【あいの風とやま鉄道】JR赤字路線の城端線・氷見線の移管を即決した理由とは

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あいの風とやま鉄道の車両 三セク
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あいの風とやま鉄道は、倶利伽羅(石川県)から市振(新潟県)までを運営する、第三セクターの鉄道事業者です。北陸新幹線の延伸開業にともない、JR西日本から経営分離された富山県内の北陸本線を継承し、2015年に誕生しました。

かつての幹線を継承したため一定の利用者はいますが、経営的には赤字が続いています。黒字化の見通しが立たないなか、あいの風とやま鉄道は、JR西日本の赤字路線である城端線と氷見線の移管に合意。2029年を目途に継承する予定です。

ただ、両線を移管すると赤字額はさらに増えるのが明白です。それなのに、なぜ両線を引き受けたのでしょうか。その疑問を、あいの風とやま鉄道の成り立ちから探ってみます。

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あいの風とやま鉄道の線区データ

協議対象の区間あいの風とやま鉄道線 倶利伽羅~市振(100.1km)
輸送密度(2015年→2019年)7,522→7,688
増減率+2%
赤字額(2019年)3,791万円
※輸送密度および増減率は、あいの風とやま鉄道が発足した2015年と、コロナ禍前の2019年を比較しています。
※赤字額は、コロナ禍前の2019年のデータを使用しています。

協議会参加団体

富山市、高岡市、射水市、小矢部市、朝日町、入善町、黒部市、魚津市、滑川市、砺波市、南砺市、氷見市、上市町、立山町、舟橋村、富山県

あいの風とやま鉄道と沿線自治体

あいの風とやま鉄道をめぐる協議会設置までの経緯

北陸新幹線の並行在来線区間は、JR東日本とJR西日本が1996年に公表しています。これを受けて富山県の沿線自治体は、2005年までにすべての自治体が経営分離に同意。同年7月には「富山県並行在来線対策協議会」を設置し、JR西日本から切り離される在来線の検討を始めます。

2007年には、将来の需要予測に関する調査結果が報告されています。これによると、開業時(2014年度)の輸送密度は7,112人/日で、当時の普通列車利用者より2割減。開業から30年後(2045年度)には、3,904人/日まで減少するという、厳しい予測が示されていました。

■北陸本線(富山県内の線区)の輸送密度の予測

北陸本線(富山県内の線区)の輸送密度の予測
▲開業前の予測では一貫して減少が続き、開業30年後(2045年度)には半分以下になるという結果が示されていた。
参考:富山県「富山県並行在来線 経営計画概要(第1次)(素案)のポイント」をもとに筆者作成

この結果を受けて、2008年の協議会では増便や新駅設置など、利用促進に関する取り組みについて検討されています。

2011年には、経営基本方針を策定。「将来にわたる県民の通勤・通学等の交通手段の確保」を基本とし、「利便性の向上」「業務効率化」「地域振興と住民福祉の向上」をめざすことが確認されます。

富山駅以東の快速列車の少なさに魚津市が反発

2012年11月には、経営計画概要を策定。この計画をもとに2013年1月には、新会社の出資金や経営安定基金に関する事項に、沿線自治体が合意します。ただ、最終合意に至る前に魚津市などから「富山駅以東の街にも配慮してほしい」と、金沢まで直通する快速列車の増便についてリクエストがありました。

経営計画概要では、魚津や泊などの富山駅以東から金沢に直通する快速列車は、1日1往復の設定予定でした。これ以上増やすと車両増備や人員確保が必要ですし、運行経費も増えるため赤字額の増加が懸念されます。

「富山駅以東の人は、新幹線で通勤通学すればよい」という考えもあるでしょう。ただ、新幹線の駅ができない在来線特急停車駅がある街からすれば、金沢へのアクセスは悪くなります。魚津市は、まさにその街のひとつです。

また、特急がなくなり不便になると、一定数はマイカー通勤にシフトすることが予測されます。これにより並行在来線の利用者数が減少し、さらに赤字が増えるリスクもあったのです。

魚津市からのリクエストに対して、富山県はJR西日本などと車両や人員確保の点で協議することを約束。2014年8月には、当時の富山県知事とJR西日本社長のTOP会談で、快速列車の増便が決まります。現在、泊発着の快速列車「あいの風ライナー」が、平日2.5往復設定されているのは、県東部の利便性向上や地域振興をかけた駆け引きがあったからなのです。

