密度ベースでみるとコロナ禍前は800人/日以上。一部区間では、バスで輸送できない可能性があります。BRTにして連結バスを使えば輸送できるかもしれませんが、120億円もの初期投資に沿線自治体は拒むでしょう。
カギを握るのは、平成筑豊鉄道の筆頭株主である福岡県です。協議会の主宰者でもある福岡県が沿線9市町村の意見をまとめ、自らも支援額を増やせるかが今後のポイントになりそうです。
※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。

参考URL
鉄道統計年報
https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk2_000053.html
地域公共交通総合連携計画策定に向けて(平成筑豊鉄道)
【リンク切れ】https://www.heichiku.net/system/documents/pc001.pdf
地方鉄道の誘客促進に関する調査
https://www.mlit.go.jp/common/001293544.pdf
県民の声(福岡県)
https://kvoice.pref.fukuoka.lg.jp/voices/detail/id:2249
平成筑豊鉄道、存続へ経営改善策策定へ 交通体系の抜本的見直しも(西日本新聞 2022年7月7日)
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/952302/
田川市地域公共交通網形成計画
https://www.joho.tagawa.fukuoka.jp/kiji0036970/3_6970_16691_up_0l52jpxl.pdf
平成筑豊鉄道沿線地域公共交通協議会
https://www.pref.fukuoka.lg.jp/contents/heichikukyogi-r6.html