あいの風とやま鉄道の主な取り組み

2013年3月には、「富山県並行在来線経営計画概要(最終)」が策定されます。これをもって、富山県並行在来線対策協議会は解散。その後、具体的な利用促進策や運賃体系などを協議する「あいの風とやま鉄道利用促進協議会(富山県並行在来線利用促進協議会)」を設置し、現在に至るまで協議が続けられています。

ここで、協議会が中心となり実施してきた利用促進策の一部を紹介しましょう。

  • 運行本数の増加
  • 新駅開業(高岡やぶなみ駅・新富山口駅)
  • 新型車両導入
  • 観光列車・イベント列車の運行(一万三千尺物語、とやま絵巻など)
  • 列車位置情報サービス「あいトレ」導入
  • ICカード「ICOCA」導入
  • パークアンドライドの整備
  • 企画きっぷ・割引乗車券の販売(フライデーPM往復割引きっぷ、運転免許返納者割引乗車券など)
  • ファンククラブ創設

…など

運行本数は、開業後も増発しています。とくに高岡~富山間はJR時代より12本増、黒部~泊間は13本も増発(2021年3月ダイヤ改正時)。新駅も設置し、利便性の向上に努めています。

富山県の鉄道事業者に共通する施策として、ITを活用した取り組みも特筆すべきポイントです。あいの風とやま鉄道でも積極的に導入しており、スマホなどで運行情報が確認できる列車位置情報サービス「あいトレ」の提供や、安全研修にVRを活用して乗務員の技能向上を図るといった、さまざまな場面でITを活用しています。第三セクターで、ここまでIT投資をしている事業者は珍しく、業務効率化を図ることで経費削減・赤字額の改善をめざしています。

企画きっぷや割引きっぷも充実しています。一例として「フライデーPM往復割引きっぷ」は、金曜日の午後に設定区間を往復利用すると運賃が約4割引になるお得なきっぷ。沿線施設の利用料が割引になる特典も付いています。また、中学生を対象とした「中学生往復半額ホリデーパス」は、週末や夏休みなどに運賃が半額になる往復きっぷです。中学生の鉄道利用を促すことで、高校になってからの通学定期客につなげる狙いもあります。

これらの施策が功を奏し、利用者数は年々増加。とりわけ通学定期客の増加は、少子化時代において注目したいポイントです。

■あいの風とやま鉄道の1日あたりの利用者数の推移

あいの風とやま鉄道の1日あたりの利用者数の推移
▲2011年はJR西日本時代。開業前の予測では減少が見込まれていたが、実際には増加が続いている。
参考:あいの風とやま鉄道第2次経営計画「これまでの取組みと成果」をもとに筆者作成

JR城端線・氷見線もあいの風とやま鉄道への移管が決定

JR時代よりも利用者が増えているとはいえ、あいの風とやま鉄道は赤字経営が続いています。こうしたなか2023年7月30日、JR城端線と氷見線の沿線自治体が組織する「城端線・氷見線再構築検討会(第1回)」で、両線を「あいの風とやま鉄道に移管したい」という要望が出されました。

唐突とも感じる要望ですが、あいの風とやま鉄道は、わずか3カ月後の同年10月23日に開催された第3回検討会で、両線の移管に合意します。

城端線と氷見線はJR西日本の赤字路線で、移管すれば赤字額が増えるのは明白です。それでも、城端線と氷見線を受け入れたのはなぜでしょうか。その理由のひとつに、利用者ファーストのサービスで鉄道利用者を増やしてきた、富山県の「成功体験」が大きいと考えられます。

たとえば、城端線や氷見線がJR西日本のままだと、増便や接続改善などを請願し続けなければなりません。しかも、その要望が通るとも限りません。あいの風とやま鉄道に移管すれば、自分たちでダイヤを調整できるようになり、増便や接続改善もしやすくなります。富山駅までの直通列車を増やすのも、あいの風とやま鉄道に移管したほうが容易にできるでしょう。

こうした考えは、2006年にJR富山港線から富山ライトレールに移管したときや、2020年に富山地方鉄道と富山ライトレールが合併したときの「成功体験」があるから、生まれるものです。

また、城端線や氷見線からあいの風とやま鉄道に乗り入れると、運賃が合算されて負担に感じる利用者も少なくないでしょう。同じ会社であれば運賃が安くなり、利用者の増加が期待されます。この発想も、富山地方鉄道が富山ライトレールと合併したときに実施した経験が生かされています。

つまり、JR西日本が運営するよりも自分たちでやったほうが、「利便性の向上」も「業務効率化」も確実に実行できるという成功体験が富山県にはあります。この体験を城端線や氷見線の移管でも生かせると、あいの風とやま鉄道(富山県)は考えたのでしょう。

赤字増加を防ぐためにあいの風とやま鉄道が求めた条件

とはいえ、赤字路線の城端線・氷見線を無条件で受け入れると、あいの風とやま鉄道の経営は悪化します。そこで第2回の検討会(2023年9月6日)で、城端線・氷見線の沿線自治体およびJR西日本に対して、以下5つの条件を提示。これを受け入れた段階で、両線の移管に合意すると伝えます。

  1. あいの風とやま鉄道線とは経理を区分し、城端線・氷見線の沿線自治体が赤字補てんをすること
  2. 運転士や技術要員として、JR西日本の社員に出向してもらうこと
  3. 経営移管前に、レールや枕木などの再整備をJR西日本がおこなうこと
  4. 設備整備、券売機の整備などに必要な財源を確保してもらうこと
  5. 両線を直通化する場合、JR西日本が技術面で協力・支援すること

1と4は城端線・氷見線の沿線自治体に対しての要望、2・3・5はJR西日本に対しての要望です。

この要望に対して第3回の検討会(同年10月23日)で、城端線・氷見線の沿線自治体は、県と一緒に必要な出資や経営安定の支援を自分たちでおこなう考えを提示。あいの風とやま鉄道線の基金は使わないことで合意します。

またJR西日本は、必要な人員確保や移管前の再整備について協力することで合意。直通化についても、協力する考えを示します。さらに、再構築に必要な経費として150億円を拠出することも約束します。なお、150億円の一部は城端線と氷見線の経営安定基金に充てられるようです。

こうして、城端線・氷見線の沿線自治体とJR西日本が、すべての条件を受け入れたことで、あいの風とやま鉄道への移管が確定したのです。

JR西日本の事情も考慮した検討会

第2回城端線・氷見線再構築検討会で、沿線自治体はJR西日本に対して以下の考えを示しています。

民間企業であるJRには、様々なステークホルダーがおり、経営の合理性や採算性の確保、西日本エリア全体での整合性なども重視しなければいけない。

出典:富山県「第2回城端線・氷見線再構築検討会の開催結果」

JR西日本は、富山県だけの鉄道を運営しているわけではありません。ましてや、飛び地となっている城端線・氷見線を運営するのは、JR西日本にとって非効率です。

こうしたJR西日本の事情を沿線自治体が認めていること、そして、利便性のよい公共交通網を構築するには「自分たちも行動する必要がある」ことを知っており、その成功体験があるからこそ、あいの風とやま鉄道は早期に両線を継承する決断ができたのではないでしょうか。

なお、移管される時期は城端線・氷見線の両線に新型車両が導入される2029年ごろを予定しています。すでに増便やパターンダイヤといった移管後の計画も進められており、両線のさらなる飛躍が期待できそうです。

※城端線・氷見線の協議会の詳細は、以下のページで解説しています。

※沿線自治体と協議を進めている路線は、ほかにも複数あります。各路線の協議の進捗状況は、以下のページよりご覧いただけます。

【中部】赤字ローカル線の存続・廃止をめぐる協議会リスト
中部地方の赤字ローカル線の存続・廃止を検討する、鉄道事業者と沿線自治体の協議会の一覧です。

参考URL

鉄道統計年報
https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk2_000053.html

あいの風とやま鉄道について(あいの風とやま鉄道)
https://ainokaze.co.jp/company/about

富山県並行在来線対策協議会(富山県)
https://www.pref.toyama.jp/kendodukuri/koukyou/koukyoukoutsuu/kyougikai/index.html

富山県並行在来線 経営計画概要(第1次)(素案)のポイント(富山県)
https://www.pref.toyama.jp/documents/4835/00881772.pdf

あいの風とやま鉄道利用促進協議会
https://www.pref.toyama.jp/8001/kendodukuri/koukyou/koukyoukoutsuu/kj00013225/index.html

これまでの取組みと成果(あいの風とやま鉄道第2次経営計画)
https://www.pref.toyama.jp/documents/23965/02_2_shinkeieikeikakusoankobetugaiyo.pdf

城端線・氷見線再構築検討会
https://www.pref.toyama.jp/8001/saikoutiku.html

あいの風とやま鉄道から提示された条件への対応(富山県)
https://www.pref.toyama.jp/documents/36888/4_shiryou1.pdf

城端線・氷見線再構築実施計画(案)の概要(富山県)
https://www.pref.toyama.jp/documents/37566/2-0_keikakugaiyou.pdf